十五曲目『惑わす音の花弁』

 ウォレスが思いきり叩いたシンバルの音が余韻を残して消えていく。

 一瞬にして静まり返った演奏から、サクヤが奏でる流れるようなピアノサウンドがゆっくりとしたテンポで始まっていった。

 ゆったりとした横ノリのリズムに合わせて、語りかけるようにマイクに向かって歌い出す。


「花よ 鳥よ 雄弁に咲き乱れ 大空を舞う」


 ビブラートを聴かせた俺のロングトーンが響き終わるのと同時に、やよいの力強いギターサウンドがかき鳴らされる。

 そこにサクヤの跳ねるようなピアノの音、ウォレスの疾走感のあるドラムストローク、真紅郎のスリーフィンガーによる速弾きが混ざり合い、グルーヴが生まれていく。

 この<花鳥風月>はサビから始まる曲だ。楽器隊の奏でる演奏を聴きながら足でリズムを取り、マイクに向かって声を叩きつける。


「今はまだ 咲かない 大輪 今はまだ 孵らない 未来」


 演奏が始まるとボロボロの災禍の竜の上に、大きな紫色の魔法陣が展開された。

 俺たちの魔力を取り込んで光り輝く魔法陣から、ヒラリと一枚の紫色に発光した魔力で出来た花弁が舞い踊る。


「風よ 月よ 颯爽と駆け抜けて 夜空を照らす 今はまだ 飛べない 翼 今はまだ 晴れない 暗雲」


 サビが終わり、演奏が落ち着きを取り戻した。

 ゆったりとしたリズムでやよいのギターとサクヤのピアノが奏でられていく。そのリズムに呼応するように、展開された魔法陣からヒラヒラと紫色の花弁が舞い散り始めた。


「あなたは 知らない この世界は 美しいと だからと 嘆いて 壊さないで 尊いものを」


 Aメロを囁くように静かに、それでいて力強さを残すように歌い上げる。

 舞い踊る花弁たちに災禍の竜は戸惑い、翼を羽ばたかせて吹き飛ばそうとしていた。

 だけど花弁は巻き起こされた風に靡くことなく、ヒラヒラと災禍の竜を覆い尽くすように舞い続ける。


「春風や 冬の雪 それは限りなく 壮大で 降り頻る 満開の 花は一面を 照らすのさ」


 サビに向かって徐々に盛り上げるようにBメロを歌う。その頃には災禍の竜は紫色の花弁に埋め尽くされ始めていた。

 煩わしいと翼を羽ばたき、尻尾を振り回しても花弁は惑わす・・・ように降り注ぐ。

 災禍の竜の視界は紫色に染まっていることだろう。何も見えず、どれだけ抵抗しようと花弁が消えることはない。

 ニヤリと笑いながらゆっくりと息を吸ってサビに入っていった。ここからがこのライブ魔法の真価・・が発揮される。


 さぁ、音に惑えーーッ!


「花よ 鳥よ 雄弁に咲き乱れ 大空を舞う 今はまだ 咲かない大輪 今はまだ 孵らない 未来」


 サビを歌い始めると、災禍の竜の周りを舞っていた花弁が強く発光していった。

 そして、俺の歌声とみんなの演奏の音が、花弁を通して反響する。


「ーーグルォォォォォォォォン!?」


 災禍の竜は悲鳴を上げながら空中で悶え始めた。

 今の災禍の竜は全方向から反響した大音量の俺たちの演奏が鳴り響き、視界は紫色の花弁により何も見えなくなっているだろう。


 これこそが、この<花鳥風月>のライブ魔法の効果。その効果は音で聴覚を狂わせ、花弁で視界を惑わせる……対軍幻惑魔法・・・・・・


 災禍の竜を包み込むように紫色の花弁がドーム上になり、その中では俺たちが奏でた音が大音量で反響している。

 もはや災禍の竜は自分がどこを向いているのか、俺たちがどこにいるのか分からないはずだ。

 

