九曲目『新たな試み』
最高の盛り上がりを見せたライブを終えて、次の日の早朝。
目を覚ました俺は外の空気を吸いたいなぁ、と家を出てみると……一気に眠気が覚める光景が広がっていた。
「……え? 何? 怖いんですけど」
玄関の扉を開けると、そこには大人数のダークエルフ族たちが集まっている。ダークエルフ族たちは俺を見た瞬間、一瞬で俺を取り囲んできた。
「ちょ、本当に何!? 怖いって!?」
ギラギラとした目をして無言で俺を囲ってくるダークエルフ族に圧倒される。何事かと怯えていると、一人のダークエルフ族の男がいきなり頭を下げてきた。
「頼む! 俺たちに、おんがくを教えてくれ!」
「……はい?」
突然の申し出に、俺は呆気に取れられながら間の抜けた声を上げてしまった。
音楽を、教えて欲しい? 言ってる意味は分かるけど、どうしてなのかが分からずに首を傾げていると……。
「むお!? ど、どうしたんだ、お前たち!?」
この家の主であるデルトが目を丸くしながらやってきた。
とりあえず外で話すのもなんだからと、デルトは数人のダークエルフ族を招き入れて残りは家の前で待たせる。
そして、俺たち全員がリビングに集まってから、ダークエルフ族の男が説明し始めた。
「俺はヘリオ。俺たちは人間を誤解していた。昨日のらいぶ、だったか? 俺たちはそれを聴いて感動した! 興奮したんだ!」
「そ、それはどうも」
黒いバンダナをしたダークエルフ族、ヘリオが昨日のライブを思い出してなのか興奮した面もちで熱く語ってくる。他のダークエルフ族たちも同意するように何度も頷いていた。
俺たちの音楽に感動してくれたのは素直に嬉しいけど、圧が凄い。
ヘリオは拳を握りしめてキラキラと目を輝かせながら話を続ける。
「そこで! 俺たちもおんがくをやってみたいんだ!」
ライブを聴いて音楽に興味が出たのか。そう思ってくれたんなら、ライブをした甲斐があった。
もちろん、音楽に興味がある人に音楽を教えるのは全然問題ない。むしろ、嬉しく思える。
だけど、一つ問題があった。
「……みんな、音痴」
「いや、お前もな」
言い辛いことをはっきり言い放つサクヤに思わずツッコむ。
プイッとそっぽを向くサクヤにため息を吐きつつ、頭を悩ませる。サクヤが言っていたことが一番の問題なことには変わりない。
サクヤを含め、ダークエルフ族は全員音痴だった。いい声がしているのに音程がズレているし、リズムもバラバラで、非常に違和感があるんだよな。
サクヤも同じなんだけど、音楽のセンスはずば抜けてる。スポンジが水を吸うように上達する速度。一度曲を聴いたら忘れず、譜面なしでも弾ける耳のよさ。アレンジのセンス……挙げていけばキリがないほど、才能に溢れているんだよな。逆にどうして歌だけは壊滅的なんだ、と疑問に思う。
思考が逸れてきているな。
「どう思う?」
「うぅん……あたしは別にいいと思うけど」
「ボクも賛成。でも、どうしたらいいんだろうね」
「ハッハッハ! 練習あるのみじゃねぇか? 数こなせばいけるだろ!」
「……無理だと思う」
「きゅー?」
俺が聞いてみると、サクヤ以外は音楽を教えることは賛成だった。なら、音痴のダークエルフ族にどうやって教えるのか。そこが問題だな。
ウォレスの言う通り、何度も練習すれば物になるかもしれないけど……そもそもどう練習させればいいのか分からない。
音程、リズム感、ボイストレーニング……やることが多くて、どこから手をつけたらいいのやら。
俺たち全員で頭を悩ませるけど、いい案は浮かばなかった。
「……やはり、俺たちには無理なのか?」
悩んでいる俺たちを見て暗い表情をしたヘリオが力なく呟く。悔しそうに拳を握りしめ、残念そうにしているダークエルフ族たち。
無理ってことはない。ただ、難しいってだけだ。そんなに本気で音楽をやりたいと言うなら、俺はその心意気を買いたい。
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
「なぁ。どうしてそんなに音楽をやりたいって思ったんだ?」
ただ純粋に音楽をやってみたいって感じだけど、何か事情があるように思えて聞いてみる。
すると、ヘリオは顔を上げて真剣な眼差しで答えた。
「もうすぐ集落の繁栄を竜神様にお祈りする祭り……<竜神祭>がある。そこで俺たちはお前たちが見
せてくれた、おんがくという素晴らしい文化を捧げたいんだ!」
ヘリオは勢いよく立ち上がって熱く高ぶった感情を吐露する。
「俺たちの集落は閉鎖的で、外の情報はあんまり入ってこない。そこに、お前たちは最高の文化を教えてくれた! あんなに
ほとんど息継ぎなしで話したせいか、ヘリオは肩で息をしていた。
なるほどな。竜神祭で竜神様に捧げる音楽を、自分たちでやりたい……そういうことか。
