十一曲目『決戦の幕開け』


 にんげんとであってから、ドラゴンははじめて「たのしい」というきもちをしりました。

 にんげんはせかいを◼️◼️いながら、たびをしているとはなしていました。


 せかいにはおおくのうつくしいものや、きれいなものがいっぱいさ。わたしはそれをみてまわり、◼️◼️にしてつたえる。それが、わたしのしていることさ。


 そういってにんげんは、ドラゴンに◼️◼️をきかせました。

 うつくしいこえで、せかいのあらゆるきれいなこと、すてきなことを◼️◼️うにんげん。

 ドラゴンはにんげんの◼️◼️が、だいすきでした。


 ねぇ。ぼくもいつか、せかいをみてみたい。いけるかな?


 ふあんそうにきくドラゴンに、にんげんはわらいながらうなづきます。


 うん、いけるよ。きみにはりっぱなつばさがある。どこへだって、いけるさ。


 そのことばに、ドラゴンはうれしくなりました。



 クレーターの中心にいる災禍の竜は、まるで何かに寄り添っているかのように静かに丸まっていた。

 ゆっくりと警戒しながら災禍の竜へと近づいていく機竜艇に、ボルクの声が伝声管を通って響く。


「膨大な魔力反応を確認! 全員戦闘体勢!」


 ボルクの指示に機竜艇に乗っている船員、黒豹団たちが慌ただしく動き出した。

 機竜艇の側面に設置している砲台が顔を出し、すぐにでも砲撃出来るように準備を始める。

 そんな中、俺たちRealizeとアスワド、魔族の三人は甲板に出て眼下にいる災禍の竜を見据えた。

 魔族が乗ってきた三体のワイバーンが身体を震わせて怯え、俺の肩にいるキュウちゃんは毛を逆立たせながら牙を剥き出しにして威嚇する。

 怯えるワイバーンを宥めながら、レイドが俺をチラッと見やった。


「タケル」

「あぁ、分かってるよ」


 静かに深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、俺は魔装を展開して剣を握る。

 すると、丸まっていた災禍の竜がピクリと動き出した。


「……グルルル」


 瞼を開き、血のように紅い瞳を機竜艇……いや、俺に向けてくる。

 カタカタと震える手を必死に抑え、沸き上がってくる恐怖を押し殺しながら、俺はどうにか笑みを浮かべた。


「よう、災禍の竜。お前を追って、ここまで来たぞ」


 俺の声は遠くにいる災禍の竜には届かないだろう。それでも、俺は災禍の竜を睨み返しながら、言葉を紡ぐ。


「必ず、お前を止めてみせる。この世界は、滅ぼさせねぇ……ッ!」


 災禍の竜を復活させてしまった責任もある。だけどそれ以上に、なんの罪のない人たちを殺させたくない。

 英雄や勇者になるつもりはなくても、俺の心が……災禍の竜を見過ごすことを許せない。

 だから俺は、俺たちは、絶対にここで災禍の竜を止めるんだ。

 恐怖を完全に押し殺して戦う覚悟を決めると、それを察したのか災禍の竜が顔を上げる。

 大きな翼をバサリと広げ、長い首をもたげた災禍の竜は、空に向かって口を大きく開いた。


 そして、災禍の竜は咆哮する。天地を震わせ、世界中に雄叫びを響かせた。


 恐怖を駆り立ててくるどす黒い感情が込められた叫びに、肌が粟立つ。向かい風のようにこちらにまで届いてきた圧に後退りそうになるのを、必死に堪えた。


「ーーグルゥオォォォォォォォォン!」


 災禍の竜はまた咆哮すると、膨大な空気を一気に吸い込んでいく。空気を取り込んで徐々に大きくなる腹部に合わせ、大きく開いた口にかなりの熱量を持った魔力が集まっていった。 

 その光景を見た瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。


「ーー緊急回避ぃぃぃぃぃぃ!」


 ベリオさんの叫びが聞こえると、機竜艇は急旋回する。船体を斜めにしながらその場から離れると、災禍の竜は口に集めていた膨大な魔力をため込んでいた空気と共に吐き出した。

