十三曲目『全力メドレーライブ』

 曲名を告げた瞬間、弦をかき鳴らして歪んだ音を奏でたやよいのギターソロから演奏が始まる。

 そこにウォレスのドラム、真紅郎のベースが入り、サクヤのキーボードが演奏に彩りを加えていく。

 初っぱなからガンガンと激しく始まった<壁の中の世界>。ライブ魔法の一発目・・・に相応しい曲だろう。

 リズムに合わせて肩を揺らしながら、歌う前にマイクを通してベリオさんに向かって叫ぶ。


「ーーベリオさん! 災禍の竜を追いかけるように飛んでくれ!」

「フンッ、振り落とされるなよ!」


 俺の指示通りにベリオさんは機竜艇を操縦して災禍の竜を追いかけていく。翼を傾けて船体を斜めにしながら、右から弧を描くように災禍の竜に近づき、射程距離に入ったのを確認してから、俺は一番の歌詞を歌い始めた。


「君に届いているだろうか あの日の地の温もりは 君に聞こえているだろうか あの日君に伝えたかった言葉は」


 Aメロの歌詞を歌い上げると、俺たちの周りを取り囲むように無数の紫色の魔法陣が展開される。

 俺たち五人の魔力が魔法陣に集まっていくと、演奏に合わせて魔法陣たちが激しく発光し始めた。


「遠く離れた見知らぬ土地で 君は同じ空を見て何を思う?」


 ウォレスのドラムが激しさを増していき、追従するように真紅郎のベースが地を這うような重低音を奏でる。そこにやよいがディストーションを強くかけながら疾走するようにギターを弾き、サクヤが跳ねるように鍵盤を叩いて機械的なシンセサイザーの音を鳴らした。


「ーーグ、ル……ッ!?」


 ふと、災禍の竜に目を向けると……災禍の竜は俺たちの音楽を聴いて目を見開いている。

 まるで何かを思い出したかのように、驚くように。

 様子のおかしい災禍の竜に疑問を覚えつつ、俺はCメロの歌詞を歌い上げる。


「金魚鉢を勝った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに」


 Cメロが終わり、サビに入る前に演奏が一瞬だけ止まった。

 左手に持った剣を災禍の竜に向けると、俺たちの周りに展開していた無数の魔法陣がまるで銃口を向けるように災禍の竜の方を向き、最大まで充填した魔力が今にも弾けそうなほど光り輝く。

