二十六曲目『タケルの決意』

「ーーうじうじと悩んでんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞゴラァ!」


 アスワドの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。

 俯いていた顔を無理矢理起こされた俺が見たのは、怒りに顔を真っ赤に染めて歯を剥き出しにしているアスワドの姿だった。


「それでもてめぇは男か!? 情けねぇ! てめぇみたいな奴に、やよいたんを預けておけねぇなぁ!」


 好き放題に怒鳴り散らしてくるアスワドに、俺の中で何かがプツンと切れる。

 感情の赴くままアスワドの襟首を掴み返し、額同士をぶつけ合いながら叫んだ。


「ーーうるせぇ! 仕方ねぇだろ!」


 俺の怒声がアスワドに負けじと部屋中に響き渡る。

 もう、抑えきれない。感情が爆発して、制御が効かなくなった。


「俺のせいで災禍の竜が復活した! それが知らなかったことだとしても、俺がやったんだ! だから、俺は災禍の竜をどうにかしないといけない! だけど、災禍の竜と戦えるほど俺は強くねぇんだよ!」


 心の奥底に閉じこめていた本音が吐き出される。

 もはや止める必要もない。このまま全てを、さらけ出した。


「俺は勇者でも英雄でもない! ただの無力な男だ! そんな奴が、あんなモンスター相手に戦える訳がねぇ! 勝てる訳がねぇだろ!」

「んなの自分が弱いのが悪りぃだろうが!」


 はっきりとアスワドは言い放ってくる。

 ゴンッ、と重い音を立てながら俺に頭突きをしてきたアスワドは、そのまま俺を睨みつけて叫んだ。


「俺はてめぇを勇者や英雄だと思ってねぇ! てめぇはただのいけ好かねぇ奴だ! 最初に会った時からこいつとは仲良くなれそうにねぇって思うぐらいによぉ!」

「あぁ!?」


 この野郎、言いたいだけ言いやがって。

 アスワドの頭を押し返しながら、こっちも言わせて貰う。


「んなの俺だって同じだ! やよいにストーカーしやがって! てめぇみたいな奴にやよいは渡さねぇからな!」

「んだとゴラァ! よこせや!?」


 そのまま取っ組み合いになって床を転がった。俺もアスワドもかなりの傷を負っているせいで、それだけで全身に痛みが走る。

 二人で床を悶えていると、アスワドはまた俺の襟首を掴んで持ち上げてきた。


「ーーてめぇの弱さが嫌なら、強くなるしかねぇだろうが!」


 アスワドの言葉に、思わず動きが止まる。

 目を丸くしていると、アスワドは襟首から手を離して鼻を鳴らしながら話を続けた。


「勇者だとか英雄だとか、誰かが与えた称号が強さじゃねぇ。そんなのは後からついてくるオマケみてぇなもんだ」

「オマケ……か。ははっ、そうだよな……」


 アスワドの言葉が、胸にストンと落ちる。

 称号が人を強くするんじゃない。称号で災禍の竜に勝つ訳じゃない。

 誰もが最初から強い訳じゃないんだ。努力して、心も体も鍛え上げ、戦いに戦いを積み重ねていった結果、勇者や英雄と呼ばれる人になるんだ。

 すると、アスワドは痛みに顔をしかめながら、静かに大の字に倒れる。


「……そもそも、今回のことは俺にだって責任はあるんだよ」

「お前に?」

「あぁ。俺があの魔族……レイド、だったか? あいつに勝ってれば問題なかったんだ」


 そう言うとアスワドは自嘲するように笑った。


「俺が強ければ、今回のことは起きなかったかもしれねぇ。俺が弱かったから、こんなことになったのかもしれねぇ」

「それは……」

「違わねぇよ。だけどなぁ、俺は諦めるつもりはねぇ」


 否定しようとすると、アスワドは鼻を鳴らしながら松葉杖を使って立ち上がる。

 そして、倒れている俺を見下ろしながら不敵に笑ってみせた。


「俺は黒豹団の頭、アスワド・ナミル様だ。頭ってのはなぁ、仲間や部下に弱い姿を見せちゃいけねぇ。んなことすれば、誰もが不安に思っちまう」


 そう言うとアスワドはドンッと拳を胸に押し当てる。


