十七曲目『託された想い』

 災禍の竜は思い切り仰け反りながら大きく息を吸い込み、空気を取り込んで腹部が膨らみ始める。

 そして、顎が外れんばかりに開かれた口には、高密度の熱量を持った魔力が集まっていった。

 俺の直感通り、災禍の竜は機竜艇を本気で沈めに来ている。放とうとしているのは空を焼いた強大な魔力を集束させた、あの光線だ。

 だけど、その威力は今までの比じゃないだろう。それぐらい、災禍の竜は魔力を極限まで集めていた。


「フンッ、この機竜艇を沈めるつもりか……だが、そう簡単に出来ると思うなよ? ボルク! <破竜砲>用意!」

「了解!」


 災禍の竜の姿を見たベリオさんは臆することなく鼻を鳴らすと、ボルクに指示を出す。すぐにボルクは返事をすると、レバーを思い切り引いた。

 すると、竜の顔を模した機竜艇の船首が動き出し、重い音を立てながら口が開いていく。

 そして、その口から伸びるのは巨大な砲身。機竜艇が誇る最大威力の主砲ーー破竜砲。

 機竜艇を動かす<炎竜石>の莫大なエネルギーを集めて放つ、竜をも打ち破る威力を持つ巨大砲台。

 破竜砲は正面にいる災禍の竜に狙いを定めていた。


「ーー魔力充填開始!」


 ベリオさんの号令が響くと、機竜艇の心臓部からうなり声のような音が聞こえ始め、内部に張り巡らされたパイプを通って破竜砲へと魔力が伝わっていく。

 災禍の竜と機竜艇。両者は自身の最大火力で敵を打ち倒そうと準備を始めていった。


「魔力充填完了!」

「よし! 照準合わせ! 目標は正面、災禍の竜!」


 魔力を充填し終えた砲口はバチバチと魔力の紫電を迸らせ、災禍の竜は口の中に集束していた魔力を更に圧縮していく。

 ギョロリと紅い瞳で機竜艇を睨む災禍の竜に、ベリオさんはニヤリと不敵に笑いながら舵輪の近くにあったレバーを握りしめた。


「フンッ。災禍の竜よ……撃ち合いといこうか?」


 ベリオさんの言葉を合図に、災禍の竜は大きく翼を広げて吸い込んだ息を全て吐くように咆哮したのと同時に、ベリオさんはレバーの先端にあったボタンを力強く押し込んだ。

 

「ーー破竜砲、発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ーーグルゥオォォォォォォォォォォォッ!」


 災禍の竜の口からは、紅い雷を纏った全てを飲み込むような闇よりも黒い光線が。

 機竜艇からは、竜の咆哮のような轟音と共に高密度の魔力の奔流が放たれる。

 両者の集束された魔力はうねりを上げながら真っ直ぐに放たれ、そしてぶつかり合った。

 その瞬間、暴風のような魔力の余波が吹き荒れる。天地を震わせ、森の木々を薙ぎ払いながら吹き荒ぶ魔力の余波が機竜艇にまで広がり、ビリビリと衝撃が襲ってきた。


「ぐ、ぬぅ……ッ!」


 拮抗する光線のぶつかり合いで生じた閃光が視界を眩ませ、迸る火花が木々を燃やす。

 魔力の余波に機竜艇が軋み始め、地震が起きたようにグラグラと揺れ動く。


「ま、まずいよ、親方! 押され始めてる!?」


 焦りながら叫ぶボルクの報告通り、拮抗していた光線は徐々に機竜艇の方に押し返され始めていた。

 光線を放ち続ける災禍の竜は、翼を羽ばたかせながら少しずつ魔力を送り込んでいる。


「ちぃ! もっと魔力を送り込め!」

「む、無理だよ! 計器に異常! 心臓部が熱暴走を始めてる!」


 ボルクが確認していた計器の針が狂ったようにグルグルと回り、心臓部から悲鳴のような音が響いてきた。

 だけどベリオさんは歯を食いしばりながら、声を張り上げる。


「いいからやれ! 退けば機竜艇は墜ちる! ここが正念場だ!」

「で、でも、その前に心臓部が壊れるよ!?」

「フンッ! この程度で壊れるほど機竜艇は柔ではない! 魔力を限界まで送り込め!」

「……分かった!」


 ここで押し負ければ、どちらにせよ機竜艇は墜ちるだろう。機竜艇の心臓部が持つかどうか、それがこの撃ち合いの勝敗を分ける。

 壊れる前に勝負を決める判断をしたベリオさんの指示に、ボルクは何か言いたそうにしながらも口を噤み、意を決したように頷いた。

 そして、思い切りレバーを引くと心臓部が地鳴りのような悲鳴を上げ、限界まで魔力を送り込み始める。計器の針は振り切れ、機竜艇全体が大きく軋んできた。

 だけど押し負けそうになっていた光線は災禍の竜の光線を押し返し、また拮抗状態に戻る。

 ぶつかり合う両光線を中心に、魔力の余波が波紋のように広がっていった。森を焼き、木々を薙ぎ倒し、地面に亀裂が走っていく。

 森を取り囲んでいた岩山にまで被害が及び、ガラガラと土砂崩れが起きていた。

 周囲を地獄のような光景に変貌させ、空を覆っていた雲が真っ二つに割れる。

 絶対に負けないと意地と意地のぶつけ合いが続いた。


「……行け!」


 ふと、機竜艇にいる黒豹団の一人が叫んだ。


「行け!」


 一人、また一人と叫び声が伝播していく。


「行けッ!」


 その中にウォレスや真紅郎、やよい、サクヤの叫びも混ざり合った。


「ーー行けッ!」


 ベリオさんも、ボルクも、俺も、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。


「ーー行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 全員の声が、想いが重なり、機竜艇の背中を押すように響き渡ると、災禍の竜がほんの少しビクリと体を震わせた。

