二十一曲目『夢』
井戸から出て俺とウォレスが別行動を取ろうとした時、広場の方が少し騒がしいことに気づいた。
もしかして貴族が何かしてきたのか、と思った俺たちは急いで広場に向かう。すると、そこにはウォレスが作ったバスケットボールを取り合う子供たちに姿があった。
「お前より俺の方が上手いんだから、俺によこせよ!」
「いやだ! これはボクが使うの!」
二人の男の子はバスケットボールを必死に掴み、絶対に離さないとばかりに顔を真っ赤にさせている。
他の子供たちは喧嘩している二人を遠巻きに見て、どうしていいのか分からずにうろたえていた。
そこにシンシアが慌てて二人を止めようとする。
「喧嘩しないで二人で仲良く遊ぼう? ね?」
「だってこいつ、下手くそなんだもん! 俺、こいつと遊びたくない!」
「ボクだってやりたい! なのにこいつが勝手に!」
「うるさい! いいからよこせよ!」
「絶対にやだ!」
シンシアが喧嘩を仲裁しようとしても、二人は止まることなくむしろヒートアップしていく。
殴り合いの喧嘩にまで発展しそうな雰囲気に、シンシアはどうにか二人を宥めようと必死に止める。
すると、ウォレスがため息を吐いた。
「……ったく、仕方ねぇな」
そう言ってウォレスは喧嘩している二人のところに向かうと、ボールを蹴り上げる。いきなりボールが手から離れたことに驚く二人を後目に、ウォレスは落ちてきたボールをキャッチしてニヤリと笑った。
「ヘイ、だったらオレからボールを取れた奴にくれてやるよ。
ウォレスが手をクイッと曲げながら挑発すると、二人はムッとした表情でウォレスに向かって突撃していく。
一人の子供がボールを差し出してくるウォレスから奪おうと手を伸ばすも、ウォレスはサッとその手を避けた。
もう一人の子供が突進するように向かってくると、ウォレスはクルリとその場で回り子供の背後を取って避ける。
簡単に避けられて驚いている子供に、ウォレスは鼻で笑って見せた。
「この! うわっ!?」
「えい! って、えぇ?」
ウォレスの態度にボールを奪い取ろうと躍起になる二人だけど、ウォレスはドリブルしながら避け、股の間にボールを通して躱し、華麗なステップでどんどんバスケットゴールに向かっていく。
ウォレスの動きに他の子供たちは目を奪われていた。
そして、ウォレスは不敵に笑うと走りながら二人を抜き去り、思い切りジャンプする。
「おらぁぁぁ!」
誰の手も届かないほど高く跳び上がったウォレスは、雄叫びと共に片手でボールをゴールに叩き込む。見事な片手のダンクシュートに子供たちから歓声が上がった。
ウォレスはスタッと着地すると人差し指でボールをクルクルと回しながら、呆気に取られている二人の子供に歩み寄りながら自慢げに笑みを浮かべる。
「これぐらい出来るようになるには、練習しないといけねぇ。でもよ、一人でやってても上手くはならねぇぞ? だから、みんなで仲良く練習しな。そうすりゃ、これぐらいは楽勝だぜ?」
そう言ってウォレスは二人に背中を向けると、結構距離があるゴールに向かってボールを投げた。
綺麗な弧を描く軌道で投げられたボールは、正確にゴールに入る。それを見てまた子供たちから歓声と拍手が上がった。
「す、すげぇ! ウォレス、かっこいい!」
「すごいすごい! ぼ、ボクもさっきのやりたい!」
二人は喧嘩していたことを忘れて目を輝かせると、バスケに熱中し始めた。
そこから他の子供たちも混ざり、元気にバスケをしている光景を見ながらウォレスは満足そうに頷く。
すると、シンシアが申し訳なさそうにウォレスに声をかけた。
「すいません、ウォレスさん。私がちゃんと喧嘩を止めていれば……」
「ガキの喧嘩を止めるのは慣れてるからな。争
いや諍いなんてな、