「風よ 月よ 颯爽と駆け抜けて 夜空を照らす 今はまだ 飛べない 翼 今はまだ 晴れない 暗雲」


 サビが終わると機竜艇が発進し始めた。

 広げた翼で気流に乗り、弧を描きながら花弁のドームに包まれた災禍の竜へと近づいていく。


「左舷砲撃用意!」


 ドームの周りを旋回するように機竜艇を操縦しているベリオさんの声が、伝声管を通って伝わった。

 すると左側面にある大砲が顔を出し、砲弾の装填が始まる。


「……装填、完了」

「ーー砲撃開始ぃぃぃぃ!」


 砲撃部隊のリーダー、ロクの報告を聞いてすぐにベリオさんは砲撃開始の合図を出した。

 そして、左側面の大砲が轟音を響かせながら砲撃を始める。


「グルゥオォォォォォォォォッ!?」


 放たれた砲弾はドームを突き抜け、中にいる災禍の竜に着弾した。爆音と共に災禍の竜の悲鳴が響いていく。

 ドームの周りを飛びながら砲撃し続けていると、伝声管から黒豹断の過分の一人、弓使いのアランの声が聞こえてきた。


「ーー反撃が来る! すぐに回避!」

「おうよ! 面舵いっぱい!」


 アランは弓使いとして鍛えられた視力を買われ、ベリオさんとボルクがいる操舵室の上にある見張り台で監視員をしている。

 そのアランが自慢の視力でドームの中にいる災禍の竜の動きを見て、反撃してくることを知らせた。

 ベリオさんはすぐに舵輪を回して船体を右に旋回すると、ドームから火球が飛び出してくる。

 船体を斜めにしながら機竜艇は飛んできた火球を避けた。もし、アランの報告がなければ直撃したことだろう。

 そのまま機竜艇はさっきとは逆回りでドームの周りを飛び、右側面の大砲が顔を出した。


「ーー右舷砲撃用意!」


 機竜艇の砲撃は終わらない。すぐに右側面の大砲に砲弾を装填すると、ベリオさんの号令でまた砲撃を始めた。

 絶え間なく襲いかかる砲撃の嵐に、災禍の竜が悲痛の叫びを上げている。

 圧倒的な暴力で全てを葬ってきた災禍の竜に、今まで戦ってきた相手は力によって対抗してきたはずだ。

 力対力による戦いで勝ち残ってきた災禍の竜にとって、俺たちのライブ魔法は予想外だっただろう。

 幻惑されている災禍の竜は花弁から逃れようと必死に抵抗してるけど、俺たちが逃がすはずがない。


「あなたを 責めない この世界は 許すよ あなたも 世界の 一部だから そうだよ」


 俺はそのまま二番を歌い始めた。

 俺の歌声とみんなの演奏、そして機竜艇の砲撃の音が重なり合う。


「夏のや 秋の色 それは素晴らしく 燦々と 降り注ぐ 鮮明な 夕焼けは空を 焦がすのさ」


 花弁のドームから放たれる火球や暴風を伴った風の刃が機竜艇に襲いかかってきた。

 機竜艇は翼を畳みながら気流に乗り、後ろのジェットから魔力を噴き出しながら蛇行して躱していく。

 災禍の竜は襲ってくる砲撃で機竜艇がいるところを予測して反撃しているんだろう。だけど視覚と聴覚を幻惑されているせいで、時々全然違う方向に攻撃が放たれている。

 それでもかなりの確率で機竜艇に攻撃をしている辺り、さすがは歴戦のモンスターと言ったところか。


「ーーだが、甘く見るなよ。右舷アンカー用意!」


 ベリオさんは舵輪を回し、機竜艇を急速旋回させて右側面をドームの方に向けると、伝声管を通して指示を出した。

 すると、大砲の上の方がゆっくりと開き始める。


「アンカーの準備、完了ッス!」


 そして、伝声管からシエンの声が響いた。

