七曲目『師からの課題』

 魔族と共闘することになって、次の日。

 今までずっと嵐の中を進んできたけど今日は穏やかで、安定して空を進んでいた。

 いつもグラグラと揺れて休もうにも休めなかったけど、ようやく落ち着けそうだとみんな安心していると……ベリオさんとボルクだけは険しい表情を浮かべている。


「……ボルク」

「うん、親方。間違いなくこの先にでかい雲がある。周りの雲を全て集めてるみたいに」


 ベリオさんとボルクは操舵室に置いてある、輪がいくつも重なった不思議なアンティーク調の模型を見ながら頷き合っていた。

 真紅郎曰く、星座の位置関係を見るのに使う天球儀、って奴に似ているらしい。ただ、これは天球儀じゃなくて羅針盤のようだ。


「……ヘイ、タケル。分かるか?」

「全然。さっぱりだ」


 羅針盤を見ながら俺とウォレスは首を傾げる。 

 俺たちが知っている羅針盤とは全然違って、どう見ればいいのかも分からない。

 だけどベリオさんとボルクはこの羅針盤を見ただけで、向かっている先の天候まで分かるみたいだ。

 真紅郎に分かるか? という意味で目を向けてみると、真紅郎は苦笑いを浮かべながら肩を竦める。


「詳しくは分からないけど、どうやら輪の動きで判断してるみたいだね。魔力で動いてるみたい」


 輪の動きで、ねぇ。

 改めて羅針盤を見てみると、たしかに何重にも重なっている輪が何かに反応するように動いていた。ベ

リオさんとボルクはこの輪の動きで方角や気候を見てるのか。

 まぁ、別に俺たちが分からなくても二人が分かっていればいいや。

 ボルクとの話を終えたベリオさんは伝声管に向かって声を張り上げた。


「もう少しでバカでかい雲に突っ込む! 今までの非にならないほど揺れるぞ! 全員警戒態勢!」


 ようやく嵐を抜けたかと思えば、今まで以上に揺れるのか。これは気合いを入れ直さないとキツそうだな。

 後頭部をガシガシと掻きながら、ベリオさんは深いため息を吐いた。


「正直、迂回した方が安全なんだがな……」

「申し訳ない、ベリオ殿。しかし、我らには時間の猶予がない。少しでも早く、災禍の竜を討伐しなくてはならない」


 独り言で愚痴をこぼしたベリオさんに、レイドが答える。

 今は妙なぐらいに大人しい災禍の竜だけど、いつ暴れ出すか分からない。多少危険でも、早く向かわないといけなかった。

 ベリオさんもそれは分かっているようで、鼻を鳴らしながら不敵に笑った。


「フンッ、分かっている。だが、覚悟しておけよ? かなり荒っぽく行くからな」

「それで災禍の竜の元へとたどり着くのなら、私は構わない」


 脅すように言うベリオさんに、レイドは真剣な眼差しを向けながら頷いて返す。

 それだけの覚悟がレイドにはあるんだろう。もちろん、俺たちも同じだけどな。

 ベリオさんとレイドが話していると、計器を見つめながらボルクが心配そうに口を開いた。


「でも、落雷が怖いなぁ。機竜艇の装甲に魔鉱石を使ってるけど、直撃したら何かしらの不具合が生じるかもしれないぜ、親方」

「……可能性としては低くないな。装甲がぶっ壊れることはないが、用心に越したことはない。ボルク、計器の確認を怠るなよ?」

「当然だぜ、親方!」


 ボルクの言葉にベリオさんは顎髭を撫でながら頷く。それぐらい今から向かう先の天候は凄まじいんだろう。

 俺たちが心配していた通り、どす黒い巨大な雲の姿が徐々に見えてきた。周りの雲を吸い込むように巻き込み、どんどん大きくなっている。

 雲の周りには紫電が走り、まるで空に伸びる柱のようだった。

 その姿を見た俺たちはゴクリと喉を鳴らす。これは、本当にヤバそうだ。


「ーー突っ込むぞ!」


 ベリオさんの言葉に全員が慌ただしく動き出す。覚悟を決めたように機竜艇が両翼を広げ、後ろのジェットから魔力が吹き出した。

 ガラガラとベリオさんが舵輪を回すと、機竜艇の船体が徐々に斜めになっていき、雲の動きに沿うように風に乗る。

 そして、機竜艇はどす黒い雲の中に突っ込んだ。


「ぐっ……これは、厳しいな……ッ!」


 雲の中に入った瞬間、視界は真っ黒になった。

 まるで亡者たちの怨恨の叫びのように風が悲鳴を上げて吹き荒び、雲を裂くように稲光が走っていく。

 絶え間なく鳴り響く雷鳴、叩きつけるような風。荒れ狂った天候に機竜艇が大きく揺れ動き、船体を安定させるためにベリオさんは歯を食いしばりながら舵輪を握りしめていた。

