二十八曲目『やよいの想い』

「ーー絶対に、反対ッ!」


 険しい表情をしたやよいは、断固として反対してくる。予想通りの反応にため息が漏れた。

 トンカンッ、と機竜艇を修理している音や忙しそうに資材を運んでいる黒豹団たちの声で騒がしくなっている地下工房。

 その片隅でRealize全員を集めた俺は、災禍の竜を追いかけて止めたいという自分の考えを話したけど……即座にやよいが反対してきた。

 やよいはプンプンと怒りながらそっぽを向く。


「あれが復活したのはタケルのせいじゃないじゃん! なのにどうしてタケルが止めるの?」

「いや、だから……」

「だからも何もない! それで死んじゃったらどうするの!? 災禍の竜の強さは分かったでしょ? あたしたちが勝てるような相手じゃない!」


 俺の言葉に聞く耳持たないとばかりに、話を遮ってやよいは怒鳴る。

 やよいは俺のせいじゃないと言ってるけど、あれは俺のせいだ。結果的に俺が復活させてしまったんだから、責任は取らないといけない。

 でも、やよいは絶対に譲ろうとしなかった。


「まぁまぁ、落ち着いて」 


 そこで真紅郎が苦笑しながらやよいを落ち着かせる。それでも怒りが収まらないやよいは、テーブルにバンッと手を着いた。 


「とにかく! あたしは反対!」

「……それなら、俺一人でも」

「だから! それもダメって言ってるでしょ!?」


 俺一人でも災禍の竜と戦いに行くのも、やよいは許せないらしい。

 そりゃ、大事な仲間が死ぬかもしれない戦いに自分から首を突っ込もうとしてたら、止めるに決まってる。

 だけど、俺は……。


「やよい。俺は災禍の竜がこの世界を滅ぼそうとしているのを、見て見ぬ振りは出来ない。責任もあるけど、それ以上に見過ごせないんだよ」


 正直に自分の考えを話すと、やよいは眉を釣り上げながら鋭く睨んできた。


「そう言うと思ってた……タケルはお人好しすぎるよ。それがタケルのいいところなのかもしれないけど、今回のはやりすぎでしょ」


 やよいは目に涙を浮かべながら、拳をギュッと握りしめる。


「ねぇ、タケル。前から思ってたんだけどさ……どうしてタケルは他人のためにそこまで頑張れるの? どうして自分を顧みない・・・・・・・の?」


 涙ぐみながら言ったやよいの言葉に、心臓がドクンッと跳ねる。

 別に正義感が強いとかそうのじゃない。全ての人を助け、守るなんて出来るはずがないと分かっている。

 だけど、俺は……誰か困っている人がいたら出来るだけ助けたいし、見捨てられない性分だ。


 どうしてなのかと言われれば、それはーー。


「ヘイ、やよい」


 黙り込んでしまった俺の代わりに、ずっと腕組みして話を聞いていたウォレスが口を開いた。

 ウォレスはニヤリと笑いながら、立ち上がる。


「タケルが戦うってんなら、オレも戦うぜ?」


 ウォレスは災禍の竜と戦うことに賛成らしい。それを聞いたやよいは目を丸くさせて驚き、そしてウォレスを睨みつけた。


「なんで? ウォレスも見てたでしょ?」

「あぁ、見てた。災禍の竜は半端ないモンスターだ。あんなのと戦うなんて、バカがやることだろうよ」

「だったら……ッ!」

「だけどよ、オレたち・・・・だったら勝てるだろ」


 サラッとウォレスが言い放った言葉に、やよいは口をパクパクと開け閉めする。

 そんなやよいにウォレスは小さく笑みをこぼした。


「タケル一人じゃ勝てる訳ねぇよ。でもな、オレたちRealizeが揃えば、例え災禍の竜だろうと勝てる!」

「何言ってんの!? 今までとは相手が違いすぎるでしょ!? あたしたちはただのロックバンド! そんなのが勝てるような……」

「ハッハッハ! 変わんねぇって。相手が誰だろうとな」


 やよいが何を言っても、ウォレスの考えは変わらない。

 不敵な笑みを浮かべながらウォレスは魔装を展開してスティックを握りしめると、天井に向けてスティックを掲げた。


「オレたちRealizeは無敵のロックバンド! 相手が災禍の竜だろうが、世界だろうが! 音楽ミュージックの力でぶっ飛ばす! いつも通りな」


