二十三曲目『スケルトンの軍勢』

「な、なんだ!?」


 突然の爆音に驚きながら音がした方に目を向ける。音がしたのは集落のすぐ近くだ。

 すると、地面が隆起して手が飛び出した。その手は骨だけで肉がなく、何かを探るようにカタカタと動いている。

 そして、地面か人型の骸骨が這い出てきた。松明の光に当てられて闇夜に浮かぶ真っ白な骸骨のモンスター。


「あれは、<スケルトン>……何故こんなところに……」


 突如として現れたスケルトンにデルトが目を丸くしながら呟く。

 スケルトンは主に墓場に現れるモンスター。こんな集落の近くに現れることはないはずだ。


「なんだ、あの数は……ッ!」


 一人のダークエルフ族の男が青ざめた顔で言葉を漏らす。

 地面からどんどんスケルトンが這い上がってきて、今ではその数をおおよそ二百体にまで増えていた。

 その手には朽ち果てた剣や斧を携え、まるで俺たちをあざ笑うようにカタカタと骨を鳴らしている。


「ヘイ、これはどういうことだ?」

「……分からない。けど、とにかく分かることは一つだね」

「うん、あのスケルトンは……この集落を襲うとしてる」


 数を増やしていくスケルトンを訝しげに眺めながら聞くウォレスに、真紅郎は魔装を展開して銃型ベースを構えると、やよいが顔をしかめながら真紅郎の代わりに答えた。

 わらわらと群をなしているスケルトンの後方の地面が一際大きく隆起すると、そこから現れたのは他のスケルトンよりも一回りは大きいスケルトン。

 黒い骨の姿のスケルトンは、大剣を持ち上げると集落……俺たちがいる方向に突き出した。

 そして、それを合図にスケルトンたちが雄叫びを上げるように骨をカタカタ鳴らしながら、武器を片手に突撃してくる。


「ーー非戦闘員は避難しろ! 戦士たちは俺に続け!」


 集落に向かってくるスケルトンを見たデルトは、すぐに全員に指示を出した。最初は恐怖し怯えていた住人たちも、デルトの声で我に返って動き出す。

 デルトを先頭にスケルトンの群に走っていくダークエルフ族の戦士たちを見て、俺もすぐにRealizeの全員に叫んだ。


「俺たちもやるぞ! 俺とウォレス、サクヤの三人で迎え撃つ! 真紅郎とやよいは住人の避難誘導を!」

「待って! サクヤが……ッ!」


 剣を握って走り出そうとすると、キリがサクヤを抱きしめながら呼び止めてきた。

 キリに抱きしめられているサクヤは焦点の合ってない目をしながら、何かブツブツと呟いて呆然としている。


「……あいつは、母さんを……ぼくは、あいつとは……」

「サクヤ! ねぇ、サクヤってば!」


 必死にサクヤを呼ぶキリだけど、サクヤは何も反応しない。明らかに様子がおかしく、戦える状態じゃなかった。


「キリ! サクヤを連れて避難してくれ!」

「わ、分かった!」


 サクヤのことは心配だけど、今はそれどころじゃない。ここはキリに任せて、俺たちはデルトたちの加勢に行かないと。


「ウォレス、行くぞ!」

「ハッハッハ! やるぜぇぇぇぇぇ!」

「気をつけて! やよい、ボクたちも行くよ!」

「う、うん! タケル、無理しないで! あたしたちも誘導が終わったら向かうから!」


 俺とウォレスはデルトの加勢に、真紅郎とやよいは避難誘導をしに分かれる。

 デルトたちダークエルフ族の戦士たちは、もうスケルトンと戦っていた。スケルトンはそこまで強いモンスターじゃない。だけど、問題はその数だ。

 スケルトンの数は三百を越え、倒しても倒してもその数が減っていかない。それに比べて、デルトを含めて戦士たちの数は三十。そこに俺たちが入っても、数で負けている。

 多勢に無勢だ。例え一体だと弱くても、あれだけの数の暴力には勝つのは難しい。


「だけど、やるしかない……ッ!」


 気合いを入れ直し、俺は走りながら剣を腰元に置いて剣身に魔力を集めていく。白い魔力の尾を引いてスケルトンの群に飛び込み、居合い切りのように剣を薙ぎ払った。


