十八曲目『変貌する黒竜』
ドラゴンとにんげんがであって、なんねんものつきひがながれました。
ドラゴンとにんげんは、いつもたのしくおはなしをして、◼️◼️をきいて、わらいあってました。
そんなあるひ、にんげんはドラゴンにいいました。
わたしはもうすこしで、またたびにでようとおもっている。まだまだいきたいばしょや、くにがあるからね。
おわかれをつげるにんげんに、ドラゴンはかなしそうにしていました。
せっかくともだちになれたのに、もうおわかれなの?
すると、にんげんはわらいながらドラゴンのあたまをなでました。
だいじょうぶ。はなれていても、わたしたちはともだちさ。それに、わたしはまたここにくるよ。あたらしい◼️◼️を、きみにきかせるために。
またあえる。そうにんげんがいうと、ドラゴンはうれしそうにしました。
わかった! ぼく、まってるよ! またうつくしい◼️◼️をきかせて!
にんげんはわらいながら、うなづきました。
もちろんさ。それまでまっててくれるかい?
ドラゴンはなんどもうなづきました。
こうして、ドラゴンとにんげんはおわかれしました。またあうやくそくをして。
◇
ボルクが教えてくれた災禍の竜が落ちたという北西方向。空中戦での激闘の余波で木が倒れ、地面が割れている光景を走り抜けていく。
そして、森を抜けるとそこには森の中央部にポッカリと開いていた大きなクレーターがある場所だった。
まるでそこだけが何かの結界が張られているように草の一つもなく、異様な光景が広がっている。
すると、上から翼が羽ばたく音が聞こえたかと思うと、レイドとレンカ、ヴァイク、アスワドがワイバーンから降りて合流した。
「タケル、よくやったな」
「レイドたちもな」
軽く話してから、俺たちはクレーターの中央に目を向ける。そこには力なく倒れ伏した災禍の竜の姿があった。
破竜砲で撃ち抜いた左の翼はボロボロで、翼膜に大きな風穴が開いている。闇のように深い黒色の甲殻は砂で薄汚れ、ヒビが入っていた。
俺たちの総攻撃を受け、地面に叩き落とされ、体中に傷を負っていても、災禍の竜はまだ息をしている。
ゼェゼェ、と荒く息をしながら苦しそうに目を閉じて地面に伏している災禍の竜を見て、俺たちは武器を構えた。
「まだやるつもり、だよな?」
もう戦えるような姿とは思えないけど、今までの災禍の竜を考えればまだ戦う気がする。
すると、レイドは険しい表情を浮かべながら静かに頷いた。
「生きた災害と呼ばれる伝説のモンスターだ……まだ余力が残っていると考えていた方がいい。油断するな」
ゴクリと喉を鳴らしてから、俺たちはクレーターを滑り降りる。そして、ゆっくりと警戒しながら災禍の竜へと近づいていくと……そこで、ふと災禍の竜の後ろにある物に目が止まった。
「あれは……?」
そこにあったのは、岩の山。クレーターの中央にそびえ立つその山は、自然と出来た物には見えなかった。
岩や瓦礫を積み上げ、タワーのようになっているそれは……まるで、
何故か分からないけど、そのタワーから目が離せなかった。
ぼんやりと見つめていると、突然災禍の竜が目を見開く。
「……グルルルルルッ」
うなり声を上げ、血だらけの体を震わせながら身を起こした災禍の竜は翼を大きく広げ、そのタワーを守るように立ち上がった。
紅い瞳で俺たちを睨み、これ以上先に行かせないとばかりに立ちはだかる災禍の竜。
すぐに俺たちは武器を構え、災禍の竜へと向き合った。
「レイド、今が好機だ。一気に攻め込むか?」
「……いや、待つんだヴァイク。何か、おかしい」
二丁拳銃を構え、すぐにでも引き金が引けるように指をかけたヴァイクを、レイドが呼び止める。
レイドは何かを感じたのか、災禍の竜を睨みながら観察をしていた。
それは、俺も同じ意見だ。何かは分からないけど、直感が告げている。頭の中で警鐘が鳴り響いている。
このまま攻め込めば、取り返しにならないことになる。自然と俺は一歩前に出てから、剣の柄を力強く握りしめた。
「ーーグルルルルル……」
