十三曲目『俺たちの絆』

 サクヤとキリの秘密のピアノレッスンがある程度落ち着いてきた辺りで声をかけ、二人を連れて言えに戻る。

 新曲に合わせた振り付けのことをサクヤに話し、どんなリズムなのか、どのぐらいのテンポなのかをサクヤに説明して貰った。

 それから外に出て、サクヤはキーボードを展開させる。新曲のリズムに合わせて奏でられる音に合わせ、静かに目を閉じていたデルトはゆっくりと息を吐いた。


「ーーフゥゥゥゥ……」


 右手を軽く曲げて前に突き出し、握った左手を腰元に置いて構えたデルトは、上半身を動かさないまま流れるように右足を滑らせる。

 そこから緩やかに左拳を突き出し、右足を軸に半回転させて左上段回し蹴り。蹴りの勢いのまま回転し、背後の敵に攻撃するように蹴り上げた左足を踏み込んで肘打ち。

 次に相手の攻撃を右手で捌きながら一歩後ろに下がり、飛び上がって右足を振り上げ、そのまま空中で左足を蹴り上げる二段蹴り。

 リズムに乗せてゆっくりと、攻撃する時は鋭く速く動くデルト。洗練された足運びと体幹の動きはまさしく舞っているようだ。

 緩急をつけて絶え間なく拳打や蹴り、受け流しをするデルトは、俺たちの世界で言う中国武術のように見える。


「すごいな……」


 デルトの演舞に目を奪われ、ポツリと呟く。

 地面を揺らす震脚は豪快だけど、氷の上を滑っているかのような足捌きは繊細。剛と柔、二つを併せ持ったデルトの動きは、もはや芸術だった。

 俺だけじゃなく、やよいやキリも目を輝かせて見惚れている。キーボードを弾いているサクヤもどこか楽しげだ。

 最後に右拳を突いて動きを止めたデルトは、静かに呼吸を整えながら不安そうに頬を掻いた。


「ど、どうだ? 俺の動きは振り付けの参考になりそうか?」

「うん! 完璧だった! デルトさん、すごいじゃん!」

「デルトおじさん、格好良かったよ!」


 やよいとキリに褒められたデルトは気恥ずかしそうに鼻を擦ると、チラッとサクヤの方に目を向ける。


「お、オリンはどう思ったんだ?」


 やっぱり息子の評価が気になるんだろう。不安げに聞いてきたデルトをジッと見つめながら、サクヤが口を開いた。


「……いいと、思う」

「ほ、本当か!? か、格好良かったか?」

「……まぁ、格好良かったんじゃない?」

「そ、そうか……ははっ、そうか!」


 不安そうだったデルトはサクヤの評価を聞いて嬉

しそうに破顔する。そっぽを向きながら素っ気なく答えたサクヤだったけど、もしかすると照れてるのかもな。

 少しずつ親子としての距離を縮めている二人に微笑ましく思っていると、やよいは気合いを入れるように鼻を鳴らす。


「よし! じゃあ、今のデルトさんの動きにタケルの剣術の動きを入れれば、振り付けは大丈夫だね!」

「うん! じゃあ、タケルさん! お願いします!」


 次は俺の番か。

 とは言っても、剣を使っての演舞なんてやったことないんだよな……。

 まぁ、とりあえずやってみるか。魔装を展開して剣を握った俺は、ゆっくりと深呼吸する。


「ーーシッ!」


 短く息を吐き、剣を横に薙ぎ払う。そこから右斜め上から剣を振り、その場で一回転してから背後の敵を斬るように下から斬り上げる。

 次に体を半回転させ、一気に剣を突く。それから剣を振り下ろしてからすぐに振り上げて二段斬り。


「……こんな感じ?」


 ある程度やってから声をかけると、やよいとキリが親指を立てて笑みを浮かべている。

 それから、やよいとキリは俺の動きとデルトの動きを混ぜ合わせた振り付けを考え、どうにか一通り完成させることが出来た。


「それにしても……」


 二人が振り付けを煮詰めている間、俺はチラッとサクヤの方を見ながら呟く。

 サクヤの考えた新曲のメロディを聴いて、思ったことがあった。


「難しそうだな……」


