八曲目『日本人の魂』

 夕方になり、俺とアスワドはユニオンメンバー専用施設に戻ってきた。

 だけど、アスワドはユニオンメンバーじゃない。ようやくここでお別れだな、と清々していたのに……。


「よう、俺もこいつと同じユニオンメンバーだ。よろしくな」


 アスワドは自然に施設の職員に嘘を吐き、普通に施設に入りやがった。

 こいつ、本当のことを言ってやろうかとちょっと思ったけど、やめておく。面倒なことになりそうだし、仲間だと思われても嫌だからな。

 俺とアスワドが施設に入ると、食堂で先に戻っていたやよいたちが手を振ってくる。


「遅いよー!」

「悪い、ちょっと話し込んでてな」


 プンプンと頬を膨らませながら言うやよいに軽く謝る。

 俺も座ろうとして、気づいた。空いている席はやよいの隣と、テーブルを挟んで反対側に座っているウォレスの隣。

 それを見た瞬間、俺が素早くやよいの席に座ろうとすると……。


「おい、ちょっと待て」


 ガシッ、とアスワドに肩を掴まれた。


「なんだよ、お前はそっちに座ればいいだろ?」

「あぁ? てめぇ、俺の許可なくやよいたんの隣に座ろうとしてんじゃねぇ。そこは、俺の席だ」

「そう言うと思った……お前をやよいの隣に座らせる訳にはいかない。やよいが可哀想だ」

「んだと、ゴラァ! てめぇよりも俺が座った方が嬉しいに決まってんだろ!? ね、やよいたぁん?」


 ただでさえストーカーされて困っているやよいの隣に、アスワドストーカーを座らせる訳にはいかない。

 そんなやよいの気持ちも知らずに、アスワドは笑みを浮かべながらやよいに聞くと、ため息が返ってきた。


「ほら、タケル。こっち座って」


 そして、やよいは隣に俺を座らせる。その光景を見たアスワドは、愕然としていた。


「……あぁ、なるほどな! まったく、やよいたんは照れ屋なんだなぁ! 仕方ねぇ、ここは紳士にこっちに座ってやるぜ!」


 だけど、アスワドはポジティブに切り替えてウォレスの隣に座る。まぁ、納得したならそれでいいや。


「で、そっちは何か進展があったか?」


 席に座ってから、別方面から情報収集をしていた真紅郎たちの進捗を聞いてみる。真紅郎は肩を竦めながら首を横に振った。


「今のところ空振りばかりだね。竜魔像のことも、魔族のことも誰も知らなかったよ」

「ハッハッハ! もうこの国に魔族はいねぇかもしれねぇな!」

「はぁ……笑い事じゃないでしょ、バカウォレス」

「やよいたん! 魔族はいなくても、俺はいるぜ!」

「うわ、ここにもバカがいたんだけど……」

「……お腹空いた」


 キラッと歯を見せながら笑うアスワドに、やよいは痛そうに額を抑えながらため息を漏らす。

 それにしても、何も進展なしか。ウォレスの言う通り、この国に魔族はいないかもしれないな。

 そうなると、早いところ次の国に行くべきなんだろうけど……ベリオさんの夢を手伝いたい気持ちがある。

 機竜艇のこと、真紅郎たちにも話そう。そう思っていると、施設の職員の人が料理を運んできた。

 とりあえずは飯を食ってからにしよう……と、思いながら並べられた料理を見て、驚愕した。


「これって、米か!?」


 置かれていた物は、米だった。

 ホカホカと湯気が立った炊き立ての米が、まるで宝石のように白く輝いて見える。

 この異世界に来てから、ずっと食べていない米が目の前にある。ほぼ毎日のように米を食べていた日本人として、久しぶりに見る米に興奮が止まらなかった。

 俺だけじゃなく、真紅郎とやよい……そして、ウォレスも目を輝かせて米を見つめている。異世界の住人であるサクヤとアスワドは様子がおかしい俺たちを見て首を傾げていた。


「マジかよ! 異世界に米ってあったのか!?」

「うわぁ……これは嬉しいね」

「ハッハッハ! ライスだ! 久しぶりのライスだぁぁぁ!」

「あたし、泣きそう……」


 米の登場に感動している俺たちに、アスワドは訝しげな表情を浮かべる。


「こめ? それ、<リッシュ>だろ? そんな珍しいもんか?」


 リッシュ? この世界では米をそう呼んでいるのか。どうやら別に珍しい物じゃないらしく、話を聞いてみるとムールブルクの特産品の一つのようだ。

 この国に流れるサーベルジ大河の澄んだ水で育てられ、渓谷に吹く緩やかな風に金色の稲穂が揺れる光景は、ちょっとした観光地になっているとか。

 だけど、そんなことはどうでもいい! 俺たちは魔装の収納機能から自作の箸を取り出し、手を合わせる。


「いただきます!」


 日本人らしく頭を下げてから、米を箸で持ち上げる。輝かんばかりの艶、久しぶりに嗅いだ炊き立ての香り。

 視覚、嗅覚で味わってから、口に運ぶ。熱々の米を租借した瞬間、口の中に甘みがブワッと広がっていく。

 噛みしめるように味わい、飲み込む。俺の体に流れている日本人の血が久しぶりの米の味に喜び、幸福感に酔いしれる。

 美味い。こんなに美味い米を食べたのは、初めてだ……ッ!


