十一曲目『ダンス×武術』
「……眠い」
ぼんやりとする目をこすりながらクラクラする頭痛を堪えて呟く。
サクヤに音楽について何度も質問責めされた俺がようやく寝ることを許されたのは、朝方になってからだった。
それから俺は死んだように眠り、目を覚ましてみたらもうお昼過ぎ。それでもまだ寝たりなかった。
欠伸をしながら部屋を出ると、ピアノの音が聴こえてくる。どうやらサクヤはあれから寝てないらしく、作曲に没頭しているようだ。
リビングに向かうとピアノのリズムに合わせて体を横に揺らしているウォレスがいた。
「おはよう、ウォレス」
「もう昼だぜ? 飯でも食うか?」
「……頼む」
寝ぼけ眼で声をかけると、ウォレスはニヤニヤと笑っている。こいつ、俺がサクヤに捕まってるのを見て巻き込まれないように遠巻きに見てたんだよな。
裏切りやがって……という気持ちを押し殺して食事を頼む。ウォレスも多少は申し訳ないと思っていたのか、快く用意してくれた。
出されたパンをモソモソと食べ、スープを飲んでいるとウォレスがピアノの音に耳を傾けながら頬を緩ませる。
「サクヤの奴、いいメロディを作るじゃねぇか」
ウォレスの言う通り、聴こえてくるメロディは昨日とは違ってかなり様になっていた。
横ノリのゆったりとしたリズムと、お洒落で華やかなサウンド。今までのRealizeの曲にはなかったメロディライン。
俺も耳を傾けながら口角を上げて笑い、頷いた。
「やっぱりサクヤは天才だ。あいつ、ジャズとブルースについて教えたら自分でその二つを合わせたんだぞ? 既存のジャンルではあるけど、教える前に自分で思いつくなんて、普通無理だ」
さすがに数多くある音楽のジャンル全てを教えることは一夜では難しい。だから有名なジャンルをいくつか教えると、サクヤはその中でジャズとブルースに目を付けた。
そこからサクヤはその二つを合わせた音楽を自分の発想だけで作り上げる。それが今、奏でられているメロディだ。
ジャズとブルースの融合……その音楽は俺たちの世界で有名なジャンルの一つだけど、問題があった。
「……俺、歌ったことないんだよなぁ。得意なジャンルって訳でもないし」
「ハッハッハ! まぁ、Realizeではやらないジャンルだもんな! いつもはロック中心だから、たまにはこういうのもありだろ?」
「もちろん、面白いと思う」
今まで歌ったことがないし、得意でもないけど……新しい試みで面白いと思った。
Realizeはロックバンドだ。たまにバラードもやるけど、基本的にロックが多い。
でも、別にそれだけが全てじゃない。音楽文化がない異世界の住人のサクヤだからこそ、型にはまらない柔軟な発想が思いつくんだな。
今回のことで俺も気づかされた。作曲という新しいことに挑戦するサクヤと同じで、俺もまた新しい挑戦になる。
やっぱり、音楽って楽しいな。そう思っていると玄関の扉が開かれてひんやりとした冷気が入り込み、同時にキリとやよいがリビングにやってきた。
「お、やよいとキリ。おはよう」
二人に気づいて挨拶すると、二人は返事をすることなく誰かを探しているのかキョロキョロと見渡している。
「あの、おはよう……?」
「ん? タケル、いたんだ。それより、デルトさんはどこ?」
俺のことなんて気にもせずにデルトの居場所を聞いてくるやよい。ちょっと寂しさを感じつつ、どこにいるか知らないので首を横に振った。
すると、やよいは肩を竦めて呆れたようにため息を吐く。
「使えないなぁ」
「ひ、酷くないか? 俺、さっき起きたばっかり……」
「ヘイ、やよい。デルトなら台所にいるぜ? オレが教えた肉じゃがモドキに挑戦してるところだ」
「台所ね。分かった、ありがとウォレス。行こ、キリちゃん!」
「うん! あ、タケルおはよう。お寝坊さんだね!」
やよいに適当にあしらわれた俺がうなだれていると、ウォレスが代わりに答え、そのままやよいは台所に向かう。その途中でキリが俺に挨拶してくれた。優しい子だ……。
そこで二人が台所に向かう前に、台所から鍋を持ったデルトが顔を出す。
「ウォレス、出来たんだがちょっと味見を……む? やよいにキリじゃないか。どうかしたのか?」
「あ、デルトさん! 丁度いいところに来た!」
やよいは笑いながらデルトに駆け寄ると、キリに目配せしてから口を開いた。
「実はね、デルトさんにお願いがあって来たんだ。デルトさんって、この集落の戦士長でしょ?」
「うむ、そうだが……それがどうかしたのか?」
「私たちね、竜神祭でやる踊りを考えてたの! そこでね、デルトおじさんの戦いの型を振り付けに応用出来ないかなって思って!」
どうやら、やよいとキリはダンスについて話し合いをしていたらしい。そこで、デルトの戦いの型を踊りの振り付けに出来ないかという考えに至ったみたいだ。
