十六曲目『黒竜と機械仕掛けの竜』
俺たちのライブ魔法、レイドたちとアスワドの攻撃、そして機竜艇の集中砲火。
並のモンスターならもう事切れているだろう攻撃を受け止めても、いまだに災禍の竜は翼を広げて空を舞っていた。
闇よりも深い黒色の強固な甲殻は焼け焦げてヒビが入り、突き刺さったアンカーからはダラダラと血が流れている。
かなりの体力が奪われ、フラフラになっているけど、その威圧感は失われていなかった。怒りと恨みに染まった紅い瞳を機竜艇に向けながら、牙を剥き出しにして喉を鳴らして今すぐにでも襲いかかろうとしている。
世界を相手に出来るほどの力を持った、圧倒的な強者としての風格。あらゆる修羅場をくぐり抜け、勝ち残ってきた最強としての意地。
その姿を見た俺は、思わず感嘆してしまった。
「フンッ、さすがは災禍の竜だな。上等だ……」
伝声管からベリオさんの声が伝わってくる。
そして、機竜艇が気炎を上げるように後方のジ
ェットから魔力を吹き出した。
「ーーご先祖様から続く因縁、ここらでケリを付ける! 野郎共! 気合いを入れろ! 突っ込むぞ!」
ベリオさんの号令に機竜艇にいる全員が雄叫びを上げて答える。
それに呼応するように、災禍の竜は咆哮した。
「ーー全速前進!」
翼を大きく広げた機竜艇が、風を切って災禍の竜へと向かっていく。災禍の竜も翼を大きく羽ばたかせながら機竜艇へと突っ込んでいった。
徐々に距離が縮まっていく伝説の黒竜と機会仕掛けの竜。
その距離が十メートルまで近づいた瞬間、災禍の竜から動き出した。
「ーーグルゥオォォォォッ!」
一際大きく翼を羽ばたかせると、体をくねらせながら災禍の竜は上昇し、機竜艇の上を取る。
そこから災禍の竜はグルリと前方に宙返りすると、機竜艇に向かって太く長い尻尾を叩きつけようとしてきた。
災禍の竜の吐く火球や巻き起こす風などは、魔力を伴った魔法のような攻撃。機竜艇の装甲に使われている魔鉱石はその攻撃を反射させる。それが分かっているからこそ、災禍の竜は物理での攻撃を仕掛けてきたようだ。
大木のような尻尾が野太い風切り音を立てながら振り下ろされると、ベリオさんは鼻を鳴らした。
「ーー甘いわ!」
すると今まで魔力を吹き出していたジェットが一瞬にして止まる。推進力を失った機竜艇はガクンとスピードを落として自由落下を始めた。
フワッと浮遊感を感じながら高度を落とす機竜艇。すると、いきなり降下したことで振り下ろされた尻尾は目測を誤り空振りした。
ブォン、と勢いよく振られた尻尾は機竜艇の上部ギリギリを通り過ぎていく。こんな方法で避けられるとは災禍の竜も思ってなかっただろう。
そして、攻撃を避けてすぐにまたジェットから魔力が噴き出し、機竜艇は急加速しながら災禍の竜の下をくぐり抜けた。
「両翼角度三十度! 最大出力で急上昇! 面舵いっぱい! 右舷砲撃用意!」
矢継ぎ早に指示を出しながら、ベリオさんは機竜艇を操縦していく。
機竜艇の両翼がグググッと音を立てながら角度を上げて空気に当たり、気流に乗って船首が上がっていった。
そのままジェットから最大出力で魔力を噴き出させ、急上昇しながらベリオさんが舵輪を回した通りに右に旋回していく。
そして、右船体が災禍の竜の方へと向くと、顔出している大砲に砲弾が装填された。
「ーー砲撃開始!」
号令のあと、轟音を響かせながら砲撃が始まる。
放たれた砲弾は僅かに弧を描きながら災禍の竜へと向かっていった。
「ーーグルゥッ!」
向かってくる砲弾を災禍の竜は振り向きながら尻尾を薙ぎ、打ち払う。
まるで野球のバッティングのように砲弾は打ち返され、機竜艇に襲いかかってきた。
「<スラップ!>」
打ち返された砲弾が機竜艇に直撃する前に、真紅郎は固有魔法のスラップを使う。
ベースの弦を強く指で弾き、ネックの銃口から高密度に圧縮された紫色の魔力弾が向かってくる砲弾に放たれた。
魔力弾と砲弾がぶつかり合い、爆発する。だけどまだ二個の砲弾が機竜艇へと襲いかかってきた。
「ハッハッハ! やらせねぇぜ! <ストローク!>」