バスケをしている子供たちは、全員が楽しそうだった。さっき喧嘩していた二人も、今は仲良く笑顔でバスケをしている。
ただ言葉で喧嘩を止めるんじゃなく楽しく笑顔になれる方法で喧嘩を止めたウォレスに、シンシアは尊敬の眼差しを向けつつ悔しそうに唇を噛んでいた。
「ウォレスさんは本当に凄いです。それに比べて、私は情けない……子供の喧嘩すら止められないのに、争いを止めることなんて……」
シンシアが言う争いは、貴族と星屑の討手のことを言っているんだろう。
自分の力のなさに悔しそうにしているシンシアに、ウォレスは笑いながらシンシアの頭を撫でた。
「お前はよく頑張ってるって。それはオレじゃなく、ガキ共が知ってるはずだぜ?」
そう言うとシンシアの元に子供たちが集まりだした。
「シンシア姉ちゃん、今の俺のゴール見てた!?」
「ボクが! ボクがパスしたんだよ! ねぇ、すごい?」
「シンシア姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
さっき喧嘩していた二人が、離れたところで遊んでいた女の子が、シンシアに笑顔で話しかけている。
貧民街の子供たちが笑顔なのは、間違いなく今まで頑張ってきたシンシアのおかげだ。子供たちと向き合い、一緒に遊び、育ててきたシンシアの頑張りは、ちゃんと子供たちに届いている。
集まってきた子供たちの頭を撫でながら嬉しそうに笑うシンシアに、ウォレスは「ほらな?」と言わんばかりにニッと口角を上げた。
シンシアは頬を赤らめながら微笑み、ウォレスを熱を帯びた目で見つめている。その目には憧れや、好意が込められていた気がした。
あれ、もしかして……と思いつつも口にするのは野暮だと思い口を噤む。その代わり、さっきのバスケをしていたウォレスの動きを思い出してウォレスに問いかけた。
「なぁウォレス。お前、バスケ上手いんだな。どっかでやってたのか?」
「ん? あぁ、そうか。言ってなかったな。実はオレ、NBAのチームにスカウトされたことあるんだよ」
「……えぇ!? それ、たしかプロだろ!?」
プロのバスケチームにスカウトされてたなんて、初耳だった。
目を丸くして驚いていると、ウォレスは懐かしそうにその時のことを話し始めた。
「スラムの仲間とバスケして遊んでたらよ、NBAの奴が見てたらしくてな。チームに入ってくれないかってスカウトされてよ。聞いたらかなりの金が貰えるらしくて、家族のためにも受けるべきだって思った……でもよ、その時オレは音楽に出会っちまった」
ウォレスは自分の魔装、ドラムスティックを展開して見つめる。
「スカウトの話が来た時、日本に行く機会があってよ。そこでオレは、駅前で路上ライブを見たんだ。音楽なんて興味がなかったのに、オレは目が離せなかった……衝撃だった」
クルリと手元でドラムスティックを回しながら、ウォレスは目を輝かせて楽しそうに笑った。
「そこから音楽にのめり込んで、一番気に入ったのがドラムだった。少ねぇ金でドラムスティックを買って、捨ててあったポリバケツ叩いてドラムの真似事をしてた。どんどんドラムにハマったオレは、いつかバンドを組みたいって思うようになったんだよ」
ウォレスの音楽の道に足を踏み入れたきっかけ。その原点を話していたウォレスは、ふと真剣な表情で遠くを見つめる。
「でもよ、同時にバスケも好きだった。めちゃくちゃ迷ったぜ? だってNBAのチームに入れば、金が入る。家族が助かる。普通ならバスケを取るべきなんだろうけど……オレは、バスケよりも音楽の道を進みたかった」
スラムで暮らす家族のことを考えれば、バスケでプロになった方が現実的だろう。バスケ自体も好きだから、好きなことで稼げるのは幸せなことのはずだ。
だけど、ウォレスは迷ってしまった。バスケ以上に好きになってしまったドラム……音楽の道に進むかどうかを。
