七曲目『機竜艇』

 広げた古ぼけた羊皮紙には船の図面……普通の船のような形に、翼が取り付けてある物が描かれていた。

 ベリオさんは図面を優しく撫でながら語り始める。


「機竜艇は、魔力を燃料にして空を駆ける船。何百年も前、人はそれに乗って空を飛んでいた」


 俺たちの世界で言う飛行機のような物だったんだろう。だけど、さすがに俺たちの世界でも船の形をした物は飛んでいない。あっても飛行船ぐらいだ。

 だけど、この異世界では船が空を飛んでいた。魔力を燃料に、広大な空を海を渡るように。しかも何百年も前の、大昔に。


「この話を、俺は爺さんに聞いた。その時から、俺は機竜艇をまた空に飛ばしたい……そう思うようになった」


 そこまで話すと、ベリオさんは「だが」と悲しそうに顔を俯かせる。


「俺の親父も、周りのドワーフ族たちも信じてはくれなかった。そんなもの夢物語だと、ありえないと……」

「でも、実際に図面があるなら本当にあったんじゃないのか?」


 空想の話なら誰も信じないだろうけど、現に機竜艇の図面がここにある。それなら、信じてくれるはずじゃないのか?

 そう思って聞くと、ベリオさんは首を横に振った。


「図面はあるが、誰もがこんなもの作れるはずがないと言っていた。たしかにこの図面通りに作るのは至難の業どころか、今の技術では無理だ。今となっては失われた技術、製法で作られている」


 つまり、場違いな工芸品……オーパーツって奴か。

 現代の技術で作れないのなら、眉唾物だと思われても仕方ないのかもしれない。

 すると、ベリオさんは熱い想いを体からたぎらせながら、わずかに口角を上げて笑っていた。


「一から作るのは無理かもしれん。だが、この国……ムールブルクのどこかに、機竜艇があるはずだ」

「え? どうして分かるんだ?」


 まるで確信を持っているかのようにはっきりと言うベリオさん。どうして分かるのか聞くと、ベリオさんはテーブルの上に雑に置かれていた一冊の分厚い本を開く。


「この本はムールブルクの歴史書。これに機竜艇のことも書かれていた。機竜艇は昔、世界中を恐怖に陥れ、暴れ回っていたモンスターと戦うために作られていた」

「そんな大層なモンスターって、なんだよ?」


 アスワドの問いに、ベリオさんはゆっくりと息

を吐くと……。


「そのモンスターに名はない。代わりにこう呼ばれていた……災禍の竜・・・・、と」


 静かに、その名を告げる。

 災禍の竜。まさか、ここでその名を聞くとは思っていなかった。

 

「空を舞い、恐怖をまき散らす災害の権化……災禍の竜と戦うためにはこちらも空を飛ばなくてはならない。だから、俺の祖先は機竜艇を作り上げた」


 空を飛ぶ災禍の竜に対抗して、ベリオさんの祖先や昔の人は機竜艇を作り上げる。そして、努力は見事に実を結び、人は空を飛ぶ手段を手に入れたのか。

 ベリオさんは歴史書をパラパラとめくると、そこに書かれていた一文を指で追いながら読み上げる。


「作られた機竜艇は三隻。その内、二隻は災禍の竜によって為すすべもなく破壊される。だが、残りの一隻は破壊されることなく墜落させられた、と書かれている」

「つまり、その墜落した機竜艇がこの国のどこかにあるかもしれない、ってことか?」


 俺の言葉にベリオさんは力強く頷いた。


「そうだ。その墜落した機竜艇がどの程度形を保っているのかは分からん。だが、もしも……ほとんど形を保っていれば、俺なら修理することが出来る」

「親方なら出来る! だって親方はこの国……世界で一番の職人だ! なのに他の奴らは信じようとしない! 歴史書にも書かれているし、図面も残ってるってのに!」


 ボルクは話を聞いていて怒りがこみ上げてきたのか、床を叩きながら悔しそうに歯を食いしばる。


「それなのに、みんな信じてくれない! しかも、親方の弟子は他の工房に移りやがった!」

「弟子? んなの、おやっさんにいたのか? 見たことねぇが……」


 アスワドが首を傾げながら聞くと、ベリオさんは椅子の背もたれに背中を預けながら遠い目をして天井を見つめた。


「アスワドがここに来るようになる前に、な。機竜艇をまた飛ばしたい……そんな夢を追うあまり、俺は変わり者のドワーフ族と揶揄されるようになった。人間とのハーフ、というのもあってな」


 自嘲するように言うベリオさんにボルクは何か言いたそうに口を開いて、堪えるように唇を噛む。

 ベリオさんは「だが」と笑みを浮かべながら話を続けた。


「誰になんと言われようと、俺が夢を諦めることはない。必ず、機竜艇を復活させてみせる」

「……どうして、ベリオさんは機竜艇にこだわるんだ?」


 誰かに後ろ指を指されても、あざ笑われようと、ベリオさんは諦めずに機竜艇を復活させようとしている。どうしてそこまで機竜艇にこだわっているのか尋ねてみると、ベリオさんは小さく笑みをこぼした。


