十二曲目『白熱する攻防』

 空を舞う災禍の竜に向かって、三方向から魔族を乗せたワイバーンが迫る。左右に分かれたレンカとヴァイクはそれぞれ武器を構えた。

 レンカは木と鉄で出来たボルトアクションのライフルを。ヴァイクは身体に巻き付けたいくつものホルスターからフリントロック式の銃を二丁抜き、銃口を災禍の竜へと向ける。

 そして、最後にレイドは峰に沿うようにダブルバレルショットガンが取り付けてある分厚い片刃剣を構え、叫んだ。


「レンカ! ヴァイク! 二人で災禍の竜の攪乱! 私は前に出る!」

「えぇ、分かったわ!」

「……了解」


 レイドの指示を聞いた二人は、それぞれ引き金を引いた。

 レンカのライフルからは一直線に炎の槍が放たれ、ヴァイクの二丁の銃からは風の刃が災禍の竜を襲う。

 一般的な魔法よりも高威力の攻撃が直撃するも、災禍の竜の宵闇のように深い黒色の甲殻に傷一つも付いてなかった。

 攻撃を受けた災禍の竜はダメージはなくても煩わしさを感じるのか、牙を剥き出しにして攻撃してきた二人に目を向ける。

 その隙を狙ったレイドは、ワイバーンから飛び降りると災禍の竜に向かって剣を振り下ろした。


「デェアァァァァァァァッ!」


 怒声を上げ、落下スピードに加えて全体重を乗せた一撃が、災禍の竜の背中に叩き込まれる。

 鈍い金属同士がぶつかり合ったような音が響き、レイドの剣は弾かれてしまった。


「ぐっ……やはりこの程度の攻撃は通じないか」


 弾かれたレイドは空中でクルリと一回転すると、タイミングよく近づいてきたワイバーンの背中に着地してすぐにその場から離れる。

 レイドの一撃でも、災禍の竜にとっては蚊に刺された程度だろう。災禍の竜は苛立たしげにレイドが乗っているワイバーンに向かって、反撃とばかりに火球を吐き出した。

 放たれた火球は全部で三つ。その大きさは直径三メートルぐらいで、太陽のように燃えたぎりながら火の粉を散らしてレイドに向かっていく。

 レイドが乗ったワイバーンは翼を畳んで急降下しながら一つ目を躱し、グルリとバレルロールしながら二つ目を避け、三つ目は急上昇してどうにか避けきった。

 全て回避された災禍の竜は悔しげに牙を鳴らすと、また息を吸ってレイドに攻撃しようとしている。

 