「だから、俺は強くなる。頭として、あいつらに無様な姿を見せ続ける訳にはいかねぇからな。あの魔族にも、災禍の竜にも……てめぇにも、負けたりしねぇ」


 アスワドは戦いでは負けだろうけど、心までは負けてなかった。

 無様な姿を仲間や部下に見せたくないという男の意地。今は弱くてもいつかは勝つという野心。

 いつもは腹が立つし、気にくわない奴だけど……こういうところは、素直に尊敬する。

 アスワドは挑発するようにニヤリと笑うと、また問いかけてくる。

 

「で、赤髪……てめぇはこれから、どうするんだ?」


 同じ問いだけど、その言葉に込められている物は違っていた。

 アスワドは俺を煽ってきている。

 俺がすることは決まっているぞ、てめぇはどうするんだ? いつまでそこで立ち止まってんだ?

 そう言われている気がした。


 心の中で、小さな火が灯った気がした。小さな火は徐々に大きく燃え上がってくる。


 本当、好き勝手言いやがって。そこまで言われて、俺が黙ったままだと思ってんのか?

 歯を食いしばり、痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がった俺は、アスワドを睨みつける。

 ニヤケているアスワドに向かって、俺ははっきりと宣言した。


「ーー災禍の竜を、止める」


 アスワドの挑発によって燃え上がった火は炎となり、心が熱くなる。

 結局、俺は見過ごすことなんて出来るはずがなかった。

 罪の意識もある。恐怖もある。勝ち目がない勝負だと分かっている。その結果、命を落とすことになるかもしれないのも……自覚している。


 だけど、俺は見過ごせない。災禍の竜がこの世界の住人を傷つけ、暴れようとしているなら……俺は、それを止めたい。


「……てめぇに出来んのか? あぁ?」

「当然だろ? たしかに、俺は弱い。英雄でも、勇者でもないただの人間の俺が、災禍の竜に立ち向かうなんて無謀だと思われるだろうよ」


 苦笑しながら首を横に振り、天井を見上げてゆっくりと深呼吸する。

 ふと、さっき見ていた夢のことが頭を過ぎった。

 夢の中で、英雄アスカ・イチジョウが俺に向かって何かを言っていたことを思い出す。

 振り向いたあの人は小さく笑みを浮かべながら、俺に向かってこう言っていた気がする。


 ーー強くなりなさい。私よりも、強く……と。


 その言葉は、俺に勇気を与えてくれた。

 アスワドと目を合わせながら、拳を胸に押し当てて頬を緩ませる。


「だけど、俺は強くなる。誰よりも、強く。自分も、仲間も守れるぐらいに。災禍の竜だけじゃない、あの人・・・にも……お前にも負けないぐらいにな」


 俺が出した答えに、アスワドは小さく笑みをこぼした。


「やれるもんなら、やってみろよ」

「あぁ、やってやるさ」


 覚悟は決まった。あとはみんなにも話をしないとな。

 どうにかして説得しないといけないけど、やよいは猛反対してきそうだ。

 怒っているやよいの姿を幻視した俺は、ため息を吐く。すると、アスワドが鼻を鳴らした。


「まぁ、そのためには災禍の竜に追いつかなきゃならねぇけどな」


 たしかに、戦うと決めたのはいいけどそのためには空を駆ける災禍の竜に追いつく必要があるな。

 さすがに歩きで追いつけるはずもないし……と、悩んでいると扉かノックが聞こえてくる。

 そして、扉が開かれると恐る恐るボルクが顔を出した。


「あのぉ……入ってもいい?」

「ボルク? 入っていいぞ。どうしたんだ?」


 ボルクはいそいそと部屋に入ってくると、言い辛そうに口を開く。


「えっとさ、親方が呼んでるんだ。地下工房に来て欲しいんだって」


 ベリオさんが? いったいなんだろう?

 俺たちは痛む傷を押さえながら、ボルクに連れられて地下工房……機竜艇が眠っているところへと向かうのだった。

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