五曲目『深まる謎』

 気絶しているアスワドは放っておいて、俺たちは商業区の一角にあるユニオンメンバー専用施設に来ていた。

 ユニオンがないこの国に遠くから依頼で訪れたユニオンメンバーのため、ユニオンメンバーなら誰でも利用出来る施設で、宿泊と食事が無料、しかも何日でも滞在可能というかなり助かるところだ。

 施設にいた人に通された部屋に集まった俺たちは、情報の共有を始める。


「ごめん。色々聞いて回ったけど、あまり情報は集まらなかったんだ」


 口火を切った真紅郎は、ため息を吐きながら首を横に振った。他のみんなも同じなのか、口を開こうとしない。

 この国での目的は、魔族についての情報。でもこの国では魔族の襲撃がないのか、世間で知られている情報しか集まらなかったみたいだ。

 そこで俺は、竜魔像が奪われたことを話すことにした。


「さっきの広場に竜魔像が置かれてたみたいなんだけど、どうやら盗まれたらしい」

「……盗まれた? 誰に?」


 首を傾げて聞いてくるサクヤに、俺は腕組みしながら続きを話す。


「多分、魔族だと思う。確定じゃないけど、可能性は高いだろうな」

「あん? どうしてだ? 誰が盗んだのか分からねぇんだろ?」


 訝しげにしているウォレスの言う通り、誰が盗んだのか分からないから魔族だと決めつけるのは早いのかもしれない。

 もちろん、理由はある。


「この国の人たちは竜魔像の価値を知らないみたいなんだよ。ただの置物としてしか見てなかった」

「えっと……それがどう関係してるの?」

「誰も竜魔像が盗まれてもあまり気にしてなかった。だから、盗んだのは竜魔像の価値を知ってるってことだろ? 少なくとも、この国に住んでいる人が盗むことはない」


 俺が言いたいことが分からずに眉を潜めているやよいに、筋道立てて説明しようとすると、そこで真紅郎がハッとしながら手を叩いた。


「なるほどね。盗んだのは竜魔像の本当の価値を知っている外部犯。ユニオンなら許可を貰うだろうし、竜魔像が兵器になることを知っているのはエルフ族だけ。ダークエルフ族は外に出ることはほとんどないから……」


 真紅郎の言葉に他のみんなは納得したように頷く。

 少なくとも俺たちが知ってる限りで、竜魔像の価値を知り、欲しがっているのは……心当たりは一つだけ。

 

