八曲目『魔族との訓練』
羅針盤が壊れた機竜艇は一度、木々が生い茂っている森の中に着陸することになった。
災禍の竜が近くにいるからか、森にはモンスターの姿はない。これならボルクも落ち着いて羅針盤の修理作業を行えるだろう。
久しぶりの地面にみんなが一息ついている中、ボルクは操舵室で壊れた羅針盤を分解していた。
何重にも重なっていた輪をベリオさんから貰ったレンチを使って全て取り外し、その構造をじっくりと確認するボルク。
「この部品はもうダメ。これはまだ使えそう……あぁ、やっぱりダメだ。壊れてるなぁ」
ブツブツと独り言を呟きながら、ボルクは部品の一つ一つを細かく点検している。その姿をベリオさんは何も言わずにジッと見つめていた。
ボルクが本当に羅針盤を直せるのか心配だから、というより……ボルクなら出来ると信じて見守っているように見える。
部品の確認をしていたボルクは、表情を険しくさせて悩みながらベリオさんに声をかけた。
「なぁ、親方。この羅針盤、前と同じじゃなくてもいい?」
「む? 別に同じである必要はない。羅針盤としての機能がちゃんとしていれば、どんな形でも構わん」
ボルクの問いにベリオさんは笑みを浮かべながら答える。すると、ボルクは何か思いついたのか楽しそうに頬を緩ませた。
「そっか。なら……」
そして、ボルクは羊皮紙を広げると羽ペンを使って設計図を書き始める。もしかしたら何か手伝えることがあるんじゃないかと思って設計図を覗こうとすると、ベリオさんに肩を掴まれた。
「タケル、完成するまで待て」
「え? いや、でも俺に手伝えることがあれば手伝いたいし……」
「これはボルクの仕事だ。ボルクの口から頼まれない限りは、手伝ってはいかん」
真剣な眼差しでボルク本人から頼まれるまで手出しするのを禁じられる。俺には分からないけど、職人としての矜持があるのかもしれないな。
ここはグッと堪え、見守ることにする。もし何か頼まれたら、その時は全力で手伝おう。
すると、設計図を書き終えたボルクは満足げに笑いながらベリオさんの方に目を向けた。
「親方! <魔鉱石>はまだ残ってる!?」
魔鉱石と言えば、俺たちの武器や機竜艇の装甲にも使われている鉱石のことだ。
魔力を使って好きなように形を作れる不思議な鉱石で、魔鉱石を使って作られた武器は魔装と呼ばれる。アクセサリーのような姿にもなり、持ち主の魔力に反応して武器形態になれる便利な物。
その魔鉱石が残っているのか聞かれたベリオさんは、眉をピクリと上げながら答えた。
「魔鉱石? あぁ、装甲に使ったあまりがあるはずだ」
「それ使うよ! あと、なんかモノクルみたいなのない!? レンズならなんでもいい!」
「モノクル……昔使ってたのが部屋にあるな」
「んじゃ、それも貰う! 勝手に持って行くから!」
矢継ぎ早に聞かれて少したじろぎながらベリオさんが答えると、ボルクは勢いよく操舵室から出て行く。
あまりの勢いに呆然としていると、ベリオさんがクツクツと笑い出した。
「こいつは面白いことになりそうだ。ボルクがどんな羅針盤を作るのか、楽しみだ」
自分の弟子が何をしようとしているのか、師であるベリオさんは子供のようにワクワクしている。
羅針盤作りはボルクに任せるとして、俺はどうするかな。そんなことを考えていると、ボルクと入れ替わるようにやよいが操舵室に顔を出した。
「あ、いたいた。タケル、ちょっといい?」
「ん? どうした?」
「えっとね、レイドが呼んでたよ。外に来いってさ」
レイドが? なんだろう?
