六曲目『ボルクの想い。ベリオの夢』

 情報収集も兼ねてボルクを探しに施設から出た俺は、商業区を歩いていた。

 やよいたちはそれぞれ分かれて情報を集めることにして、俺は一人で行くことにしたんだけど……。


「なんで俺について来るんだよ、アスワド」


 後ろを暇そうに歩いているアスワドに声をかけると、アスワドは舌打ちしながら口を開く。


「仕方ねぇだろ、やよいたんに断られたんだからよ。俺だっててめぇとなんざ、ごめんだっての」

「だったらどっか行けよ。嫌ならどうして俺についてきてんだ?」


 俺と一緒はごめんだ、と言ってるくせにどうしてついてくるのか聞くと、アスワドは面倒臭そうに頭を掻きながら鼻を鳴らす。


「てめぇが探してるガキが少し気がかりだからだ。あいつとは昔会ったことがあんだよ」


 まだこれぐらいの時にな、と言いながら親指と人差し指でその時のボルクの大きさを教えてくるアスワド。それじゃ豆粒サイズじゃねぇか。

 アスワドは遠い目をしながら昔を思い出しつつ、語り出す。


「あれは五年前ぐらいだったか。俺はベリオのおやっさんが作ったナイフを気に入ってよ、よく作って貰ってたんだ。んで、その時に突然あのガキがおやっさんとこに来てよ……工房に入っていきなり、弟子にしてくれって叫んでたな」


 てことは、五年もボルクはベリオさんに弟子入りをお願いしてたのか。根性あるな。


「まぁ、あのガキと話したことはねぇけどよ……まさかまだ諦めてなかったとは思わなかった。それぐらい、おやっさんの弟子になりたいんだろうな」

「ボルクはベリオさんを尊敬してるみたいだからな。だからこそ、ベリオさんをバカにする奴が許せないんだろうけど……そういえば、アスワドはその夢っての知ってるのか?」


 ベリオさんの夢について知らないけど、周りの反応を見た感じバカにされるような夢物語なことは分かる。

 つい気になって聞いてみると、アスワドは首を横に振った。


「いや、知らねぇ。そこまで興味はねぇからな。まぁ、どんな夢だろうと否定するつもりはねぇけど」


 長い付き合いのアスワドも知らないのか。本当、どんな夢なんだろう。

 と、そんなことを話していると路地裏の先にボルクを見つけた。


「あ、いた」


 ようやく見つけたボルクに声をかけようと路地裏に入ると、ボルクは俯きながらある家の前に立っている。

 何かを堪えるようにプルプルと体を震わせ、その手には石が握られていた。

 何をしてるんだろう、と疑問に思っていた瞬間……勢いよく顔を上げたボルクは思い切り振りかぶり、手に持っていた石を家の窓に向かって投げつける。


「って、ボルク!? 何やってんだ!?」 

 