戦いの型って言うと、武術の演舞のようなものか。話を聞いていたデルトは困ったように後頭部をガシガシと掻く。
「俺は構わないが……戦いの型がそのだんす、に役立つのか?」
「そこは私も分かんないけど、やよいが言うには面白くなりそうなんだって!」
「うん! 絶対面白いと思う! それに竜神様に捧げるダンスが戦いの型になれば、他のダークエル
フ族がダンスを通じて強くなれるかもしれないし!」
なるほど、ダンスを通じて武術を教えることが出来る訳だな。それに洗練された武術は踊ってるように見えるし、かなり映えそうだ。
顎に手を当てて考え込んでいるデルトに、やよいはニヤニヤと笑いながら「それに」と話を続ける。
「サクヤが作った曲のダンスが、サクヤの父親が作った……なんて、素敵だと思わない?」
その言葉にデルトは目を見開く。そして、満更でもないのか目を輝かせながら何度も頷いていた。
「実際どうすればいいのかは分からんが……息子と集落のためだ! このデルト、そのだんすの振り付けとやらに全力で協力しようではないか!」
やる気になったデルトに、やよいとキリは喜びながらハイタッチして笑う。ダンスはやよいとキリ、デルトに任せることにしよう。
すると、リビングにフラフラと力なく体を揺らしながら眠そうな目をしたサクヤが入ってきた。
「……おなか、すいた」
「おぉ、オリン! 丁度俺が作った肉じゃがモドキがある! どうだ、食べてみるか?」
「……なんでもいい。たべる」
サクヤは空腹と疲労で思考が回ってないのか、いつもよりも言葉少なく頷いてイスに座る。
デルトは嬉しそうに鍋をテーブルに置き、器に肉じゃがモドキを盛ってサクヤの目の前に差し出した。
サクヤは肉じゃがモドキを口に運んでモグモグと租借すると、そのまま箸を止めることなく食べ続ける。
「ど、どうだ、オリン? 美味いか?」
「……おいしい。おかわり」
「そ、そうか! いっぱいあるからドンドン食べるといい!」
空っぽになった器を渡されたデルトは満面の笑みを浮かべながら盛りつけていく。サクヤは肉じゃがモドキを食べながら遠い目をして、ブツブツと呟いていた。
「……曲調は十六分音符……ゆったり横ノリ……音程を複雑に変化させて……BPMは九十拍……コード繰り返し……」
どうやら頭の中では今でも作曲について考え続けているようだ。
フラフラと横に揺れながら機械的に食べるサクヤに、やよいは心配そうに声をかける。
「サクヤ、大丈夫? あまり寝れてないんじゃ……」
「……だいじょうぶ。まだいける。あとすこしで、フレーズが出来上がりそうだから……」
大丈夫って言ってるけど、大丈夫そうには見えないな。音楽に熱中するのもいいけど、体を壊さないといいけど……。
そこで、キリは明るく笑いながらサクヤに話しかけた。
「ねぇねぇ、サクヤ! ちょっと聞いて!」
「……なに?」
「あのね、今度の竜神祭でやる踊りなんだけど、デルトおじさんの戦いの型を参考にしようと思ってるの!」
「……型?」
キリの話を聞いたサクヤの手が止まる。どういうことかと首を傾げるサクヤに、やよいがキリに代わって話を続けた。
「武術の演舞みたいに、デルトさんの戦い方をダンスに組み込もうと思ってね! 戦いながら踊っているような感じにしようと考えてるんだ!」
「……戦い。踊り。演舞」
やよいが言ったことを確認するように繰り返すし、サクヤがチラッとデルトの方に目を向けると、デルトは照れ臭そうに頬を掻く。
「……徒手空拳。ゆったりとした動き。キレ」
サクヤは顎に手を当てながらブツブツと独り言を呟くと、目を見開いた。その目はキラキラと輝いていて、どうやら何か天啓が舞い降りたようだ。
「……その鍋、貸して」
「む? お、おぉ」
そして、サクヤがデルトに肉じゃがモドキが入った鍋を貸すように言う。デルトは恐る恐る鍋を手渡すと、サクヤは鍋を持ったまま一気に肉じゃがモドキをかっこんだ。
ガツガツと食べていくサクヤに全員が目を丸くさせていると、全部食べ終えたサクヤは勢いよく立ち上がる。
「……面白い。作曲、続ける」
「そ、そうか。無理はするなよ?」
「……無理? 無理なんかじゃない。出来る」
「いや、そういうことじゃなくて……」
スイッチが入ったサクヤは足早に部屋に戻っていった。それから少ししてまたピアノの音色が響いてくる。
取り残された俺たちは目を見合わせ、同時にため息を漏らした。
「ま、とりあえずデルト。ダンスの方は任せたぞ?」
俺の言葉にデルトは力強く頷いて返す。
こうして、やよいとキリ、デルトの三人にダンスの振り付けを考えて貰うことになった。
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