十五曲目『黒豹の恩返し』

 脱獄に成功して、次の日。

 街は脱獄犯の俺たちを探して兵士たちが目を光らせている。外に出られなくなった俺たちは、ベリオさんの工房で隠れ潜んでいた。

 あまり広いとは言えない工房に俺たち五人が住むようになって、ますます狭くなっている。

 申し訳ないとベリオさんに謝ると、鼻で笑って「気にするな」と言ってくれた。

 ベリオさんの工房に用がある人はそういないし、俺たちが見つかることはまずないだろう。


「タケル兄さん! この間のらいぶ、本当に最高だったよ! オレ、ずっとそれを伝えたかったんだ!」


 いつも通りベリオさんの工房にやって来たボルクが、目を輝かせながら前にやったライブの感想を話す。途中で終わってしまったけど、ボルクに気に入って貰えてよかった。


「もしまたやる時があったら、今度はちゃんと最後までライブするよ」

「うん! オレ、楽しみ!」


 次は最後までライブを楽しんで貰おう。ボルク

と約束していると、ベリオさんが首をゴキゴキと鳴らしながら俺に声をかけてきた。


「タケル。お前の依頼した奴だが、形になってきたぞ」

「え、もう?」


 こんな短時間で形に出来たなんて、本当にベリオさんは凄いな。

 ベリオさんは羊皮紙を広げると、そこに描かれていた設計図を俺に見せてくる。


「こんな感じだ。お前たちが教えてくれた、おんがくの話の中で面白そうな物があったからな。それを元に設計図を書いてみた」

「これって……」


 そこに描かれていた設計図を見て、俺は目を丸くして驚く。話だけでここまで精巧に設計図を書けるなんて……ボルクの言う通り、ベリオさんは世界一の職人だな。

 これは完成が楽しみだ、と思っていると工房にアスワドが入ってきた。

 アスワドは真剣な表情で、ベリオさんに声をかける。


「ベリオのおやっさん。手続きしてきたぜ……明日の夜だ」

「そうか。すまない、アスワド」


 申し訳なさそうにしているベリオさんに、アスワドは鼻を鳴らした。


「はんっ、気にするなって。あんたには色々世話になってるからな」

「ベリオさん。ウォレスが晩ご飯作るって……げ、アスワドだ」


 二人が会話しているとそこに工房の奥からやよいが顔を出し、アスワドを見つけて顔をしかめる。

 すると、アスワドは一気に頬を緩ませてやよいに駆け寄った。


「やよいたぁぁぁん! 俺、やよいたんの手料理が食べてぇなぁ!」

「分かった、来世でね」


 雑にあしらうやよいだけど、アスワドはそんなこと気にせずにだらけきった顔でやよいに話しかけ続けている。

 そんなアスワドに呆れながら、俺はベリオさんと強化アイテムについて話を詰めていく。

 そして、夜になった。

 今日の晩ご飯はウォレスがベリオさんへのお礼にと、川魚の炊き込みご飯を作っていた。

 このムールブルクではリッシュ……俺たちで言う米に味を付けて食べる習慣はなかったようで、ベリオさんもボルクも初めて食べる料理に舌鼓を打っている。

 俺たちも久しぶりに食べる炊き込みご飯に感動しながら食べ、食事を終えた頃……一緒に食卓を囲んでいたアスワドがフラッと外に出たことに気づいた。


「……アスワド?」


 誰も気づかなかったみたいだけどアスワドがどこか思い詰めたような表情をしているのが気になり、あまり外にでるのはよくないのは分かっているけどこっそり後をつける。

 アスワドが向かった先は工房の裏だった。

 バレないように覗いてみると、アスワドは人間大の氷で出来た柱を五本生成してから身の纏っている黒いローブに手をかける。

 そして、思い切り引っ張ると魔装のアクセサリー形態だった黒いローブはわずかに曲がった細身の片刃刀……シャムシールに姿を変えた。

 右手に持ったシャムシールを構えたアスワドは姿勢を低くしながら走り出し、氷柱を斬りつける。

 上下左右にシャムシールで斬られた柱から氷の結晶が舞い散る中、アスワドは短く息を吐くと左手を別の氷柱に向かって薙ぎ払った。

 左手には魔装の収納機能で取り出したナイフが握られ、アスワドは氷柱に向かってナイフを投げ放つ。

 サクッ、とナイフが氷柱に突き刺さるのと同時に、アスワドはシャムシールを斜めに斬り下ろした。


「ーーおらぁ!」


 気合一閃。斜めに斬られた氷柱はなめらかな切断面を見せながら上下に分かれた。

 そのままアスワドは次の柱に向かっていく。どうやらアスワドは特訓をしているようだ。

 氷の破片をまき散らし、姿勢を低くして俊敏な動きで氷柱を斬りつけているアスワドの姿は……まさに、黒豹。

 獰猛な肉食獣が軽やかな動きで獲物に牙を突き立てている光景を幻視していると、突然アスワドの動きが止まる。


「はぁ、はぁ……おい、見られていると集中出来ねぇだろうが!」


 そう言ってアスワドは俺に向かってナイフを投げてきた。一直線に顔面めがけて投げられたナイフを、俺は驚きながらキャッチする。


