五曲目『魔族との再会』

「きゅー、きゅー?」

「くえっ!」

「きゅー!」


 機竜艇の一室、俺たちが寝泊まりしている部屋でキュウちゃんと新しく黒豹団の一員になったクロウシーフのネロが何か会話していた。

 そんな微笑ましい光景をぼんやり眺めていると、やよいがため息を吐いてうなだれる。


「いい加減、疲れてきたなぁ……」

「ずっと嵐で機竜艇は揺れっぱなしだし、モンスターの群は向かってくるしで、ゆっくり出来る暇もないからな」


 疲れた様子なのはやよいだけじゃなく、俺たち全員がそうだった。もっと言えば、機竜艇に乗っている全員が疲弊している。

 村を旅立って二日、ずっと働き通しだからな。しかも嵐の中を突き進んでいるせいでずっと機竜艇は揺れ続けている。そんな中でゆっくり休める訳もない。

 すると、真紅郎が苦笑しながら口を開いた。


「でも、今のところモンスターの群も見なくなったから、少しは休めるんじゃないかな?」

「……それだけ、災禍の竜に近づいてる?」


 たしかに、グリフォンの群を迎撃してから他のモンスターの群は見えなくなった。それはつまり、サクヤの言ったように災禍の竜に近づいている証拠だ。

 もう少しで災禍の竜との戦いが始まろうとしている。その事実に部屋に緊迫な空気が流れると、不安を吹き飛ばすようにウォレスが豪快な笑い声を上げた。


「ハッハッハ! 早いとこ災禍の竜をぶっ飛ばして、宴会バンケットしようぜ! あと、ライブも! 全員で大盛り上がりしてぇな!」

「……あぁ、そうだな。無事に終わったら、みんなではっちゃけるか!」


 いつも通りのウォレスに思わず笑みをこぼしながら、拳を突き上げる。他のみんなも不安そうな表情から一転して笑顔を見せていた。

 緊迫した空気から少し和らぎ、明るくなったけど……。


「ーー伝令! 何かが機竜艇に近づいてる! 全員警戒態勢!」


 そこで、和やかな空気を引き裂くように伝声管からボルクの叫び声が響いてきた。俺たちは弾かれたように部屋から出て操舵室に向かう。


「どうした、ボルク!」


 入ってすぐに声をかけると、ボルクが焦りながら操舵室にあるレーダーのような物を指さした。


「タケル兄さん! これ見て! 後方から何かが機竜艇を追いかけてきてる! それも一つじゃない……小さい物体が三つ!」


 レーダーを見ると、たしかに小さな物体が機竜艇の後ろから追いかけてきている。俺たちは目を見合わせてから頷き、甲板に出た。

 暴風雨の中、落ちないように命綱を腰に結んでから魔装を展開し、近づいてくる物体に目を向ける。

 打ち付けてくる雨で視界が悪い中、目を凝らしてみると……その物体は小型のワイバーンだった。

 三体のワイバーンは翼を羽ばたかせながら甲板の上に降り立つ。そして、その背中には人が乗っていた。


「あいつらは……ッ!」


 見覚えのある三人はワイバーンから降り立ち、俺たちと向かい合う。

 三人の内の一人、金色の長髪に彫りの深い高貴さを感じさせる容姿をした男は、肩を竦めながら口を開いた。


「ふむ、私の方が先に出立したと言うのにまさか追い越されているとは……思いもしなかった」

「レイド……ッ!」


 その男の名はレイド。誰もが恐れる凶悪で強大な<魔族>と呼ばれる種族で、<ムールブルク公国>で戦ったかなりの実力者だ。

 だけど、世界の人々が思っているような魔族のイメージとは違い、災禍の竜を目覚めさせないように暗躍していた男でもある。

 その時に負った傷はまだ治ってないのか、頭や腕に包帯を巻いていた。


