二十一曲目『追求』

 突然のことに誰もが戸惑う中、俺はモーランを見据えたまま剣を向けて口を開いた。


「この首飾りはラピスさんが殺されたところで見つけた物だ。三日前、あんたが行った森でな」

「な、何を言ってるのだ? ワシはずっと、家にいたぞ?」


 俺の言葉にモーランは動揺したように肩をビクリと震わせると、引きつった笑みを浮かべたまま反論してくる。

 だけど、デルトは首を横に振ってはっきりと言い放った。


「いや、それはない。俺も確認したが、明らかにそこにはお前の魔力の残滓が残されていた……そこでお前は、魔法を使ったんだろう?」

「そ、そんなこと……ッ!」


 デルトに論破されたモーランは、何か言おうとして口を噤んだ。デルトが魔力の流れを見ることが出来ることを、付き合いの長いモーランが知らないはずがない。

 何も言えずにいるモーランに、真紅郎が追撃する。


「あなたはそこで、布を燃やしたはず。これと同じ物をね」


 そう言って真紅郎は魔装の収納機能を使い、取り出した布を広げた。そこに描かれているのは、マーゼナル王国の紋章。モーランが証拠隠滅のために燃やした布と同じ布だ。

 それを見たモーランは目を見開いて冷や汗を流していた。


「な、何故それを……ッ!?」

「実を言うと、この布をあなたの部屋の扉に忍ばせたのは、ボクなんですよ。まさかと思ってましたが……あなたはこの布、王国の紋章に目の色を変えた。そして、ラピスさんが亡くなったところにすぐに向かった」

「俺たちはそれを尾行してたんだ」


 尾行されていたことを知ったモーランは、悔しげに歯を鳴らす。見られてるとは思ってなかったんだろうな。

 真紅郎は布を丸めてモーランの足下に投げてから、話しを続けた。


「その時、あなたは言ってましたね? 今後一切の接触をしない契約を、と。それって、王国との何か契約してたんでしょう?」

「そこまで、聞いていたのか……ッ!」

「迂闊でしたね。動揺していたでしょうけど、あなたは誰かに聞かれることを警戒するべきでした。まぁ、そのおかげで確信しましたが」


 これでモーランが王国と接触していたことは確定だ。あとは、王国との間にどんなやり取りがあったのか。三十年前、ラピスさんの死とサクヤを売り渡したことの真実を語らせるだけだ。


「三十年前、ラピスさんが殺されてオリン……サクヤは行方不明になった。サクヤはそれから、マーゼナル王国で実験体にされていたんだ。音属性に無理矢理適合させ、二人目の英雄を人工的に作り出すという……悪魔のような実験のな!」


 一気に怒りが吹き出した俺は、感情のままに怒鳴り散らす。 

 サクヤが長年苦しむ切っ掛けを作ったのは、モーランだ。大事な仲間を傷つけた罪は、かなり重いぞ?

 怒鳴ったことで少しすっきりした俺は、キリの方に目を向けた。


「キリ。前にサクヤが竜魔像……御神体に魔力を通し

た時、炎は紫色だったよな?」

「え、あ、うん。紫色だったけど……」


 呆然としていたキリは俺に声をかけられて我に返ると、戸惑いながら答える。

 そう、炎の色は紫色だった。それは音属性魔法の証。


「今のサクヤはこれと同じ、紫色だ!」


 竜魔像に手を添えて、魔力を通した。

 俺の魔力に反応した竜魔像は翼を広げ、首をもたげると紫色の炎を吐き出す。

 紫色の火の粉が舞う中、俺はモーランに剣を向けながら声を張り上げた。


「だけど、サクヤの属性は研究で人工的に魔臓器を移植され、無理矢理に変えられたものだ! サクヤを非人道的な研究の実験体にさせた原因は、あんただろ、モーラン!」


 モーランがサクヤを王国に売り渡したせいで、サクヤは実験によって属性を変えられた。脳に魔臓器を移植させ、二人目の英雄を作り出すための研究によって。

 それが、どれだけ辛かったことか……ここにいる全員が分かるはずがない。

 だけど、モーランがその原因なのは間違いない。こいつが売り渡さなければ、今頃サクヤは家族と一緒に幸せに暮らしていたはずなのに!