「<レイ・スラッシュ!>」


 魔力を纏わせた一撃はスケルトンを吹き飛ばし、残骸が宙を舞う。

 次にスティックを構えたウォレスが目の前に展開した紫色の魔法陣に向かって、思い切りスティックを叩きつけた。


ぶっ飛べブラストオフ! <ストローク!>」


 固有魔法のストロークを使ったウォレスは魔法陣

から衝撃波を放ち、十数体のスケルトンを吹っ飛ばす。

 

「ヘイ、どうだ……ッ!?」


 自慢げに笑っていたウォレスは、すぐに顔を強ばらせた。

 俺とウォレスで結構なスケルトンを倒したはずなのに、その数が減るどころか増えているように見える。いや、明らかに増えていた。

 俺たちが倒したのを補填するように、地面からスケルトンが這い出てくる。それを見た俺は、舌打ちして剣を構えた。


「これは、ヤバいな……」

「ハッハッハ! だがまぁ、やるしかねぇな!」


 俺とウォレスは背中合わせになり、囲んでくるスケルトンに目を向ける。スケルトンは俺たちに向かって顎を動かしてカタカタと笑ってきた。

 そして、武器を振り上げて俺たちに襲いかかってくる。


「とにかく、数を減らすぞ!」

「オーライ!」


 俺とウォレスは弾かれたように飛び出し、剣を振り上げてスケルトンを倒していく。

 手こずることはないけど、やっぱりその数が問題だ。一体のスケルトンを倒したかと思えば、すぐに三体に囲まれる。一気に倒しても、次は五体に増えている。


「クソ、きりがない……っと、危な!?」


 どれだけ倒しても数が減らないスケルトンに悪態を吐いていると、俺に向かってスケルトンの残骸が向かってきた。

 慌てて避けると、拳を突き出していてスケルトンを殴り飛ばしたデルトが「すまん!」と謝ってくる。

 大規模な集団戦でお互いの位置が分かりづらいからな、こればっかりは仕方ない。

 俺はデルトの背後から襲おうとしているスケルトンを斬りながら、デルトに声をかけた。


「大丈夫! そっちはどうだ!?」

「この程度の相手に苦戦することはない! だが、数が問題だ! これではいずれ負ける!」

「だよな!」


 デルトと話しながらスケルトンに剣を振り下ろす。デルトも拳と足に魔力を纏わせながら、徒手空拳でスケルトンをぶっ飛ばしていた。


「デルト! あいつを倒せばいいんじゃないか!?」


 俺はスケルトンの群の一番後方に控えている、黒いスケルトンを指さす。あれが群のボスなのは間違いない。もしかしたら、あのボスを倒せば増殖はなくなるんじゃないか、と思って聞いてみると、デルトは戦いながら目を閉じ始めた。


「……あの黒いスケルトンは地面に魔力を通している。その魔力からスケルトンが生まれているようだな」

「ちょ、デルト前! 前からスケルトンが!」


 戦いの最中に目を閉じたデルトの前から、スケルトンが襲いかかる。慌てて声をかけたけど、デルトは目を閉じたままスケルトンの攻撃を躱し、カウンターで右拳を突き出して吹き飛ばした。


「問題ない! 俺は目を閉じた方が強いんだ! 魔力の動きを察知しながら戦えるからな! まぁ、あまり長くは使えんがな!」


 そう言いながらデルトは前蹴りでスケルトンを空へと打ち上げる。 

 目を閉じた方が強いって、達人の心眼みたいだな。

 とにかく、まずはあの黒いスケルトン……ボスをどうにかしよう。


「あだ!?」

「アウチ!?」


 俺がボスに向かって走ろうとすると、横からウォレスがぶつかってきた。


すまんソーリー、タケル!」

「気にするな!」


 俺もウォレスに気付けなかったからな。俺とウォレスはそのまま背中を預けながら戦っていく。

 敵味方が入り乱れる集団戦は経験したことがないから、どうにもやり辛いな。

 ここで戦うより、早いとこボスのところに向かった方がいい。

 そう判断した俺は、スケルトンが振り下ろしてきた剣を避けながら背後にいるウォレスに声をかける。

 

