外伝『キュウちゃんの大冒険その3』
「ーーグオォォォォォォォォォォン!」
大気を震わせる咆哮。そして、吹き荒れる突風に布で出来た露天が吹き飛んだ。
空を見上げると、そこには空を飛ぶ一匹のワイバーン。
蒼い鱗、巨大な双翼、長い尻尾。縦に裂けた瞳孔をした黄色の眼でギョロリと動かして睨むその姿。
その名をーーニーロンフォーレル。クリムフォーレルの亜種で、寒冷地に適応したドラゴンが、港町に現れたのだった。
「ま、まさか、ここまで追って来やがったのか!?」
ニーロンフォーレルを見たガイムがガタガタと震えながら叫ぶ。
すると、ニーロンフォーレルはガイムを見て牙を剥き、怒りに染まった眼で睨みつけた。
「グルゥオォォォォォォォン!」
「ひ、ひぃ!? た、助けてくれぇぇぇ!」
雄叫びと共にガイムに向かって空から急降下したニーロンフォーレル。その威圧感に負けたガイムが情けなく頭を抱えてしゃがみ込むと……。
「ーーはぁ!」
その間に躍り出た一人の男が、剣を薙ぎ払って牽制した。
赤い髪の男は、柄にマイクが取り付けてある不思議な両刃の剣をニーロンフォーレルに向けると、ガイムに向かって叫んだ。
「逃げろ!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!?」
ガイムは一目散に逃げていく中、赤い髪の男……タケルは油断なく剣を構える。
邪魔されたニーロンフォーレルは忌々しげにうなり声を上げていた。
「きゅー! きゅきゅー!」
タケルに気づいたキュウちゃんが檻の中から叫ぶ。すると、タケルはキュウちゃんに気づいて目を丸くさせた。
「キュウちゃん!? どうしてこんなところに……グッ!?」
驚いていたタケルはニーロンフォーレルが翼を羽ばたかせて起こした風を堪える。
今キュウちゃんを助けようとしたら、ニーロンフォーレルに隙を見せることになる。
「やよい! そこにキュウちゃんがいるから助けてやってくれ!」
「分かった!」
タケルに指示されたやよいはすぐにキュウちゃんとドラゴンが閉じこめられている檻に近づき、開けようとする。
「鍵がかかってる!」
「しゅるる……」
鍵がかかってることに気づいたやよいが鍵を探そうとすると、檻の隙間からブラックサーペントの尻尾が伸びてやよいの肩をツンツンとつついた。
驚くやよいだったが、その尻尾が地面の方に向いているのに気づいて顔を向けると、そこには逃げたロンが落とした鍵の束が落ちている。
「これ……ありがとう!」
ブラックサーペントにお礼を言ってから、やよいは鍵の束を拾って檻の鍵穴に差し込んでいく。
そして、檻が開け放たれるとキュウちゃんがやよいの胸に飛び込んできた。
「っとと……キュウちゃん、よかったぁ」
「きゅー!」
キュウちゃんが無事だったことに安心するやよい。
スリスリとキュウちゃんが頬ずりしていると、檻から出たドラゴンがニーロンフォーレルに向かって
叫び始めた。
「きゅるるー! きゅるるー!」
まるで親を呼ぶように鳴くドラゴンだったが、怒り狂っているニーロンフォーレルの耳には届かない。
悲しげに顔を俯かせるドラゴンに、キュウちゃんは意を決したようにやよいから飛び降りた。
「え!? きゅ、キュウちゃん!?」
呼び止めるやよいの声を無視して、キュウちゃんはニーロンフォーレルと戦っているタケルの体によじ登り始める。
「ちょ、キュウちゃん!? 今は危ないって!?」
「きゅうぅぅぅぅぅ! きゅきゅぅぅぅぅぅ!」
驚くタケルも無視して頭に乗っかったキュウちゃんは、空を飛ぶニーロンフォーレルに向かって必死に叫んだ。
だけど、ニーロンフォーレルは聞こえていないのか空中でクルリと回転すると、タケルに向かって尻尾を叩きつけてくる。
「危ねぇ!?」
タケルはキュウちゃんを抱きしめてその場から飛び込むように避ける。
轟音を響かせて地面を揺らした尻尾を避けたタケルは、抱き抱えたキュウちゃんに怒鳴った。
「危ないだろ、キュウちゃん!」
「きゅ! きゅきゅきゅ! きゅー!」
だけどキュウちゃんは必死に鳴き、やよいの側にいるドラゴンとニーロンフォーレルに前足を向ける。
