八曲目『ライブとデジャヴ』

 空はすっかり夕暮れ色に染まっている。

 広場にはこの集落に住んでいるダークエルフ族が集まり、今から始まることにざわついていた。

 人間が何かするつもりらしい、何をする気だ、とうとう本性を現したのか……という声が聞こえてくる。誰もが俺たち人間がしようとすることに疑いの目を向け、警戒していた。

 完全にアウェーの状況。でも、こんなの経験済みだ。

 Realizeを結成した当初、あるバンドと対バンする機会があった。相手は俺たちよりも有名でファンも多く、逆に新入りの俺たちにはあまりファンがいないという、完全にアウェー。

 でも、俺たちはそのバンドのファンですら魅了し、逆境を覆した。

 その経験がある俺たちには、これぐらいのアウェー感などどうってことない。


「よし、そろそろ行くか!」


 俺の声を合図に全員で円陣を組む。俺を含めて全員が今から始まるライブが待ちきれない表情をしていた。

 俺が手を差し出すと、そのやよい、真紅郎、ウォレス、サクヤ、キュウちゃんが順番に手を乗せる。

 思い切り息を吸い込み、気合いを入れて声を張り上げた。


「ーーRealize! 俺たち最高ウィーアーロック!」

「ーーイェアァァァァァァッ!」


 全員で雄叫びを上げ、テンションを最高潮まで引き上げる。そして、俺たちは勢いよく観客の前に走り出した。

 銅鑼をバックに俺たちは定位置に着く。魔装を展開して構えると、何人かのダークエルフ族の男が身構えていた。

 武器である魔装を取り出したことで警戒したんだろう。


「そこ! 黙って座ってろ!」


 その時、デルトの鶴の一声が響き渡る。戦士長であるデルトの一喝に身構えていたダークエルフ族は慌てて座った。

 デルトは俺たちに親指を立てて笑っている。俺たちも親指を立てて返し、笑みを浮かべた。

 俺は剣の切っ先を地面に突き立て、柄の先に取り付けてあるマイクを口元に向ける。

 ゆっくりと深呼吸してから、俺はマイクに叩きつけるように叫んだ。


「ーーハロー、ダークエルフ族の皆様! 俺たちRealizeです!」


 マイクを通した俺の声がビリビリと大気を震わせ、大音量で響いていく。あまりの音に誰もが驚き、唖然としていた。

 でも、俺は気にせず声を張り上げる。


「今から俺たちがやるのはライブ! 音楽だ! 俺たちのことを警戒しているのは知ってる! 気にくわないのも知ってる! だけど! 俺たちはそれでも音楽を届ける! ライブの楽しさを伝えていく!」