 絶対強者として君臨していた災禍の竜が、俺たちの気迫に怯んだ・・・


 それは、災禍の竜が見せた僅かばかりの心の隙。暗い闇の中に一瞬だけ煌めいた、俺たちの勝機だ。


「ーーおぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁッ!」


 ベリオさんは雄叫びを上げながら、レバーを更に引く。それは無意識の行動なのか、それとも経験則から来る判断なのかは分からない。

 だけど、その行動により熱暴走を起こし壊れる寸前だった機竜艇の心臓部が、ほんの少しだけ光を放った。

 限界を超えた心臓部が最後の力を振り絞るように、微かな魔力を送り込む。張り巡らされたパイプに魔力が伝わり、真っ赤に熱を帯びていた砲身を通り、光線を放ち続けていた砲口に到達した。

 そして、僅かばかりの魔力によって光線の勢いが少しだけ増す。

 俺たちの気迫に一瞬だけ隙を見せていた災禍の竜は、驚いたように目を見開いてバランスを崩した。

 すると、拮抗していた光線同士の軌道が逸れ、交錯するように伸びていく。


「ーーグルォオッ!?」


 機竜艇が放った光線は災禍の竜の左の翼を撃ち抜き、痛みに災禍の竜が首をもたげながら天に向かって苦痛の叫び声を上げた。

 同時に、災禍の竜が放った光線も機竜艇を襲い、左舷船体を掠めながら左の翼の一部を飲み込んで通り過ぎていく。


「ぐっ……翼をやられたか……ッ!」

「左翼と左舷船体に被弾! 出力低下!」


 悔しげに呟くベリオさんに羅針盤が映し出している映像を見ながらボルクが報告する。

 機竜艇の左の翼は黒煙を上げ、限界まで酷使した心臓部は息を引き取るように静かに動きを止めた。

 推進力を失った機竜艇はゆっくりと降下していく。ベリオさんは舌打ちしながら俺に向かって叫んだ。


「タケル! 機竜艇はもう限界だ! このまま不時着する!」


 片翼をやられ、推進力を失った機竜艇はこのまま森に墜ちるだろう。

 ベリオさんは舵輪を操作しながらどうにか機竜艇の船体を平行に保ち、少しでも被害が少ないように不

時着させようとしている。

 チラッと災禍の竜の方を見てみると、翼を撃ち抜かれた災禍の竜は飛行することが不可能になり、力なく錐揉み回転しながら地面へと落下していた。

 そして、機竜艇は森に突っ込み、木々を薙ぎ倒しながら不時着する。

 ガガガッと振動しながら地面を滑り、ようやく動きを止めた。


「ぐっ……どうにか、止まったか」


 頭を振りながらベリオさんが立ち上がり、機竜艇の確認を始める。だけどレバーを引いても機竜艇は動くことはなかった。

 分かっていたのかベリオさんは深くため息を吐くと、俺を真っ直ぐに見据える。


「この通り、機竜艇はもう動けん。俺たちはここまでだ……タケル、あとは任せたぞ?」


 俺たちを乗せてここまで運んでくれた機竜艇は、戦うことが出来ないだろう。

 だけど、機竜艇は……ベリオさんたちはよくやってくれた。充分すぎるほど頑張ってくれた。

 あとは、俺たちの出番だ。想いを託された俺は、力強く頷いて返す。


「あぁ! ありがとう、ベリオさん!」

「フンッ……」


 お礼を言うとベリオさんは鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

 すると、そこで途切れ途切れになっている羅針盤が映し出した映像を見ていたボルクが、笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。


「タケル兄さん! どうやら災禍の竜はここから北西方向に落ちたいみたいだよ!」

「そうか、ありがとうボルク」

「ううん! タケル兄さん……頑張って!」


 拳を突き出して応援するボルクに同じように拳を突き出して答えてから、俺は操舵室から飛び出した。

 そこに、やよいとウォレス、真紅郎とサクヤが走ってくる。


「……行くぞ!」


 合流した俺たちが機竜艇から出ようとすると、不時着した衝撃で色んな物がごちゃごちゃになっている中、黒豹団たちが俺たちに向かって叫んだ。


「あとは任せたぞ、てめぇら!」

「俺たちの分まで頑張ってくれ!」

「ここからは役に立てそうにねぇからな! 頼んだぞ!」


 黒豹団たちは拳を振り上げながら俺たちに声援を送る。

 今から始まる地上戦には、黒豹団たちは参加しない。アスワドが「地上戦になればこいつらはお荷物になる。だから留守番だ」と言ったからだ。

 もちろん、それはアスワドなりの優しさ。仲間を守るために言ったこと。黒豹団たちもそれが分かっているから、文句を言わずに従うことにしたようだ。

 声援を受け止めた俺たちが笑いながら頷くと、黒豹団の幹部の三人……シエン、ロク、アランも俺たちを見送る。


「兄貴のこと、頼むッス! いっつも無理するから、危なくなったらぶん殴ってでも止めてくれッス!」

「俺っちたちはここで応援してるぜ。ま、頑張ってくれよ」

「……頑張って」


 俺たちは全員に背中を押されながら、勢いよく機竜艇から飛び出す。

 向かう先は北西。災禍の竜が落ちた場所。

 作戦通り災禍の竜を地面に引きずり落とすことが出来た。ここからは地上戦だ。

 俺たちは森を駆け抜け、災禍の竜がいる場所へと走り出すのだった。

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