十二曲目『秘密のピアノレッスン』

 ダークエルフ族の集落に来て、早いもので一週間が経った。

 竜神祭で竜神様に捧げる新曲作りをしているサクヤだけど、最近は悩んでいるのか考え込んでいる姿が多くなっている。

 ある程度はメロディは出来上がっている。でも、歌詞が思いつかないようだ。

 元々あまり喋らないサクヤだけどいつにも増して口数が減り、眠れていないのか目の下のクマがどんどん濃くなっている。さすがに心配になるレベルだった。


「……歌詞、難しい」


 リビングでサクヤはテーブルに額を置いたままブツブツと呟く。考えすぎで頭から煙が出ているように見えるほど、サクヤの思考はオーバーヒート寸前だ。

 どうしたもんかと悩んでいると、サクヤの姿を見たデルトがため息を吐きながら声をかける。


「オリン。ニルちゃんの餌やりをお願いしてもいいか?」


 デルトが言ったニルちゃん、というのは前に祠を警護していた時に現れたニーロンフォーレルのことだ。

 あれからニーロンフォーレルはデルトに懐くようになり、もう襲いかかってくることはない。なので、デルトはニーロンフォーレルを飼うことにして、一緒に祠を守って貰っていた。

 ちなみに、ニルちゃんという名前を付けたのは……やよいだ。

 ニーロンフォーレル。略して、ニルちゃん。やよいの名付けのセンスは、本当に安直というか……正直、もう少しいいのを考えろよ。

 と、思ったけど口にはしない。だって殴られたくないから。

 ニーロンフォーレルをニルちゃんと名付けた時、ウォレスは「ハッハッハ! なんだそりゃ! 変な名前!」と言ってしまった。

 結果、ウォレスの腹にやよいの拳がめり込んだ。ピクピクと白目を剥いて痙攣しているウォレスを見下していたやよいの冷たい目を思い出して、思わずブルリと背筋が凍る。

 デルトはニルちゃんの餌やりをサクヤに頼むと、サクヤは力なく頷いてフラフラとおぼつかない足取りで外に向かっていった。

 それを見て、デルトはやれやれとため息を吐きながら額に手を当てる。


「本当、ああいうところはラピスにそっくりだ」

「そうなのか?」


 ラピス。サクヤの母親でデルトの妻だった人。デルトが言うにはサクヤとラピスさんは似ているらしい。

 首を傾げて聞いてみると、デルトは苦笑いを浮かべる。


「あぁ。ラピスも一つのことに没頭して周りが見えなくなるような奴だった。たまに息抜きしてやらないと、倒れるまでやるもんだから心配でなぁ……」

「なるほどな。たしかに、サクヤもそんな感じだ」


 サクヤも音楽のことになると没頭して夢中になるような奴だ。その集中力は羨ましくなる反面、心配になる。

 だからデルトは息抜きを兼ねてサクヤに餌やりを頼んだんだな。

 それから俺はデルトにラピスさんについて話を聞く。デルトは本当にラピスさんのことを愛していたのか、昔を思い出して懐かしそうに笑いながら色々話してくれた。

 そして、ふと気づくと一時間ぐらい経っていた。その間、サクヤは戻ってくる様子がない。


「まだ餌やりやってるのか? ちょっと俺、見てくる」


 もしかして途中で倒れてるんじゃないか、と心配して俺はサクヤの後を追った。

 外に出るとひんやりとした風が吹いてくる。空も曇っていて今にも雪が降ってきそうだ。

 寒さに身震いしながらニルちゃんがいる家の裏に向かうと、そこにはニルちゃんが体を丸めて寝息を立てていた。

 サクヤの姿を探すと、寝ているニルちゃんの体に背中を預けながら寝ているのを見つける。隣に空のバケツが置いてあることから、餌やりをしてからそのまま寝てしまったんだろう。


