九曲目『キュウちゃん大捜索』

「おーい、キュウちゃん!」


 夜が近づいていき、薄暗くなってきているムールブルクの街並みに俺の声が響いていく。

 何事か、と俺を見やってくる住人たちを無視して、俺は小走りでキュウちゃんを探すけど……どこにも姿が見えなかった。


「白いの、どこ行ったー?」


 俺の後ろで怠そうにキュウちゃんを呼ぶアスワド。その適当ぶりに少しイラッとした俺は、振り返ってアスワドに詰め寄った。


「おい、アスワド。お前、もう少し真面目に探せよ。それと、白いのじゃなくてキュウちゃんって呼べ」

「あぁ? 別に呼び方なんてどうでもいいだろ」


 アスワドは面倒臭そうに欠伸混じりに「大体よぉ」と話を続ける。


「あの白いのの心配なんて必要ねぇだろ。そこら辺の奴らが何をしようと、白いのなら適当にあしらえるだろうしよ」

「……どうしてお前はそんなにキュウちゃんへの信頼が高いんだ?」


 どうにもキュウちゃんの評価が高いアスワドに疑問を持った俺が問いかけると、アスワドは眉を潜めた。


「はぁ? てめぇ、あの白いののこと何も知らねぇのか?」


 信じられないと言いたげに肩を竦めるアスワド。

 たしかに、よくよく考えてみるとキュウちゃんって謎に包まれているんだよな。

 誰も知らない、見たこともない未確認モンスター。見た目は白い子狐で、特徴的なのは額に付いてる蒼い楕円型の宝石。

 音楽とご飯、寝るのが好きなこと。あとは雌だってことぐらいしか知らない。戦いの時はどこかに隠れているみたいだし、戦闘能力はないはずだけど……。


「ただの子供のモンスターじゃないのか?」

「本当に何も知らねぇんだな、てめぇ。たしかに、あの白いのは戦うことは出来ねぇ。でもよ、俺はあの白いのに助けられた」


 キュウちゃんをそう評価すると、アスワドは鼻を鳴らしながら語り出した。


「シームでてめぇらを追ってきた騎士共と戦ってやった時があったろ? 正直、俺一人であの軍勢と戦うのは、ちっとばかしキツかった」


 アスワドが話しているのは前に訪れた国、シームでのこと。

 その時、俺たちを追ってきた王国の騎士たちに囲まれたんだけど、アスワドが助太刀に入ってくれた時があった。

 騎士たちの実力はアスワドよりは下だっただろうけど、その数が問題。まさに多勢に無勢だった。

 アスワドはその時のことを思い出しながら、不敵に笑う。


「何度かヤバい時があったけどよ……あの白いのは俺を守ってくれた・・・・・・んだ。そのおかげで俺は攻撃に集中出来て、あれだけの人数を蹴散らすことが出来たんだよ」

「キュウちゃんが、守ってくれた?」


 あのちっちゃくて可愛らしい、俺たちRealizeのマスコットが守ってくれたって……どうやって?

 聞けば聞くほど疑問が浮かんでくる。もう少し詳しいことを聞こうとすると、崖の上から何かが爆発したような音が聞こえた。


「な、なんだ!?」


 いきなりの轟音に驚く。他の住人たちも崖の上の方を見上げていたり、音を聞きつけた野次馬が酒場から出てきたりと少し混乱していた。

 今の音は崖人が住んでいる貴族街。そっちの方はやよいたちが探してくれているはずだ。


「まさか、魔族か……?」


 さっきの音が戦闘によるものなら、もしかすると魔族が現れたのかもしれない。

 そう思った俺はアスワドと顔を合わせて同時に頷き、弾かれたように走り出した。


「おい、赤髪! 先に行くぜ!」


 アスワドはそう言うと民家の壁を蹴って屋根に捕まって軽やかに屋根に登ると、そのまま屋根伝いに走っていく。


「分かった! <アレグロ!>」


 さすがにアスワドのような軽業が出来ない俺は、大通りを抜けて崖上に繋がっている階段から行くことにする。

 音属性魔法の敏捷強化魔法アレグロを使って地面を蹴った俺は、大通りを歩いている住人たちの隙間を縫うように、風を切って走り抜く。

 貴族街へ向かう階段を駆け上がりながら魔装を展開し、手に剣を握りしめる。

 そこで、先に貴族街の民家の屋根にいたアスワドに声をかけた。


「アスワド! どっちだ!」

「こっちだ!」


 アスワドが目を凝らしながら指さした方向は、貴族街の裏路地の方。すぐに指さした方向へと急ぐ。

 薄汚れた路地裏に入ると屋根から降りて来たアスワドと合流し、併走して音がした方に向かった。

 すると、徐々に誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。今の声は……ウォレス?