 そして、俺が剣を振り払うのを合図に静けさを打ち破るように演奏が再開され、駆け抜けるようにサビに入った。


「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声は小さな部屋でしか響かない」


 サビに入った瞬間、魔法陣から紫色の光線が放たれる。

 この曲でのライブ魔法の効果は、対軍殲滅砲撃魔法。大多数を相手に使う魔法を、災禍の竜に向けて発射させた。

 俺たちの演奏が始まってから動きが止まっていた災禍の竜は、向かってくる光線を見て我に返り、慌てた様子で翼を羽ばたかせて上昇しながら光線を避ける。

 逃がさない。俺の意志に合わせて魔法陣が動き、災禍の竜を追って光線を放ち続けた。


「音は広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか」


 最後を音程を下げながらシャウトし、一番の歌詞が終わる。

 その間も放たれる光線に災禍の竜は空を飛び回りながら躱していく。無数の光線の間を縫うように飛び、時にバレルロールしながら避け、急上昇と急下降を繰り返していた。

 あの巨体のくせに、なんて動きだ。歯を食いしばりながら自分の意志で無数の魔法陣を一つの大きな魔法陣に変え、そこから極太の光線を放つ。

 薙ぎ払うように放たれた光線は、とうとう災禍の竜の身体を捉えた。


「ーーグルオォォォォォォォン!?」


 被弾した災禍の竜が首をもたげながら悲鳴を上げる。ようやくダメージを与えることが出来た。

 照射され続けていた災禍の竜は必死に身体をくねらせながら、光線から逃れる。堅い甲殻から黒い煙を上げ、苦悶の表情を浮かべていた。

 俺たちのライブ魔法は、災禍の竜相手でも通用する。それが分かった俺はニヤリと笑いながら、後ろにいるみんなに目配せした。


「ーー次! <宿した魂と背中に生えた翼>行くぞ!」


 壁の中の世界から、宿した魂と背中に生えた翼に曲を変える・・・・・

 今までやったことがない、ライブ魔法の連続使用・・・・。これが災禍の竜との空中戦で、俺たちが練った作戦だ。

 演奏が止まり、展開していた魔法陣が消えてから俺は思い切り息を吸い込み、右手に持ったマイクに向かって声を叩きつけた。


「センセーション? そんなもん殴り飛ばせ イマジネーション? それがなきゃ人間じゃねぇ」


 この曲は俺のソロパートから始まる。

 マイクを通した声を自分の意志で加工させ、篭もったようなラジオボイスに変えながらAメロを歌い上げた。

 そして、ウォレスの小刻みに速いドラムストロークと真紅郎のスリーフィンガーによる速弾き、やよいの擦れたような長く潰れたギターの音色が入っていく。

 最後にサクヤのシンセサイザーの音色が混ざり、疾走感の溢れる縦ノリのリズムに合わせてBメロを歌う。


「ロックは 俺の魂に 刻んでる 旅の道具は それだけで 充分だ」


 新たに展開された紫色の魔法陣に、魔力で出来た風が集まっていく。

 狙うはもちろん、光線が直撃して動きが鈍っている災禍の竜だ。


「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」


 最後のフレーズでシャウトすると、集まった風が螺旋を描きながら五本の竜巻を作り上げていく。

 生み出した竜巻はうねりを上げながら災禍の竜へと向かっていった。


「音楽は世界を救う いや救うのは俺だ 誰にも譲らねぇ 祈りより大事だろ? 刻め、ロックは ここにあるんだ」


 激しく熱い曲調に合わせて竜巻は勢いを増し、災禍の竜を襲う。だけど災禍の竜は牙を剥き出しにしながら巨大な翼を羽ばたかせ、暴風を巻き起こした。

 無数の風の刃を伴って放たれた暴風と、俺たちが生み出した五本の竜巻がぶつかり合い、周囲の森を吹き飛ばしながら拮抗する。

 ビリビリとこちらにまで余波が吹き荒れ、機竜艇がグラグラと揺れ動いた。


「ぐぅ! なんという威力だ。初めて見たが、こいつは凄まじい……これがタケルたちのライブ魔法か!」


 荒れ狂う風の奔流に焦った様子のベリオさんの声が伝声管から聞こえてくる。それでもベリオさんはどうにか船体を安定させ、気流に乗って災禍の竜の周りを旋回していった。

 大きく何度も翼を羽ばたかせる災禍の竜に、五本の竜巻が押し返されそうになっていく。

 だったら、もっと強くーーッ!


「ラブ&ピース? 世界はそれで回ってる それでフィニッシュ? だからなんだ!」


 感情を込めながら掠れたラジオボイスで声を張り上げて二番に入ると、俺の感情に呼応するようにみんなの演奏にも熱が篭もっていった。


「遊びで こんな翼 生やしちゃいない 初めは 白かった 今は薄汚れた灰色」


 押し返されそうになっていた五本の竜巻は一つに纏まり、巨大な竜巻に姿を変える。

 規模を大きくしながら全てを飲み込むように螺旋を描く竜巻に、災禍の竜が巻き起こした暴風が押し返されていく。

 目を見開いて驚いた災禍の竜は、一度翼を羽ばたかせるのをやめて大きく仰け反りながら息を吸い込んだ。


「ーーグルオォォォォォォォォッ!」


 咆哮と共に吐き出されたのは巨大な火球。火球は火の粉を散らしながら竜巻を破壊しようと竜巻に着弾し、轟音が響き渡った。

 だけど、ナメて貰っちゃ困るな。この曲のライブ魔法ーー広域型殲滅魔法は、国一つ滅ぼすほどの自然災害を相手にしたことがあるんだ。

 その程度の火球で、壊せると思うなよーーッ!