最初は理解出来てなかったタケルだったが、ようやく分かって真剣な眼差しでニーロンフォーレルを見つめた。
「もしかして……あの子供のドラゴンの親なのか?」
「きゅ!」
肯定するように頷くキュウちゃん。
タケルが思考を巡らせていると、ニーロンフォーレルに気づいたこの街の衛兵が走ってきた。
「まさかこんなところにモンスターが襲ってくるとは……」
「魔法部隊、構え!」
杖を持った衛兵たちがニーロンフォーレルに魔法を放とうとしている。
タケルは慌てた様子で声を張り上げた。
「ま、待ってくれ! 今は攻撃するな!」
タケルの叫びはむなしく響き、衛兵たちはニーロンフォーレルに向かって魔法を放った。
火の球、風の刃がニーロンフォーレルに直撃して爆発する。煙に隠れたニーロンフォーレルに衛兵たちが喜んでいたが……。
「グルゥゥゥ……」
魔法を受けたニーロンフォーレルは、ほぼ無傷だった。
「くっ……第二射、用意!」
悔しげにしながらも衛兵たちは追撃を放とうとしている。
そこで、真紅郎とウォレス、サクヤが騒ぎに気づいて向かってきた。
「ヘイ、タケル! なんの騒ぎだ!?」
「モンスターの襲撃? どうしてこんな港町に……」
「……ワイバーン」
困惑している三人に、タケルは顔をしかめる。
「どうやらあいつは、自分の子供を取り返しに来たみたいだ。子供は保護したけど、怒り狂って我を失ってる。どうにかして落ち着かせないといけない!」
簡潔に状況を説明したタケルに、Realize全員が集まりだした。
真紅郎は話を聞いて顎に手を当てて考え込む。
「つまり、子供が無事なのが分かれば大人しく去っていく可能性が高いってことだね」
「だけどよぉ、あんだけ暴れ回られたら難しくねぇか?」
「……一度、ぶん殴る?」
「ちょっと待ってよサクヤ! 子供を助けようとしている親を殴るなんて、さすがに酷いでしょ!?」
やよいの言う通り、あのニーロンフォーレルは子供を助けるためにこの街に来ただけだ。
それを攻撃することはタケルたちはしたくない。だけど、どうするのか。
「きゅー!」
そこで、キュウちゃんが声を上げた。
タケルたちが下に目を向けると、そこにはキュウちゃんとドラゴンの姿。
「きゅー! きゅきゅ、きゅー!」
キュウちゃんはタケルたちに何かを伝えようとしている。
前足で自分とドラゴンを指さし、そして上に向かって前足を向けた。
それを見た真紅郎が、ハッとした表情を浮かべる。
「もしかして……いや、でもそれは危険じゃ……」
「きゅー!」
キュウちゃんが言いたいことを察した真紅郎は反対しようとしたが、キュウちゃんは首をブンブンと横に振った。
何を言っても無駄だと判断した真紅郎は、呆れたように肩を竦める。
「分かったよ、やってみようか」
「おいおい、真紅郎。お前、キュウちゃんが言ってること分かるのか?」
「なんとなく、ね。これなら親を傷つけずに、平和的に解決出来るかもしれない」
そのまま真紅郎はタケルたちに作戦を説明した。
それを聞いたタケルたちは目を丸くさせるが、それしかないと考えが一致して動き出す。
「よし、やるぞ!」
タケルの合図と共に、作戦が始まった。
やよいは魔力によって姿を変える武器、<魔装>を展開して走り出す。
向かった先はニーロンフォーレルに攻撃しようとしている衛兵たちのところ。
魔装を展開し、赤いエレキギター型の斧を構えたやよいは、思い切り振り上げて地面を叩きつけた。
「てあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
気合いと共に叩きつけた斧が、地面を揺らす。
ビキビキと亀裂が走り、衛兵たちは慌てふためいていた。
「な、なんだお前は!?」
邪魔された衛兵の一人がやよいに怒鳴る。だけど、やよいは斧を地面に突き立てて胸を張った。
「申し訳ないけど、ちょっと邪魔しないで!」
「何を……邪魔をしているのはお前だろ!?」
「いいから! もしも邪魔するなら……」
やよいはそう言うと斧を振り上げて構える。さっきの威力を見ていた衛兵たちは怯みながら後ずさった。