 投げられた石は窓ガラスを割り、辺りに甲高い音が響き渡った。

 慌てて近寄ろうとすると、家の住人が怒鳴り声を上げながら玄関を力任せに開け放つ。

 そこから現れたのは一人の男。酒場でボルクにナイフを向けていた奴だった。


「誰だ!? 人の家に石を投げつけやがったのは!?」


 怒りに顔を真っ赤に染めた男は家の前に立っていたボルクを見つけると、ズンズンと歩み寄ってボルクの襟首を掴んで持ち上げる。


「てめぇ、酒場に来たガキだな!? ぶっ殺されてぇのか!?」

「ぐっ……うるせぇ! 親方をバカにしやがって! 謝れ!」

「あぁ!? 謝るのはてめぇの方だろうが! 人の家の窓割りやがって……弁償だけじゃ済まさねぇぞ!」


 どうやらボルクはベリオさんをバカにした男のことを、まだ許していなかったようだ。窓に石を投げつけたのは、その報復ってところか。

 だけど、これはさすがにやりすぎだ。言い争っている二人を止めようと動きだそうとすると、その前にアスワドが二人に近づいていく。

 アスワドはやれやれと呆れたようにため息を吐くと、男に襟首を掴まれて持ち上げられているボルクに向かって、拳を振り上げた。


「あいだ!?」


 ゴンッ、と重い音と共にアスワドの拳がボルクの脳天に叩き込まれる。

 いきなりのことに驚いた男がボルクを離すと、ボルクは頭を抑えながらのたうち回っていた。

 アスワドはボルクを見下しながら鼻で笑い、ローブの懐に手を突っ込みながら呆気に取られている男に声をかける。


「すまなかったな、これは窓の修理代と迷惑料だ。これで勘弁してくれねぇか?」


 アスワドは懐からお金の入った布袋を男に手渡す。

見た感じ、窓の修理代を引いてもあまりあるぐらいの量が入っていそうだ。


「……ちっ、分かったよ。このガキにはよく言って聞かせろ。二度と俺の前に現れないようにな! 次やったら本気でぶっ殺す!」

「あぁ、キツく言っておくよ。もしまたやったらぶっ殺すなりなんなり、好きにしていいぜ?」


 アスワドの言葉でとりあえずは気が済んだのか、男は家の中に帰って行った。

 深いため息を吐いたアスワドは、地面に倒れながら痛そうに頭を抱えているボルクに軽く蹴りを入れる。


「おい、ガキ。とっとと立て」

「いってぇ……んだよ! 邪魔するなよ! オレは、あいつをぶっ飛ばさないといけねぇんだ!」

「ハンッ、てめぇみたいなガキが出来る訳ねぇだろ。おら、行くぞ」


 まだ男に喧嘩を売ろうとしているボルクを無視して、アスワドは服の襟を掴んでズルズルと引きずっていく。

 その間もボルクは「離せ! この、アホ!」と悪態を吐きながら抵抗していたけど、ずっと引きずられている内に落ち着いたのか黙り込んだ。

 無言で引きずっていたアスワドは、面倒臭そうにボルクに声をかける。


「ったく、分かってんのか? てめぇがやってることはベリオのおやっさんの迷惑だ」

「……うるさい」

「昔もガキだったが、今はもっとガキになりやがって。なんでも突っかかればいいってもんじゃねぇぞ?」

「うるさい! お前に何が分かる!」

「ハンッ、分かりたくもねぇな」


 好き勝手に言われて怒るボルクを適当にあしらいながらアスワドが向かった先は、ベリオさんの工房だった。

 どこに向かっているのか察していたのか気まずそうに顔をしかめるベリオを無視して、そのままアスワドは工房の中に入っていく。


「よう、おやっさん。入るぜ?」

「どうした……ボル坊?」


 突然やってきたアスワドに目を丸くさせていたベリオさんは、引きずられているボルクを見て眉を潜めた。

 そして、ベリオさんは深くため息を吐く。


「……今度は何をした?」

「このガキ、おやっさんをバカにした男の家に石投げつけて、窓を割りやがったんだ」

「そうか。すまなかったな、アスワド」


 ボルクがやったことを話すと、ベリオさんは椅子に深く腰掛けながらボルクをギロッと睨みつける。

 地面に座ったままボルクは何も言わずに視線から逃げるようにそっぽを向く。だけど、ずっと見つめられ続けて耐えきれなくなったのか、ポツリポツリと語

り出した。


「……親方は気にしてないみたいだけどさ、やっぱりオレは許せないんだよ。でも、オレは何も出来ない。親方の夢をバカにされて、見返してやりたくても……ガキのオレには、何も……」


 話しながらボルクは悔しそうに拳を握りしめ、目に涙を浮かばせる。

 ボルクも自分がしたことが正しいとは思っていない。それでも、見返してやりたくてついやってしまったんだ。


「だけど、親方はバカにされても、嗤われても何も言わないし……親方が悪口を言われてるところなんて、オレは見たくないんだ。どうして、親方は何も言わないんだよ?」


 ベリオさんは誰に何を言われても気にしていない。それが、ベリオにとって不満だったようだ。

 何も言わずにベリオさんは目を閉じながらため息を吐いた。

 そのまま静まり返る工房。そこで俺は、恐る恐る口を開く。


「……あの、さ。ベリオさんが追っている夢って、なんなんだ?」


 ベリオさんが話してくれるまで聞かないでおこうと思ってたけど、ここまで関わってしまったからには聞いておいた方がいいかもしれない。

 そう思って尋ねてみると、ベリオさんはチラッと俺を見てから静かに語り出した。


「船を、知っているか?」


 突然の問いかけに呆気に取られつつ頷くと、ベリオさんは天井を見上げながら遠い目をして話を続ける。


「なら、船が空を飛ぶと思うか?」

「あん? 船って海にある船だろ? それが飛ぶ?」


 そこで話を聞いていたアスワドが訝しげに話しに割り込んできた。

 アスワドの言う通り、船って言えば海を渡る物。それが空を飛ぶって、どういうことだ?

 疑問に思っていると、ベリオさんは懐から丸められた古びた羊皮紙を取り出した。


「今から何百年も前。船は、空を飛んでいた・・・・・・・んだ」


 そう言ってベリオさんはテーブルに羊皮紙を広げる。それは俺が最初に工房に来た時に見つけた、船のような物の図面だった。


「その名を<機竜艇きりゅうてい>……空を渡る、魔法の船だ」


 ベリオさんはまるで子供のように目を輝かせながら、その名を告げた。

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