 あまりの揺れに俺たちは倒れるのを必死に堪える。どこかに掴まってないと倒れそうだ。


「出力最大! 全速力で抜けるぞ!」

「了解、親方!」


 長くいるのは危険だと判断したのか、ベリオさんはレバーを引いて出力を最大まで上げる。

 心臓部がうなり声を上げ、燃えたぎる炎竜石から機竜艇全体に魔力が伝わっていく。最大出力になった機竜艇は一気に速度を上げ、雲の中を突き進んでいった。

 それを見たレイドは、感心したように笑みをこぼす。


「道理で我らが追い抜かれる訳だ……この速さならば、すぐに災禍の竜と相見えるそうだ……ッ!」


 機竜艇の速度はこの異世界でも随一だろう。雲の中を駆け抜けていく機竜艇に災禍の竜との戦いが近いと感じたレイドは、歯を剥き出しにして笑っていた。

 その時、一際大きな轟音が響いたかと思うと、機竜艇に衝撃が走った。

 

「うおっ!?」


 何か大きな物がぶつかったような衝撃に、体が投げ出されそうになる。今のはもしかして、と思っているとベリオさんが舌打ちをした。


「ちぃ! 雷が落ちたか! ボルク!」


 やっぱり、雷が機竜艇に直撃したみたいだ。

 ベリオさんの呼びかけにボルクは焦った様子で振り向いた。


「親方、マズいよ! 今ので羅針盤が壊れた!」

「なんだと!?」


 ボルクが指さした羅針盤は、まるで壊れた玩具のように勢いよく輪が動いている。この羅針盤がないと方角も分からない。

 ベリオさんは悔しげに歯を鳴らすと、伝声管に向かって叫んだ。


「羅針盤に異常発生! すぐにこの空域から離れる! 両翼畳め! 面舵いっぱい!」 


 このまま進むのは危険と判断したベリオさんはすぐに指示を出し、機竜艇の両翼が畳んだ瞬間に舵輪を勢いよく回した。 

 機竜艇は重い音を立てながら来た道を戻るように方向転換する。そして、そのまま雲から逃げるように駆け抜けていった。

 ボフッ、と雲から抜け出した機竜艇は速度を落とし、風に乗って雲から離れていく。

 ベリオさんは深く息を吐いてから羅針盤を確認し始めた。


「……まいった。完全にいかれてやがるな」


 何重に重なっている輪はグルグルと動き続け、完全に壊れているようだ。羅針盤が直らないことには先に進むことも難しいはず。

 すぐに直せるならいいけど、ベリオさんの反応からして簡単には直りそうにないみたいだ。

 ボルクも羅針盤を確認して、残念そうに首を横に振った。


「これは無理そうだなぁ。親方、どうするの?」


 ボルクの問いかけにベリオさんは顎に手を当てながら考え込むと、ジッとボルクを見つめて口を開く。


「……ボルク。お前、この羅針盤をどうにかしてみろ」

「ーーはぁ!? お、オレが!?」


 まさかの指示にボルクは目を丸くして驚いていた。それもそうだろう、いきなり羅針盤をどうにかしろなんて、突拍子もなさ過ぎる。

 しかも、羅針盤はこの旅路に重要な物。そんな大役を突然任されたら、誰でも驚く。

 すると、ベリオさんは鼻を鳴らして羅針盤をコツコツと叩いた。


「元々こいつは何百年も前の代物だ。ガタがきてたのをどうにか直したが、もう寿命だろう。そこにあの落雷で完全にぶっ壊れた」

「じゃ、じゃあ、親方が新しいのを作れば……」

「あぁ、そうだろうな。だが、ボルク……お前はなんだ・・・?」


 ベリオさんの問いに、ボルクは意味が分からないと首を傾げる。そんなボルクにベリオさんはニヤリと笑った。


「お前はいずれ職人になるんだろう? お前が言う世界一の職人の弟子なら、これぐらい直せなくてどうする? それとも、やっぱりやめとくか?」


 その言葉にボルクは目を見開く。ボルクは前までは職人に憧れる少年だった。

 でも今はーー職人見習い。世界一の職人、ベリオさんの弟子だ。

 これはベリオさんからの、師匠からの弟子に与えた課題。

 ボルクは頬をパチンと叩いて気合いを入れると、真っ直ぐにベリオさんを見つめた。


「ーーあぁ、分かったよ親方! オレが新しい羅針盤を作ってやる!」


 なら、弟子のボルクが受けないはずがない。

 ボルクは早速ベリオさんから貰った古いレンチを取り出すと、羅針盤の解体作業を始めた。

 これから先、災禍の竜の元へと行けるかどうかは……ボルク次第だ。

 ボルクは職人になるための一歩として、与えられた課題に取りかかり始めるのだった。

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