「させないわよ!」


 そこをレンカが引き金を引き、災禍の竜の側頭部に向かって炎の槍を放つ。目の近くに直撃した炎の槍に、災禍の竜は攻撃を中断してブルブルと首を振った。

 災禍の竜は恨めしげにレンカの方に目を向けると、次にヴァイクが反対側から向かっていく。


「そんな暇があるとでも?」


 ヴァイクは撃ち終わった二丁の銃をホルスターに仕舞うと、すぐに新しく別の銃を二丁抜き放ち、素早い動作で引き金を引いた。

 銃口から放たれた二つの風の刃が災禍の竜の首に着弾する。左右からの攻撃に攪乱されっぱなしの災禍の竜は、面倒臭いとばかりに長い尻尾を薙ぎ払った。


「ーーちぃ!」


 風を切り、大木よりも太い尻尾がヴァイクに襲いかかる。ヴァイクは舌打ちしながらワイバーンの背中を蹴り、薙ぎ払われた尻尾の上を跳んで躱した。

 どうにか尻尾を避けたヴァイクは重力に逆らえずに落下していくと、そこにレンカを乗せたワイバーンがヴァイクを拾う。


「大丈夫かしら、ヴァイク?」

「……問題ない」


 ニヤニヤと笑うレンカに、ヴァイクはそっぽを向きながらぶっきらぼうに答える。

 尻尾を薙ぎ払った災禍の竜はその勢いのまま振り返り、二人に向かって大きな両翼を勢いよく羽ばたかせた。

 羽ばたいた翼は暴風を巻き起こし、かまいたちのような無数の風の刃が二人を襲う。それを見たレンカは慌てて右手を向けると、目の前に渦を巻いた風の盾を五枚展開させた。

 無数の風の刃と風の盾がぶつかり合う。レンカの強固な防御魔法は無数に襲ってくる風の刃に為すすべもなく、一気に四枚の風の盾が霧散した。


「あぁ、もう! これならどう!?」


 歯を食いしばりながらレンカは更に渦を巻いた炎の盾を五枚展開させる。そこまでしてようやく風の刃を防ぎきることに成功した。

 凌ぐことが出来て一安心するレンカだったけど、災禍の竜は容赦なく口を大きく開いて火球を吐く準備を始めていた。

 さすがに怒濤の連続攻撃を防ぐことはレンカでも厳しいだろう。その場から逃げようと手綱を引いて移

動しようとした時、レイドを乗せたワイバーンが災禍の竜の背後を取った。


「どこを見ている? 私を忘れて貰っては困るな!」


 そう言ってレイドは剣の峰に取り付けてあるダブルバレルを向け、柄の引き金を引く。

 放たれたのは赤いレーザー光線。炎属性の魔法、<クリムゾン・レイ>だ。

 災禍の竜の背中に照射されたレーザーは、堅い外殻を貫こうと煙を上げる。局所に集束させた熱量に災禍の竜は顔だけ振り返り背後にいるレイドをギョロリと睨むと、翼を羽ばたかせてその場で後方に一回転した。

 その巨体からは考えられないほど軽やかな動きで一回転した災禍の竜は、長い尻尾を勢いよくレイドに向かって叩きつける。


「レイド!」


 咄嗟にレンカはレイドを守るように十枚の盾を展開させた。だけど災禍の竜の全体重を乗せた尻尾の叩きつけを防ぐことが出来ず、ガラスが割られるように音を立てながら軽々と霧散していく。

 それでも盾による僅かな時間稼ぎのおかげで、レイドはその場から離れることが出来た。

 空を切った尻尾は暴風を巻き起こし、その余波により地を割るように森が一直線に吹き飛ばされる。

 一撃でもまともに喰らえば間違いなく即死。まさに生きた災害だ。

 だけど、負けてられない。魔族たちだけに戦わせる訳にもいかないと、操舵室にいるベリオさんの声が伝声管から響き渡った。


「面舵いっぱい! 災禍の竜の側面を通るぞ! 左舷砲撃用意!」


 機竜艇は斜めになりながら災禍の竜の右側に向かって移動し、船体の左側面から大砲が顔を出す。


「……装填、完了」


 伝声管から聞こえてきたのは黒豹団の幹部の一人で筋骨隆々の男、ロクの声。ロクは自慢の肉体を活かし、砲弾の装填と砲撃部隊のリーダーとして指示を出す仕事を任されている。