「……魔族は、ここにいる」


 拳を握りしめながら、サクヤがポツリと呟く。

 個人だけで多人数を圧倒出来るほどの強力な力を持った恐ろしい魔族が、この国にいる可能性が高い。

 魔族の実力を実際に戦って知っている俺たちは真剣な表情で俯き、部屋に緊迫感が漂っていく。

 俺たちが黙り込んでいると、「きゅー!」と鳴き出したキュウちゃんの声に我に返った。

 今ここで緊張してても仕方ない。コホン、と咳払いしてから話を続けた。


「とにかく、ここに魔族がいる可能性がある以上……どうにかして会わないといけないな」

「うん、そうだね。戦いにならないように慎重に、対話に持ち込まないと」

「ハッハッハ! 例え戦いになっても、オレたちなら問題ねぇノープロブレム!」

「はぁ……バカウォレス。もしこんなところで戦いになったら、他の人たちに被害が及ぶでしょ? そもそも、あたし戦いたくないし」

「……捕まえて、聞き出す」

「きゅー! きゅきゅー!」


 俺たちは魔族と戦いたい訳じゃない。話を聞きたいだけだ。

 どうして竜魔像を狙うのか。その目的はなんなのか。魔族とはどんな種族なのか。本当に倒さないといけない敵なのか。

 知らないことが多すぎる。戦うにしてもしっかりと魔族について知らないといけない。

 だけど……もしも、戦わなきゃならなくなったら。その時は、サクヤの言うように捕まえて無理矢理にでも聞き出さないとな。

 不安な気持ちを振り払うように頬をパチンと叩いて、気合いを入れ直す。

 すると、腕組みしながら首を傾げていたウォレスが不意に口を開いた。


「なぁなぁ、ちょっとばかし疑問なんだけどよ……竜魔像ってなんなんだろうな?」


 ウォレスの問いかけに、俺たちは頭を悩ませる。

 よくよく考えてみると、竜魔像ってかなり謎に包まれた物だよな……。


「うぅん、そうだね……魔力を流せばその属性の色に合わせて炎を吐き出す、兵器としても使える、ダークエルフ族では御神体……」


 真紅郎は顎に手を置き、指を折りながら竜魔像について羅列していく。

 場所によって竜魔像の扱い方が全然違うんだよな。この国ではただの置物になってるし。


「あ、そういえばタケルが魔力を流した時だけ、なんか動くよね?」

「……タケル、何かしてる?」

「いや、してないって。俺にも分からないんだよ」


 思い出したようにやよいが言う。たしかに、俺の時だけ竜魔像が動くんだよな。他のみんなは同じなのに、何故か俺だけが違う。でも、俺は何かしてる訳じゃない。

 今にも飛び立つように翼を広げ、首をもたげて炎を吐き出す。その動きはまるで生きてるように……いや、普通の状態でも石像とは思えないほどリアルな姿をしている。

 そこでふと、竜魔像の姿を思い出して……気づいたことがあった。


「……災禍の竜に似てる?」


 思わず口に出して呟く。

 竜魔像の姿と、俺が夢の中で見た災禍の竜の姿がどこか似ている気がした。

 勘違いかもしれないけど……似ていると一度思うと、そうとしか思えなくなってくる。

 俺の呟きが聞こえたのか、ウォレスが眉を潜めて聞いてきた。


「災禍の竜? それって、アストラを滅ぼしたっていう奴か?」

「えっと、たしか国一つ滅ぼす力を持ったモンスターで、過去に英雄のアスカ・イチジョウが封印したっていうのだよね?」

「ちょっと待って。それと竜魔像が似てるって……どうしてタケルが災禍の竜の姿を知ってるの?」


 災禍の竜。

 かつて、前に訪れた流星の国アストラの大半を滅ぼした存在そのものが災害の凶悪なモンスター。

 暴れ回っていた災禍の竜を、英雄とされている……俺たちと同じ世界の住人だったアスカ・イチジョウによって討伐され、封印された存在。

 だけど、その姿を俺が知っているはずがない。やよいが疑問に思うのも当然だ。

 そう言えば、言ってなかったな。


「ほら、アストラにいた時に俺がうなされてた時があっただろ?」


 どうして災禍の竜の姿を知っているのか、みんなに説明する。

 アストラでウォレスにやられて気絶した時、俺は夢の中で過去のアストラ……平和だった頃のアストラの光景を見ていた。

 そして、その平和が崩れた瞬間の光景も。


 突然現れた、空を覆い尽くすほど大きく広げられた背中に生えた二対の翼。

 闇よりも深い黒曜石のような鱗を纏った、城よりも巨大な体躯。

 長く伸びた太い尻尾を揺らし、血のように紅い瞳で街を見下ろしていた……厄災の権化。

 ワイバーンとは違って手足のある正真正銘のドラゴンは、恐怖をまき散らす威圧感を放ちながら災害を巻き起こし、国を蹂躙していた。


 その光景は思い出しても体が震えるほど。夢とは思えないリアリティのある夢に……いや、夢じゃない。現実に起きた光景に俺はうなされていた。


「んで、その夢で見た災禍の竜と竜魔像が似ているような気がしたんだ」


 説明し終えると、誰もが無言で頭を悩ませている。

 突拍子もないことにどう言ったらいいのか分からないんだろう。たしかに、俺が言うのもなんだけど正直信じられないと思う。

 でも、俺は夢で災禍の竜を見ている。その恐怖を体感している。それは間違いないことだ。

  