「こっちか!」


 間違いない、今のはウォレスの声だった。クネクネと曲がりくねった路地裏を進んでいくと、次にやよいの声が聞こえる。その瞬間、アスワドの速度が上がった。


「やよいたぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 アレグロを使っている俺よりも早く前に出るアスワド。そして、最後の曲がり角を曲がるとそこには……。


「キュウちゃんを返してよ!」


 小太りの男に向かって怒鳴る、魔装の斧型ギターを地面に突き立てたやよいの姿があった。どうやらさっきの轟音は、やよいがやってみたいだ。

 やよいの他にもウォレスや真紅郎、サクヤも一緒にいる。魔族の襲撃じゃなさそうだけど、何事だ?


「おい、真紅郎! どうしたんだ!?」


 小太りの男を目をつり上げさせながら睨む真紅郎に声をかけると、真紅郎は小声で今の状況を説明し始める。


「……あの男が、キュウちゃんを攫ったみたいなんだ」

「あいつが?」


 チラッと小太りの男を見ると、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら首を横に振っていた。


「だから、私は知らないと言っているだろう?」

「だったらその中に入らせてよ!」

「ダメだ! ここは私の店の倉庫! 部外者を入れる訳にはいかない!」


 扉の前で誰も通させないとばかりに両腕を広げている男を見て、アスワドが深いため息を吐く。


「ルオの野郎じゃねぇか……」

「知り合いなのか?」

「一応な。ルオは主に貴族を相手にする商売人で、ここら一帯を取り仕切ってる。珍しいもんを高値で売りつけることで有名なんだが……裏で色々と非合法なことをやってる奴だ。俺も盗品を横流ししたことがある」


 あの小太りの男、ルオを見ながら面倒臭そうに吐き捨てるアスワド。あまりいい商人じゃなさそうだな。

 ルオはやれやれと肩を竦めながら口を開く。


「まったく、聞き分けのないガキだ……お前らの言うきゅうちゃんとやらはここにはいない。いいから早く帰ってくれ、商売の邪魔だ!」

「……ぼく、見た。お前が、檻に入ったキュウちゃんを、ここに運んでたの」


 どうやらサクヤはルオがキュウちゃんを運んでいる姿を見ていたらしい。だけど、ルオは鼻を鳴らして目を逸らした。


「見間違いだ。人を誘拐犯のように言いやがって……お前ら、どうなるか分かってるのか?」


 ルオはギロッとやよいたちを睨みながら脅してくる。ここら一帯を取り仕切っているルオなら、俺たちに対して何かやりかねない。

 でも、そんなことお構いなしにウォレスがルオの襟首を掴んだ。


「ヘイ、いいから入れろ。何もなければ金でもなんでも払ってやるよ。だがなぁ……もしキュウちゃんがいたら」

「ぐっ、お、お前、私を誰だと思っているんだ!」

知るかホワットエヴァー! てめぇが誰だろうと、オレの仲間に手出しするってんなら……ッ!」


 ギリギリとルオの襟首を掴みながら、ウォレスは拳を振り上げようとする。

 と、さすがにそれはダメだ。ここで騒動を起こすのはマズい。すぐにウォレスの手を掴んで止める。


「ちょっと待てって、ウォレス!」

「止めるなタケル!」

「いいから、まず落ち着け!」


 俺の呼びかけでとりあえず落ち着いたウォレスが舌打ちしながら手を離す。するとルオは首を抑えながら咳込み、ウォレスを睨みつけた。


「この……お前ら、私に手出しした報いは必ず受けて貰うぞ……ッ!」

「そんなことどうでもいい! いいからキュウちゃんを返して!」

「やかましい! しつこいぞ!」

「きゃっ!」


 詰め寄ったやよいをルオが払いのけると腕がぶつかり、やよいは小さな悲鳴を上げて尻餅を着く。

 その瞬間、アスワドが動き出した。


「ぐっ!?」


 アスワドは一気にルオに近寄ると、顔を掴みながら扉に押しつける。


「お、まえ、アス、ワド……ッ!?」

「おい、ルオ。てめぇはやっちゃいけねぇことをした」


 ルオはアスワドのことを知っているのか、信じられないとばかりに目を見開く。対してアスワドは獣がうなり声を上げるかのように低い声で呟くと、ギリギリとルオの顔を掴んでいる手に力を込めていった。 