 災禍の竜が放った紅い稲妻を纏った全てを飲み込まんばかりの黒い光線が、機竜艇のすぐ横を通り過ぎる。

 光線の余波に機竜艇はグラグラと揺られながら、どうにか光線の範囲外に逃れることが出来た。

 ベリオさんの判断が遅かったら、あの光線に直撃していただろう。あんな一撃を受ければ、さすがの機竜艇も無事ではなかったはずだ。


「へ、ヘイ、あれ、見ろよ……」


 だけど、安心している暇はなかった。

 呆然としながらウォレスは通り過ぎていった光線を指さす。

 目標を外した光線は天に向かって伸びていき、まるで空が割れたように立ちこめていた厚い雲を切り払う。

 そして、雲の切れ間から覗かせた空は……紅く染まっていた。


「空が、焼けてる……」


 声を震わせながら、やよいが愕然と空を見つめる。

 その色は夕日の綺麗さとは真逆。鮮血のように紅く染まり、獄炎の如く燃えているような、不気味さを感じさせる色をしていた。

 あまりの光景に誰もが呆然としていると、伝声管からボルクの声が聞こえてくる。


「……あの空の色は今の光線の膨大な魔力の残滓が覆ってるせいみたいだ」


 あの空を紅く染めているのは災禍の竜が放った光線の魔力、その残滓が空全体を覆い尽くしているからだと、ボルクは羅針盤の情報を伝えた。

 単体で、しかもたったの一発で天候を変える。ただのモンスターとは格が、次元が違う災禍の竜だからこそ出来ること。

 だけど、あれは災禍の竜にとっては挨拶代わりだろう。


「ーーグルルル」


 災禍の竜は愕然としている俺たちをあざ笑うように喉を鳴らし、巨大な両翼を羽ばたかせる。

 暴風を巻き起こしながらゆっくりと飛び上がった災禍の竜は、長い尻尾をうねらせながら空を舞った。

 来る。奴が、こっちに向かって来る。圧倒的な力をまざまざと見せつけられてたじろいでいると、レイドが一歩前に出て剣を災禍の竜に向ける。


「ーー我らが先陣を承る! タケルたちはライブ魔法の準備をしろ!」


 レイドを追うようにレンカとヴァイクも前に出た。


「作戦通りにお願いね?」

「……お前らはライブ魔法に集中しろ。その時間は、俺たちが稼ぐ」


 そのまま三人はワイバーンに乗って甲板から飛び立つ。

 ワイバーンの首にかけられた手綱を握りながら、レイドは俺たちの方に目を向けた。


「臆するな、前を向け……信じろ、貴殿らの武器を。誇りを」

「俺たちの、武器……」


 そうだ。俺たちの武器は魔法でも魔装でもない。


 俺たちの武器は、誇りはーー音楽。


 今までの戦いと変わらない。俺たちはいつも通り、音楽を信じて戦うだけだ。

 頬をパチンと叩いて気合いを入れ直してから、レイドに頷いて返す。


「レイド、頼んだ」

「任された」


 短く言葉を言い交わし、レイドたちはワイバーンに乗って災禍の竜へと向かっていった。

 レイドたちを見送っていると、後ろからフワッと冷気が頬を撫でる。

 そして、靴音を鳴らしながらアスワドが俺たちの横を通り過ぎた。


「……ハンッ、懐かしいな。<クリムゾンサーブル>の時と同じじゃねぇか」


 鼻を鳴らしながら、アスワドは呟く。

 クリムゾンサーブルって言えば、アスワドたち黒豹団と初めて会った時に訪れた<ヤークト商業国>。その国を襲おうとしていた災害のこと。

 俺たちはライブ魔法でクリムゾンサーブルを退けたけど、その時アスワドは俺たちがライブ魔法に集中出来るように守ってくれたな。

 アスワドは懐かしむように笑うと、身に纏っている

黒いローブに手をかける。

 そのまま引っ張ると魔装のアクセサリー形態だったローブが姿を変えた。

 わずかに曲がった細身の片刃刀、シャムシールを肩に担いだアスワドは、ニヤリと不敵に笑みを浮かべる。


「あん時みてぇに、俺がてめぇらのことを守ってやるよ。だから、てめぇらは思いっきりやれ」


 俺たちに背中を向けたまま歩くアスワド。身体から冷気のような魔力を漂わせ、歩いている足下がパキパキと氷が張っていく。

 ここまでお膳立てされて、やらない訳にはいかないよな。

 小さく笑みをこぼしながら、剣の柄に取り付けてあるマイクを外してから振り返る。


「ーーやよい、真紅郎、ウォレス、サクヤ。見せつけてやろうぜ? あの災禍の竜に、俺たちの音楽を」


 英雄にも、勇者にもなるつもりはない。なれるとも思っていない。

 俺は、俺たちはただの人間だ。世界を守ったり、救えるほどの力なんてない。

 俺たちが出来ることは、音楽を奏でること。それが、俺たちRealize……ロックバンドだ。


「うん! やろう、タケル!」


 やよいは力強く頷くと、赤いエレキギターを構える。


「ハッハッハ! 全力でやろうぜ! オレたちの音楽ミュージックを!」


 ウォレスは豪快に笑いながらスティックを構え、目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を展開する。


「そうだね。ボクたちが出来ることを、全力で」


 真紅郎は頬を緩ませながら、木目調のベースを構える。


「……ぼくたちの音楽は、負けたりしない」


 サクヤは真っ直ぐに災禍の竜を見据えながら、開いた魔導書から紫色の魔力で出来たキーボードを展開する。


「きゅー! きゅきゅきゅー!」


 キュウちゃんは俺たちから少し離れた場所に移動し、応援するように鳴き声を上げる。

 全員が定位置に着いたのを確認してから、改めて前を見て災禍の竜を睨みつけた。右手に持ったマイク

を口元に持って行き、左手に握った剣を災禍の竜に向ける。

 ゆっくりと息を吸い、そのままマイクに向かって声を叩きつけるーーッ!

 

「ーーRealize! 俺たち最高ウィーアーロック!」

「ーーイェアァァァァァァァッ!」


 ビリビリとマイクを通った俺の叫びと、みんなの雄叫びが響き渡った。


 さぁ、始めよう。俺たちの音楽を、ライブを。


 今までで最大の決戦が、幕を開けた。

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