十曲目『音楽の才能』

 竜神祭でダークエルフ族が踊るための新しい曲作りが始まって三日。その間、デルトの家でキーボードのサウンドが聞こえない日はなかった。

 昼夜問わずサクヤは新曲作りに没頭し、何度も繰り返しキーボードを弾いて頭を悩ませている。

 今までサクヤは俺たちRealizeの既存の曲を全て覚え、そのアレンジを加えていた。だけど、今回はまるで違う。

 完全に一から曲を作る作業。何もないところから創造する作業だ。


「……違う。もっと、弾むように……」


 サクヤはキーボードの前でブツブツと独り言を呟き、また鍵盤に指を置く。あまり寝れてないのか目の下にはクマが出来ていた。

 それでも、サクヤは指を止めない。それどころか、楽しそうに曲作りに励んでいる。

 

「……サクヤ、大丈夫かな?」


 やよいが熱中しているサクヤをこっそりと心配そうに覗きながら、呟く。前にやよいが<Angraecum>を作った時も、あんな感じだったな。

 俺はやよいの頭にポンッと手を乗せながら、笑みを浮かべる。


「心配するなって。本当にヤバそうだったら、無理矢理にでも休ませるからさ」


 今のサクヤは本当に楽しそうだ。楽しいからこそ、あれだけ集中してるんだろう。今のところちゃんとご飯は食べてるし、睡眠もある程度は取っている。

 それでも、本当に倒れそうになっていたら強引でも休ませよう。これで体を壊したら元も子もないからな。


「それより、やよい。キリに誘われてたんじゃないのか?」

「うん。キリも音楽に興味があるみたいで、ギターを聴かせて欲しいんだってさ」

「サクヤのことは俺に任せて、行ってこいよ」

「……分かった。お願いするね」


 後ろ髪を引かれる思いで何度もサクヤの方に目を向けながら、やよいは家を出て行った。

 心配性なやよいに笑みをこぼしつつ、グッと背筋を伸ばす。


「さて、と。俺は薪割りでもやるかぁ」


 デルトの好意で家に泊めて貰ってるけど、さすがに何もしないのは申し訳ない。という訳で、俺は手伝いとして薪割りを買って出た。

 家の裏に向かい、そこに積み上げられた丸太を抱えて地面に置く。それから魔装を展開して剣を握り、一本の丸太を上に投げ飛ばした。


「ふぅぅ……シッ!」


 ゆっくりと息を吸って集中し、短く息を吐きながら剣を振るう。

 剣は落ちてきた丸太を斬り裂き、真っ二つに割れて地面に落下した。


「よし、次は連続で……」


 割れた丸太を空に投げ、また剣を振る。これを何度も繰り返した。

 ただ薪割りするのももったいないから、俺は剣の稽古を兼ねて薪割りを続ける。その間も家からはキーボードの音色が聞こえてきていた。

 初めて聴くメロディが聞こえたかと思えば、途中で止まって少しの間を空け、また聴こえてくる。

 何度も何度も止まっては弾き、弾いては止めていた。どうやら難航してるみたいだな。


 作曲に大切なのは、普段の生活でどれだけ<音>を感じているか。


 小さな物音、風の音、水の音……世界にはあらゆる音で満ち溢れている。その音を感じ、積み重ねることでインスピレーションが湧くことがあるんだ。

 まるで神様からの贈り物のように、ふとした時にメロディが浮かんでくる。取り留めのない音から偶然降ってくる時がある。

 それを掴み取れるかどうかが大事なことだ。その点、サクヤは問題ないだろう。


 なぜなら、サクヤには才能・・があるから。


 例えば、絶対音感。音を聴いた時に、その音の高さや音名を絶対的に認識する能力が、サクヤにはある。

 初めて聴く音を聞き取り、どんな曲でも耳コピすることが出来る耳。そのおかげで、やよいや真紅郎はサクヤに楽器のチューニングをお願いしていた。

 この異世界には音程を正しく調律出来るチューナーはない。やよいや真紅郎も経験からある程度自分でチューニング出来るけど、確実とは言えなかった。

 そこで、サクヤの絶対音感だ。聴いただけで正しい音が分かるサクヤは、今となっては凄く貴重で頼りになる存在になっている。

 他にもサクヤ自身の音楽センス。今までの既存の曲をアレンジするサクヤのセンスはずば抜けていた。

 他の楽器を邪魔することなく曲を彩り、それでいて自分の味を出すそのセンスには脱帽するしかない。まさに、天性の才能。

 俺たち全員、サクヤが奏でるキーボードサウンドが大好きだ。この異世界に来て新たにメンバーに加入したサクヤは、もう俺たちにとって大切な仲間。


 出来ることなら、元の世界に戻っても一緒にバンドを……。


「……あ」


 雑念が入ってしまい、剣筋がブレて剣は空を切ってそのまま丸太が地面に落ちる。

 自分の未熟さにため息を吐きつつ、丸太を拾い上げた。


「それは、無理かもな……」


 考えないようにしていた。でも、いつかは考えなきゃいけないことだ。

 サクヤはこの異世界の住人。俺たちは、違う世界の住人。

 今は一緒にRealizeとして旅をしているけど……俺たちは、いつかは元の世界に戻らないといけない。

 でも、その時サクヤはどうなる? 一緒に元の世界に行く?