 すると、モーランは腕を振り払って険しい表情を浮かべながら叫んだ。


「そんなの作り話の戯れ言だ! 元から音属性に適正があったかもしれないだろう!?」

「……それを、お前が言うのかモーラン」


 モーランの叫びに、デルトが静かに口を開く。

 その体からは押し潰されそうなほど重い威圧感を放ちながら、デルトはモーランをギロリと睨みつける。


「オリンは元は黒い炎だっただろう? どす黒く、おぞましいほどの! お前はそれを見て、忌み子としたではないか!?」

「そ、それは……」


 デルトの怒りは当然だ。サクヤは、元々は謎の黒い魔力を持っていた。

 そして、それは集落に災いを引き起こすものと判断したのは、族長であるモーランだ。

 モーランはデルトの威圧感に後退りながら、何も言えずに閉口する。


「お前が、我が息子を……オリンを売り渡したのか!?」

「ま、待て! 前に言っただろう! お前の息子はどこに行ったのか分からなかったと! ワシは、ラピスがモンスターに殺されたところしか見ていない!」


 詰め寄ろうとするデルトを手のひらを向けて止めながら、モーランは必死に弁解し始めた。


「そもそも、そいつは記憶がないだろう!? あいつらが言っていることが真実だと限らないではないか!?」

「それは、あなたにも言えることですよ?」


 たしかに、実験のことを知ってる人はここにはいない。俺たちが嘘を言っている可能性はあるかもしれない。

 だけど、そこで真紅郎がきっぱりとモーランの話しを否定する。


「ボクたちは当時のこと、三十年前のことを色んな人に聞いて回りました。デルトさんの息子のオリン……サクヤは忌み子とされたのは事実。それを言い始めたのはあなただったこともね」


 この集落に住んでいる三十年前のことを知っているダークエルフ族は少なかったけど、間違いなくサクヤが忌み子だと最初に言ったのはモーランだと言っていた。

 

「だけど、誰もラピスさんが亡くなった状況を知らなかった。サクヤがどこに行ったのかも。それを知っているのはモーランさん、あなただけだった」

「そ、そうだ! だから、ワシは何も……」

「でもね、あなたが言っていることを証明する人もいないってことになりますよ? 本当にラピスさんはモンスターに殺されたんですか? 本当にサクヤがどこに行ったのか、知らなかったんですか?」


 誰もその現場を見ていない以上、モーランの話しが真実かどうかを証明することは出来ない。モーランがそうだと言えば、それが嘘でも真実になるから。

 つまり、モーランの話しがでっち上げだという可能性もあるんだ。

 そして、それは間違いなく嘘だった。


「実はボク、嘘を見抜くことが得意なんですよ。あなたは嘘を吐いていますね、間違いなく。まぁ、もちろん証拠はありませんけどね」

「しょ、証拠がないのであれば、ワシが嘘を吐いているとは限らないだろう! ワシは、真実しか話していない!」

「ヘイ、モーランよぉ……」


 そこで、ずっと黙っていたウォレスが口を開く。

 ウォレスは竜魔像を指さすと、不敵な笑みを浮かべた。


「だったら、この竜神様の前でも嘘を吐いてねぇって言えるよな?」


 ウォレスが指さした竜魔像は、ケラス霊峰に住まう偉大なる竜神様の御神体。この集落では神聖で大切に祀られている物だ。

 竜神様を信仰しているのなら、族長であるモーランは神の前で嘘を吐くことは出来ないはず。

 モーランは返す言葉がないのか、冷や汗を流しながらうなり声を上げていた。


「ーーどうなんだ、モーラン!?」


 はっきりしない態度にデルトが怒鳴り声を上げる。モーランはガタガタと震えながら何度も口を開け閉めして……がっくりと膝を着いた。


「……ククッ、ハハッ! ハハハハハハハハハハッ!」


 そして、モーランは膝を着きながら天を仰ぎ、狂ったように高笑いする。裂けそうなほど口角を上げたモーランの目は、狂気に染まっていた。

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