二十七曲目『目覚めを待つ機竜』

 ベリオさんに呼び出された俺とアスワドは、ボルクに連れられて機竜艇が眠る地下工房に足を運んだ。

 開け放たれている鉄の扉を通り、下へと続く階段を進んでいく。痛む体をどうにか堪えて地下工房に入ると、そこには多くの人間がいた。


「おい、そこの鉄板持ってこい! お前はそっちを手伝え! って、頭ぁ! 遅いぞぉ! もう作業始めてるぜ!?」


 見知らぬ顔の黒いローブを身に纏った男が、アスワドに声をかけてくる。他にも同じように黒いローブ姿の男たちは、忙しそうに資材を運んでいた。

 すると、アスワドは俺に向かってニヤリと笑う。


「どうだ? これが俺たち黒豹団だ。おぉ! わりぃな、てめぇら! しっかり働いてベリオのおやっさんを手伝ってやってくれ!」


 アスワドが男たちに声をかけると、雄叫びのような返事が返ってきた。

 その人数は十五人。見知っているアランとロク、シエン……そして、アスワド。

 合計十九人で構成されている盗賊団、それが黒豹団のようだ。

 黒豹団全員でベリオさんの手伝いをしてるみたいだな。そこに俺たちRealizeも含めれば、人数は足りてるだろう。

 だけど、俺たちは職人じゃない。人だけ足りても機竜艇を直すのはベリオさんの仕事だ。一人でやるには大変だろうけど……そこを俺たちがフォローすればいいか。

 そんなことを考えていると、でかいレンチを肩に担いだ煤だらけのベリオさんが声をかけてきた。


「来たな。待っていたぞタケル、アスワド」


 ベリオさんはでかいレンチを置くと、ズンッと重そうな音が響く。かなり重そうなのに軽々と担いでいたベリオさんを見て、下手すると筋力だけで地下闘技大会を勝ち上がれたんじゃ、と思って乾いた笑い声を上げる。

 そして、ベリオさんは腕組みすると鼻を鳴らして口を開いた。


「遠目からだったが、見ていた。あれが大昔、俺のご先祖が機竜艇に乗って戦ったという災禍の竜だろう?」


 どうやらベリオさんも災禍の竜の姿を見ていたらしい。まぁ、あれだけ巨体の災禍の竜なら、どこからだって見れるよな。

 すると、ベリオさんは楽しげに頬を歪ませて笑ってみせた。


「災禍の竜との戦いで墜落した機竜艇が、この現代にまた目覚めようとしている。そして、示し合わせように災禍の竜も目覚めた……これはもはや、運命と言っていい」

「おやっさん、何が言いてぇんだ?」

「フンッ。俺が言いたいのは一つだけだーー災禍の竜を追いかけたいならこの機竜艇を使え」

「……はぁ!?」


 アスワドに急かされてベリオさんが提案してきたことに、思わず声を上げてしまう。

 災禍の竜を追うのにどうしたらいいかと悩んでいたから、言葉通り渡りに船だけど……。


「ベリオさん、分かってると思うけど……災禍の竜を追うのはかなり危険を伴う。もしかしたら戦うことになるかもしれない」

「フンッ、そんなこと元より承知。だが、あんな化け物を放置している方が危険だ。それに、いずれこの国を襲うかもしれん。そうなった時、何もしないでされるがままになるよりかは、戦った方がマシだ」