「な、何を言って……ッ!」

「てめぇが裏で何をしてようと構わねぇ。盗品売り捌こうが、法に触れることをしてようが関係ねぇ。だけどよぉ……ッ!」


 アスワドの怒りに反応するように、体から冷気のような魔力が流れ出てくる。顔を掴んでいる手にも冷気が溢れ、ルオの顔面がパキパキと凍り始めていた。


「俺の愛しのやよいたんに手を出すのだけは、見過ごせねぇなぁ!」

「や、やめろアスワドぉぉぉぉぉぉ!」


 顔が凍り始めたことに恐怖を感じたのか、ルオが涙を流しながら懇願する。流れる涙すら凍らせる魔力を纏ったアスワドは、鼻を鳴らすとパッと手を離した。

 そして、魔装の展開機能を使って右手の指の間にナイフを挟むと、ルオに向かって投げ放つ。

 小気味のいい音を立てながら、投げられたナイフはルオの服に突き刺さり、壁に張り付けにした。


「次にやよいたんを傷つけてみろ……闇夜に紛れた牙が、突き立てられることになるぜ?」


 ガタガタと震えるルオにゆっくりとした足取りで近づいていくアスワドは、右手に持ったナイフをルオの顔の横スレスレに突き刺さった。

 ルオは「ひぃ!?」と悲鳴を上げると、恐怖が限界値を越えたのか白目を剥いて失神する。

 それを見たアスワドは、鼻を鳴らしながらナイフを魔装に収納した。


「おら、早いとこ扉をぶち壊せ。白いのが待ってるぜ?」

「あ、ありがとアスワド!」

「いいってことよ、やよいたぁぁぁん! 惚れた? 惚れ直した?」


 さっきまでの氷のように冷たい雰囲気から一転して、だらしない表情になるアスワド。

 そんなアスワドを無視して、やよいは扉に向かって斧型ギターを振り上げた。


「よいしょぉ!」


 気合いと共に扉がこじ開けられ、そのまま倉庫の中に入るとそこには豪華な調度品や絵画が数多く置

かれている。

 そして、その奥に檻に入ったキュウちゃんが「きゅー! きゅー!」と喜んでいる姿があった。


「キュウちゃん! よかった、無事で!」

「ヘイ、今出してやるよ……ふんぬあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 キュウちゃんの無事を確認したやよいは目に涙を浮かべながら胸をなで下ろす。

 ウォレスは檻に手をかけると、怒声を上げて力任せに檻をひん曲げてキュウちゃんが出れるスペースを作った。

 檻から出たキュウちゃんはやよいの胸に飛び込み、やよいはギューッとキュウちゃんを抱きしめる。


「もう、キュウちゃん……一人で出歩いちゃダメだよ?」

「きゅきゅー」


 ごめんなさい、と言いたげにしょんぼりとしているキュウちゃんの頭を優しく撫でるやよい。これでとりあえず、一件落着だな。

 キュウちゃんを連れて施設に向かっていくやよいたちの後ろを歩きながら、俺はチラッと気絶しているルオを見やる。


「そのままにしてていいのか……?」


 誘拐したルオは、ユニオンメンバーの権限で逮捕することは出来る。だけど、今回の騒動でアスワドが関わっている以上、あまり公にするのはマズいよな……。

 忘れそうになるけど、アスワドは黒豹団っていう盗賊団のリーダー。ユニオンメンバーとして逮捕しなければならない奴なんだけど……色々と世話になってる手前、見逃している状況だ。いつかは捕まえるにしても、今じゃない。

 という訳で、ルオを放置するしかないけど……何かしてきそうで怖いな。


「ハンッ、気にするな。ルオの野郎が何かしてきても、俺がどうにかしてやるよ」


 俺の独り言にアスワドが答えた。

 どうにかするって、どうするつもりなんだか。まぁ、アスワドのことだから、やよいの身に何か起きるとなればなんでもやるだろう。


「それにしても、アスワド。お前がルオを殺すんじゃないかって、少し心配だったぞ」


 やよいに手を出したルオに、アスワドは本気でキレていた。あのままナイフを突き立てるんじゃないかと思うぐらいに。

 さすがに殺しはさせるつもりはないから、止めに入ろうと思ってたけど……アスワドは殺しまではしなかった。

 すると、アスワドは鼻を鳴らしてニヤリと笑った。


「ハンッ、俺は殺しはやらねぇ主義なんだよ。俺が盗るのは命じゃねぇ、金になるもんと……やよいたんの心だけだ」


 面倒臭そうに言い放つアスワド。やよいの心はともかく、殺しをしない主義だと言うアスワドのことを少し見直した。

 なんだかんだで、悪い奴じゃないんだよな。盗人でストーカーだけど。

 そんなことを思いながら、俺たちは施設に戻っていった。

  

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