 王国に研究の実験体にされていたサクヤには、記憶がない。だけど、今は故郷に戻ってこれたし、デルトという父親もいる。


 サクヤにとって、本当に幸せなのは……。


「いや、今はやめておこう」


 頭を振って考えていたことを振り払う。

 まだ先の話だし、どうするかはサクヤが決めることだ。俺が強要することじゃない。

 今はとにかく旅をして……一緒に、音楽を楽しむことが大事だ。

 丸太を空高く投げ、クルクルと回転して落ちてくる。俺は腰元に剣を置いて居合いの構えを取り、集中。


「ーーテアァッ!」


 気合一声。

 横薙ぎに振り払った剣は丸太を一刀両断した。迷いや悩みを切り払うように丸太を斬った俺は、空をぼんやりと見上げる。

 青く透き通った空を見つめていると、サクヤが奏でるキーボードの音色が耳をくすぐった。楽しく、弾むような演奏に頬が緩む。

 サクヤには才能がある。絶対音感やセンス……色々あるけど、一番の才能。


 それは、音楽を楽しむ・・・・・・という才能だ。


 音楽を愛し、楽しみ、没頭する。それこそが、音楽の才能だと思う。そういう意味で、サクヤには才能があるんだ。

 そんなサクヤが一から作る音楽。どんなものが出来上がるのか、楽しみでしょうがない。


「……さて、続けるかな」


 気持ちを切り替えて薪割りを続ける。

 薪の山が出来上がった頃、後ろから近づいてくる足音に気づいて振り返った。


「サクヤか。どうしたんだ?」


 そこにいたのはサクヤだった。

 目の下にクマを作り、いつもよりも眠そうな目をしているサクヤは顔をしかめて口を開く。


「……相談したい。新曲について」


 一人で作曲を続けていたサクヤはどうやら息詰まったようだ。

 申し訳なさそうに言ってくるサクヤに、俺は笑みを浮かべて答えた。


「あぁ、いいぞ。なんでも聞いてくれ」

「……いいの?」

「当たり前だろ? 俺たちは仲間だ。仲間が大変な時に助けるのは当然だって。ほら、座れよ」

「……うん。ありがと」


 薪をイスにして座ってからサクヤを手招きして隣に座らせる。

 サクヤは嬉しそうに頬を綻ばせながら頷き、相談について話し始めた。


「……新曲。バラードとロック、どっちがいい?」


 悩んでいたのはジャンルについてか。バラードとロックのどちらにするか……悩むのも分かる。

 でも、サクヤの言っていることにどこか違和感を感じた。まるでその二つしか選択肢がない、って言ってるように思える。


「サクヤ。バラードにするかロックにするか……二つに絞った、ってことでいいんだよな?」

「……絞った?」


 もしかして、と思って聞いてみると案の定サクヤは首を傾げて頭に疑問符を浮かべていた。

 やっぱりか。サクヤは勘違いしてるようだし、ちゃんと教えてあげよう。


「あのな、サクヤ。音楽ってバラードとロックだけじゃないんだぞ?」

「……そうなの?」

「例えばジャズとかブルース。ファンクとかレゲェ、メタル、テクノポップ……色んなジャンルがあるんだ」


 音楽のジャンルは幅広い。俺ですら知らないジャンルだってあるだろう。

 音楽は無限大だ。今でも新しいジャンルが生み出されているし、昔から愛されているジャンルもある。

 すると、サクヤは目を輝かせてフンフンッと鼻息を荒くさせて興奮していた。


「……知らないのばかり。他には? もっと教えて。もっともっと」

「わ、分かった。分かったから、ちょっと落ち着け」


 まだ知らない音楽の世界に興奮したサクヤが詰め寄ってくる。

 慌てて宥めつつ、俺はサクヤにあらゆる音楽のジャンルについて教えた。

 どうやらやよいはサクヤにロックとバラードの二つしか教えてなかったみたいだ。

 Realizeの曲にはロックとバラードしかない。だから、やよいは実用性を考えて二つしか教えてなかったんだろうな。

 いい機会だ、サクヤにいっぱい音楽について教えてあげよう。

 そう思って俺はサクヤに音楽について語り続ける。話している内に夕暮れになり、そして空が暗くなっていく。

 それでも、サクヤは興味津々で何度も何度も質問してきた。


「……サクヤ。サクヤさん。お願いです、明日にしてくれないでしょうか?」


 真夜中になっても、質問責めが続く。さすがに俺も疲労でダウン寸前だ。


「……ダメ。もっと教えて。もっともっと、もっと」

「か、勘弁してくれぇ……」


 でも、サクヤは気にせずもっと教えろと強要してくる。

 その日、俺は限界まで音楽知識を搾り取られ、眠ることを許してくれませんでした。

 サクヤ、恐ろしい子……。

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