 顎に手を当てながら頭を悩ませる。

 サクヤの新曲は今まで挑戦したことがなかったジャンルだ。

 規則正しいロックとは違い、メロディラインもガラッと変わって複雑に変化する音程。そこに加える俺のボーカルは、もっと深みを持たせないといけない。


「これは、ボイトレ・・・・しないといけないな」


 ボイトレ……ボイストレーニングが必要になる。

 この異世界に来てからも、俺はボイトレをやってきていた。戦闘や緊急時に叫ぶことが多かったけど、ボイトレをしてきたおかげか今のところ声を枯らしたことはない。

 声は俺にとって生命線。命と同じぐらい大事なものだ。

 今回のこの新曲はビブラートが重要になっている。一番の見せ所って言ってもいいだろう。

 だけど、今の俺じゃ完璧に歌いこなせる自信がない。


「だからこそ……燃えるじゃねぇか」


 心の奥底から沸き上がってくる興奮に口角を歪ませる。

 難しい。それがなんだと言うのか。

 これは言うなれば、挑戦。新しいことに挑戦するいい機会だ。

 サクヤが作り上げた新曲を歌いこなすことが出来れば、俺はボーカルとして成長する。まだまだ伸びしろが残されているということになる。

 バンドマン冥利に尽きるじゃねぇか……ッ!


「よし、やるぞ!」


 パチンと頬を叩いて気合いを入れ直す。

 タイムリミットはサクヤが歌詞を作り終えるまでだ。それまでに俺はボイトレを、特にビブラートに力を入れて練習していこう。


「タケル! みんな! 帰ったよ!」

「ハッハッハ! 見てくれ、これを!」

「きゅー!」


 そこで狩りに出かけていた真紅郎とウォレス、キュウちゃんが近づいてきた。

 自慢するように狩ってきた獲物を見せているウォレスを放っておいて、俺はRealize全員を集める。


「みんな! サクヤが作った新曲は今までのRealizeでやったことがないジャンルだ! だから、これからは全員練習するぞ!」

「……そうだね。あたしも練習しないと」


 俺と同じ気持ちだったのか、やよいが魔装を展開してギターを構えながら真剣な表情で頷く。


「ボクも頑張らないとね」

「ハッハッハ! まぁ、オレはどちらかと言うと聞き慣れてはいるんだけどな! それでも、あまりやってないから練習プラクティスは必須だぜ!」

「……ぼくは、歌詞を考える」

「きゅー! きゅきゅー!」


 それぞれが何をしなければいけないのか考え、やる気を見せている。

 俺たちRealizeがもっと上を目指すには、必要なことだ。

 今はこの異世界にいるけど、いつかは俺たちは絶対に元の世界に戻る。そうしたら、俺たちに待っているのは……メジャーデビューだ。

 ロックだけじゃなく、あらゆる音楽ジャンルを取り込み、もっと上を目指そう。俺たちなら、それが出来る。


「……オリン」


 すると、俺たちの様子を見ていたデルトが話しかけてきて、頬を緩ませながらサクヤの頭に手を置く。


「いい仲間を持ったんだな」


 嬉しそうに笑いながら頭を撫でるデルトに、サクヤは文句を言うこともなく頷いた。


「……うん。大事な、仲間」


 わずかに笑みを浮かべながら、サクヤが答える。

 元の世界に戻る時に、サクヤが一緒にいるかは分からない。

 それでも、この異世界にいる間は……いや、例え元の世界に戻ったとしても、サクヤは俺たちの大事な仲間だ。

 俺たちは音楽で通じ合っている。心を通わせている。

 住む世界が違っていても、種族が違ったとしても、関係ない。


 音楽は、俺たちの絆だ。


「よっしゃ! やるぞぉぉぉぉぉ!」


 俺の叫びに合わせて全員が雄叫びを上げる。

 俺たちRealizeの猛特訓が、幕を開けた。 

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