「ウォレス、あいつを倒すぞ!」

「あん? あぁ、あいつか! オッケー!」


 不敵に笑ったウォレスと一緒に、スケルトンの群を薙ぎ倒しながら戦場を駆け抜けていく。

 ダークエルフ族の戦士たちは数に圧倒されて苦戦し、怪我を負った人もいた。途中で戦士の助太刀をしながら、ボスに近づいていく。

 すると、ボスは俺たちに気づいたのか大剣を地面に突き立てると、地面から数十体のスケルトンを呼び寄せて俺たちに仕向けてきた。


「あぁ、もう! 邪魔だ!」

「どけどけどけどけぇぇぇぇぇ!」


 俺たちをボスに近づけさせないように向かってくるスケルトンを、怒声を上げながら吹っ飛ばしていく。だけど、スケルトンの数は増すばかりだ。

 このままだとボスに近づけない。どうするか、と考えていると……。


「グルゥオォォォォォォォォォン!」


 空から雄叫びが聞こえてたと思うと、ニーロンフォーレルのニルちゃんが翼を羽ばたかせながら口から氷のブレスを吐いてスケルトンの群を一掃してくれた。

 ニルちゃんの背中にはやよいと真紅郎、そしてサクヤが乗っている。


「タケル! 避難誘導終わったよ!」

「お待たせ!」


 真紅郎とやよいはニルちゃんの背中から飛び降りると、すぐに俺たちに加勢した。遅れて飛び降りたサクヤは、何かを振り払うように拳を振り上げてスケルトンを殴り飛ばす。


「タケル、状況は!?」

「あの黒いスケルトンがボスだ! あいつを倒せばスケルトンが増えなくなるはず!」


 ベースの弦をかき鳴らし、銃口からマシンガンのように魔力弾を掃射してスケルトンを撃ち抜きながら聞いてくる真紅郎に、叫ぶように答える。

 真紅郎は黒いスケルトンを見据えると、頷いて返した。


「戦力差がありすぎるね。ダークエルフ族たちも苦戦しているようだし……」

「多すぎてキモい! あっち行ってよ!」


 戦いながら真紅郎は頭の中で作戦を組み立て始めた。やよいはスケルトン相手に斧を振り回して十体ぐらいを一気に空へとぶっ飛ばしている。

 周囲を見渡してみると、ダークエルフ族たちは激化する戦場で連携も取れずに戦いにくそうにしていた。


「ーー全員聞け! 集落の入り口に集まり、防衛戦に入る! 一体たりとも集落に足を踏み入れさせるな!」


 そこで、この状況が不利だと判断したデルトが戦士たち全員に集落の入り口に集まるように指示を出す。

 スケルトンと戦いながら集落の入り口に向かっていく戦士たちを追って、俺たちも向かった。

 

