一曲目『ダークエルフ族の集落』

 俺たちを襲撃してきたダークエルフ族の男……シルヴァに連れられてゴツゴツとした岩だらけの道を歩いていく。

 足場の悪い道でもシルヴァは慣れているのかスイスイと進んでいき、チラッと振り返ってきた。


「……人間にしてはいい動きだ。中々に修羅場を潜っていると見える」

「まぁ、それなりにな」


 四苦八苦しながらも普通に追って来る俺たちにシルヴァは少し驚いているようだ。これでも色んな国を旅して、戦ってきてるからな。

 肩を竦めて答えるとシルヴァは鼻を鳴らした。


「実力も相当だろう。だが、もしも集落に仇なすことがあれば……例え実力差があろうとも許さぬからな」

「だから、何もしないって……」


 同族のサクヤには気を許しているけど、俺たち人間にはまだ警戒心を向けてくるシルヴァはふと立ち止まり、視線の先を指さす。


「着いたぞ。ここが我らダークエルフ族の集落だ」


 指さした先は切り立った岩の渓谷だった。

 渓谷の底、四方を岩壁に囲まれた天然の要塞のような場所に、土色の家々が建ち並んでいる。

 ここがダークエルフ族の集落か。

 サクヤを横目で見ると、サクヤは無表情でジッと集落を見つめている。そこにはどんな想いがあるのか、俺には分からなかった。


「どう、サクヤ。懐かしさとか感じる?」


 やよいがサクヤに聞いてみると、サクヤは静かに首を横に振る。

 サクヤは元々……ナンバー398という名前だった。

 俺たちを追いかけ回してる<マーゼナル王国>が行っていた、新たな英雄を作り出す<人造英雄計画>という研究の実験体だったサクヤ。

 研究の結果、サクヤは過去の記憶を失ってしまった。

 例えここがサクヤの故郷だとしても、サクヤにはその記憶がないから懐かしさも感じられないんだろう。

 やよいは「そっか……」と残念そうに呟く。そうしていると集落の方から数人のダークエルフ族の男たちが俺たちに近づいてきた。


「シルヴァ! どうして人間を集落に近づけた!」

「ここは神聖な土地! 人間が訪れていいところではない!」


 男たちは拳を握りしめて俺たちを睨んでくる。

 そこで、シルヴァが一歩前に出ながらサクヤの背中を押した。


「無論だ! しかし、この子を見てみろ!」


 言われて男たちがサクヤの顔を見ると、酷く驚いたようにうろたえ始める。


「ら、ラピスさん……?」

「いや、違う。見ろ、あの子は少年だ」

「しかし、よく似ている……まるで生き写しではないか」


 サクヤを誰かと勘違いしている男たち。シルヴァもさっき言ってたけど、そのラピスって人は誰なんだ?