災禍の竜はビキビキと悲鳴を上げる体を動かし、長い首を曲げて頭を垂れる。両手両足を地面に着け、まるで自身を守るように背中の翼で体を覆い始めた。
大きな繭のような姿になった災禍の竜の体から、寒気を感じさせるほど静かな魔力が漏れ出す。
ヒビが入っていた甲殻が更に大きな亀裂が走ると、そこから魔力が噴き出してきた。
そして、災禍の竜は殻を打ち破るように勢いよく翼を広げ、咆哮する。
「ーーグルォオォォォォォォォォォォォォォンッ!」
天まで届く轟音のような雄叫びが、大気を震わせて俺たちに襲いかかってきた。
ビリビリと迸る衝撃に俺たちはどうにか吹き飛ばされないように堪える。
暴風が吹き荒れ、地鳴りを起こしながら災禍の竜は首をもたげて空に向かって叫び続けていると、その体に異変が起き始めていた。
ゴキゴキ、と低い音を立てながら災禍の竜の体が変貌を遂げる。
太く、逞しい体は全身の筋肉が凝縮されたように細身になり、血のように紅く光る筋が脈打つ。
強固な甲殻は刺々しい鋭利な棘が生え、今までと比べても攻撃的に変わっていた。
そして、災禍の竜の額から紅い雷を迸らせた魔力で出来た鋭利な一本の角が突き出る。
「カロロロロ……ッ!」
鋭い牙が生え揃った口から蒸気のような息を吐き、縦長の瞳孔をした紅い瞳をギョロリと動かしながら、俺たちを睨みつけてきた。
全身から噴き出した背筋を凍らせるおぞましい魔力。放たれる圧倒的な威圧感。
今までとは比べものにならないほどの覇気を纏わせる災禍の竜に、額から冷や汗が流れて頬を伝っていく。
「なん、だ……あれは……?」
一気に乾いた喉でどうにか声を絞り出す。変貌を遂げた災禍の竜は、今までより体格が小さくなったけど、決して弱体化した訳じゃない。
翼の傷までは癒えてないようで空を飛ぶことは出来ないだろうけど、それはもう弱点とは言えない。
「ーーグルアァァァァァァァァッ!」
災禍の竜はバサリと翼を羽ばたかせると大きく息を吸い込み、俺たちに向かって牙を剥き出しながら咆哮した。
魔力が込められた咆哮は、
「まずい!」
咄嗟に反応したレンカが俺たちの目の前に十五枚の魔法の盾を展開するも、衝撃波は軽々と盾を打ち破った。
そのまま衝撃波に飲み込まれ、俺たちは宙を舞う。
「ーーが、はッ!?」
堪えることも出来ずに吹き飛ばされた俺たちは地面をゴロゴロと転がった。どうにか剣を地面に突き立ててスピードを落とした俺は、膝を着きながら呆然と災禍の竜を見つめる。
「今のは、
間違いなく、今の咆哮は音属性魔法。俺たちRealizeと英雄アスカ・イチジョウしか使い手がいない属性だ。
それを災禍の竜が使ってきたことに愕然としていると、災禍の竜はまるであざ笑うように口角を上げる。
「カロロロロ……ッ」
喉を鳴らすと、災禍の竜は四股を踏むように片足を上げ、思い切り地面を踏みつけた。
そして、俺たちに向かって岩で出来た棘が地面から生えていく。これは土属性魔法の<ランド・スパイク>……だけど、その大きさはもはや棘というより鋭く尖った柱だ。
どうにか地面を転がりながら避けると、次に災禍の竜は翼を羽ばたかせる。巻き起こる暴風は風の刃を伴って俺たちを襲ってきた。
「次は<ウィンド・スラッシュ>かよ……ッ!」
空中戦の時も使っていた風属性魔法<ウィンド・スラッシュ>は、断頭台のギロチンのような大きさで地面に亀裂を走らせながら通り過ぎていった。
「ーーグルオォォォォォォォォン!」
休む暇なく、災禍の竜が天に向かって咆哮すると空が黒い暗雲に覆われていく。そして、稲光が走ると落雷が生じた。
雷鳴を届かせながら雷が襲ってくる……雷属性魔法<ライトニング・フォール>だ。
次に暗雲から雨が降り注いでくると、災禍の竜は雨に向かって口を開いて水を貯めていく。
そのまま大きく仰け反ると、口をすぼめて水を吐き出した。圧力を強力に高めて噴射された水は全てを切り裂く刃となる。水属性魔法の<アクア・スラッシュ>だ。
俺たちはバラケながら災禍の竜の怒濤の攻撃を躱す。それを見た災禍の竜は面倒臭そうに両手を挙げると、勢いよく地面に手を着いた。
そして、災禍の竜を中心に炎の壁が地面からせり上がっていく。吹き荒れる雨を蒸発させながら迫ってくる火属性魔法<フレイム・サークル>。
