十五曲目『銀雪の連弾』

 ダークエルフ族の集落に雪が降ってきた。

 灰色の曇り空から降ってくる雪は地面にうっすらと積もり始め、乾燥した冷たい風に寒さを感じる。

 だけど、集落ではそんな雪模様でも活気付いていた。

 竜神祭の日取りが決まり、ダークエルフ族たちは祭りの準備を始めている。集落の真ん中にある広場では石を積み上げて台座が作られていた。

 祭りの当日はこの石造りの台座に竜神様の御神体……竜魔像が置かれるらしい。そこで俺たちはサクヤが作った新曲とダンスをすることになる。


「ウォレス! ちょっとズレてる!」

「お、マジで? こうか?」

「うん、それでいいよ!」


 真紅郎とウォレスはダークエルフ族を手伝い、台座作りをしていた。真紅郎の指示でどんどん石を積み上げていくウォレス。

 やよいはデルトと一緒に当日にダンスをするダークエルフ族に振り付けを教えていた。


「うん、いい感じ! デルトさんはどう思う?」

「少し動きが遅れてる奴がいるが、前よりも上手くなっているな! いいぞ、お前たち! 祭りの日は近いぞ! 気合い入れていけ!」


 祭りまで残り一週間。最初の頃のダークエルフ族たちはやったことがないダンスに戸惑っていたけど、やよいの手拍子に合わせて動いている姿はかなり形になっていた。

 当日にダンスをするのは前線で戦う戦士たちが中心だから、戦いの動きを参考にした振り付けの上達が早い。これなら当日までに間に合いそうだ。

 新曲の方も歌詞が出来上がり、猛特訓のおかげでほぼ完璧に演奏することが出来るようになった。あとは一度演奏を合わせて、細かいところを詰めていけば大丈夫……なんだけど。


「サクヤの奴、どこ行ったんだ?」


 作業をしているダークエルフ族たちを見渡しながら、サクヤを探す。

 休憩がてら新曲と当日のライブについて相談したかったんだけど、サクヤの姿がどこにもなかった。

 デルトの家にもいないし、広場にもいない。やよいたちに聞いても作業の途中でいなくなったらしく、その後は見てないって言われた。


「きゅー!」


 サクヤを探していると、キュウちゃんがテコテコと短い足を動かして駆け寄ってくる。そのままキュウちゃんは俺の頭に乗ると、「きゅ!」と鳴き声を上げて前足を伸ばしていた。


「……あっちにサクヤがいるのか?」

「きゅきゅ!」


 もしかして、と思って聞いてみるとキュウちゃんがコクコクと頷き、早く行けとばかりに俺の頭をペシペシ叩いてくる。

 やれやれと肩を竦めながら、キュウちゃんが指し示した方に向かってみた。

 その場所はデルトの家の裏側……ニルちゃんがいるところ。そっちに歩いていると、かすかにピアノの音色が聴こえてくる。足を進めていくとどんどん音が近くなっていった。


「こっちか。ん? あれは……?」


 軽快なスイングするリズムで奏でられるジャズピアノの音色を辿って行くと、そこにはニルちゃんとキーボードに向かっているサクヤとキリの姿。

 二人はキーボードの前で並んで座り、二人同時にピアノを弾いている。


「連弾、か」


 二人でピアノを連弾をしているサクヤとキリ。右の高音側に座っているサクヤが軽やかなリズムで主旋律を弾くと、それに合わせるように左の低音側に座っているキリが和音を作り出していた。