 俺の想いを、叫びをマイクに叩きつける。それだけじゃダークエルフ族の心には響かないだろう。

 だから、音楽で響かせよう。


「最後まで聴いて下さい! <リグレット>行くぜ!」


 曲名を叫び、ウォレスに目を向ける。

 ウォレスは力強く頷くと、目の前に展開したドラムセットを模した魔法陣に向かって、スティックを振り上げた。

 心臓の鼓動のような低く響くバスドラムの断続的な音が響いていく。まるで、戦いが始まる陣太鼓のように。

 ドラムに合わせるようにやよいは静かにギターを弾き鳴らして歪んだ音を出し、真紅郎の地を這うような低いベースラインが入っていく。

 そして、サクヤは魔装である魔導書から伸びる紫色の魔力で出来た鍵盤に指を置き、機械的なシンセサイザーの音色が演奏を彩った。

 イントロの終わり際、俺は肺に空気を目一杯取り込み、静かに落ち着いた低音でAメロの歌詞を歌う。


「君の懺悔が聞こえた気がした 遠く離れたこの地で 君の懺悔はチャペルに響く 戦場の僕の背を押した」


 戦場に向かう戦士の緊迫感を感じさせるように、そのままBメロに入った。


「大切なものを守りたい 祈りを武器に 僕は抗う 未来が明るいと信じて 世界を相手に 僕は戦う」


 腹の奥底に響くドラムとうねりを上げるように盛り上がっていくベースの音が観客のダークエルフ族に響いていく。

 最初は警戒していたダークエルフ族も、曲の盛り上がりに釣られるようにどんどんのめり込んでいっているのが見て取れた。

 リズムに合わせて肩を揺らし、集落を守る戦士たちを鼓舞するような演奏に目がギラギラし始める。

 もっとだ。もっと、盛り上がれ。

 俺の気持ちを表すように、やよいはギターをかき鳴らしてより一層演奏に熱を入れ、一気にサビに入った。


「後悔は望んでいない 僕も 君も この世界も 辛辣な言葉も受け入れる 僕は 一人で 君の分まで」


 戦場を駆ける孤独な戦士。蔑まれようとも戦い続ける誇りある戦士を思わせるように歌い上げ、ブレスを挟んでから続けて歌う。


「そんな思いで 誰かを守れる そんな気がした どうか君だけでも 上を向いてて欲しい」


 サビを歌い終えて観客の方に目を向けると、演奏で気持ちが高ぶってきたのか全員がドラムの音に合わせて手を振り上げ、盛り上がっていた。

 やっぱり、音楽は種族の垣根を越えて届く。それを再確認して嬉しくなった俺は笑みをこぼし、歌う。


「遠くで命が弾けた音がした 空に還っていくのだろう 僕のこの命は未だ弾けない 懺悔は終わっていないから」


 年齢、性別関係なく、誰もが曲に熱中している。楽しんでいる。

 もう誰も俺たちが人間だろうと関係ないようだった。ただシンプルに、音楽を……未知の文化にハマっている。

 それでいい。音楽を楽しんでくれるなら、それでいいんだ。


「後悔は入らない 世界が相手だ 壁は高い 未来を掴むと信じて 世界を相手に 僕は戦う」


 Realize全員の演奏が混ざり合い、一つの曲を作り上げる。

 演奏は波紋のように広がり、熱が伝染していく。盛り上がっていくサビに観客は目を輝かせて聴き入っていた。


「後悔は望んでいない 僕も 君も この世界も 悪辣な思いも打ち砕く 僕は 一人で 君の分まで」


 出し切った空気を取り戻すように一気に息を吸い、またマイクに向かって叫ぶように歌う。


「そんな思いで 人々を救える そんな気がした どうか 君だけでも 上を向いてて欲しい」


 二番が終わり、Cメロに入る。

 戦いが激化していくようにウォレスのドラムが激しさを増し、それに追随するように真紅郎はスリーフィンガーでベースを速弾きしていった。

 負けじとやよいはディストーションをガンガンかけてギターを弾き、サクヤは頬を緩ませながら演奏を支えるように、押し上げるようにシンセサイザーの音色を響かせていく。

 熱を帯びる演奏に負けないように、俺もマイクに歌声を叩きつけた。


「救世主なんて どこにもいやしない 世界の壁は こんなにも厚く 高い それでも往こう この後悔リグレットは 胸の中に 燻る炎に くべてやるーー!」


 燃えたぎる炎のように、声を張り上げてシャウトすると、感化されたのか観客たちも雄叫びを上げる。

 いいぜ、最高だ。さぁ、一気に駆け抜けるぞ!


「後悔は望んでいない 僕も 君も この世界も 辛辣な言葉も受け入れる 僕は 一人で 君の分まで そんな思いで 誰かを守れる そんな気がした どうか 君だけでも 上を向いて欲しい」


 ラストのサビを歌い上げ、やよいと真紅郎、サクヤが演奏を止める。

 最後に残ったのはウォレスのドラム。陣太鼓のようなバスドラムの音が徐々にフェードアウトしていき……炎が消えるように静かに演奏が終わった。

 静まり返った広場に、静寂を打ち破るような歓声が巻き起こる。

 拍手し、興奮し、熱狂する観客たちに俺たちは汗を拭いながら満面の笑みを浮かべた。

 観客の中にいたキリが両手を挙げてジャンプし、デルトは涙を浮かべながらサクヤを見つめて笑っている。

 最初は人間だからと毛嫌いしていたダークエルフ族。俺たちの音楽は、そんなダークエルフ族に届いたみたいだ。

 興奮冷めやらない観客たちに向かって空に向かって拳を突き上げる。


 俺たちのライブは、大成功で終わった。


 そして、ライブが終わったあとはそのまま広場で宴が始まっていた。

 最高のライブをやってのけた俺たちを、ダークエルフ族は認めて歓迎してくれている。

 これでどうにか警戒を解くことが出来たな。それはいいんだけど……。


「……なぁ、これってさ」

「……うん、そうだね」

「……やっぱりというか、なんというか」

「……予想通りだな」

「……きゅー」


 俺のあとに真紅郎、次にやよい、続いてウォレス、最後にキュウちゃんが引きつった笑みを浮かべて声を上げる。

 盛り上がっているダークエルフ族たちを見ていた俺たちの思いは一つになっていた。

 ダークエルフ族たちはさっきのライブでやったリグレットを口ずさんでいる。その歌声は、想像していた通り……。


「ーー音痴だ」


 誰一人、例外なく音程がズレていた。

 チラッとサクヤの方を見てみると、サクヤは即座にそっぽを向く。

 セルト大森林の時もそうだったけど、エルフ族もまた音痴だった。そして、ダークエルフ族のサクヤもそうだった。

 もしかして、ダークエルフ族も音痴なんじゃないか。そう思っていた訳なんだけど……今回ではっきりした。


 ダークエルフ族も音痴である、と。


 なんか、デジャヴだなぁ……。

 そんなことを思いながら、俺たちは音程がズレているダークエルフ族の歌声を聞いて乾いた笑い声を上げた。

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