十四曲目『脱獄』
薄暗い廊下をシエンに先導して貰いながら進んでいく。長い廊下を歩いていくと、頑丈そうな鉄の扉が行く手を阻んでいた。
「さて、と。ここからは警備の奴が見回っているッスから、今以上にこっそりと行くッスよ」
扉に耳を傾けながら静かに忠告してくるシエン。当たり前だけど、脱獄なんてやる機会なんてなかったから少し緊張するな。
固唾を呑んでゆっくりと深呼吸してから鉄の扉に手をかけようとすると、ぐぎゅるるる……と音が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには腹を抑えてしょんぼりとした顔をしているサクヤの姿。
「……お腹、空いた」
「ヘイ、サクヤ……腹の虫でバレちまうなんて、笑えないジョークだぜ?」
やれやれと呆れるウォレスだったけど、ウォレスも負けず劣らずの腹の虫を鳴らしていた。ここ二日満足に食事が取れなかったからな、仕方ないと言えば仕方ない。
だけど、こんなんでバレるのはよろしくない。そう
思っているとシエンが思い出したように背負っていた布袋をガサゴソと漁り始めた。
「そう言えば忘れてたッス。ベリオっておっちゃんから、これを預かってたッス」
ベリオさんから?
首を傾げているとシエンが布袋から取り出したのは葉っぱに包まれた……おにぎり!?
「腹空かせてるだろうから、これを食わせろって言ってたッス……ひゃあ!?」
笑みを浮かべながらおにぎりを差し出したシエンは、一瞬の内に俺たちが群がって来たことに驚いていた。
だけど俺たちは気にすることなくおにぎりを頬張る。何も具が入ってないおにぎりだけど、空腹も相まって泣きそうなほど美味い。
一心不乱におにぎりにかぶりつき、どうにか腹を満たすことが出来た。
「美味かった……ありがとう、ベリオさん」
「おにぎりでこんなに感動するなんて……ッ! 本当にありがとう、ベリオさん!」
「ハッハッハ! 最高のプレゼントだぜ、ベリオ!」
「ベリオさんには感謝してもし切れないね」
「……ごちそうさま」
俺たちが感動しながらベリオさんにお礼を言っていると、俺たちをジロッと見つめながら「持ってきたのはオレなんッスけど……」と文句を言う。
「まぁ、いいッス。そろそろ行くッスよ? 早くしないと交代しに来た看守が来るッス」
「あぁ。道案内頼む」
「あいよ! んじゃ、開けるッスよ」
シエンは出来るだけ音を立てないように鉄の扉を開け放つと、開いた隙間から顔を出して左右を確認してから素早い動きで扉を抜けた。
俺たちもこっそりと扉を抜け、シエンについて行く。出来るだけ足音を立てないようにしてるけど、シエンはほとんど無音で歩いていた。
さすがは黒豹団の一人、と感心していると曲がり角でシエンが止まり、目を閉じて耳を澄まし始める。
「……誰か来るッスね」
シエンが声を殺しながら呟くと、たしかに遠くの方からこっちに近づいてくる足音が聞こえてくる。
するとシエンは黒いローブの懐に手を突っ込み、そこから何かを取り出した。
そして、タイミングを見計らって足音が聞こえる方にそれを投げる。
シエンが投げたのは小石だった。放物線を描いて飛んでった小石は壁に当たると、小気味のいい音が響き渡る。
「む? なんだ!?」
男の声がしたと思うと、足音は音がした方へと向かって行った。それを確認してからシエンは俺たちに指で指示し、男が向かっていった方とは逆方向に歩いていく。
何度か角を曲がって廊下を進んでいくと、シエンは大きな窓があるところで立ち止まった。
「……そろそろッスね」
そう言うとシエンは窓をゆっくりと開け、外を確認してから窓を軽々と飛び越える。
その瞬間ーー。
「ーー脱獄だぁぁぁぁ! 奴らが逃げ出したぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
遠くの方で男の叫び声が聞こえた。
どうやら俺たちがいなくなったことがバレたらしい。こんなに早くバレるなんて、と慌てているとシエンがクスッと小さく笑みをこぼした。
「狙い通りッスね」
「読んでたのか?」
「当然ッス! もうそろそろ交代の人間が来る頃ッスから、バレるのは想定内ッスよ。だから、牢屋とは反対方向に来たッス」
事もなく言うシエンに、俺たちは目を丸くして驚く。ここまで計算して動いていたのか。
まぁ、盗賊団やってるんだからこれぐらい考えてないとすぐ捕まるよな。
「それより、早く来るッス。ここからは急ぎ足で行くッスよ」
シエンに急かされ、俺たちは窓を飛び越えて外に出た。
俺たちが幽閉されていたところは、高い壁で囲まれた崖っぷちに建てられた監獄。俺たちが今いるのは監獄の中に入れる唯一の出入り口の大きな門……の反対側、崖の方だ。