 そのままドームの方に近づき、タイミングを見計らってベリオさんが号令を出した。


「ーーアンカー射出!」


 合図と共に、開かれた箇所から噴出音が聞こえるといくつもの巨大な鋼鉄製のアンカーが放たれた。

 尖った爪のようなアンカーはドームを突き進み、中にいる災禍の竜の身体に突き刺さる。

 災禍の竜の悲鳴が轟くと、アンカーに繋がれた極太のワイヤーがピンッと張り、機竜艇と災禍の竜が繋がれた。


「このまま砲撃だ! どんどん撃て!」


 いくつものアンカーに拘束された災禍の竜に向かっ

て、砲撃が開始する。

 ただでさえ俺たちのライブ魔法によって幻惑されているのに、そこに逃げられないようにアンカーで拘束されて砲撃を受ける災禍の竜は、悲鳴を上げることしか出来ずにいた。


「花よ 鳥よ 雄弁に咲き乱れ 大空を舞う 今はまだ 咲かない 大輪 今はまだ 孵らない未来」


 二番のサビに入り、災禍の竜を取り囲む紫色の花弁がまた発光し始めた。ドームの内部で俺たちが奏でた音が大音量で反響し、災禍の竜の聴覚を狂わせる。

 災禍の竜の悶え苦しむ声が聞こえたかと思うと……。


「ーー光線が来る! 全力で逃げろぉぉぉぉぉ!」

「ちぃ! 全力回避!」


 監視していたアランの焦った声が響いた。

 その瞬間、ドームを突き抜いて紅い稲妻を纏った黒い光線が機竜艇に向かって放たれる。

 ベリオさんは舌打ちしながら舵輪を勢いよく回し、船体を真横に近いぐらいに斜めにしながら避けようとしたけど、躱し切れずに光線が船底近くを掠めていった。

 掠めただけで機竜艇に重い衝撃が走り、地震が起きたように揺れ動く。

 思わず演奏が止まり、バチンッと大きな音を立ててアンカーに繋がれていた極太のワイヤーが切れてしまった。


「おわぁ!?」


 剣を甲板に突き立てて投げ出されないように堪える。

 どうにか船体を元に戻した機竜艇だけど、中にいる全員が慌てふためいていた。


「ボルク! 損傷は!?」

「右船底に軽微損傷! だけど穴は開いてないよ! 魔鉱石の装甲が光線を反らしたみたい!」


 ボルクは羅針盤に映し出さされた機竜艇の全体図を確認し、光線で受けたダメージを報告する。

 その声は伝声管を通り全員に伝わり、墜落の危機を免れたことで慌てていた空気が少し落ち着いた。

 だけど、問題はそれだけじゃない。


「……グルルルルル」


 ライブ魔法が中断され、災禍の竜を覆っていた紫色の花弁で出来たドームは消えていた。

 災禍の竜は血だらけで、身体にアンカーが突き刺さったまま忌々しげに機竜艇を睨みつけ、喉を鳴らしている。

 光線を放ち終わった口からは黒煙が漏れだし、鋭い牙を剥き出しにして怒りを露わにしていた。

 

「……フンッ、まだやれるようだな。ならば、もっと味わうがいい。この機竜艇の力を!」


 怒り狂っている災禍の竜に臆することなく、ベリオさんは鼻を鳴らしながら言い放つ。

 ベリオさんのやる気に呼応するように、機竜艇はうなり声のような音を立てて後ろのジェットから魔力を吹き出した。

 ライブ魔法はもうこれ以上使えない。あまり魔力を使いすぎると、いざ地上戦になった時に戦えなくなるからな。ここからは、機竜艇に任せるしかない。 

 災禍の竜の雄叫びと、機竜艇のうなり声が交錯する。


 生きた災害と呼ばれる黒竜と、技術の粋を集めて作られた機会仕掛けの竜の戦いが、幕を開けた。

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