そこで一歩前に出たウォレスが固有魔法を使い、豪快に笑いながらドラムスティックを振り上げて目の前に展開していた紫色の魔法陣に叩きつける。
叩かれた衝撃で紫色の魔法陣から放たれた衝撃波は砲弾を相殺させた。
「どんどん砲撃しろ! 手を休めるな!」
ベリオさんの声に砲撃が再開する。放たれた砲弾の嵐を見た災禍の竜は、忌々しげに牙を噛みしめながら翼を羽ばたかせて暴風を巻き起こし始めた。
風の刃を伴った暴風は砲弾の嵐を途中で破壊し、そのまま機竜艇を襲ってくる。
「きゃあ!?」
「やよい!」
風の刃は機竜艇の装甲に直撃し、ガガガガッと大きく振動が走った。
殴りつけてくるような風にやよいがバランスを崩し、甲板から投げ出されそうになるのをどうにか抱き止める。
魔鉱石で出来た装甲は災禍の竜が放った風の刃を反射するけど、これだけ数が多いと全部を跳ね返せる訳ではない。
大きな損傷はないものの、これだけ数を重ねられればいつかは致命傷を負うだろう。
「タケル! ここからかなり荒っぽく動く! 中に入れ!」
「わ、分かった!」
これ以上に激しく動くとなると、甲板にいれば振り落とされかねない。
すぐに俺たちは機竜艇の中に入ると、そこには慌ただしく動き回る黒豹断たちの姿があった。
「砲撃足りねぇぞ! 早くしろ!」
「今やってる! 次弾装填!」
「あいよぉ! 装填完了!」
「撃て撃て撃て!」
砲撃を担当している黒豹団たちは怒鳴り合いながら大砲に砲弾を詰め、砲撃をしている。
そこには砲撃部隊のリーダーを任された、ロクの姿もあった。
「……持ってきた。装填、急いで」
ロクはその鍛えられた筋肉を全力で発揮し、砲弾が詰められた重そうなデカい木箱を置いてから指示を出す。
用意された砲弾を運ぶ黒豹団たちを見てから、ロクはスキンヘッドの額に滲んだ汗を腕で拭った。
「ヘイ、ロク! オレも手伝うぜ!」
「ウォレス? なら、弾薬庫から砲弾、持ってきて」
「オーライ!」
その光景を見たウォレスは腕まくりしてから手伝いを始める。一度戦っているし、同じ体格の良さから意外と二人は仲がいいみたいだ。
そのままウォレスは砲撃部隊の手伝いに入ると、伝声管から監視をしているアランの声が響いてきた。
「また風の刃が来るぞ! 回避回避!」
「……ボクはアランのところを手伝ってくるよ。上から狙撃して援護するね」
真紅郎はアランがいる監視所の方に走っていく。すると、伝声管から「げ! どうしてここに!? 俺っち、キミのこと苦手だから来ないで欲しいんだけど!?」というアランの驚く声が聞こえてきた。
最初に戦った時、アランは真紅郎のことを女性だと勘違いして口説いてたからなぁ……その戦いでかなりボコボコにされたせいもあって、苦手意識を持ってるみたいだ。
まぁ、今はそんなこと気にしている余裕はないはず。諦めろ、アラン。
「ひぃ! い、忙しいッス! 目が回るッス!」
「くぇー!?」
すると、機竜艇の中を慌ただしげに走り回るシランと、同じように慌てふためくクロウシーフの子供のネロの姿。その手には握り飯の山が乗った大きなお盆を持っていた。
「シラン? それって……」
「これッスか!? ご飯食べる暇がないだろうから、配り回ってるんスよ!」
「なら、あたしも手伝う!」
シランは兵糧を配る仕事をしているみたいだ。それを見たやよいはフンッと気合いを入れてからシランの手伝いに走った。
それぞれが仕事をこなしながら、一丸となって災禍の竜と戦っている。俺たちも負けてられないな。
残された俺とサクヤが操舵室に入ると、忙しなく舵輪を回すベリオさんと計器と羅針盤に映し出された映像を確認しているボルクの姿。
「ボルク! 被害報告!」
「右舷船底にヒビ! 出力は問題なし!」
「ヒビ……おい、誰か右舷船底を確認してこい! 修理出来るならやっておけ! 突貫で構わん!」
どうやら災禍の竜の攻撃により、機竜艇の右の船底にヒビが入ってしまったようだ。飛ぶのに問題はなさそうだけど、放っておく訳にもいかない。
怒鳴り散らすように伝声管を通して指示を出すベリオさんに、サクヤが口を開いた。
「……ぼく、行ってくる」