「お、お前たちは、何をするつもりだ……」
「今から平和的に事件を解決するの。だから、ちょっと見てて」
「誰なんだ、いったい……」
誰かと聞かれたやよいは「うーん」と顎に手を当てると、ニッと不敵に笑ってみせる。
「あたしたちはーーロックバンドだよ!」
意味が分からないと呆気に取られる衛兵たち。
そんな中、タケルたちはニーロンフォーレルに立ち向かっていた。
「真紅郎! 牽制してくれ!」
「分かった!」
真紅郎は魔装を展開し、木目調のベース型の銃を構える。
銃口をニーロンフォーレルに向けると、弦を弾いた。それを引き金に銃口から魔力弾が放たれる。
魔力弾は飛び回るニーロンフォーレルの進路を邪魔するように放たれ、動きを阻害した。
「グルゥォォォォォォォォォォ!」
邪魔臭そうに咆哮したニーロンフォーレルは、大きく仰け反ると口から冷気が漏れ出している。
それを見たタケルは剣を腰元に構え、魔力を剣身に集め出した。
ゆっくり深呼吸し、集中する。剣身と魔力が一体となり、光り輝き始める。
そして、ニーロンフォーレルが吐き出した凍えるほどの冷気の奔流に向かって、剣を横に薙ぎ払った。
「<レイ・スラッシュ!>」
放たれたのは魔力を纏った一撃。
タケルの剣は冷気の奔流を斬り裂き、タケルを避けるように地面に着弾した。
「寒っ!? よし、ウォレス今だ!」
「オッケー!」
吹き付けてくる冷気に凍えながら、タケルは後ろに控えていたウォレスに指示を出す。
ウォレスは全身の筋肉を盛り上げながら、サクヤを抱き抱えている。
「<エネルジコ>……行くぞ、サクヤぁぁぁぁぁぁぁ!」
<音属性魔法>の一つ、筋力強化の魔法を使ったウォレスは雄叫びを上げた。
そして、全身の力を使ってサクヤを空へと投げる。
ニーロンフォーレルに向かって飛び上がったサクヤは、抱えていたキュウちゃんとドラゴンに目を向けた。
「……頑張って」
「きゅ!」
「きゅるる!」
二匹に声をかけたサクヤは、ニーロンフォーレルの目の前に向かって二匹を投げる。
ニーロンフォーレルの前に来た二匹は、大きく息を吸った。
「ーーきゅうぅぅぅぅぅぅ!」
「ーーきゅるるぅぅぅぅぅぅ!」
二匹の渾身の叫びは、ようやくニーロンフォーレルに届く。
驚くニーロンフォーレルは暴れるのを止めて、慌ててキュウちゃんとドラゴンを頭でキャッチした。
「きゅるる! きゅるるぅぅぅ!」
「グルル……」
ようやく会えた親にドラゴンは顔をすり寄せ、ニーロンフォーレルも嬉しそうに目を細める。
親子は再会し、事件は平和的に解決するのだった。
◇◆◇◆
事件が解決し、ドラゴンを誘拐したガイムとロンは衛兵に捕まった。
そして、街の外でニーロンフォーレルとその子供は顔をすり寄せている姿を、タケルたちは微笑ましげに見ている。
「きゅるる! きゅるるー!」
ドラゴンはキュウちゃんにお礼を言うように頭を下げ、パタパタと小さな翼を羽ばたかせてニーロンフォーレルの背中に乗った。
それを確認してからニーロンフォーレルは翼を広げて飛び上がる。
天高く飛び立ったニーロンフォーレルはそのまま去っていき、ドラゴンの鳴き声が遠ざかっていく。
「きゅきゅ……」
キュウちゃんは少し寂しげにしながら、ドラゴンを見送った。
やよいはキュウちゃんを抱き上げると、優しく頭を撫でる。
「お疲れ、キュウちゃん」
「きゅー!」
寂しさを振り払うように首を振ったキュウちゃんは、やよいの胸に顔を埋めた。
すると、茂みがガサガサと動く。
「きゅー?」
キュウちゃんがその茂みを見つめていると、そこから黒い蛇……老いたブラックサーペントが顔を出した。
ブラックサーペントは優しげな眼差しでキュウちゃんを見てから、茂みの影に姿を消す。
「きゅー!」
前足をフリフリと振るキュウちゃんは、さよならとブラックサーペントに別れを告げた。
これにてキュウちゃんの大冒険は終わり。
出会いと別れを経験し、キュウちゃんはまた一段と成長するのだった。
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