それなら、俺たちも協力は惜しまない。それぐらい音楽を好きになってくれたんだから。
すると、ヘリオの熱い想いを聞いていたウォレスが顎に手を当てながらブツブツと何か呟いているのに気づく。
「……心躍る……おどる……踊る? それだ!」
そして、突然立ち上がって叫んだウォレスに全員驚いた。
「い、いきなりなんだよ」
「ハッハッハッハ! いいことを思いついたんだよ! やっぱりオレって
「いいこと? 何を思いついたの?」
問いかけたやよいにウォレスは不敵に笑って答える。
「音痴で音楽センスがないなら、ダンスをやればいいだろ!」
「……だんす? なんだ、それは?」
ウォレスが提案したのは、ダンスをすることだった。ヘリオや他のダークエルフ族たちは聞いたことがないのか首を傾げている。
「ハッハッハ! 元の世界も含めてオレたちRealizeにはダンサーがいなかっただろ? そこで、その竜神祭ではオレたちの演奏に合わせて、ダークエルフ族にダンスして貰うってのはどうだ!?」
自信満々のウォレスが提案を俺たちは考える……必要もないな。
「いいな、それ! 面白そうだ!」
「うん! あたしも賛成! ウォレス、たまにはいいこと言う!」
「そうだね、凄く楽しそうだよ!」
「……ダンス、いい。賛成」
「きゅー!」
俺たち全員、表情を輝かせてウォレスの提案に賛成した。
ダンスならリズムに合わせて体を動かせばいい。ダークエルフ族にリズム感はないけど、一から歌を練習するよりは遙かに簡単だ。
話が理解出来ていないダークエルフ族たちにダンス
のことを説明すると、乗り気になっていた。
「おんがくに合わせて体を動かす、だんす! そういうのもあるのか!」
「いいじゃないか! それも面白そうだ!」
「やろう! だんすを! 竜神様に捧げるだんすだ!」
また新たな文化を知ったダークエルフ族は口々にダンスをしようと話し始めている。これで決まりだ。
あとは、なんの曲をやるかだな。
「ダンスナンバーなら、<Rough&Rough>しかないけど……」
「祭りとか竜神様に捧げるってなると、ちょっと違うんじゃない?」
「どうしようか。他の曲をダンスナンバーにアレンジしてみる?」
「……アレンジなら、任せて」
Realizeの曲でダンスナンバーって言ったら、<Rough&Rough>以外にない。
でも、やよいが言うように竜神様……神に捧げるってなると、ちょっと派手すぎかもしれないな。
もっと静かで、それでいて盛り上がれるような曲がよさそうだけど……真紅郎が言った通り、他の曲をアレンジするのもありかもな。アレンジならサクヤの得意分野だし。
そんなことを話し合っていると、またウォレスが笑いながら提案してきた。
「ヘイ! だったらよ、新曲作っちまおうぜ!」
「え? 新曲?」
「おうよ!」
新曲、か。この異世界に来て俺たちRealizeの二曲目の新曲。それも面白そうだ。
それなら、俺は前から考えていたことを話させて貰おう。
「ならサクヤ。今回はお前がやってみないか?」
「……ぼくが?」
考えてもなかったのかサクヤは衝撃を受けたように目をまん丸として驚いていた。
俺は前から考えていた。初めて音楽を知ってからまだそんなに経ってないけど、サクヤの才能は本物だ。
そんなサクヤが作る曲。どんなものになるのか、ずっと気になっていた。だから、今回はいい機会かもしれない。
初めての曲作りに自信がなさそうに顔を俯かせるサクヤに、やよいは肩を叩いて笑みを浮かべる。
「いいじゃん、やってみようよ!」
「……ぼくに、出来るかな」
「出来るって! だって、サクヤはあたしたちの曲に自分なりのセンスだけでアレンジ加えたり、<Angraecum>を作った時も作曲を手伝ってくれたでしょ? 短期間でそこまで出来る人、そうはいないよ。間違いなく、サクヤは天才だって!」
サクヤのアレンジは天性のセンスだ。異世界に来て一曲目の新曲<Angraecum>もサクヤはいいフレーズを考えてくれていた。
やよいに褒められて嬉しそうに頬を緩ませていたサクヤだったけど、それでも不安なのか眉をひそめる。
それを見たやよいは、優しく微笑みながらサクヤの頭を撫でた。
「大丈夫。サクヤに音楽を教えたのはあたしだよ? だから、出来る。うちのサクヤは出来る子だよ!」
まるで母親みたいな言い方だな、と思わず吹き出す。
だけどその言葉でやる気になったのか、サクヤは力強く頷いた。
「……分かった。やってみる」
覚悟を決めるとスイッチが入ったのか、サクヤは真剣な眼差しを俺たちに向ける。
竜神祭のために、音楽を好きになってくれたダークエルフ族のために、同族のサクヤが新曲をプレゼントすることになった。
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