 そのロクからの伝令を聞いたベリオさんは、タイミングを見計らって号令を出した。


「ーー砲撃開始!」


 災禍の竜の右側を通り過ぎながら、轟音を響かせて砲弾が放たれる。絶え間なく放たれた砲撃の嵐は災禍の竜に直撃し、爆音が轟いた。


「ーーグルルゥゥ……ッ!」


 砲撃ぐらいでダメージを与えられるとは思ってなかったけど、連続で撃ち込まれた砲弾の衝撃に災禍の竜が怯んでいた。

 そのまま災禍の竜を通り過ぎた機竜艇は、翼を少し畳みながら弧を描いて旋回する。


「ーー取り舵いっぱい! 右舷砲撃用意!」


 次に船体の右側面から大砲が顔を出した。

 来た道を戻るように反転した機竜艇は、また災禍の竜へと砲撃しようとすると……。


「ーーグルゥオォォォォォォォォン!」


 そうはさせないと災禍の竜は咆哮し、大きく息を吸い込みながら口に高密度の魔力を集めていく。

 あれは、最初の一撃……空を焼いた光線を放つ前動作だ。

 あの一撃を喰らう訳にはいかない。すぐにベリオさんは声を張り上げる。


「荒っぽくいくぞ! 全員どっかにしがみつけ!」


 慌てて甲板の鉄柵に掴まると、機竜艇は後方のジェットから魔力を吹き出しながら翼を畳み、真横に近いぐらい船体を傾けながら光線の範囲外から移動する。

 その瞬間、災禍の竜の口から紅い稲妻を纏った黒い極太の光線が放射された。

 光線は森を焼き払いながら一直線に放たれ、周囲を取り囲んでいた岩山を貫いて遠くまで伸びていく。

 光線の余波に巻き込まれた機竜艇は砲撃することなく災禍の竜から離れていった。


「あっぶねぇ……」


 平行に戻った機竜艇の甲板で額の脂汗を腕で拭いながら呟く。

 あんなの喰らったら機竜艇でも耐えきれない。まさに間一髪、と冷や冷やしているとレイドを乗せたワイバーンが機竜艇に近づいてきた。


「あまり前に出過ぎるな! 貴殿らはライブ魔法に集中しろ!」

「フンッ、そうさせて貰う。そう何度も避けられるとは思えんからな」


 レイドの一喝に伝声管からベリオさんの声が響く。さすがに前に出過ぎたことをベリオさんも反省しているみたいだ。

 こうなるとライブ魔法の準備が出来るまでレイドたち魔族に任せるしかなさそうだな。


「タケル! ライブ魔法の準備が出来たら合図をしてくれ! すぐに待避する!」

「分かった! いつでも始められるから、隙を見てライブ魔法をやる!」


 改めて定位置に着いた俺たちは、ライブ魔法の準備を始めた。

 ライブ魔法を始めるのはいつでも出来る。ただ、そのためには災禍の竜に隙が出来てからだ。

 そのためにもレイドたちには頑張って貰わないとな。そう思っているとアスワドが鼻を鳴らしながらレイドに声をかけた。


「おい、少し乗せてけ」


 アスワドは返事を待たずに船首から跳ぶと、レイドを乗せたワイバーンの足に掴まる。

 レイドは何も言わずに手綱を引っ張ると、ワイバーンは翼を羽ばたかせて機竜艇から離れていった。

 ワイバーンの足に掴まったアスワドは、片手にシャムシールを構えながらニヤリと不敵に笑う。


「俺は俺で、好きにやらせて貰うぜ……」


 レイドは高度を上げて災禍の竜の上に飛ぶと、アスワドは周囲を見渡し始めた。


「……ちょっとばかし足りねぇな。雨でも降ってくれればよかったが、まぁいい」


 アスワドはワイバーンの足から飛び降りると、真っ直ぐに災禍の竜に向かって落下していく。

 そのままアスワドは無防備な災禍の竜の背中に向かってシャムシールの刃先を向けると、勢いよく突き立てた。


「ぐあッ……堅ぇな、おい!」


 いくら魔装と言えど、災禍の竜の堅い甲殻を突き刺すことは出来ない。ただ、アスワドは気にした様子もなくシャムシールを杖にしながら災禍の竜の背中に立ち、笑みを浮かべた。


「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取り我が往く道を指し示せ>ーー<アイス・シャックル!>」


