六曲目『共闘』

 機竜艇に入ってきた魔族たちを、黒豹団たちは遠目から見つめていた。

 世界で恐れられている魔族が同じ空間にいるんだから、そりゃ警戒もするだろう。

 レイドたち三人を操舵室に案内してから、俺たちはテーブルを囲む。計器を確認しながらチラチラとこちらを見ているボルクに対して、ベリオさんは特に気にした様子もなく舵輪を掴んで機竜艇の操縦をしていた。

 初めて見る機竜艇の内部にレイドは興味深そうに見渡しながら、ベリオさんに声をかける。


「船長ですね? 突然押し掛けてしまい、申し訳ありません」

「フンッ、別に構わん。ただ、機竜艇の中で暴れるなよ? もしもそんなことしたら……叩き出すからな」

「もちろん、我らにそのつもりはありません」


 魔族相手にも堂々としているベリオさんに、レイドは礼儀正しく対応していた。

 恐れ知らずというか、ベリオさんからしたら魔族も人間も変わらないんだろう。

 さて、とりあえず話し合いを始めようか。


「じゃあ、まずは俺から聞きたい。魔族ってのは、どういう存在なんだ?」

「どういう存在、か。貴殿らと特に変わらない、この世界に住む普通の種族だ」


 普通の種族、ね。実際に向かい合ってみれば、たしかに魔族とは名ばかりで普通の人間と同じだ。エルフ族やドワーフ族のように俺たち人間と見分けが付かないぐらいに。

 

「……じゃあどうして魔族は恐れられてるんだ? 世界を滅ぼそうとか、恐怖に陥れようとしているのは何故だ?」

「はぁ。それを言ってんのは、あなたたちだけでしょ。世界をどうこうなんて、考えてないわよ」


 世間一般に言われている魔族のことを話すと、レンカが呆れたように首を横に振った。

 ということは、魔族は別に世界に対して何かしようとはしてない……てことか?

 そうなると俺たちが知っている魔族と、実際の魔族は初めから認識が違っている。どうしてそうなってしまったのか聞こうと口を開こうすると、レイドは手のひらを向けて押し止めてきた。


「少し待ってくれないか。まずは我らの話を聞いて貰いたい」

「……分かった」


 俺だけが聞くだけじゃなく、魔族側からの話も聞いた方がいいだろう。

 頷くと、レイドは小さく咳払いしてから話を始めた。


「まず、貴殿らは勘違いしている。そもそも我らは貴殿らや、世界に対して何かしようなどと考えてはいない」

「というか、あんたたちから仕掛けてきてるしねぇ」


 魔族側じゃなくて、俺たち人間や世界の方から仕掛けたって言うのか?

 ますます疑問が浮かぶけど、とりあえず話を聞こう。


「我らが主は災禍の竜の復活を阻止するため、世界中に散らばっている<竜魔像>を集めていた。しかし、竜魔像は道具として重要な物になっていたから、仕方なく力ずくで奪うしかなかった」


 竜魔像。ユニオンでは魔力を通せばどの属性に適正があるのか調べられる道具として使われ、エルフ族では危険な兵器として守り、ダークエルフ族では御神体として祀られていた。

 その正体は、災禍の竜の力を封印していた像だ。だから、魔族は災禍の竜の復活を食い止めるために、竜魔像を集めて回っていた。

 それなのに俺は、知らずに竜魔像の封印を解き、そして災禍の竜を復活させてしまった……ということになる。

 悔しげに拳を握りしめると、レイドは真っ直ぐに俺たちを見据えながら、言い放った。


「災禍の竜は復活した……しかし、奴はまだ不完全のままだ」

「不完全? どういうことですか?」


 真紅郎の問いかけに、レイドは静かに語り出す。


「竜魔像は全部で九体ある。その内、五体は解放してしまったが……残りの四体は我らが回収した」

「それって、災禍の竜はあれで全力じゃないってこと?」

「そうだ。全盛期の災禍の竜に比べれば、格段に弱い」


 レイドの話を聞いていたやよいが青ざめた表情で聞くと、レイドは険しい顔で頷いて返した。

 復活した災禍の竜は、全盛期に比べれば格段に弱い? あれで? そんなバカな話があるか?

