二十二曲目『狂気の自白と襲撃』

 一頻り笑い終えたモーランはギョロリとデルトの方を見ると、ニタリと笑みを浮かべる。

 

「あぁ、そうだ……ワシがお前の息子、オリンを王国に売り渡した」

「貴様……ッ!」


 とうとう、モーランは認めた。

 血が出るほど拳を握りしめていたデルトがモーランに近づこうとすると……モーランは幽鬼のようにユラリと立ち上がる。


「ククッ、ワシを殺すか? 大事な我が子を売った、このワシを?」

「……何故、オリンを王国に引き渡した?」

「何故? 何故と言ったか? 何を言っているんだ、貴様は?」


 さすがに集落の住人たちがいるこの場で殴ることを躊躇したデルトが振り絞るように問いかけると、モーランはバカにするように鼻で笑った。

 モーランは呆れたように肩を竦めてため息を吐く。


「全ては集落のためだ。当然だろう? お前の息子、オリンは忌み子……この集落に災いを招く存在だ」

「そんなこと……ッ!」

「ない、と? 本当に言えるか? お前も見ただろう、あの禍々しくおぞましい黒い炎を!」


 サクヤを指さしながら、モーランはタガが外れたように怒鳴り散らした。


「あの黒い炎は確実にこの集落に災いを招く! ワシは族長として、この集落を守る義務があるのだ! それぐらい、お前も分かっているはずだろう! 戦士長・・・!」


 デルトも集落を守る戦士たちを取り纏める立場にいる。モーランが言っていることも理解しているからか、デルトは悔しげに顔をしかめた。

 たしかに、集落を守るためにはそうするしかなかったのかもしれない。だけど……ッ!


「サクヤを売り渡していい理由にはならないだろ……ッ!」

「黙れ! 貴様のような小僧に何が分かる!?」

「俺には分からねぇよ! でも、そのせいでサクヤは王国で実験体に……」

「それこそ、ワシの知ったことではない。ワシは、そこの忌み子を処分出来ればなんでもいいのだ。王国が何をしようと、関係ない」


 はっきりと、自分には関係ないとモーランは言った。

 その言葉にゾワリと怒りがこみ上げていると、モーランは苛立たしげに舌打ちする。


「王国の奴らめ……どうせなら、二度とこの集落に来ることがないように殺しておけばいいものを」

「ーーお前!」


 怒りが爆発した俺は剣を握りしめてモーランに駆け寄ろうとした瞬間、俺よりも先にデルトが動き出してモーランの襟首を掴んだ。


「モーラン! 貴様、我が息子に……同族の者に対してその言い方はなんだ!?」

「ぐっ……同族、だと? たしかに、そいつは我らと同じダークエルフ族。だが、もはやこの集落には不要な存在・・・・・だ! ワシは同族として見ておらんわ!」


 そう叫んでモーランはデルトの手を振り払い、逆にデルトの襟首を掴む。


「それでも戦士長か!? 一を切り捨て、他の多くの住民の命を守るのが当然だろう!? そこに私情を挟むでない!」

「お前は、オリンだけでなくラピスまでも殺したのだろう!? どうしてラピスまで殺したんだ!」

「ラピス……ラピスなぁ……本当に、バカな女であった!」


 そのままデルトを押し返し、モーランは忌々しげに口元を歪ませた。


「ラピスはワシの……族長の決定に従わず、オリンを連れて逃げようとしていた。そのせいで殺されたのだから、救いようのないバカな女よ」

「モーラン……ッ!」

「あぁ、待て待て。殺したのはワシではないぞ? ラピスを殺したのは、王国の奴らだ」


 今にも襲いかかりそうなデルトを手で制し、モーランは三十年前のことを語り始める。


「三十年前、オリンが儀式をする数日前。マーゼナル王国の奴らがこの集落に来ていた。王国はダークエルフ族を欲しがり、引き渡さないのなら集落を滅ぼすと脅してきおった」

「そんなこと、俺は知らないぞ……」

「そうだろうな。ワシ一人にだけ接触してきたからな。もしも王国との戦争となれば、こんな小さな集落などすぐに滅ぼされてしまう。さすがに、住民たちを混乱させる訳にはいかなかったからな」


 マーゼナル王国はこの世界でも一位二位を争うほどの大国。そんな国を相手にこの集落が太刀打ち出来るはずがない。

 そうなれば住民たちは恐怖し、混乱が生まれていた。戦うにしても逃げるにしても、そんな状態じゃまともに動くことも出来ないだろう。

 それを危惧して、モーランは誰にも話さなかった。


「同族を売り渡すことは出来ない。かと言って戦うのは無謀。どうすればいいのか頭を悩ませていたが……その時、オリンが禍々しい黒い魔力があることを知った」


 モーランはほくそ笑みながら、語り続ける。


「丁度よかったのだ。あのような魔力を持っているオリンを集落に置く訳にはいかない。ならば、王国に引き渡せばやっかい払いも出来る上に、戦争になることもない。集落を守るためには、それしか方法がなかったのだ」


 そこまで話すと、モーランは深いため息を吐いた。


「ラピスには全てを打ち明けたが、納得せずにオリンを連れて逃げおった。ワシは追いかけ、何度も説得したが……聞く耳を持たなかった。そこに王国の奴が来て、ラピスを殺してオリンを連れて行ったのだ」