「……美味しい。けど、そんな喜ぶほど?」


 俺、やよい、真紅郎、ウォレスの四人は示し合わせたように目を閉じ、感動に浸る。それを見たサクヤが不思議そうに首を傾げていた。

 言葉も出ない俺たちは、次に一緒に並べられていた焼き魚に箸を伸ばす。こんがりといい具合に焼かれた魚は箸を入れると簡単にほぐれた。

 魚を一口食べた瞬間、本能が叫んだ。すぐに米を食べろ、と。

 本能の赴くまま米を食べる。魚の旨味と米のほんのりとした甘みが混ざり合い、最高の味わいだ。


 あぁ、そうか……焼いただけの魚は、米に合うのか。


 そんな単純で分かり切っていたことを、改めて知ることが出来た。

 そのまま魚、米、魚、米と交互に食べ続ける。黙々と、そして涙が出そうなほど感動しながら食べ進める。


「暴力的な美味しさだ……ッ!」

「やっぱり米だよね。米が一番だよね……ッ!」

醤油ソイソース……醤油ソイソースはどこだ……ッ!」

「あたし、日本人でよかった……ッ!」


 反則的なまでの米の美味しさに俺は目頭を抑え、米こそがナンバーワンだと真紅郎は呟き、ウォレスはまるで餌を求めた野獣のような眼孔でここにない醤油を探し、やよいは日本に生まれたことを感謝する。

 四者四様に米を味わい尽くす俺たちは、あっという間に食事を平らげた。


「御馳走様でした……ッ!」

「はぁ……ボク、満足だよ」

醤油ソイソースを作るしかねぇ! 真紅郎! あとで作り方教えてくれ!」

「あたし、この国大好き……また来よう」


 パンッ、と音を立てながら手を合わせて食事を終わらせる。いやぁ、久しぶりに満腹になった気がするな。

 食事に満足しながら食休みしていると、四十代ぐらいの女性の施設職員の人がキョロキョロと何かを探しながら声をかけてきた。


「ちょっといいかい? あんたたちと一緒にいたちっちゃくて白いのはどこにいるんだい?」

「白いの……キュウちゃんのことですか? どうかしました?」

「いやね、あんまりにも可愛いもんだからご飯を上げようと思ってたんだけど……さっきから姿が見えなくてねぇ」


 たしかに、キュウちゃんの姿が見えない。

 やよいたちも今気づいたのか、周りを見渡してみるけどどこにもいなかった。


「あれ? おかしいな、一緒に帰ってきたんだけど……」

「ハッハッハ! どこか散歩にでも行ってるんじゃないのか?」

「だとしても、ご飯の時間になっても戻ってこないのはおかしいと思う」

「……キュウちゃん、迷子?」


 やよいが言うには、一緒に帰ってきたらしい。キュウちゃんはよくフラッと一人……一匹でどこかに行くことが多いけど、いつもご飯前には戻ってきている。

 迷子なのかと心配そうにしているサクヤを見て、俺は立ち上がった。


「迷子なら探しに行かないとな」

「うん、そうだね。心配だし、探しに行こう」

「ハッハッハ! キュウちゃん大捜索だな!」

「お腹空かせてるだろうから、早く見つけよう!」

「……キュウちゃん、どこだろ?」


 俺たちはすぐにキュウちゃんを探しに行くことを決める。

 そんな中、アスワドだけは面倒臭そうに鼻を鳴らしていた。


「ハンッ、白いのなら心配することねぇだろ。あれで結構肝が据わってるしな。今頃、どっかで飯食ってるんじゃないか?」


 どうしてか分からないけど、アスワドのキュウちゃんに対する評価は高い。前に立ち寄った国<シーム>で、アスワドとキュウちゃんが共闘することがあったけど、多分そこで何かあったんだろう。

 共闘しているところを見てないから分からないけど、アスワドが言うにはキュウちゃんに助けられたらしい。キュウちゃん、何をしたんだ?


「だから気にすることねぇって」

「アスワドはここにいればいいだろ? 俺たちは探しに行く」

「勝手にしろ。俺は行くつもりねぇからな」


 まぁ、最初からアスワドに期待してないし、無視しよう。

 そう思っていると、やよいが一歩前に出てアスワドに声をかける。


「アスワド……お願い、一緒に探してくれない?」


 やよいはアスワドに向かって上目遣いをしながら、庇護欲を駆り立てさせるような弱々しい声でお願いした。

 すると、アスワドは勢いよく立ち上がる。


「任せな! 男アスワド、やよいたんのお願いとあればどんなことでもするぜ!」


 チョロいな。

 やよいはこっそりとガッツポーズしている。やよいお前、魔性の女過ぎるだろ……。


「じゃあ、アスワドはタケルと一緒に探してね!」

「え……俺、やよいたんと一緒が……」

「ダメ、かな?」

「いいぜ! このアホ面赤頭と一緒に探してやるよ!」

「おい、そこの馬鹿面モジャ頭。誰がアホ面赤頭だ?」


 こいつ、さりげなく俺を貶しやがって……というか、アスワドと一緒かよ。嫌なんだけど。

 だけど、やよいはそれで決まりだと押し通してきた。文句言ってても仕方ないし、アスワドと二人でキュウちゃんを探すか。

 夜が近づき、薄暗くなる中。俺たちはキュウちゃんを探しに施設から出るのだった。

 

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