「あぶねぇだろ!?」

「はんっ、前よりも腕を上げてるみてぇだな」


 いきなりナイフを投げてきたアスワドに文句を言うと、アスワドは謝ることなく鼻で笑ってきた。

 ため息を吐きながらアスワドに歩み寄ると、アスワドはゆっくりと息を吐く。


「てめぇ、本当に気配を消すのが下手だな。バレバレだったぜ」

「いいんだよ。別にお前みたいに盗人じゃないし」

「ま、同じお尋ね者だけどな」


 それを言われると何も言い返せない。代わりにナイフを投げて渡すと、アスワドは軽々とキャッチしてナイフをクルクルと回し出す。


「で、もしかしてだけど……」

「あぁ。地下闘技大会が明日の夜にある。そのために、ちょっとばかし体を動かしてた」


 やっぱりか。

 アスワドが特訓していた理由、それは……地下闘技大会のためだった。

 その大会は、ベリオさんがアスワドにお願いしていたこと。それが明日の夜にあるらしい。


「優勝商品は貴族の位・・・・……崖の上で暮らせる永住権だ。んなもんを躍起になって欲しがる川人は少なくねぇ」

「まぁ、ベリオさんが欲しいのは貴族の位じゃなくて、土地だけどな」


 地下闘技大会の優勝商品は貴族になれる権利、つまり崖上の土地が手に入るということ。ベリオさんが欲しいのは、その土地だ。

 大昔に墜落した機竜艇が崖上にある可能性が高い。崖上のどこかにその機竜艇があると目星をつけていたベリオさんだけど……川人が勝手に掘り起こすことは出来ない。

 だから、ベリオさんは貴族になり、機竜艇があるであろう土地を手に入れたかった。


「ベリオのおやっさんは職人としては一流だが、戦うのは無理だ。そこで、俺がおやっさんの代わりに出場する訳だが……」


 アスワドは手に持っていたナイフを空高く投げ、クルクルと回転しながら落下してくるナイフをノールックでキャッチする。


「なぁ、てめぇは本気でおやっさんの夢を応援するんだよな?」


 キャッチしたナイフの刃先を俺に向けながら、アスワドが聞いてくる。その目は真剣そのもので、まるで獣のように鋭い眼光を向けてきた。

 俺は視線から逃げずに真っ直ぐに目を合わせ、力強く頷いて返す。


「当然だ。同じ夢を追う者として、ベリオさんの夢を手伝いたい。俺だけじゃなくて、みんな同じ気持ちだよ」

「……ならいい」


 俺の答えに満足したのか、アスワドはニヤッと笑いながらナイフを魔装に収納した。

 そして、アスワドは空を見上げながら語り出す。


「俺が黒豹団を立ち上げる前から、おやっさんには色々と助けて貰った。その時からおやっさんは他の職人から貶されてたんだよ」


 アスワドは苛立たしげに後頭部を掻きながら、ため息を吐く。


「自分が大変な時に、おやっさんは俺に武器を作ってくれていた。少ねぇ資材を使ってな……そのおかげで、俺はこうやって黒豹団の頭をやっていけてる。感謝してもし切れねぇんだよ」


 アスワドにはベリオさんへの恩義がある。だからこそ、今回の闘技大会に出ることを快く受けたんだろう。


「俺はおやっさんの夢を今まで聞いてなかったがな……それでも、あの人が何かを追い求めているのだけは知っていた。俺は、おやっさんの夢がなんであろうと手伝おうと決めていた。だから、おやっさんへの恩返しのつもりで出場する」


 ベリオさんと長い付き合いでも、今までずっと夢のことを聞いてこなかったアスワド。どうしてなのかは分からないけど……なんとなく、察した。

 アスワドはベリオさんの夢がどんなことだろうと、手伝うつもりだったから聞かなかったんだ。

 そこに言葉なんていらないという、男としての矜持があったんだろう。


「てめぇもおやっさんの夢を本気で手伝いてぇって思ってんならよ……半端なことは許さねぇ。命がけでも、おやっさんの夢を手伝え」

「あぁ、分かってるよ」


 中途半端な気持ちで言った訳じゃないんだ。アスワドに言われなくても、俺たちは全力で応援するさ。

 俺は不敵に笑みを浮かべながら、アスワドに言い放つ。


「ついでにお前のことも応援しといてやるよ」

「あぁ? てめぇの応援よりもやよいたんの方が嬉しいんだが……まぁいい。勝手にしやがれ」


 アスワドは鼻で笑いながらそっぽを向く。こいつなりに照れてるのかもな。

 ちょっとした意趣返しが出来てほくそ笑んでいると、アスワドがシャムシールを構えて俺を睨んできた。


「丁度いい。動かない柱相手に攻撃するよりも、実践の方が身になる。ちょっと付き合えよ」

「……仕方ねぇな」


 俺も魔装を展開して右手に剣を握り、構える。

 月明かりの下、俺とアスワドは同時に走り出して剣とシャムシールをぶつけ合う。

 俺とアスワドの特訓は、明け方になるまで続くのだった。

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