十三曲目『幽閉からの脱獄』

 ルオの謀略により、牢屋に入れられてから二日が経った。

 埃まみれで薄汚れた牢屋に俺たちは一人一人幽閉され、話すことも許されていない。

 狭苦しい牢屋に唯一ある鉄格子がはまった窓から外を覗くと、どうやら今は夜のようだ。窓がなかったら時間の感覚を失いそうだな。


「あぁぁぁ……腹、減ったぜ……」


 隣の牢屋にいるウォレスが空腹を訴えると、それに同意するようにサクヤの牢屋から腹の虫が鳴り出した。

 出される食事は一日一食、しかも質素で雑な食事と言えるか微妙な物。こんなんで腹が満たされる訳もなく、ただでさえ幽閉されて気が滅入っているのに追い打ちをかけられていた。

 ウォレスがブツブツと文句を言っていると、突然甲高い音が響き渡る。


「おい、そこ! うるさいぞ、黙れ!」


 怒鳴ったのは小太りの男。俺たちを見張る看守だった。

 看守が手に持った木の棒でウォレスの牢屋をガンガンッと叩いて不愉快な音を響かせると、ウォレスは苦しむようにうめき声を上げる。


「ヘイ、やめてくれ……音が空きっ腹に響いて辛いからよ……」

「フンッ、だったら黙っていろ」


 鼻を鳴らした看守はカツカツと靴音を鳴らしながら牢屋にいる俺たちを見回り始めた。

 この看守は大体一時間ぐらいごとにこうやって誰も逃げ出してないか監視してくる。ギロッと睨みながら無言で見回っている看守だけど、今日は暇なのか話しかけてきた。


「おい、お前らは何をやらかしたんだ? 長年機能してなかったこの監獄に犯罪者が入ってくるなんて、珍しいぞ?」


 看守はやれやれと呆れ混じりに問いかけてくる。


「まぁ、俺としては金が貰えるから嬉しい限りだがな」

「……ボクたちは何もしてないんです」


 肩を竦めて言う看守に、真紅郎は俺たちがユニオンメンバーだということ、ルオに陥れられてこの国の転覆を企てている犯罪者にされたことを説明した。

 だけど真紅郎の懇々とした説明もむなしく、看守は鼻で笑う。


「お前らが無実だろうがなんだろうが、俺には関係ないな。貴族が罪人だと言えば、お前らは罪人。俺から言えることはそれが本当だとしたら……運がなかったな」

「ヘイ! その言い方はねぇんじゃねぇか!? だったら初めから聞くんじゃねぇよ!」

「ウォレス!」


 俺たちのことを信じないどころか、どうでもいいと無関心な看守の言い方にウォレスが鉄格子を掴みながら激昂する。

 怒るウォレスを真紅郎は鋭い声で呼び止めた。看守に楯突いたらますます俺たちの立場が悪くなると判断したからだろう。それが分かったウォレスは悔しそうに歯を食いしばりながら舌打ちして鉄格子から離れる。

 看守はそんなウォレスを見てニヤニヤと笑うと、腰元にぶら下げていた鍵の束を見せつけてきた。


「お前らが本当に無実だとしても、貴族様はお前らを処刑するだろうな。それが嫌ならここから脱獄するしかないだろうが……この鍵がないと出られないからな?」


 ケラケラと笑う看守はそのまま去っていく。

 脱獄、か。最初はそれも考えていたけど、難しそうなんだよな。

 ため息混じりにチラッと鉄格子を見やる。俺たちを閉じこめている鉄格子はただの鉄じゃなく、異世界特有のめちゃくちゃ強固な鉱石で作られた物だ。

 力自慢のウォレスでも、これをぶち破るのは難しいだろう。いや、それ以前に強引に脱獄しようものなら絶対にバレるし、もっと俺たちの立場が悪くなる。

 そうなれば俺たちはマーゼナル王国だけじゃなく、ムールブルクでもお尋ね者になってしまう。それだけは避けたいな。


「どうすればいいんだろうな……」


 深いため息を吐きながらぼんやりと天井を眺める。

 このままここにいても処刑されてしまうだろうから、脱獄しないと俺たちの未来はない。

 脱獄するならバレないようにこっそりと。それから俺たちの無実を証明して、俺たちは無罪放免を勝ち取らないといけないな。あと……ルオにはたっぷりと報復しないと。

 そのためにも脱獄する方法を考える必要があるな。牢屋を見渡しながら考えを巡らせる。

 窓の鉄格子も頑丈な鉱石で作られ、壊すことは不可能。

 穴を掘ろうにも掘る道具がない。

 看守から鍵を奪い取る?


「いやいや、それは無理だろ」


 自分で思いついたことにツッコミを入れる。結局、俺一人の考えじゃ脱獄する方法なんて思いつくはずがなかった。

 こういう時に頼りになるのが真紅郎だけど、離ればなれになっているから話し合いも出来ない。それに、話し合ったらすぐに看守にバレてしまう。

 八方塞がりか。頭を抱えてうなだれていると、遠くから靴音がこっちに近づいてくるのが聞こえてきた。


「失礼しまーす! 交代の時間ッスよー!」


 帽子を目深に被った小柄な男……いや、少年がヘラヘラと口元に笑みを浮かべながらやってくる。どうやら看守の交代の時間のようだ。

 どこかで聞き覚えのある声のような気がするが、多分気のせいだろう。


「……あぁ? お前、誰だ? 交代するのはあいつだったはずだが?」


 だけど看守は少年に見覚えがないのか訝しげに睨んでいた。すると、少年は「あぁ、聞いてないんッスね」と手を打ち鳴らして口を開く。


「オレは今日から配属になった新人ッス! 仕事を早く覚えたくて、代わって貰ったんッスよ! どうやら伝わってなかったみたいッスね!」

「そうなのか? まったく、そう言うのはちゃんと伝えとけよ……」


 少年の説明で納得したのか、看守はやれやれと呆れながら怠そうに鍵の束を手渡した。


「ほれ、なくすんじゃねぇぞ?」

「了解ッス! んじゃ、しっかり休んで下さいッス!」

「そうさせて貰う……ふわぁ、眠ぃ」

 