「言ったはずだ。災禍の竜が復活したのは、我らの失態。貴殿が責任を感じることはない、と」


 レイドは俺を真っ直ぐに見つめながら、論するように話し出す。

 魔族側の失態なんだから、俺が災禍の竜と戦う必要はない。自分たちに任せてどこかに逃げていろ、と言うように。

 だけど、それは違う。


「災禍の竜を目覚めさせたのは、俺だ。その事実は変えられない。それに……ただ遠くで災禍の竜が暴れているのを見てるだけなんて、したくないんだよ」


 責任を感じるな、というのは無理な話だ。間違いなく、俺が目覚めさせてしまったんだから。

 だけど、ただそれだけのために災禍の竜と戦う訳じゃない。

 災禍の竜がこの世界の住人を傷つけ、暴れようとしているのを……俺は、見過ごすことは出来ない。


「だから、誰がなんて言おうと俺は戦う。災禍の竜を、止める!」


 レイドの目を見つめながら、はっきりと言い放った。

 俺の言葉にレイドは目を見開くと、苦笑する。


「……それでこそ、我が好敵手。いいだろう、そこまでの覚悟を持っているならば、私が止める理由はないな」


 俺の覚悟が伝わったのか、レイドはこれ以上災禍の竜と戦うことを止めることはなかった。

 そこで、レイドの他にワイバーンから降りてきた二人が話しに入ってくる。


「ちょっと、いいのレイド? この子たち、死ぬわよ?」


 その一人は長い黒髪の妖艶な女性、ダークエルフ族の集落で戦った魔族のレンカだった。

 レンカの姿を見たサクヤが一歩前に出て、警戒するように拳を構える。


「……お前、あの時の」

「あら? ダークエルフ族の坊やじゃない? お久しぶり……何、ここでやるつもりかしら?」

「……そっちがその気なら」

「いいわよ? 前は油断してたけど……今度は最初から本気でやるわよ?」


 一色触発の雰囲気の中、二人の間に俺とレイドが割り込んで止めた。


「落ち着け、サクヤ。ここで戦うのはダメだ」

「レンカもだ。この者らに危害を加えることは、私が許さん」


 サクヤとレンカは睨み合ってから、同時にそっぽを向く。この二人はあまり近づけさせない方がいいかもな。

 そこで、もう一人の魔族の男が無愛想に俺たちに話しかけてきた。


「レンヴィランス以来か。まさか、まだ生きているとは」


 水の国<レンヴィランス神聖国>で、俺たちが初めて出会った魔族。長い栗色の髪を適当に紐で結んだ無精ひげの男だった。

 この男に因縁があるのは、真紅郎だろう。真紅郎はその男を見つめながら頬を緩ませる。


「その節はどうも。そう言えばあなたの名前は知りませんね。よければ教えて頂いても?」

「……お前らに名乗る必要はない」


 真紅郎が名前を聞くも、男は腕組みしながら無愛想に一蹴した。取り付く島もない態度の男に、レイドはため息を漏らす。


「まったく……彼はヴァイク。私の仲間だ」


 代わりに男の名前を教えると、男……ヴァイクはギロッとレイドを睨んでから面倒臭そうに後頭部を掻いて「……ヴァイクだ」と改めて自己紹介した。

 俺たちが今まで出会った魔族の三人が、機竜艇に集まった。妙な巡り合わせだな、と思っていると甲板に出たアスワドが手に持ったナイフをクルクル回しながら不敵に笑う。


「結局、てめぇら魔族がなんの用だ? 俺たちと戦うつもりでもなさそうだしよぉ」

「別に貴殿らを追ってきた訳ではない。災禍の竜へと向かっている途中、見たこともないような物体が飛んでいて気になり、立ち寄っただけだ。まさか貴殿らが乗っているとは思いもしなかったが」