「やはり、モンスターに殺されたというのは嘘だったのか!?」

「あぁ、嘘だ。しかし、ワシは殺していないというのは本当だ」


 モンスターじゃなく、王国の奴にラピスさんは殺された。嘘は吐いていたけど、モーランが殺していないのは本当だ。だからこそ、モーランは悪びれもなく言ってのける。

 だけど、モーラン自身が殺してなくても、モーランのせいでラピスさんが死ぬことになったのには変わりない。

 するとそこで、キリがモーランに掴みかかった。


「どうして!? どうしてなの、パパ! もしかしたらサクヤを引き渡さなくてもいい方法があったかもしれない! ラピスさんが死ぬこともなかったかもしれないのに!」

「そんな方法などない」

「分かんないでしょ!? みんなと話し合えば……」

「話し合ったからといって、どうなると言うのだ!」


 サクヤのことを思い涙を流しながら叫ぶキリを、モーランは突き飛ばす。顔を真っ赤に染め、怒りと狂気が渦巻く目で尻餅を着いているキリを見下しながら、モーランは怒声を上げた。


「族長の決定に逆らうな! ワシが守ってやってるのだから、貴様らは黙って命令に従っていればよい! そうすれば、平和に幸せに過ごせるのだ!」


 モーランの言葉に、集落の住人たちは言葉を失っていた。

 守ってやるから、命令を聞け? それが、族長が住民に言うことなのか?


「そんな……それが、族長だって言うの?」

「そうだ! キリ、お前もいずれ分かる。次期族長ならば、覚えておけ……時に残酷だと思うことでも、やらなければならない時が来るのだ」


 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、モーランはキリを論する。だけど、その顔はニタリと笑みを浮かべていた。

 モーランを涙を浮かべた目で睨みながら、キリは拳に魔力を込め始める。

 キリは許せないんだろう。それが族長としての責務だとしても、サクヤを……同族を売る真似をして悪びれもしないモーランのことが。

 優しいキリだからこそ、許せるはずがない。キリはそのままモーランに殴りかかろうとした瞬間ーー。


「ーーうぐっ!?」


 モーランが首を絞められる。首を絞めていたのは、サクヤだった。

 サクヤは俯きながらギリギリとモーランの首に手をかけ、小さく呟く。


「……してよ」


 その声は小さくても、広場に響いた。

 サクヤは俯いた顔を上げると、モーランを睨みつける。


「……返してよ」

「ぐっ、がっ……ッ!?」


 どんどん顔が青ざめていくモーランを無視して、サクヤはそのまま首を絞め続けた。


「……ぼくの母さんを、返してよ」

「は、離せ……ッ!」

「……ぼくのことは、どうでもいい。忌み子だろうが、なんでもいい。だけど、母さんは……何も悪くない」


 サクヤの目から一筋の雫が流れ落ちる。体から漏れ出した魔力がうねり、モーランの首を絞める手に力が込められていく。

 すると、サクヤは痛そうに顔をしかめながら手で頭を抑えた。


「痛いんだ……頭の中で、知らない女の人が出てくる……その人は、泣いていた……泣きながら、笑って、ぼくに何かを言っていた……でも、思い出せない……思い出そうとすると、頭が割れそうになる……ッ!」


 サクヤはクシャリと髪の毛を掴みながら話す。

 三十年前の閉じこめていた記憶が蘇ろうとしているけど、無意識に思い出したくないのかサクヤは辛そうにしていた。


「知らない女の人が、血塗れでぼくを抱きしめていた……その後ろに、剣を持った仮面の男と、お前がいた……お前は、笑っていた。バカにしたように、女の人を、笑っていただろ……ッ!」

「ぐ、が……」


 モーランの顔が青から紫色に変色し始めている。口からは泡を吹き出し、白目を剥いていた。

 このままだと、サクヤはモーランを殺してしまう。


「サクヤ! もういい、やめろ! それ以上は本当に死ぬぞ!?」


 俺はサクヤを止めようと叫びながら駆け寄った。モーランは憎き相手だけど、殺したらダメだ。そいつには生きて罰を受けなくちゃいけない。

 だけど、サクヤはモーランの首から手を離そうとしない。それどころか、体から吹き出している魔力の色が徐々に色を変えているのに気づいた。

 それを見た瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。本能が危険だと告げていた。


 その色は禍々しくおぞましい、黒。

 

 紫色の魔力が浸食されるように黒く変色し始めていく。

 サクヤは三日月のように口角を上げて、楽しそうに笑みを浮かべた。


「……お前を殺せば、この痛みから解放される?」


 サクヤの拳に紫色と黒色が混ざり合った魔力が集まっていく。モーランの首を絞めたまま、サクヤは拳を振り上げーーッ!


「ーーやめて、サクヤ!」


 拳を突き出そうとした瞬間、キリがサクヤを抱きしめて止める。

 サクヤはチラッと抱きしめてくるキリを見ながら、呟いた。


「……どうして、止める? こいつは、ぼくの母さんを……」

「だからって、殺したらサクヤもパパと同じ・・・・・になっちゃうよ!」

「……ぼくが、こいつと、同じに……?」


 キリの言葉に動揺したのか、サクヤが動きを止めてモーランから手を離した。モーランは力なく地面に倒れ、ピクピクと痙攣しながら気絶している。 

 どうにかサクヤが殺しに手を汚さずに済んだし、これで解決した……と、胸をなで下ろすとーー。


 ーー集落に、爆音が響き渡った。

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