 ベリオさんの言う通り、災禍の竜はいつかはこの国を襲ってくるかもしれない。ただ逃げ回るより戦う、という考えは分からないでもないけど。

 俺が渋っていると、ベリオさんは「それにな」と話を続けながら機竜艇を見上げた。


「機竜艇が自由に空を駆けるのに、災禍の竜の存

在は邪魔だ。そう考えると俺のご先祖……ザメ・ドルディールや機竜艇を作るのに携わった職人たちは、そのために機竜艇で災禍の竜と戦ったのかもしれんな」


 幾年月を重ねようとバカの考えることは同じだな、とベリオさんは小さく笑みをこぼす。

 ふと、ベリオさんの隣に髭を蓄えた大柄な男が、機竜艇を見上げている姿を幻視した。

 その男はベリオさんに顔立ちが似ている気がする。二人はまるで子供のように、目を輝かせながら機竜艇を見つめていた。

 瞬きするとベリオさんの隣に立っていた男の姿が消える。今のはもしかして……俺は一度首を横に振ってから、ベリオさんに向かって手を差し出した。


「そういうことなら、お願いするよ。よろしく、ベリオさん」

「フンッ、任せろ。どこへだって連れてってやる。この機竜艇でな」


 俺とベリオさんはがっしりと握手して笑い合っていると、アスワドが頭をガシガシと掻きながら機竜艇の船体をトンッと叩く。


「でもよ、おやっさん。いつになったら直るんだ?」


 アスワドの問いにベリオさんは腕組みしながら深いため息を吐いた。


「壊れている片翼はすぐにでも直せる。心臓部の炎竜石も問題なさそうだ。炉に火を入れればすぐにでも稼働するだろう。だがな、その炉自体が少しな」

「壊れてる、とか?」

「経年劣化が酷い。さすがに数百年も経っているからな、火を入れても機竜艇全体に行き渡らないな」


 経年劣化、か。そればっかりはどうしようもないよな。

 炉は機竜艇の心臓部、これが正常に稼働しないことには機竜艇自体が動かない。

 しかも、ベリオさんの話では現代の技術で直すのはかなり難しいぐらい、繊細かつ大胆な作りをしているらしい。

 

「だが、必ず直してみせる。俺の今まで培ってきた技術と経験を全て使ってな」


 だけど、ベリオさんは自信を持って言い放った。

 これはベリオさんの意地だ。職人として、男と

しての意地。なら、俺は信じて待つだけだ。


「他にも船体の装甲も劣化している。これでは災禍の竜との戦いですぐに壊れるだろう。二度と撃墜されないよう、大昔の失われた技術と現代の最先端技術を混ぜ合わせ、全改修する方向で考えている」

「おやっさん、全部終わるのに大体どれぐらいかかる?」

「……目算だが、十日だな」


 十日間か。今はまだ暴れていないけど、いつ災禍の竜が動き出すか分からない。あまり時間の猶予はないだろう。

 それを見越した上で、ベリオさんは十日で直してみせると言ってのけた。なら、俺たちは間に合うように全力で手伝おう。

 アスワドは一度頷くと、作業をしている黒豹団たちに向かって大声を上げた。


「いいか、てめぇら! この機竜艇を十日で直すぞ! 黒豹団の力、見せつけてやろうぜ!」


 アスワドの言葉に、黒豹団たちが雄叫びを上げる。ビリビリと地下工房に声を響かせると、黒豹団たちの動きが素早くなった。

 その光景を満足そうに見ていたアスワドは、ボソッと呟く。


「まぁ、俺は手伝えないけどな」

「頭ぁ! 聞こえてるぞぉ! さっさと怪我を直して手伝えよぉ!」


 どうやら聞こえていたらしく黒豹団たちからブーイングの嵐が巻き起こり、アスワドは「うるせぇ! いいから早くやれ!」と怒鳴り返していた。

 俺も手伝いたいところだけど、今は怪我を治すことが先だな。

 

「そうだ、タケル。これを渡しておく」


 そこで、ベリオさんが俺に布で包んだ何かを手渡してきた。

 首を傾げながら受け取り、布を取ってみると……そこには手のひらサイズの金色の小さな箱のような物。

 この異世界では絶対に存在しない、だけど元の世界では見覚えのあるそれを見た瞬間、目を丸くして驚いた。


「べ、ベリオさん、これ……!?」


 ベリオさんは鼻を鳴らしながら、ニヤリと笑う。


「注文していた物がようやく形になったんでな。まだ調整が必要だし、試作段階だ。一度使えば壊れるだろうが、お望み通りお前を強化してくれるはず……あの災禍の竜と戦うんだ、必要だろう?」


 俺がベリオさんに頼んでいた、強化アイテム。それがまだ試作品だとしても形になり、俺に手渡された。

 これがあればきっと……災禍の竜と戦えるはずだ。


「いずれ完成品を渡す。今は機竜艇の修理で忙しいが、それが終われば必ず仕上げよう」

「あぁ、頼んだよベリオさん!」


 金色の箱のような強化アイテムを握りしめ、力強く頷く。

 あとは機竜艇の修理が終わるのを待つだけだ。

 しっかりと怪我を治したら作業の手伝いをして……と、その前にやることがあった。


「みんなを説得しないとな」


 災禍の竜と戦うことを決めたけど、それはまだ俺一人で決めたこと。

 Realizeのみんなにはまだ話してないから、ちゃんと言わないとな。

 猛反対してきそうなやよいをどう説得しよう。そんなことを悩みながら、俺はRealizeを集めることにした。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る