「はぁ、はぁ……ど、どうするんですか、デルトさん!」

「このままだと、俺たちの体力が持たないです!」


 入り口に集まったダークエルフ族たちは汗だくで肩で息をしながら、デルトに問いかける。

 戦士たちはかなり疲弊していた。倒しても増えるスケルトン、終わらない戦闘に肉体的にも精神的にもキツいだろう。

 デルトは悔しげに歯を鳴らし、今も増え続けているスケルトンの群を忌々しげに睨みつける。


「とにかく、連携してここを死守するぞ! 俺たちが負けることは、この集落が終わりを意味する! ここで負ける訳にはいかない! 全員、気合いを入れろ!」


 戦士たちに喝を入れながら、デルトは拳を構えた。さすがのデルトでも、この戦力差を覆せることは不可能だ。

 それでも、集落を守るために戦わなくちゃいけない。それが分かっている戦士たちも、スケルトンの群を見据えながら構えていた。


「……真紅郎、作戦はあるか?」


 俺たちだってそこまで体力が持つはずがない。何か打開策がないか真紅郎に問いかけると、真紅郎は顎に手を置きながら口を開く。


「可能性があるとしたら……あれしかないね」

「ハッハッハ! オレには分かるぞ! あれだろ!?」


 あれ、と聞いてウォレスは笑いながらスティックを構え、目の前にドラムセットを模した魔法陣を展開していく。

 やっぱり、あれしかないよな。


「ーーやるぞ、ライブ魔法」


 俺の言葉に全員が頷き返す。俺たちの考えは一致していた。

 ライブ魔法で、この状況を打破する。それしか方法はない。

 すぐにライブ魔法の準備をしようとすると、やよいが首を傾げながら声をかけてくる。


「ねぇ、ちょっといい? あのスケルトンたちって、どうして集落を襲ってきたの?」


 たしかに、やよいの疑問は俺も思っていた。

 いきなり現れたスケルトンは、明らかに集落を狙っている。何か目的があるとすれば……。


「竜魔像、だよな?」

「うん、ボクもそう思う。確実にスケルトンたちは竜魔像を目指しているように見えるね」


 この集落では竜魔像の魔力に引きつけられてモンスターが襲ってくる。スケルトンたちもそうだろう。

 それに、戦いながら思ってたけど、スケルトンたちは俺たちと戦うよりも集落に入ることに必死になっている気がする。

 竜魔像が目的だけど、その邪魔をしている俺たちをどうにかしようと戦っている……という風に感じた。

 

「てことは、竜魔像をどっかにやればいいんじゃないの?」

「ハッハッハ! やよい、そんなことよりも簡単イージーなやり方があるだろ?」


 やよいの言葉にウォレスが笑いながらスティックをスケルトンの群に向ける。


「ーーあいつらを蹴散らせばいいだけの話だ!」


 シンプルだけど、その通りだ。

 竜魔像を移動させても、スケルトンが消える訳じゃない。それどころか、戦闘が長引くかもしれない。

 だったら、ライブ魔法でスケルトンたちを蹴散らした方が早い。


「全員、位置に着け!」


 俺の声を合図にRealize全員が定位置に立つ。それぞれが魔装を構える中、サクヤがぼんやりと立ち尽くしているのに気づいた。


「サクヤ! どうした、急げ!」


 サクヤは俺の叫びにビクリと肩を震わせて我に返ると、眉尻を下げて俯く。


「……ごめん」

「やれるか、サクヤ?」

「……やる。今は、やるしかない、から」


 様子のおかしいサクヤを心配して声をかけると、サクヤは頭を振ってから気合いを入れ直すように頬をパチンと叩いて定位置に立った。

 ゆっくりと深呼吸してから剣の切っ先を地面に突き立て、マイクを口元に向ける。


「ーー俺たちが援護するから、みんな頑張ってくれ!」


 ビリビリとマイクを通した俺の声が戦場に響き渡った。

 いきなりのことで驚くダークエルフ族に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「見せてやるよ……俺たちの力を!」


 俺たちの力は、音楽だ。

 俺たちRealizeが演奏すれば、例え戦場だろうとそこはライブ会場。


 どんな状況でも、覆してやるよ。


「ーーハロー! ダークエルフ族の戦士たち! そして、モッシュしてるマナー違反のスケルトン共! 俺たちRealizeが新曲を披露してやるぜ!」


 スケルトンの群に人差し指を向けながら、声を張り上げる。

 さぁ、始めよう。楽しいライブの始まりだ!


「辛い状況を覆せ! 劇的に変化しろ! 行くぜ……<パラダイム・シフト>」


 曲名を告げ、俺たちは演奏を始めた。

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