 そう言って笑ったウォレスは「それによ」と話を続ける。


「タケルが突っ走るのなんていつものことだろ。オレたちはいつもタケルのフォローをしてきたんだ、今回も同じことだって」

「……たしかに、タケルは頑固だからね。こうと決めたら猪突猛進で、ボクたちをいつも困らせてた」


 そこで真紅郎が呆れたようにため息と吐きながら話に加わった。


「でも、そんなタケルだから……真っ直ぐなタケルだからボクたちは手助けしてきた。ボクはそういうタケルが嫌いじゃないよ」

「真紅郎まで……」

「もちろん、やよいの気持ちも分かるけどね」


 真紅郎まで俺の考えに賛同しようとしていることに、やよいが悔しげに歯を食いしばる。

 真紅郎は苦笑いを浮かべながら立ち上がり、やよいの肩に手を置いた。


「災禍の竜と戦うことにしたんなら、ボクも全力で手伝うよ。だけどねタケル、やよいの気持ちも汲んであげて。ボクだってタケルやみんなが死ぬようなことは、絶対に許さないから」


 災禍の竜と戦うことに関しては賛成したけど、俺たちの一人でも死ぬことは許さないと真紅郎ははっきりと言い放つ。

 それはもちろん当然だ。誰一人だって欠けることは、俺も許さない。

 全員で生き残って、災禍の竜に勝つ。それが最低条件だ。


「……ぼくも、戦う」


 サクヤも立ち上がり、拳を握りしめながら戦うと宣言する。

 そして、サクヤは決意の籠もった眼差しで俺と目を合わせた。


「……やられっぱなしは、嫌だ」

「サクヤまで……」


 やよいは頭を抱えると深いため息を吐きながら力なく椅子に腰掛ける。そんなやよいを心配してか、頭に乗ったキュウちゃんが尻尾でやよいの頬を撫でていた。

 やよいは頭に乗っていたキュウちゃんを抱えると、ギュッと抱きしめる。


「男ってどうしてこんなバカなの? 反対してるのあたしだけじゃん……」

「やよい……」


 Realizeのメンバーで、やよいだけが戦うことに反対し続けていた。それが悪い訳じゃない。やよいは誰よりも心配してるからこそ、例え一人でも反対してるんだ。

 やよいの優しさに気づかないほど、俺はバカじゃない。でも、だとしても俺は……。


「ごめんな、やよい。それでも俺は、やっぱり見過ごせないんだよ。ここで何も見ない振りしたら、俺の中で何かを捨てるような気がするんだ」


 そう言えば、前にもこんなことを話した気がする。

 たしかあれは……この異世界に召還された時のこと。その時はまだ味方だと思っていたマーゼナルの国王、ガーディの前で言ったな。


 困っている人を見捨てたら、俺の中の何かを捨ててるような気がして。そうすると俺の歌声が、俺たちの音楽が死んじゃうような気がする、と。


 やっぱり俺の根底にある想いは、ずっと変わらない。


「俺は絶対に死なない。みんなも死なせない。何があっても守るし、どうやっても無理だと分かったらすぐに逃げるよ。だから、やよい……」


 許してくれ。そう言おうとした瞬間ーー機竜艇の方から何かが倒れる音と工具が散らばる音が響いてきた。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 黒豹団の一人が慌てた様子で誰かに声をかけている。

 目を向けてみるとそこには、倒れているベリオさんの姿があった。


「ーーベリオさん!?」


 急いで俺たちは倒れているベリオさんに駆け寄る。

 ベリオさんは青ざめた顔で汗だくになりながら、肩で息をしていた。


「ヘイ、どうした!?」

「……脱水症状と極度の疲労だね。少し休んだ方がいい」


 真紅郎はベリオさんの姿を見て判断する。だけどベリオさんは体を震わせながら起き上がると、散らばった工具を拾い始めた。


「ここで、倒れる訳にはいかん……まだ、作業は残っている……ッ!」

「べ、ベリオさん!?」


 無理を押して作業を続けようとするベリオさんは、また工具を落として力なく倒れ伏す。

 俺たちは慌ただしく気絶したベリオさんを担ぎ、運び出すのだった。

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