首を傾げながらやよいと一緒に機竜艇の外に出ると、そこにはレイドの他にもレンカとヴァイク、そして真紅郎たちとアスワドもいた。
何をするつもりなのか疑問に思いつつ機竜艇から降り、レイドに声をかける。
「なんの用だ、レイド?」
レイドは腕組みしながら俺たちを見渡し、一度頷いてから口を開いた。
「よし、これで全員だな」
「ヘイ、レイド。今から何をしようってんだ?」
「突然集まって貰ったのは他でもない。災禍の竜との戦いは近い……そこで、戦う前にやっておきたいことがあったのだ」
やっておきたいこと、と言われてみんな訝しげにしている中、俺はなんとなくレイドが言いたいことを察していた。
「タケル、貴殿も危惧していたのだろう? 空中戦での動きは話し合ったが問題は、地上戦」
「あぁ。一度も共闘したことがない俺たちが、連携を取れるかどうか、だよな?」
確認するように答えると、レイドは深く頷いて返す。
空中戦では魔族が遊撃、俺たちは機竜艇でライブ魔法を使って災禍の竜を地上に引きずり下ろす。そこから地上戦に持ち込む訳だけど……そこでの連携が取れるかどうかが戦況を分けると思っていた。
相手は災禍の竜、生きた災害と言われている強大な敵。個々で戦っても限界がある。
それをレイドも思っていたから、今こうやって主戦力を集めたようだ。
「そこで、羅針盤の修理が終わるまでの間、短い期間だとしてもある程度は連携出来るように訓練をした方がいいだろう」
腕組みしながら言い放ったレイドに、みんなも得心が行ったのか力強く頷いた。
そして、レイドはチーム分けをして、それぞれで訓練することを提案する。連携を取るためには、まず相手を知ることが大事だからな。
まず一組目。ヴァイクと真紅郎、ウォレス、アスワドチーム。
「……俺は中遠距離での戦闘が主だ。知っているだろうが、銃を使う」
「そこはボクも同じだね。地上戦ではボクとヴァイクさんは少し離れたところから攻撃かな?」
「ヴァイクでいい。俺たちは災禍の竜の攪乱と味方の援護、戦況を見定めながら指示を出していく」
「ヘイ、オレはどうするんだ?」
「ウォレスは中距離での戦闘をお願い。突っ込み過ぎず、離れ過ぎずを心がけてくれるといいね」
「オーライ!」
ヴァイクと真紅郎が主体で作戦を練っていく中、アスワドは面倒臭そうに欠伸をしていた。
「俺は好き勝手動くぞ。連携なんて面倒だからな」
「うん、それでいいよ。アスワドは遊撃してくれる? 氷属性魔法で全員の援護をしつつ、好きに動いて」
「ハンッ、仕方ねぇな」
怠そうにしながらもアスワドは真紅郎の指示に従っている。このチームは問題なさそうだ。
ただ、懸念を抱くのはもう一つのチーム……レンカとサクヤの組み合わせだ。
ダークエルフ族の集落で戦い、レンカの手によって集落で仲良くなったニーロンフォーレルと呼ばれる蒼いワイバーンのニルちゃんが殺されているという……因縁のある二人だ。
レンカとサクヤは無言で睨み合い、険悪な雰囲気が漂っている。
「……はぁ。仕方ないわね」
このままだと拉致があかないと、レンカはため息を漏らしながら肩を竦めた。
「こんなところで争ってても仕方ないし、前のことは今は忘れましょう?」
「……分かった。でも、ニルちゃんを殺したことは許さない」
そう言ってサクヤは殺されたニルちゃんの甲殻で作られた蒼い籠手を撫でながら、レンカを睨む。
サクヤの中ではまだ飲み込み切れてない怒りが残っているんだろう。それでも、今だけは災禍の竜と戦
う仲間として協力することを決めていた。
サクヤの態度にレンカはクスッと小さく笑みを浮かべる。
「子供ね、でも嫌いじゃないわ。よほどあのニーロンフォーレルを愛していたのね。でも、私は謝らないわよ? 戦った結果、命を落としたのだから」
「……ぼくは子供じゃない」
