十四曲目『親子指導』
ひんやりとした風に肌寒さを感じる昼前。
俺たちRealizeは寒さに負けることなく、外に出て猛特訓をしていた。
サクヤが鍵盤を一つ叩いて出した音に合わせて、俺はゆっくり息を吸ってから同じ音程の声を出す。
「……それじゃ、ダメ。もう一度」
そして、またサクヤが鍵盤を叩く。呼吸を整えてからまた声を震わせていくけど、サクヤはため息混じりに止めてくる。
「……ダメ。もう一回」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
練習を続けようとするサクヤを肩で息をしながら呼び止め、深呼吸。ビブラートの練習を始めて二時間。ほとんどノンストップでやっていたせいで、息が続かなくなってきた。
俺が休憩している間、サクヤは近くで練習していたやよいたちの方に目を向ける。
「……やよい。リズムの二拍目と四拍目をもっと意識して」
「うっ……わ、分かった」
「……真紅郎。もっと深くビートを刻んで」
「もっと、ね。こうかな?」
「……そんな感じ。ウォレス、もう少しうねりを効かせて」
「ハッハッハ! こうか!?」
「……テンポ速い。走りすぎ」
「ハッハッハ……
俺の練習に付き合いながら、やよいたちの音も聴いていたらしい。細かく指摘するサクヤに、俺は思わず苦笑した。
一番初めの頃は音楽そのものを知らなかったサクヤも、今となっては俺たちの技術や知識をほとんど吸い取って指導出来るようになっている。サクヤの成長速度には舌が巻く思いだ。
さて、やよいたちもそうだけど俺もちゃんと練習しないとな。
「深く強く、声を震わせる……」
言い聞かせるように何度も呟いてから、また声を長く出していく。今までもビブラートは使ってきたけど、今回の新曲じゃ全然足りない。
もっと深く、
ワフルに。独特なリズム感に合わせて息を混ぜる。
新曲の一番の見せ場は、深いビブラート。それがどうにも難しい。
強くビブラートをかけようと息を送ると声帯が閉じて力が緩んでしまい、声が裏返った。
俺のミスを見逃さず、サクヤが声をかけてくる。
「……タケル。喉を意識してる。もっと、お腹の底から震わせて」
ビブラートは歌に豊かさを与える技術。
そのやり方は千差万別で、歌い手によって様々な表現方法がある。喉を意識するやり方や、横隔膜を意識するやり方などなど。その中で俺は、喉を意識して声を震わせている。
だけど、サクヤはお腹の底……腹筋を使って震わせるように指導してきた。いつもとは違うやり方にどうも上手くいかない。
でも、やれないといけないんだ。俺たちRealizeはメジャーデビューするバンド。カラオケレベルで満足するなら今まで通りでいいけど、俺たちは違う。
俺たちは、プロになるんだ。妥協なんて、絶対に許されない。
気合いを入れ直し、腹筋を意識して声を震わせていく。
ビブラートは母音……あいうえおによって声帯を閉じる、息を送るの二つの力を拮抗するバランスが微妙に違う。
基本、どの音でも同じようにビブラートをかけられるようにならないといけないんだけど、どうにも俺は
「……ここに、力入れて」
「ぶぇ!?」
近寄ってきたサクヤが俺の腹をトントンと叩いてくる。いや、もはやドンドンって感じで、力が強くてむせそうになった。
痛む腹をさすりながら、叩かれたところを意識するように声を震わせる。上手くいかない。
やよいたちも四苦八苦しながら練習を続けていた。Realize全員が苦労するぐらい、今回の新曲は難しい。
その中でも真紅郎は上達が早かった。サクヤは音楽理論に基づいた論理的な指導をするから、同じ理論派の真紅郎には分かりやすいみたいだ。
逆に、やよいとウォレス、俺はどちらかと言うと感覚派。コツを掴めばすぐにでも追いつけるんだけど、そのコツがどうにも掴みきれない。
どうしたものか、と頭を悩ませているとデルトが様子を見に来た。