 いつの間にか上達していたキリの演奏に目を丸くしながら、俺はこっそりと二人の演奏を覗く。

 サクヤが流れるように指を動かすと、キリはどうにかついて行こうと頑張って弾いていく。

 ついて行くのがやっとなキリは大変そうにしながらも楽しそうに笑みを浮かべ、いつも無表情のサクヤも頬を少し緩めていた。

 二人が奏でるジャズのリズムに合わせて、ニルちゃんは目を細めながら首を左右に振り、演奏に聴き入っている。

 まるで踊るように音を弾ませ、リズミカルにジャズピアノを奏でていく二人を眺めながら、思わず笑みがこぼれた。


「いい演奏だな」

「きゅー……」


 俺の独り言に答えるようにキュウちゃんはリズムに合わせて尻尾を動かしながら頷く。

 サクヤのキーボード技術は天才的だけど、正直まだ荒削りなところがあった。でも、今のサクヤは前よりも洗練されている。

 最初にやよいが教えたことを自分の中で昇華して、美しさを感じるほど流れるような指遣いを魅せるサクヤ。もはやそれは芸術の域に達していた。

 多分だけど、完全初心者だったキリに教えることで技術が上がったんだろう。誰かに教えることは、時に自分の成長に繋がることだから。

 そして、最近になってサクヤにピアノを習っていたキリもまた、サクヤに引けを取らない演奏を見せていた。

 普通ならこんな短い期間でここまで成長しない。サクヤの指導がよかったのもあるだろうけど、キリ自身もまた音楽の才能があったんだろう。

 二人の演奏に耳を傾けていると、キリがミスをして音をはずした。気づいたキリが顔をしかめると、即座にサクヤがミスをフォローする。

 キリがチラッとサクヤに目を向けると、サクヤは口角をわずかに上げて笑いかけていた。それを見たキリは頬を赤く染めながら嬉しそうに頷き返している。


「……キリ」


 ふと、サクヤがキリに声をかけてからアイコンタクトする。キリもアイコンタクトで返すと二人は息を合わせて手を交差させ、高音側を弾いていたサクヤが

低音側を、低音側を弾いていたキリが高音側を弾き始めた。

 アイコンタクトだけでアクロバティックな連弾をする二人に、心の中で拍手しておく。二人の邪魔をしたくないからな。

 するとサクヤはピアノを弾く手を止めないままおもむろに立ち上がった。

 それからキリの後ろに回って二人羽織のように覆い被さると、低音と高音の両方を弾き出した。

 抱きしめられているような格好になり、キリは驚いて一瞬だけ音を外しながら、顔を真っ赤にして演奏を続ける。

 サクヤは自分が大胆なことをしている自覚はないだろうな。ただ単純に音楽にのめり込み、そっちの方が楽しそうだからやってるだけだ。

 そこからサクヤは低音側に座り、次はキリが高音側で主旋律を弾き始めた。まだ未熟ながらも主旋律を弾くキリを、サクヤは助けるように、支えるように、時にせっつくように和音を奏でていく。


「サクヤ、本当に楽しそうだな」


 ロックとバラードしか知らなかったサクヤは、あらゆる音楽ジャンルがあることを知った。それは、サクヤの世界を広げたことだろう。

 音楽のことを深く知り、その楽しさをより感じたサクヤは今まで以上に音楽にハマっている。そして、同じダークエルフ族に教え、広めた。

 音楽という文化を知らない人に、音楽を教える楽しさ。それは、俺たちが異世界に来て味わったことだ。


 サクヤもまた、俺たちと同じ気持ちを味わって

いる。


 俺たちと出会い、初めて音楽を知ったサクヤが俺たちと同じように音楽を知らない人に伝えていく。少し、感慨深くなった。


「よかったな、サクヤ」


 自分のことのように誇らしくなり、頬が緩む。

 演奏は終わりが近づいているのかどんどん盛り上がり始めていた。

 ジャズらしいリズミカルで軽やかなメロディ。でも、どこかしっとりと深みのある音。それを奏でるサクヤとキリの二人は、見た目の年齢からは想像

出来ないほど大人びて見えた。


 キラキラと日の光で煌めく銀色の雪が降る中、楽しそうにピアノを弾く二人を見つめる蒼いドラゴン。

 一枚のファンタジーな絵画のような光景は、異世界に来て一番美しいと思えるものだった。 

 

 最後にサクヤが一音を鳴らし、演奏が終わる。

 息をするのを忘れていたのか「ぷはぁ!」と息を吐いてから額に滲んだ汗を拭ったキリは、花が咲いたような笑顔でサクヤに笑いかけた。


「ねぇ、サクヤ! どうだった!?」

「……微妙」

「えぇぇぇ! いい感じだったでしょ!?」

「……ミス多すぎ。練習が足りない」

「もうちょっと褒めてくれたっていいじゃん! サクヤのケチ!」

「……ケチじゃない」

「ケチだよ! サクヤのケチ! ケチケチケチ!」


 さっきまでの大人びた雰囲気が一転して見た目相応な少年少女になった二人は、言い合いをし始める。その光景を見て、ニルちゃんは呆れるように首を横に振るのだった。

 

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