 災禍の竜の背中で詠唱したアスワドは、思い切り右足で背中を踏みつける。すると、その足下を中心に広範囲に凍っていった。

 自身の背中が凍り付いたのとアスワドが乗っていることに気づいた災禍の竜は、怒り狂いながらその場で暴れ出し、アスワドを振り落とそうとする。

 だけどアスワドは背中を凍らせて出来た氷にシャムシールを突き立て、振り落とされないように必死に堪えていた。


「おっと! こいつはとんだ暴れドラゴンだな! だが、んな程度じゃ俺を落とすのは無理だぜ!」


 アスワドの挑発が聞こえたのか、災禍の竜は憎たらしげに喉を鳴らすと翼を大きく広げて天に向かって咆哮する。

 すると空に雲が集まり、この森一帯を覆うように黒雲が広がり始めた。


「ーーグルオォォォォォォォォォン!」


 雄叫びを上げると黒雲に稲光が走り、ポツポツと雨が降ってくる。その雨は一気に激しさを増し、豪雨になった。

 打ち付けてくる豪雨と一緒に、雷鳴が轟く。そして、黒雲からレイドたち魔族を狙うように落雷が降り注いだ。


「ぐっ!」

「きゃ!?」

「ちぃ!」


 レイドたち三人は慌てて襲いかかる落雷を避ける。明らかにあの雷は、災禍の竜が操っているものだ。

 雷はレイドたちだけじゃなく、背中にいるアスワドにも襲いかかってきた。


「ちっ! てめぇの身体だっていうのに、容赦ねぇな!」


 強固な甲殻に自身があるからこそ、災禍の竜は遠慮なく自身の背中に雷を落とし続ける。

 さすがにアスワドは雷を避けようと背中を走って逃げ始めた。不安定な背中の上でも軽やかに走って避けながら、災禍の竜の顔に向かって走り抜けていく。


「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ。今こそ手を取りかの者に凍獄の拷問を>」


 雷を避けながら詠唱したアスワドは、足下を凍らせながら叫んだ。


「<アイシクル・メイデン!>」


 詠唱を終えたアスワドの足下から氷柱が生え、災禍の竜の顔めがけて放たれた。

 氷柱は災禍の竜の頬に当たり、パキパキと凍り付かせていく。ダメージを与えるというより、動きを阻害させるためにアスワドは氷柱を放ったみたいだ。

 災禍の竜は煩わしいと顔を振って氷を砕くと、大きく身体をくねらせてアスワドを振り落とした。

 そのまま落下していくアスワドを、レイドを乗せたワイバーンが回収する。


「無茶をしすぎだ!」

「ハンッ、だけどこれでかなり時間は稼げただろ?」


 アスワドのおかげでライブ魔法の準備は完了した。あとは災禍の竜が隙を見せれば……と、思った時。

 災禍の竜はギョロリと怒りに染まった瞳を向けると、近くにいたレンカに向かって手を伸ばした。


「え? きゃあぁぁ!?」

「レンカ!」


 咄嗟のことに反応出来ず、レンカを乗せたワイバーンが災禍の竜に掴まってしまう。

 すぐにレイドとヴァイクが助け出そうとしたけど、災禍の竜は咆哮して雷を落とす。落雷に阻まれたレイドとヴァイクは近づくことが出来ないでいた。


「グルルル……」


 災禍の竜はまるであざ笑うように口元を歪ませると、大きく口を開いてレンカとワイバーンを噛み砕こうとする。

 暴れるワイバーンとレンカだけど、災禍の竜から逃れることが出来ない。


「このぉ!」


 それでもレンカは盾を展開して抵抗した。大きく開いた口に向かって展開された盾は、鋭い牙によって軽々と割られていく。


 このままだと、レンカは無惨にも牙の餌食にされる。誰もがその光景を幻視したーーその時。


「グルゥ!?」


 災禍の竜の身体に体当たりをしたのは、災禍の竜よりも一回り小さいぐらいの氷で出来た龍だった。

 長い身体をくねらせながら災禍の竜に巻き付いていく氷の龍。抵抗した災禍の龍がレンカを乗せたワイバーンから手を離した。

 レンカの危機を救ったのは、レイドのワイバーンの足に掴まったアスワドだ。


「ハンッ! おい、災禍の竜。俺の前でこんなに雨降らすなんてな。おかげで、今までで一番でかいのが作れたぜ……ッ!」


 アスワドを振り落とそうと災禍の竜は天候を変え、豪雨と落雷を降り注がせた。

 だけど、それは悪手。氷属性の魔法を使うアスワドにとっては、最高の天気だ。

 空気中に漂う水分を集め、巨大な氷の龍を作り出す魔法<ブリザード・ファフナー>。

 氷の龍を意のままに操り、災禍の竜の身体に巻き付かせたアスワドは俺たちに向かって叫んだ。


「出番だぞ、てめぇら! 思いっきり、ぶちかませぇぇぇ!」


 災禍の竜は氷の龍に巻き付けられ、身動きが取れないでいる。

 ようやく見せた、大きな隙だ。それを逃さない訳にはいかないだろ!

 ライブ魔法をする準備が出来た合図として、俺はマイクに向かって声を叩きつける。


「ーーハロー! 災禍の竜! てめぇが生きた災害だろうと、世界を滅ぼす強大なドラゴンだろうと、俺たちには関係ねぇ!」


 ビリビリとマイクを通した俺の叫びが響いていく。

 相手がどんな奴だろうが関係ない。俺たちの音楽でぶっ飛ばす。

 

 ーー覚悟はいいか、災禍の竜? 俺たちが奏でる音に、狂え。


「てめぇはここで止める! 俺たちのライブで! 行くぜーー<壁の中の世界>」


 曲名を告げ、俺たちは演奏を始めた。

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