 どうやらレイドたちは俺たちに用があって来たんじゃなく、偶然見かけただけだったみたいだ。

 まぁ、現代ではほとんどの人が知らない機竜艇が、災禍の竜に向かって飛んでいれば気になるのも頷ける。

 だけど、レイドは顎に手を当てて何か考え事を始めると、静かに口火を切った。


「ふむ、そうだな。一つ提案があるのだが……我らと共闘し、災禍の竜と戦ってはくれないだろうか?」


 突拍子もない提案に、この場にいる全員が目を丸くさせる。

 今でこそ魔族に対して悪い感情は抱いていない。世界中で噂されている魔族と、少なくともレイドは違っていた。

 レイドは……魔族は世界を守るために、災禍の竜の復活を止めようと暗躍していた。世界中の人々を敵に回してまで。

 そのレイドが、魔族が共闘を申し出てきたことに、俺たちはすぐに答えが出せずにいた。


「ちょ、ちょっとレイド!? あなた、本気で言ってるの?」

「あぁ。私は、タケルたちと共に災禍の竜と戦いたいと思っている」

「……本気のようだな」


 レイドの提案に驚いていたのは俺たちだけじゃなく、レンカとヴァイクもだ。

 信じられないと確認するレンカに、レイドは真剣に頷いて返す。その姿を見たヴァイクもレイドが本気だと分かり、眉をひそめていた。

 レイドは俺たちを見つめながら、どうしてその考えに至ったのか説明し始める。


「事態は一刻を争う。人間と、世に言う我ら魔族とがいがみ合っている暇などない。最初は我らだけで災禍の竜を討とうと考えていたが……正直、我らの戦力で致命傷を与えられるかどうかも分からない」


 災禍の竜と強さを実際に味わったレイドが言う言葉に、レンカとヴァイクは何も反論しようとしなかった。

 たしかに、魔族の強さは他の人たちに比べれば段違い。だけど、それ以上に災禍の竜の強さは上だ。魔族だけで災禍の竜に勝つのは、難しいと言える。


「しかし、お前たちも知っているだろう……タケルたちには<ライブ魔法>がある。その力があれば、災禍の竜とも互角に戦えるとは思えないか?」


 ライブ魔法。俺たちRealizeの最大の攻撃手段。全員の力を合わせ、演奏と共に使う合体魔法だ。

 強大な敵や災害にも打ち勝つほどの力を持つライブ魔法を使えば、災禍の竜にも互角に戦える可能性は高い。

 俺たちだってライブ魔法を使って災禍の竜と戦うつもりだったからな。


「我らとタケルたちは同じ敵と戦おうとしている。ならば、共闘するのが得策とは思わないか?」

「……まぁ、たしかに。坊やたちは他の連中とは違う気もするし。分かったわ、私もレイドに賛成」

「……勝手にしろ」


 レイドの説得に二人は応じることにしたみたいだ。レイドは「ありがとう」と二人に礼を言ってから、改めて俺たちに向き直る。


「それで、どうだろうか? 我らと共に戦ってはくれないか?」


 あとは俺たち次第、だな。

 正直、レイドたちの実力を考えれば心強いのはたしかだ。災禍の竜と戦うには協力して戦った方がいいのは理解出来る。

 だけど、その前にはっきりさせたいことがあった。


「みんなはどうかは分からないけど、俺は共闘してもいいと思っている」

「そうか、ならば……」

「でもその前に、話をしたい」


 俺の言葉に最初は嬉しそうにしていたレイドだったけど、すぐに真剣な表情に変わる。

 そう、共闘するにしてもまずは……話をすることが先だ。

 魔族とはなんなのか。魔族の目的とはなんなのか。俺たちは魔族について知らないことが多すぎる。

 俺たちがこの異世界に召還された時は、世界の平和を脅かす凶悪な種族の魔族を討伐しなければ、元の世界に帰れないと言われていた。

 でも、それが本当なのかは今は分からない。魔族は俺たちにとって敵なのか、それとも味方なのか。そこをはっきりさせたかった。

 元々、話し合いをしたくて魔族を追いかけてたからな。ちょうどいい機会だ。

 レイドは静かに目を閉じてから、ゆっくりと頷く。


「それもそうだな……まずは、話をしよう。我らをこの船に入れてくれるか?」

「あぁ。ここで話をするよりそっちの方がいい」


 俺たちと魔族たちは機竜艇の中に入り、話し合いをすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る