「綺麗事で塗り飾られた この物騒な世の中を ぶん殴るために俺は」


 全力でシャウトすると、巨大な竜巻が勢いを増しながら災禍の竜に迫っていく。

 災禍の竜が何度も火球を放ってくるも竜巻は物ともせずに、むしろ火球を飲み込んでさらに大きくなっていった。


「音楽は世界を救う いや救うのは俺だ 誰にも譲らねぇ 祈りより大事だろ? 刻め、ロックは ここにあるんだ」


 俺の歌声とやよいたちの演奏が背中を押すように空気を震わせ、とうとう竜巻は災禍の竜を飲み込んだ。

 災禍の竜は声にならない悲鳴を上げながら竜巻

の中心で、無理矢理上下左右にグルグルと回っていく。

 そのまま竜巻の上から飛び出した災禍の竜は、平衡感覚が狂ったのか錐揉み回転しながら地面に向かって落下していった。

 これで地面に落ちてくれれば、そこからは地上戦が始まる。作戦通りに事が進んだのか、と思った途端……。


「ーーグルゥオンッ!」


 落下しながら顔をブンブンと振った災禍の竜は身を翻し、地面に落ちる前に翼を羽ばたかせて飛び上がった。

 災禍の竜はフラフラとしながらどうにか空中で止まっている。これは、チャンスだ。


「ーーレイド! キツいの一発かましてやれ! 次は<リグレット>だ!」


 竜巻を霧散させてから、三曲目に入る。

 俺の指示に頷いたレイド、そしてレンカとヴァイクもワイバーンにかけられた手綱を引いて災禍の竜へと向かっていった。

 曲名を告げるとウォレスはバスドラムを模した魔法陣を力強く叩き、陣太鼓のような腹に響く重低音を轟かせる。

 鼓動のように一定のリズムで響くドラムの音に、やよいのギターと真紅郎のベースが静かに混ざり、サクヤのシンセサイザーとピアノの音が合わさっていく。

 戦場に赴く戦士たちを鼓舞するように静かに、情熱的に始まったイントロを聞きながら、さっきまでの激しさをグッと抑えて低く、それでいて徐々に燃え上がるように歌い始める。


「君の懺悔が聞こえた気がした 遠く離れたこの地で 君の懺悔はチャペルに響く 戦場の僕の背を押した」


 歌声と演奏が波紋のように広がっていくと、ワイバーンに乗ったレイドたちの身体が紫色の光り始めた。


「なんだこれは……力が、沸き上がってくる……ッ!」


 最初は驚いていたレイドは不敵に笑みを浮かべると、一気に災禍の竜の上に飛ぶ。そして、ワイバーンから飛び降りると握っていた剣を思い切り振り上げながら怒声を上げた。


「デェアァァァァァァァァァァァッ!」


 振り下ろされた剣は災禍の竜の頭頂部に叩き込まれ、鈍い音が轟く。

 重い衝撃を受けた災禍の竜の身体がガクンッと下がった。


「ゴ、ガ……ッ!?」


 あまりの衝撃に災禍の竜は状況が飲み込めていないのか疑問符を浮かべながら身体をぐらつかせた。

 ワイバーンに回収されたレイドは目をパチクリさせながら剣を眺める。


「これは、凄まじいな……」


 俺たちが演奏しているリグレットのライブ魔法の効果。それは、味方の能力強化。

 その恩恵を受けたレイドの攻撃は今までの比じゃないほど強化され、災禍の竜にダメージを与えることが出来ていた。


 さぁ、まだまだ行くぞ。


 戦況は変わり、俺たちが優位になってきている。この流れを維持するため、俺たちはそのまま演奏を続けた。

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