「ガキの頃、爺さんは俺にいつも話してくれていた。機竜艇はそもそも、戦うために作られたものじゃないってな」

「災禍の竜と戦うために作られたんじゃないのか?」

「厳密には違う。結果的に災禍の竜と戦うためになっているが……本当の理由は、他にあるんだ」


 一度言葉を切ると煙管を口に咥えて火を点ける。

 天井に向かって紫煙を燻らせながら、ベリオさんはニヤリと笑みを浮かべた。


「ただ純粋で、単純な理由だ。俺の先祖は、空に憧れていた。広大な空を翼を羽ばたかせながら悠々と、自由に飛び回るドラゴン。その姿が目に焼き付いて離れなかった。だから、作った……ドラゴンのように、空を渡る船を。どこまでも遠く、広い空を飛び回る自由な夢の船を」


 子供みたいだろ、と言いたげに笑いながら話すベリオさん。その目はまさに子供のように輝いていた。

 本当に単純な理由だ。ただ空を飛びたかったから。ドラゴンのように空を自由に飛び回りたかったから。

 それだけの理由で、ベリオさんの先祖は機竜艇を作り上げたのか。そして、最後には災禍の竜と戦うために使われた。

 

「俺はそれを爺さんから聞いた時から、寝ても覚めても機竜艇のことしか考えられなくなった。夢の中で、機竜艇が空を渡るのを何度も見た。俺は、その夢を追い続けている。ガキの頃、夢で見たあの光景を実際に見るために」


 幼き頃に夢で見た光景を、その情景を実際に見たい。ベリオさんは今もなおその夢を追い続けている。

 だから、ベリオさんは例え誰に何を言われようとも、諦めることはないんだろう。

 俺はベリオさんの話が他人事だと思えなかった。

 俺だって夢を追っている。Realizeでメジャーデビューするっていう夢を。

 多くの人に俺たちの音楽を届けたい。ずっとみんなで音楽をやっていたい。その想いで俺たちは頑張ってきた。


 その夢の原点は、音楽が好きだからだ。


 単純で、純粋な想い。俺とベリオさんは内容は違えども同じだった。

 語りすぎたな、とベリオさんは頬を掻きながら呟く。


「だからな、ボル坊。俺が何も言わないのは、本当に気にしてないからだ。周りの意見など無視しろ」

「でも、オレは……」


 ベリオさんの話を聞いたボルクは、それでもまだ納得し切れていないのか俯いて反論しようとする。

 すると、ベリオさんは勢いよく立ち上がると逞しい胸板に拳を打ち付けて叫んだ。


「ーーバカにされようとも! 嗤われようとも! ここに一本芯が通っていれば折れることはない! 男なら俯くな!」

「……親方」


 ベリオさんの言葉に涙を浮かばせたボルクは、腕で涙を拭うと立ち上がった。


「分かったよ、親方! もう、オレは気にしない! 親方の弟子として、頑張る!」

「フンッ、お前を弟子にするとは一言も言ってない」

「そ、そんなぁ!? ここはオレを弟子にするところだろ!?」

「知るか。お前のようなガキを弟子にするつもりはない」


 泣きつくボルクを適当にあしらうベリオさん。これでもう、ボルクが喧嘩を売ることはなくなるだろう。

 一安心していると、ベリオさんは思い出したように口を開いた。


「この国に機竜艇があるかもしれないと言ったがな、実を言うとどこにあるのか大体の検討はついている」

「え!?」

「だがな……問題がある」


 ベリオさんは面倒臭そうに後頭部を掻きながらため息を吐く。

 そして、機竜艇があるであろう場所を言い放った。


「崖人……貴族が住む崖の上だ」


 崖の上に住んでいる崖人は貴族しか住めない。

 つまり、川人……平民のベリオさんには手が出せないところに機竜艇があるようだ。


「崖の上の、ある土地の下に眠っているはず。だが、川人である俺が掘り起こす訳にはいかない。貴族となり、その土地を手に入れれば話は別だがな」

「そんな方法、あるのか?」

「……一つだけな」


 ベリオさんはそう言うと、アスワドをチラッと見やる。アスワドは「あん?」と首を傾げると、ベリオさんは不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「アスワド……お前に頼みたいことがある」

「俺に? なんだよ?」

「それはだな……」


 頼みたいことをベリオさんが話すと、話を聞いたアスワドは目を見開き……そして、歯を剥き出しにしながら好戦的な笑顔で頷いた。


「いいぜ、面白そうだ。色々と世話になってるからな……やってやるよ」


 ベリオさんの計画に乗ったアスワドは、楽しそうに笑いながら指をポキポキと鳴らす。

 この瞬間、俺たちは機竜艇復活のために動き出すことを決めるのだった。  

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る