「頼む! 穴が開かないように鉄板を張り付けろ!」
「……分かった」
ベリオさんの指示を聞いて、すぐにサクヤは走って操舵室から出て行く。
俺にも何か出来ることはないか。そう思っているとボルクが俺に気づいて声を張り上げた。
「タケル兄さん! 暇なら手伝って!」
「お、おう! 何をすればいい!?」
「オレの合図でそっちのレバーを引いて!」
指示されたレバーを掴むと、ボルクは羅針盤の映像を見ながらタイミングを見計らう。
「……今!」
「せぇの!」
ボルクの合図を聞いてすぐにレバーを引くと、機竜艇の心臓部からうなり声のような音が響いてきた。
周りの計器の針が揺れ動くと、機竜艇はグンッと速度を上げて災禍の竜が放ってきた火球を躱す。
「親方!」
「おうよ! 取り舵いっぱい! 急下降!」
限界ギリギリまで出力を上げたボルクがベリオさんに向かって叫ぶと、ベリオさんは舵輪を左に勢いよく回しながら近くにあったレバーを引く。
機竜艇は左に旋回しながら下降していき、左側面を災禍の竜へと向けた。
「左舷砲撃開始!」
ベリオさんの号令で左側面の大砲から砲弾が放たれると、災禍の竜はグンッと急上昇しながら砲撃を避け、機竜艇の上空へと舞い上がった。
上を取られたことにベリオさんは舌打ちを漏らす。
「そう何度も上を取れると思うな……目標、機竜艇上空! 対空砲用意!」
ベリオさんが指示を出すと、さっきまで俺たちがいた甲板の一部が重い音を立てながら開いていった。
そこから顔を出したのは上へと伸びる柱のような砲台。計六つの砲台は上を飛んでいる災禍の竜へと狙いを定める。
「ーー対空砲、発射!」
まるで打ち上げ花火のように砲弾が放たれた。上空から機竜艇に向かって下降してきた災禍の竜は想定外だったのか避けきれず、砲弾が着弾する。
「グルォォォォォォォォッ!?」
爆発に飲み込まれた災禍の竜の悲痛の叫びが空気を震わせた。
着弾した砲弾により突き刺さっていたアンカーがさらに奥深くまで刺さり、痛みに悶えながら災禍の竜は機竜艇の横を通り過ぎて落下していく。
だけど災禍の竜は牙を食いしばりながら翼を羽ばたかせて高度を戻し、次は船底から反撃をしようとしていた。
「親方! 下から来る!」
「フンッ、船底からなら攻撃が通るとでも思ったか? ナメて貰っちゃ困るな……」
羅針盤の映し出された映像から、災禍の竜は空気を思い切り吸い込んで機竜艇の船底に向かって火球を放とうとしていた。
そして、火球が放たれ船底に着弾する。下から突き出てくるような衝撃が走るも、機竜艇はいまだ健在だ。
「船底にも魔鉱石を使ってるんだ、生半可な攻撃は効かねぇぞ!」
魔鉱石の装甲は船底にも使われている。衝撃は襲ってきたけど大半の火球を弾くことに成功していた。
ニヤリと笑っていたベリオさんだったけど、そこでボルクの叫び声が響く。
「ちょっと親方! 右舷船底にヒビ入ってるって言ったじゃん!」
「あ……す、すまん」
「調子に乗らない! 右舷船底どうなってる!? 報告!」
いつもと立場が逆転し、ボルクに怒られるベリオさん。どうやらさっき、右舷船底にヒビが入っていると報告されたことを忘れていたみたいだ。
プンスカと怒りながら伝声管を通して報告を求めるボルク。
「……たんこぶ出来た。船底は無事。補修した」
伝声管から聞こえてきたのはサクヤの声だった。
今の衝撃でどこかにぶつけたのか、痛そうにしながら報告するサクヤにボルクは安堵の息を漏らす。
「よかった……今の攻撃での被害は軽微! 親方、あんまり被弾しないで! いくら機竜艇でも、何度も被弾してたら墜落するから!」
「……おう」
申し訳なさそうに舵輪を回すベリオさん。反省しているみたいだし、調子に乗って受け止めることはもうしないだろう。
操舵室から窓の外を見ると、災禍の竜は高度を上げながら機竜艇の目の前に躍り出ていた。
ギラギラとした紅い瞳と目が合い、ゾワリと寒気が走る。
間違いなく、災禍の竜が全力で攻撃を仕掛けようとしているのが直感で分かった。
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