 災禍の竜と対峙した時の、圧倒的なまでの力の差。あの姿で全盛期よりも弱いなんて信じられない。

 だけど、レイドの言っていることは真実なんだろう。


「まぁ、全盛期の災禍の竜と戦うよりはマシ程度だが、今の災禍の竜でも世界を滅ぼすことは造作もないだろう」

「とんでもないな……」


 完全に復活していなくても世界を滅ぼすことが出来る災禍の竜に、思わずため息が漏れる。

 俺たちが相手にしようとしている存在の力に、改めて恐ろしさを感じた。

 操舵室が静寂に包まれる中、真紅郎が手を挙げて口を開く。


「一つ聞きたいんですけど、あなた方の主はどのような方なんですか?」


 たしかに、レイドは我らが主って言っていた。てことは魔族側にも主……王様のような存在がいるということになる。

 どんな人なのか、俺も気になるな。そう思ってレイドの方に目を向けてみると、レイドは少し考えてから答えた。


「我らが主については、今は話すことは出来ない」

「あぁ? どうしてだよ?」


 話せないと答えたレイドにアスワドが訝しげに聞くと、レイドは首を横に振る。


「貴殿らを信用していない訳ではない。だが、どこで主のことが……我らのことが漏れるか分からぬ」

「……情報漏洩は避けたい、と?」


 真紅郎の言葉にレイドはゆっくりと頷いた。

 まぁ、魔族は世界の敵として見られてるからな。トップの情報や魔族について詳しく知られれば、戦争になりかねない。

 今ここで追求しても意味がないし、この話はあとにしよう。


「分かった。聞かれたくないなら、これ以上は聞かない」

「ありがたい。もちろん、いずれは話そうとは思っている」

「……おい、レイド。本気で言ってるのか?」


 俺たちに頭を下げ、いずれ話すと言ったレイドにずっと黙っていたヴァイクが話に割り込んできた。


「俺たちのことを、しかも主のことまでこいつらに話す必要はないだろう。もしあいつら・・・・に情報が漏れたら……」

「いや、タケルたちは信用に出来るだろう。実際に剣を交えたから分かる。我らとタケルたちが戦うことになったのは、双方の認識のズレからだ。誤解を解き、話し合いをすれば……タケルたちが敵に回ることはない」


 反対するヴァイクにレイドは真っ直ぐに目を合わせながら、はっきりと答える。睨み合っていた二人だったけど、折れる様子のないレイドにヴァイクは面倒臭そうにため息を吐いて肩を竦めた。


「……お前がそこまで言うなら、勝手にしろ。だが、どうなっても知らんからな?」

「あぁ。もしもの時は私が責任を取ろう。まぁ、大丈夫だろうがな」


 思いの外、俺たちの評価は高いようだ。確信を持って言うレイドにヴァイクは呆れたように鼻を鳴らして口を閉じた。

 レイドは改めて俺たちに目を向ける。


「我らは貴殿らと戦うつもりはない。我らが戦うべきは、災禍の竜。同じ敵と戦おうとする同士として、改めて共闘を申し込みたい」


 レイドの共闘の申し出に、俺たちは顔を見合わせてから頷き合った。どうやら答えは同じみたいだな。

 代表して、俺が答えた。


「あぁ、そうしてくれると助かる。こっちとしても、災禍の竜と戦うには心許なかったからな」

「決まりだな。よろしく頼む」


 これで、俺たちと魔族は共闘することを決める。災禍の竜と戦うのに、魔族の力は心強いからな。

 さっそく災禍の竜と戦うために作戦を練ろう。


「俺たちの作戦としては、この機竜艇で空中戦をしながらライブ魔法を使って地上に叩き落とす。そこから地上戦に持ち込む、ってのを考えてたんだけど……」

「ふむ、そうだな。貴殿らのライブ魔法ならば災禍の竜を地上に落とすことも可能だろう。ならば我らはワイバーンに乗って遠距離から攻撃し、遊撃しよう。災禍の竜を攪乱しつつ注意を逸らし、貴殿らがライブ魔法に集中出来るように動く」


 魔族が使う武器は、この異世界ではあまり使われていない銃だ。その威力は一般的な魔法よりも格段に上。災禍の竜に効くかは分からないけど、十分注意を逸らすことは出来るはずだ。

 そこから俺たちは話し合いを続ける。空中戦での動きは決まったけど、問題は地上戦だ。

 魔族が仲間に加わったことにより、戦力の増強にはなったけど……問題は、俺たちやアスワドが率いる黒豹団、そして魔族とが上手く連携出来るかどうか。

 白兵戦になれば臨機応変に対応することが求められているけど、ある程度連携が取れた方がいいだろう。

 災禍の竜と戦う前に、連携出来るように訓練したいところだけど……その時間も取れそうにない。

 ぶっつけ本番になりそうで少し不安だけど、今は勝つために作戦を練り上げることを優先しよう。

 俺たちと魔族の作戦会議は、夜遅くまで続くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る