「……竜魔像と災禍の竜。何か、関係してる?」

「いや、これに関しては俺が似てるって思っただけだから。勘違いかもしれないから、関係してるかは分からないな」


 サクヤの問いに首を横に振って答える。

 竜魔像と災禍の竜が似ていると思ったのは、なんとなくだ。関係してるかははっきりと分からない。

 だけど……無関係か、と言われるとそれもどうかと思う。完全に無関係とも言えない気がするんだよな。

 ますます謎が深まり、部屋に静寂が訪れる。その静寂を打ち破ったのは、一人の男の声だった。


「……その災禍の竜ってのが、魔族の狙いなんだな?」

「うぅん、どうだろうな。そう決めつけるのはちょっと早い気が……ん?」


 今の声はRealizeの誰でもない。聞こえてきたのは後ろからだった。

 聞き覚えのあるその声に、俺たちは驚きながら声がした方に目を向ける。

 そこには、いつの間にか開け放たれていた窓のサッ

シに腰掛けながらニヤリと笑っている、黒いローブ姿の男……アスワドがいた。


「あ、アスワド!? どうしてここに!?」

「俺がいちゃダメなのか、あぁ?」


 アスワドは俺をギロッと睨みながら「よっと」と軽い調子で窓から降り、部屋に足を踏み入れる。

 そして、壁に背中を預けながら腕組みして鼻を鳴らした。


「話は聞かせて貰った。魔族と一戦交えようってんなら、俺も手を貸すぜ?」

「はぁ? なんでお前が手を貸すんだ?」


 アスワドが俺たちに協力するなんて、何か裏があるとしか思えない。

 すると、アスワドは肉食獣のように歯を剥き出しながら笑みを浮かべた。


「レンヴィランスの時、魔族には色々と世話になった・・・・・からな……そのお礼はキッチリ返さねぇと、俺の気が晴れねぇんだよ」

「ヘイ、アスワド。魔族の強さは知ってんだろ? それでもやるってのか?」

「ハンッ! 当然だっての! たしかに、魔族とは

一度戦ってるからよく知ってる。ありゃ、とんでもねぇ強さだ。あんなのと戦うなんざ、やべぇことぐらい理解してる。だがなぁ……やられっぱなしは性に合わねぇんだよ」


 好戦的な笑みを浮かべながら言うアスワドは、ゴキゴキと指を鳴らす。


「黒豹団を束ねる頭として、あいつらに情けねぇ姿は見せられねぇ。売られた喧嘩は買ってなんぼ。相手が強敵なほど燃える性質たちなんでね、俺はよ」


 水の国レンヴィランスで、アスワドは魔族に手も足も出なかった。それが、アスワドには許せなかったんだろう。

 アスワドの実力はかなりのものだ。猫科の動物を思わせる軽快な動き。鍛えられた剣術。水と風の混合魔法、氷属性魔法の使い手。

 そんなアスワドが戦力に加わってくれるなら、心強いのはたしかだ。

 アスワドが言っていることは嘘じゃないと思う。魔族に対して並々ならない思いがあるのは間違いじゃないだろう。

 だけど、多分それだけじゃないな。


「……で、本音は?」

「やよいたんを守るのは騎士である俺の役目! そうすりゃ俺の好感度が急上昇! やよいたんは俺の嫁になる! てめぇらは知らね。勝手にのたれ死ね」


 バカだ。ここにバカがいる。どうしようもないほどのバカが。

 呆れ果ててため息を吐く俺、苦笑いを浮かべる真紅郎、爆笑するウォレス、親指を下に向けるサクヤ、興味なさげに丸まっているキュウちゃん。

 そして、やよいは頭を抱えて深い深い、とても深いため息を吐いていた。


「……このバカは無視するとして」

「あぁ!? てめぇ、赤髪! 誰がバカだゴラァ!?」

「うるせぇバカ! お前のことだバカ! 黙ってろバカ!」

「あぁぁぁ!? んだとクソ赤頭! その頭、血で染めてやろうか!?」


 俺とアスワドが襟首を掴み合って口喧嘩していると、スッとやよいが冷たい眼差しを向けながら握りしめた拳を見せつけてくる。

 それを見た瞬間、俺とアスワドはサッと離れて黙り込んだ。

 俺たちが落ち着いたのを確認してから、苦笑しながら真紅郎が話を纏める。

 

「んじゃ、とりあえず魔族の捜索と引き続き情報収集するとして。今は解散ってことにしようか」


 全員が頷き、俺たちはそれぞれ捜索と情報収集に動き出す。

 と、その前に俺にはやることがある。


「ボルクを探さないとな」


 ベリオの工房から走り去っていったボルクを探しに、俺は商業区を回ることにした。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る