「そう言ってる内は子供なのよ? 覚えておきなさい、坊や」
子供扱いされて不機嫌そうなサクヤを見て、またレンカは笑っていた。とりあえず和解はしたみたいで安心だ。
そこから二人は向かい合い、話し始める。
「あの時、戦って思ったけど……坊やは攻撃一辺倒ね」
「……そっちは防御一辺倒」
「えぇ、そうよ。攻撃は最大の防御、なんて言うけど……それは自分一人だけに言えること。他に守る者がいる時、攻撃だけじゃ何も守れないのよ」
レンカの言葉にサクヤは顎に手を当てて考え込む。たしかにサクヤは近接格闘が主体だ。人が相手ならそれでもいいだろうけど、相手は災禍の竜。攻撃だけじゃ厳しいかもしれない。
そこで、レンカは妖艶に微笑を浮かべながら口を開いた。
「坊やが使う音属性魔法は自身の強化と相手の弱体化、衝撃による攻撃よね? でも、魔法はそれだけじゃない」
「……音属性での、防御魔法?」
「察しが早くて、お姉さん嬉しいわ。そういう訳で、私と一緒に音属性の防御魔法を編み出しましょう?」
「……分かった」
そのまま二人は音属性防御魔法について議論をし始める。このチームも大丈夫そうだ。
さて、残るは俺たちのチーム。レイド、俺、やよいの三人だ。
「タケル、貴殿には剣の師はいるのか?」
不意に聞いてきたレイドに俺は展開した魔装……柄にマイクが取り付けてある剣を見つめる。
俺の剣の師は、ロイドさん。この異世界に召還され、俺たちの指南をしてくれた人だ。
色々あって戦うことになったけどどうにか俺が勝ち、そしてこの剣を託された。敵同士になったけど、最後には俺たちを逃がすために<マーゼナル王国>の追っ手と戦ってくれた……恩人だ。
少し懐かしさを覚えながら、レイドを真っ直ぐ見つめて頷く。
「いるよ。俺が知る中で最強の剣士で、最高の師匠だ」
俺の答えにレイドは頬を緩ませた。
「なるほど、余程いい師を持ったのだな。それほどの剣士がいるとは、やはり世界は広い。一度手合わせ願いたいものだな」
「レイドも強いけど、ロイドさんはもっと強いぞ?」
「ククッ、それは相見える時が楽しみだ」
自分よりも強い剣士がいると知って楽しげにレイドは笑みを深める。
それからレイドは剣を地面に突き立てると、俺を見つめながら顎に手を当てた。
「正直、タケルの剣術は荒削りではあるが練度が高い。才能もそうだが、最初の段階で基礎を叩き込まれ、多くの戦いを経験した賜物だろう」
「師匠にはかなり厳しく指導されたからな」
「しかし、まだやれるはずだ。言葉よりも戦いの中で剣術を洗練させていく」
そして、レイドは剣を構える。
「とにかく模擬戦をする。貴殿の剣の原型は崩さず、昇華させていくぞ」
ようは、戦いまくって鍛えるってことだな。そういうことなら、と俺も剣を構えて向かい合う。
すると、ずっと放ってかれていたやよいが頬を膨らませながら手を挙げた。
「ねぇ! あたしは!?」
「……やよい、貴殿も同じだ。その華奢な身体からは想像出来ないほどの膂力はあるが、技術が追いついていない。同じように私と模擬戦し、斧の扱いや効率的な力の入れ方を叩き込む。タケルとの交互にな」
レイドの言葉にとりあえず納得したのか、つまんなそうに俺たちから離れるやよい。
そんなやよいの態度に苦笑しつつ、レイドは改めて俺と向かい合った。
「いつ羅針盤が完成するかは分からないが、そこまで訓練の時間はないだろう。集中しろ、感覚を研ぎ澄ませ」
ゆっくりと深呼吸し、神経を集中させる。
そして、俺は地面を蹴ってレイドに向かっていった。
この訓練でどこまで強くなれるかは分からない。それでも、今はとにかくやるしかない。
俺たちはそれぞれ災禍の竜との戦いに向け、訓練に勤しむのだった。
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