 看守は欠伸混じりに立ち去る。残された少年は看守を見送り、姿が見えなくなるとクスクスと笑みをこぼした。


「警備体制が杜撰ッスねぇ。そんなんじゃ、すぐに脱獄されちゃうッスよ?」

「お前……誰だ?」


 様子のおかしい男に問いかけると、男はニヤリと笑って看守服に手をかけ……一気に引っ張りながら脱ぎ放つ。


「いやぁ、久しぶりッスね! レンヴィランス以来ッスか? 助けに来たッスよ!」


 どうやって着替えたのかは分からないけど、そこには頭に黒いバンダナを巻き、口元を布で隠した黒いローブ姿の少年が笑いながら立っていた。

 俺は少年を目を丸くして見つめながら、恐る恐る声をかける。


「……誰だ?」


 見覚えはあるけど、名前が思い出せない。素直に聞いてみると、少年は力が抜けたようにずっこけながら地団駄を踏み出した。


「なんで覚えてないんッスか!? シエンッスよ! 黒豹団の! アニキの部下のシエンッス!」

「シエン……あぁ」


 そう言えばいたな、そんなの。

 アスワドが率いる黒豹団の一人で、布で隠れているけど真紅郎並に中性的な顔立ちをした少年がいたのを思い出す。

 シエンは「うぐぐ」と悔しげに顔をしかめると、諦めたようにガックリとうなだれた。


「まぁ、思い出してくれたんならいいッス。とにかく! オレはアニキに頼まれてお前たちを助けに来たッス!」

「本当か!」


 まさかアスワドが俺たちを助けるような真似をするなんて……と、思ったけどすぐにそれはちょっと違うと直感で感じた。


「……やよいのついで、とか言ってなかったか?」

「言ってたッス」


 やっぱりか。あいつならそう言うと思ったよ。

 でも、とりあえず助けてくれるならありがたい。どうやって脱獄しようか悩んでたからな。

 シエンは牢屋の鍵を一つずつ開けて俺たちが狭苦しい牢屋から出ると、シエンは俺たちにアクセサリー形態になっている魔装とサクヤには籠手も一緒に手渡してくれた。


「これも見つけておいたッスよ」

「ありがとう、シエンちゃん・・・!」


 大事な魔装が戻ってきて喜びながらやよいがお礼を言うと、シエンはピクッと眉を動かしながらジロッとやよいを睨む。


「……ちゃん? どうしてちゃん付けなんッスか?」

「え? だって女の子だし……」

「オレは! 男ッス! どっからどう見ても男ッスよ!」


 何故かやよいはシエンを女の子と思っているようで、シエンは声を張り上げながら否定した。

 そりゃ男なのに女の子と間違われたら、怒るだろう。


「ヘイ、シエラ・・・! サンキューな!」

「し、ししし、シエラ!? だ、誰ッスか!? わた……オレ、そんな奴知らないッスよ!?」


 ウォレスはシエンをシエラと呼んでいた。ちょっと待て、シエラってたしか……。


「ウォレス、何言ってるんだ? シエラはアスワドが誘拐した女の子だろ?」


 シエラは前に訪れた国<ヤークト商業国>で出会った骨董品屋の店主、ガントさんの娘の名前だったはずだ。

 店に盗みに入った黒豹団はガントさんの娘のシエラまでも奪い、俺たちはシエラを取り返すことをガントさんに依頼されてたけど……。


「って、そうだ! アスワドからシエラを取り返さないと! あの野郎、次会ったらぶっ飛ばしてやる!」


 俺としたことが、ガントさんにお願いされていたことを忘れていた。

 最近じゃ絡むことが多いし、共闘することも多かったせいですっかり忘れてたけど、そもそも俺たちと黒豹団は敵同士。

 助けて貰ったことは感謝するけど、それとこれとは別問題だ。アスワドに会ったら問いつめて、一発殴ってやらないとな。

 そう心に決めていると、俺以外の全員が信じられないと言いたげに俺を見つめていた。


「なんだよ?」

「あのさ、タケル……マジで言ってる?」


 やよいが言うマジってのがよく分からず、首を傾げる。何を言いたいんだ?

 すると、シエンを含めた全員が額に手を乗せながら首を横に振り、ため息を吐き始めた。


「マジで分かってないんだ……タケルってほんっとに、鈍感」

「まぁまぁ、タケルだから仕方ないよ」

「ハッハッハ! タケルはバカだな!」

「……さすがに、ぼくでも分かる」

「こんな奴がいるんッスねぇ……こっちとしては助かるけど」


 全員が口々に俺を貶し、シエンは何故か胸をなで下ろしている。 

 なんだよ、俺が何をしたって言うんだよ。訳が分からないぞ?


「……タケルのことは無視して、とにかく逃げようよ」

「うん、そうだね。シエラ……じゃなくて、シエン。案内してくれるかな?」

「分かったッス! あと、次にシエラって呼んだら置いていくッスからね!」

 

 俺たちはシエンに案内して貰い、脱獄を開始した。

 

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