「まったく、風邪引くぞ」


 肌寒い空の下で熟睡しているサクヤに苦笑しながら、魔装の収納機能で毛布を取り出し、寝ているサクヤにかける。

 そこでニルちゃんがパチッと目を開き、体にもたれ掛かっているサクヤに気づいて喉を鳴らした。

 口元に人差し指を当てると、ニルちゃんは静かに目を閉じてサクヤに風が当たらないようにゆっくりと尻尾を動かして風避けにする。これならサクヤも寒くないだろうな。

 ニルちゃんの気遣いに頬を緩めつつサクヤを起こさないように家に戻ると、デルトの他にやよいとキリがリビングにいた。


「あ、タケル。サクヤは?」

「サクヤならニルちゃんと一緒に寝てる。疲れてたみたいだから、少し寝かせてあげようぜ

?」


 俺に気づいたやよいが声をかけてくる。俺が肩を竦めながら答えると、デルトが困ったように顎に手を当てて唸っていた。


「そうか……出来ればオリンの意見も聞きたかったんだがな」

「どうかしたのか?」

「振り付けのことでサクヤに相談しようと思ってたの!」


 デルトの代わりにキリが答える。すると、やよいが深いため息を吐きながらグデッとテーブルに突っ伏した。


「振り付けの方向性はある程度は固まってきたんだけどね、やっぱりメロディとか歌詞に合わせたのにしたいじゃん? だから出来上がったところまででいいから、新曲のメロディを聴きたかったんだけど」


 まぁ、本来ならダンスの振り付けを考える時、曲を聴きながらやるのがセオリーだ。でも、今回は時間があまりないから作曲と振り付けを平行さ行でやってる。


「そうなるとやっぱりサクヤが必要になってくるな。可哀想だけど、起こしてくるか」

「あ! じゃあ私が起こしてくる!」


 寝ているサクヤを起こすのは申し訳ないけど、こればっかりはサクヤがいないことには始まらない。

 俺が起こしに行こうとすると、キリが率先してサクヤのところに走っていった。


「で、振り付けの方向性はどんな感じなんだ?」

「えっとね、とりあえず徒手空拳の動きを入れることは決定してるんだけど……」

「そこで俺は剣術を織り交ぜれないか、と提案したんだ」


 徒手空拳の戦いの型に、剣術か。神様に捧げる神楽のようなものになるだろうし、剣の動きを入れるのもありかもしれないな。

 そういうことなら俺も協力出来そうだ。俺もデルトとやよいの話し合いに参加しつつ、振り付けを考えていく。


「……キリ、遅いな」


 話し合いがある程度落ち着いた頃、サクヤを呼びに行ったキリが戻ってきていないことに気づいた。

 そこまで時間がかかることじゃないと思うのに、どうかしたのか?


「俺、二人を呼びに行ってくる」


 まさか二人して寝てるんじゃないか、と思って俺はまた外に出て家に裏に向かった。

 すると、ニルちゃんと二人がいる家の裏からピアノの音色が聴こえてくる。その音色は拙く、辿々しいものだった。

 こっそり覗いてみると、そこには紫色のキーボードの前で眉間にシワを寄せながら人差し指で鍵盤を押して音を出しているキリの姿と、その隣で立っているサクヤの姿。


「あ! 間違えちゃった……」

「……ここは、この鍵盤」


 間違えてうなだれるキリに、サクヤが代わりに音を鳴らす。サクヤに教えられたキリはフンフンッと鼻息を荒くさせながら、また弾き始めた。

 また間違え、サクヤに教えられて、また弾く。演奏とも言えないようなものだけど、キリは楽しそうにピアノを弾いていた。

 そんな二人をニルちゃんは体を丸めたまま目を閉じ、リズムに合わせるように尻尾を動かしている。


「サクヤ凄いね……私、途中で混乱するし指が追いつかなくなるよ」

「……慣れ。何回もやってれば、指が覚える」


 そう言ってサクヤは滑らかに指を動かしてメロディを奏でた。キリは隣で立ちながらピアノを鳴らすサクヤをキラキラと目を輝かせて見つめている。

 メロディのワンフレーズを弾き終わると、サクヤはキリに目配せした。


「えっと……こう?」

「……もっと、流れるように」

「むむむ。あれ? 次はどこ?」

「……ここ」


 それからサクヤはキリに教えながらピアノのレッスンを続け、そんな微笑ましい光景に思わず笑みがこぼれる。


「……もうちょっとだけ、待ってやるか」


 楽しそうにピアノを、音楽を楽しんでいる二人の邪魔をしたくなくて、俺は壁に背中を預けて目を閉じた。

 拙くも楽しそうな音色に耳を傾けつつ、俺はもう少しだけそのまま待つ。

 二人の秘密のピアノレッスンは、三十分ぐらい続くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る