ここからどうやって脱出するつもりなのか疑問に思っていると、シエンはキョロキョロと周囲を見渡していた。
「さて、と。どこッスかぁ……あそこッスね」
シエンが見つけたのは、壁際の地面に突き立てられた一本の矢。
そこに向かったシエンは高い壁を見上げながらコツコツと壁を叩くと、壁の上に一人の人影が現れた。
「アラン、来たッス!」
「はいよ」
そこにいたのはアラン。黒豹団の一人で弓使いの軽薄そうな男だ。
返事をしたアランは俺たちに向かってロープを下ろす。それをキャッチしたシエンはグッグッと引っ張ってから、手慣れた動きでスルスルとロープを登り始めた。
「よし、俺たちも登るぞ」
「……あたし、最後ね」
俺たちのロープを登ろうとすると、やよいがおずおずと口を開く。
「は? どうしてだ?」
「……変態」
どうしてなのか聞いたら、罵倒で返された。意味が分からないと首を傾げていると、真紅郎が呆れた様子でやよいの足を指さしている。
「……あ」
それでようやく気づいた。やよい、スカートだったわ。
顔を真っ赤にしながら睨んでくるやよいから逃げるように、我先にロープを登る。
全員が登り終え、壁の上に立つと強い風が吹き付けていた。これ、足を踏み外したら一巻の終わりだな。
壁の上から監獄を見渡してみると、人が集まり騒がしくなっていた。
「ヘイ、こっからどうやって逃げるんだ?」
崖の下を覗きながら聞くウォレスに、アランはニッと笑う。
「崖の向こうが見えるか?」
崖の向こうと言われてそっちを見てみると、十メートルぐらい離れたところに対岸があった。
森のようになっている対岸に、一人の大柄な男が見える。
「ロクがいる対岸に逃げるんだ」
黒豹団の一人、スキンヘッドの強面の男のロクが手を振っていた。そこに逃げるのは分かったけど、どうやって?
俺の疑問に答えるように、アランはヘラヘラと笑いながら弓を構える。
「こうやってだよん……シッ!」
短く息を吐くと、アランは弓矢を放った。
強く吹き付ける風に流された弓矢は、緩やかに弧を描きながらロクの後ろに生えていた木に突き刺さる。
矢には太く頑丈そうなロープが括り付けられていて、俺たちがいる壁の上と対岸が繋がった。
「え? ちょっと待って……これを渡るの?」
やよいが青ざめた顔で聞くと、アランは手に持っていた鉄製の滑車をロープに取り付け始める。
「さすがにこの距離を渡るのは難しいでしょ? だから、これを使うよ」
滑車を使って十メートルの距離を渡るのか。それはそれで怖いんだけど。
「んじゃ、一人ずつ行こうか。まずは俺っちからね」
そう言ってアランは滑車に手をかけると、躊躇せずに滑っていった。結構なスピードで渡り終えたアランは、対岸で手招きしてくる。
誰からやるか、と俺たちは顔を見合わせていると……。
「ハッハッハ! オレからやるぜ! 楽しそうだしな!」
ウォレスが率先して渡ることになった。
対岸から戻ってきた滑車を掴むと、ウォレスは雄叫びを上げながら滑っていく。
というか、大声出すなよ。バレたらどうするんだ。
「ほら、どんどん行くッスよ。早くしないと追いつかれるッス」
シエンが監獄の方を見つめながら急かしてきた。
ここで立ち止まっている暇はない。俺たちは恐怖を押し殺しながら、滑車を渡っていく。
サクヤ、真紅郎、やよいの順で滑っていったけど……やよいは恐怖に耐えきれずに悲鳴を上げながら渡っていた。
もうここまで来たらバレてもいいか。苦笑いを浮かべつつ、戻ってきた滑車を掴んで俺も渡る。
「う、お、おぉぉぉ!?」
物凄いスピードで滑りながら下を見れば、底が見えないほど高い切り立った崖。落ちたら絶対に助からない高さに、ブルッと寒気が走る。
崖を渡り切ると、ロクががっしりと受け止めてくれた。
「……おかえり」
「あ、ありがとな」
強面の顔でニヤリと笑いながら出迎えてくれるロクにお礼を言う。
そして、最後にシエンが渡り終え……脱獄は成功した。
「ーーよう、これでてめぇらも俺たちと同じ、お尋ね者だな」
「きゅー!」
すると傍らにキュウちゃんを置きながら木の上に座っていたアスワドが、不敵な笑みを浮かべながら声をかけてくる。
俺はため息を吐いてから肩を竦めた。
「元からそうだよ、バカ野郎」
軽口で返すと、アスワドはケラケラと笑いながら木の上から飛び降りる。
「よっと。んじゃ、早いとこずらかるぞ。話はそれからだ」
さて、これからどうなるのか。不安を抱えながら、俺たちはこの場を去ることにした。
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