第七楽章『漂流ロックバンドと霊峰の絆』
プロローグ『いきなりの襲撃者』
<再生の亡国>改め、<流星の国アストラ>から旅立ってから早数日。
俺たち<Realize>はとにかく北へ北へと歩みを進めていた。
「ねぇ、真紅郎……本気であの山を越えるの?」
そこでRealizeの紅一点、女子高生ギタリストのやよいが辟易とした顔で問いかける。
「あはは……あの山を越えないと次の国には行けなさそうだから頑張ってね、やよい」
「ハッハッハ! 情けないな、やよい! これぐ
らいでへこたれちゃいけないぜ?
見た目は女性にしか見えない中性的な顔立ちをしたベーシスト、真紅郎が苦笑しながらやよいに答えた。
すると、真紅郎の隣を歩いていた外国人ドラマーのウォレスが豪快に笑いながらやよいを応援し始める。
やよいはウォレスにウザそうに顔をしかめていた。
「……お腹すいた」
やよいの隣を歩いていたダークエルフ族の少年、キーボード担当のサクヤが腹の虫を鳴らしながら呟く。おかしい、さっき食べたはずなのに。
燃費が悪いなぁ、と苦笑いを浮かべているとサクヤがチラッと俺の方を見やった。
「……タケル、ご飯」
「さっき食べたろ?」
「……うん。でも、お腹すいた」
キュルル、と腹を鳴らしながら上目遣いで見つめてくるサクヤ。いつも眠そうな半開きの目を潤ませながらご飯をねだってくる。
最初出会った時は感情が読めないぐらい無表情だったのに、最近はあまり表情を変えないけど分かりやすくなったな。
これを成長と思っていいのかは分からないけど。
仕方なく俺は<魔装>の収納機能を使い、干し肉を取り出してサクヤに渡す。するとサクヤは奪い取るように干し肉を受け取るとモグモグと噛み始めた。
せめてお礼を言いなさい、と保護者のような気持ちを抑えながらため息を吐く。
俺はRealizeのボーカリスト、タケル。決してサクヤの父親でも母親でもないっての。
やれやれと肩を竦めていると、地図を眺めていた真紅郎が口を開いた。
「もう少しで山に入るね」
「本気で行くのぉ……?」
「きゅー……?」
やよいががっくりとうなだれると、頭の上にいた白いモフモフとした毛をした子キツネのようなモンスター、キュウちゃんが同じようにうなだれる。
キュウちゃんは歩かないからいいだろ、と思いながら俺は視線の先にある山を見上げた。
そこには雲まで届きそうな高く、険しい切り立った岩山。その名を<ケラス霊峰>と呼ばれる山だ。
この辺で一番高い山で、その頂上には雪が積もっているのが見える。
「……寒そう」
そう言ってサクヤは来ているパーカーのフードを被り始めた。
今俺たちが着ている並大抵の攻撃なら防げる頑丈な衣類<防具服>は、それなりに寒さをしのげる一品だ。
だけど、あれを見る限りだとこの防具服でも寒いだろうな。
「文句言ってても仕方ない。これを越えなきゃ次の国に行けないんだろ?」
「地図を見る感じだとね。もしかしたらトンネルがあるかもしれないけど……詳しくは地図には載ってないんだ」
地図と睨めっこしている真紅郎が結論を出す。
そういうことだ、諦めろやよい。
やよいの肩をポンッと叩くと、やよいは深い深いため息を吐いて渋々頷いた。
さて、行こうか。俺が足を踏み出した瞬間……。
「ーー止まれ、人間」
どこからか男の声がした。
俺たちはすぐに警戒態勢に入り、はめている指輪……魔力により姿を変える道具、魔装を展開する。
やよいはギター型の斧、真紅郎はベース型の銃、ウォレスはドラムスティックを握ると魔力で出来た刃を構え、サクヤは魔導書を傍らに浮かばせながら拳を握る。
そして、俺は柄にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を構えた。
「ーー誰だ!」
それぞれが武器を構えてから声を張り上げると、茂みから一人の男が現れる。
褐色の肌、白い髪……尖った耳。
「ここから先は我らダークエルフの土地。許可なく入ることは許さん」
現れた男は、ダークエルフ族だった。
サクヤ以外のダークエルフ族を見るのは初めてで、思わず唖然とする。
すると、男は拳を握りしめて構え始めていた。
「まだこの地に足を踏み入れようとする人間がいるとはな」
「ちょっと待ってくれ! 俺たちは知らなかっただけで……」
「問答無用!」
聞く耳を持たずに男は俺たちに突撃してくる。
見たところ武器はない。無手のようだ。
だけど、拳に纏った魔力を見て俺は突き出してくる拳を避ける。
すると、男の放った拳は空気を殴りつけ、突風のような魔力を放出した。
「い、今のは……ッ!」
その攻撃には見覚えがあった。
魔力を込めた拳での一撃……それは、俺たちの仲間サクヤの必殺技<レイ・ブロー>そのものだ。
突風に吹き飛ばされた俺たちに、男は追撃とばかりに拳を振り下ろしてくる。
「……やらせない」
拳が振り下ろされる前に、サクヤが一歩前に出た。魔力が込められた拳に対して、サクヤも魔力を込めた拳を突き出す。
轟音。拳と拳がぶつかり合い、魔力の奔流が吹き荒れた。
「ぐぅ……なん、だとぉ……ッ!?」
男は驚きながら威力に押されてたたらを踏む。
サクヤは一歩も動かないまま拳を構えると、被っていたフードが外れてサクヤの顔が露わになる。
すると、男はサクヤの顔を見るなり目を見開いた。
「ラピスさん!? い、いや、違う……そんなはずがないか……」
サクヤを誰かと間違えたかと思うと、男はすぐに振り払うように首を横に振る。
そして、拳を下ろしてサクヤを見つめた。
「まさか同族が人間といるとは思っていなかった。すまない」
「……もう、襲わない?」
「あぁ、もちろんだ。我らダークエルフ族は同族を傷つけない」
もう戦う気がない男に、サクヤも拳を下ろす。
男はチラッと俺たちの方を見てから、嘆息した。
「同族と一緒なのであればこの山に入ることを許そう。だが、少しでも危害を加えることがあれば……例え同族の仲間だとしても、許さないからな?」
俺たちに警告してから、男はサクヤの方に目を向ける。
「我らが同族よ。よくぞこの<ケラス霊峰>に戻った。歓迎しよう」
「……歓迎?」
「あぁ、そうだ。我らの里に来るといい」
「……みんな一緒なら、いいよ」
「……いいだろう」
男は少し悩みながら、俺たちも里に来ることを許可した。
ダークエルフ族の里。サクヤの故郷になる、のか?
俺たちは男に連れられて、里に向かうのだった。
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