 男たちは同族が一緒にいると分かり、渋々ながら許可して貰った俺たちは警戒されながらも集落に足を踏み入れた。

 集落にいるダークエルフ族たちは人間の俺たちを遠巻きに睨み、コソコソと耳打ちしている。


「……そんなに人間が来るのが珍しいのか?」


 最初から歓迎されるとは思ってなかったけど、ここまで警戒心をむき出しにされていることに思わず呟くと、シルヴァが口を開いた。


「当然だ。このケラス霊峰は我らダークエルフ族が管理している神聖な場所。貴様らは人間が通ってよい道とは違う方から入ろうとしていたのだ」

「ハッハッハ! そいつはアンラッキー!」

「でも、サクヤの故郷が見つかったことは逆に運がよかったかもね」


 どうやら俺たちが通ろうとした道はダークエルフ族が許可していない方だったみたいだ。

 額をペチッと叩きながら笑うウォレスに、真紅郎はサクヤを見ながら苦笑する。

 シルヴァの襲撃がなかったら、サクヤの故郷に来ることはなかった。例え記憶がなくとも、故郷は大事にした方がいい。

 俺たちは帰りたくても帰れないからな。


「今からこの集落の族長と会わせる。失礼のないようにな」


 シルヴァは俺たちを連れてこの集落でも一際大きな家の前に来た。


「ここで待っていろ」


 俺たちを家の前に待たせてシルヴァだけが家に入っていく。それから数分ぐらいしてから、シルヴァは俺たちを呼んだ。

 家の中に入り、シルヴァについて行くとある部屋の前で止まる。シルヴァはノックしてから扉を開いて頭を下げた。


「失礼します。族長、お連れしました」

「うむ、入れ」


 威厳のあるしゃがれた低い声が聞こえ、俺たちは部屋に足を踏み入れる。

 すると、そこには白い髪を後ろで結び、シワだらけの褐色の肌をした立派な髭を蓄えたダークエルフ族の老人がいた。

 老人はギョロリと俺たちを睨みながら、ゆっくりと口を開く。


「ワシの名はモーラン、この集落の族長だ。我が同族よ、よくぞ戻った……ッ!?」


 老人、モーランは自己紹介しながらサクヤの方に目を向けると、目を見開いて愕然とし始める。

 そして、小声で「ら、ラピス……」と呟いているのが聞こえた。

 またラピスか、と思っているとサクヤは一歩前に出て真っ直ぐにモーランを見つめる。


「……ラピスって人、知らない。ぼく、サクヤ」

「サクヤ……そうか、サクヤと言うのか。すまん、あまりにも似ていたものでな……」


 モーランは動揺しながら引きつった笑みを浮かべて謝った。それぐらいそのラピスって人に似ているのか。こうなってくると、サクヤに関係してそうだな。

 何かを振り払うように首を横に振ったモーランは、俺たちをジロッと睨み始める。


「して、人間よ。本来ならば人間をこの集落に入れることは許可しないが、我が同族の仲間のようだから、今回は特別に許可しよう」

「あ、ありがとうございま……」

「だが、少しでも危険と判断したら、即刻出て行って貰う。それだけは、決して忘れるでないぞ」


 俺の言葉を遮ってはっきりと警告してくるモーラン。本当なら今すぐにでも出て行かせたいんだろうな。

 苦笑いを浮かべながら頷くと、モーランはため息を吐いた。


「サクヤよ。お主はこの集落の出身か?」

「……分からない。ぼく、記憶がない」

「記憶がない、か。だが、他にダークエルフ族の集落があるとは思えない。何があったかは知らぬが、お主の故郷はここで間違いないだろう」


 他に集落がないなら、サクヤの故郷はここしかないはず。

 王国から一緒に旅をしているサクヤだけど、よく考えてみればサクヤについてほとんど知らないな。

 研究の実験体だったことぐらいで、どうやって王国に捕まったのか、何をされていたのかも分からない。サクヤ自身も昔の記憶を失っているし、研究について話したがらなかったからな。

 ここでならもしかしたら、サクヤのことが分かるかもしれない。


「ここで過ごしていれば記憶も戻るかもしれないな。好きなだけいるといい。そうだな、住むところは……」


 モーランが顎髭を撫でながら考え始めると、部屋の外からバタバタと慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 そして、部屋の扉がノックもなく開け放たれる。


「族長! ラピスに似たダークエルフ族の少年がいるとは本当なのか!?」


 勢いよく部屋に入ってきたのは、筋骨隆々の大男だった。

 短く切りそろえられた白髪と褐色の肌からダークエルフ族なのは分かるけど、他の人と比べると筋肉量が違いすぎる。モンスターの毛皮を纏った上半身はまるで岩のようで、腕もかなり太い。

 その大男を見たモーランは呆れたように嘆息した。


「デルト……少しは落ち着いたらどうだ?」

「これが落ち着いてられるか! それで! その少年は……」


 大男の名前はデルト、と言うらしい。

 デルトはキョロキョロと部屋を見渡し、サクヤに目を止めた。

 首を傾げながらデルトの方を振り返るサクヤ。デルトとサクヤの目が合い、ぴたりと動きを止める。

 そして、いきなりデルトの目からブワッと涙が流れ出した。


「おぉ……おぉぉぉッ! 似ている! 似ているぞ! ラピスにそっくりじゃないか! まるで生き写しだ! これは間違いない!」


 デルトは感極まったように顔を手で覆いながら号泣し始め、太い腕で涙を拭うとサクヤに駆け寄って力強く抱きしめた。


「よくぞ生きていた! 我が息子・・よ!」


 デルトはサクヤをきつく抱きしめながら、サクヤを息子と言っていた。

 ……息子?


「えぇぇぇぇ!? む、息子ぉぉぉ!?」


 俺たちの驚愕の叫びが部屋中に響き渡る。

 デルトに抱きしめられてむさ苦しそうに顔をしかめるサクヤは、息子と呼ばれて呆気に取られていた。


 

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