「よぉ、やってるな。どうだ、上手くいってるか?」
笑いながら聞いてくるデルトにため息混じりに首を横に振ると、デルトは苦笑いを浮かべて頬を掻く。
「手伝いたいところだが、俺はおんがくについては
さっぱりだからなぁ」
「……振り付けは?」
「おぉ、振り付けな。いい感じだぞ? 徒手空拳と剣術を合わせた動きも大体完成している。竜神祭が楽しみだ!」
サクヤの問いにデルトは豪快に笑いながら親指を立てて答えた。ダンスの方は順調みたいだな。
あとは、音楽。新曲の方だけど……。
「中々難しいな……」
「どう難しいんだ?」
俺の独り言が聞こえたみたいで、デルトが首を傾げる。ビブラートについて説明すると、デルトは顎に手を当てながら「ふむ」と口を開いた。
「役に立つかは分からんが、少し試してみるか。タケル、ちょっとここに寝ろ」
話しを聞いたデルトが突然寝るように言ってくる。何をするつもりなのか疑問に思いつつ、言う通りに寝るとデルトは俺の腹に手を置いた。
「よし、じゃあさっき言ってた……びぶらーと? だかをやってみろ」
「は? この状態で?」
「おう。ほら、早く!」
不思議に思いながら寝たまま声を震わせる。デルトは目を閉じ、集中しながら耳を傾けていた。
「なるほどな」
そう呟くとデルトは手をヘソの下辺りに持って行く。
「今からここを手で震わせるから、お前も意識しながら声を出すんだ」
言われた通りにデルトが手を乗せているところを意識しながら声を震わせていくと、デルトは声に合わせて手を震わせていく。
すると、さっきまで出来なかった腹を意識したビブラートが出来るようになっていた。
「で、出来た!?」
「んじゃ、次は俺の誘導なしでだな。立ってやってみろ」
立ち上がり、今度はデルトの手伝いなしでやってみる。
さっきのようにヘソの下を意識しながら声を震わせていくと、今までの苦労がなんだったんだって言うぐらい簡単に出来た。
サクヤも満足なのか何度も頷いている。
「ど、どうやって……」
音楽のことを全然知らないデルトの指示で出来るようになり、目を丸くしているとデルトが不敵に笑みを浮かべて答えた。
「俺はおんがくのことは分からんが、ようは身体をどう動かすかだろ? 前にも言ったが、俺は魔力の流れが見える。その時、まるで身体が透けているように見えるんだ」
そう言ってデルトは目を閉じながらゆっくりと腕を動かす。
「筋肉がどう動いてるのか。どこを動かせば腕が動くのか。俺はその筋肉の動き一つ一つが全て透けて見える。戦闘の時も、眼球とか筋肉の動きで相手の行動を予測することも出来るんだぞ?」
さらっと言ってるけど、それってかなり凄いことじゃないか?
相手の筋肉が見えるからって、相手の動きを予測することは早々出来るもんじゃない。
筋肉一つ一つの動きや眼球の動きで即座に行動を予測するには、人体についての深い理解と観察力がないと出来ないはず。それを、戦闘という命がけの状況でやるなんて、普通は無理だ。
「デルト、すげぇ」
語彙力がなくなるぐらい、デルトは凄すぎた。
それが出来るからこそデルトは俺の声の出し方を理解し、どこにどう力を込めればいいのか見抜けたんだ。
さすがは集落の戦士たちを取り纏める戦士長。恐るべし。
感覚を忘れないように練習を続ける。デルトのおかげで今までよりもビブラートの技術が向上し、深みのある綺麗なビブラートが出来るようになった。
これならサクヤが作った新曲を歌い上げられる。自分が成長したことを自覚出来て、思わず笑みがこぼれた。
それから、デルトはサクヤと一緒にやよいたちの練習を見始める。サクヤが音楽理論で指導し、デルトは指や手、腕の動きを指導していく。
サクヤとデルトの親子指導により、俺たちの技術は飛躍的に向上するのだった。
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