避けきれないと判断した俺たちはそれぞれ行動を起こした。
「<レイ・スラッシュ!>」
「<レイ・ブロー!>」
「<スラップ!>」
「<ストローク!>」
「<ディストーション!>」
俺は剣に魔力を纏わせ、居合い切りのように剣を薙ぎ払う。
サクヤは右拳に魔力を集め、拳を突き出す。
真紅郎は強くベースの弦を弾き、銃口から高密度の魔力弾を放つ。
ウォレスは目の前に展開した紫色の魔法陣にスティックを叩きつけ、衝撃波を放つ。
やよいは斧を地面に突き立て、衝撃波を走らせる。
俺たち五人の必殺技を同時に受けた炎の壁は、爆風を起こしながら霧散した。
爆発した余波に巻き込まれた俺たちはまた地面を転がる。
「くっ……全員同時でようやく相殺かよ……ッ!」
思わず悪態を吐きながら災禍の竜を睨むと、災禍の竜は翼を大きく広げながら雄叫びを上げた。
口から炎を吐き、空から雷を落とし、豪雨が吹き荒れ、暴風を巻き起こし、地面を砕き、音の衝撃が大気を震わせる。
基本となる五属性に加え、俺たちが使う音属性まで使いこなす災禍の竜。
つまり、災禍の竜は
これが災禍の竜、か。地上戦に持ち込めば勝てると踏んでいたけど、それは甘い考えだった。
悔しさに歯を食いしばっていると、後ろからレイドが俺の肩に手を置いてくる。
「タケル、落ち着け。災禍の竜の強さは、初めから分かっていたことだろう?」
次にレンカがサクヤに手を貸しながら立ち上がらせると、妖艶に笑う。
「そういうこと。あいつが強いからって、ここで諦めるつもりかしら?」
そして、ヴァイクは真紅郎とウォレスに向かってニヤリと不敵に笑った。
「……俺たちは負ける訳にはいかない」
最後に、アスワドがやよいに向かって手を差し伸べる。
「そういうこった。このままやられっぱなしってのは、性に合わねぇ……反撃するぞ?」
そうだ。俺たちはここで諦める訳にはいかない。負ける訳にはいかない。
ここで災禍の竜を止めないと、この世界が終わる。罪のない人たちが蹂躙される。
それだけは、阻止しないとな。
「ハッハッハ! オレたちは最強無敵のロックバンド、Realize! 相手がなんだろうと、負ける訳がねぇ!」
「そうだね。今までだって乗り越えてきたんだ……今回も同じことだよ」
豪快に笑いながら立ち上がるウォレスに、頬を緩ませる真紅郎。
「……早く終わらせて、ご飯食べたい」
レンカの手に掴まって立ったサクヤは、拳を打ち鳴らす。
「はぁ……やるしかないよね! 女は度胸!」
やよいはため息を吐きながら覚悟を決めて、手を差し伸べているアスワドを無視して一人で立ち上がる。
宙をさまよう手をしょんぼりしながら戻して、アスワドは後頭部をガシガシと掻いてから、俺に向かって鼻を鳴らした。
「で、こっからどうすんだ、赤髪?」
「……決まってるだろ」
地面に突き立てていた剣を抜き、クルリと回してから構える。
右手に持った剣を前に出して半身になり、上体を低くして空いている左手を腰元に置いてから、災禍の竜を見据えた。
「ーー全力で、戦う」
俺の答えにアスワドは好戦的な笑みを浮かべるとシャムシールを構える。
そして、レイドは一歩前に出ると剣の切っ先を災禍の竜へと向け、声を張り上げた。
「ーー私とタケル、サクヤは前線に! アスワドは遊撃して災禍の竜を攪乱! ウォレスとやよいは中近距離で私たちの援護! 真紅郎、ヴァイクは中遠距離から攻撃を加え、状況報告! レンカは中距離から攻撃しつつ盾による防御!」
レイドの指示に俺たちは陣形を組む。それぞれが武器を構え、災禍の竜を睨んだ。
対する災禍の竜も喉を鳴らしながら、俺たちを待ち構えている。
俺たちと災禍の竜が睨み合う中、レイドは剣を横に薙ぎ払いながら叫んだ。
「ーー全員、攻撃開始!」
俺たちは雄叫びを上げ、災禍の竜へと走っていく。
災禍の竜は咆哮し、俺たちに向かって雷を落として
きた。
最後の戦いの、幕開けだーーッ!
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