「そんな時、オレの
ウォレスの母親は家族のことを一番に考え、家族の幸せのために本当にやりたいことを諦めようとしているウォレスの背中を押した。
自分の本当にやりたいこと……音楽の道を進め、と。
その時のことを思い出したのか、ウォレスは懐かしそうに笑みをこぼす。
「
スカウトを断り、単身日本にやってきたウォレスは真紅郎と出会い、やよいに誘われてRealizeを結成した。そこから俺が加入し、苦しいことを分かち合いながら……メジャーデビュー手前までのし上がることが出来た。
ウォレスの夢、バンドを組むこと。その夢を、ウォレスは掴み取ったんだ。
すると、話を聞いていたシンシアがポツリと口を開く。
「……私にも、出来るでしょうか? 争いのない、平和な国を取り戻すという夢を叶えることが……」
ウォレスの話を聞いていたシンシアは、半分以上は理解出来なかっただろうけど……夢を叶えたのだけは分かったようだ。
シンシアは羨ましげに呟くと、ウォレスは力強く頷いた。
「人間、一人じゃなんも出来ねぇ。でもよ、夢ってのは誰かに背中を押されて、支えて貰えれば叶う。シンシア、お前もきっと……」
「夢とは、誰かの犠牲なくしては叶わないものだ」
そこで話しに割って入ってきたのは、タイラーだった。
突然の登場に驚くと、タイラーに気づいた子供たちが怯えながら広場から逃げていく。
タイラーは子供たちを気にすることなく、どこか苛立たしそうにウォレスを睨みつけながら話を続けた。
「現実を見て、孤独に立ち向かい、他者を利用し、犠牲を払ってようやく叶えることが出来る。それが、夢だ。背中を押されて、支えて貰う? そんな綺麗事で夢が叶えるなんて幻想でしかない」
ウォレスの言葉を否定し、夢についてタイラーは冷たい声で語る。タイラーの話を聞いたシンシアは悲しげに俯き、何も言えずにいた。
するとウォレスはタイラーの胸ぐらを掴み、ギリッと奥歯を噛みしめる。
「違う! そんなの間違ってる! 夢ってのは誰もが持っている綺麗なもんだ。努力し、色んな人に協力して貰って初めて叶う。それが、夢だ!」
「ふんっ、そんな幻想などいらんな。そんなんじゃ夢なんて叶わない。綺麗事では、誰も救えない……ッ!」
タイラーは胸ぐらを掴んでいる手を払いながら睨み、ウォレスも絶対に認めないとばかりにタイラーと睨みつける。
一色触発の雰囲気に空気が張りつめていく中、シンシアは二人の間に割って入った。
「ちょ、ちょっと待って! こんなところで言い争いしないで! それよりタイラー、何か用事があって来たんじゃないの?」
「……あぁ。どうやら貴族の動きが妙だという情報が入った。何をしてくるかは分からないが……シンシア、警戒しておけ」
貴族の動きを警戒するようにと伝えたタイラーに、ウォレスが鼻で笑う。
「そのことならもう名無しの爺に聞いたっての」
「……何? 名無しの爺だと?」
ウォレスが口に出した名無しの爺に反応したタイラーは、目を丸くして驚いていた。
そして、タイラーはキッとウォレスに目を向ける。
「名無しの爺に会ったんだな? どこにいる?」
「……言わねぇ」
「いいから話せ! 命令だ!」
「絶対に言わねぇ」
名無しの爺のことを黙秘するウォレスに、タイラーは拳を握りしめて殴りかかろうとした。
だけど、その前にシンシアがタイラーの手を掴んで止める。
「待って、タイラー! 子供たちの前でそんなことしないで!」
「……ちっ」
シンシアに言われ、タイラーは子供たちが遠巻きに不安げな顔で見ているのに気づく。
タイラーは舌打ちしながらウォレスに背中を向けた。
「言いたくないのであれば、もう聞かない。だが、ウォレス……星屑の討手に所属している以上、俺の命令は絶対だ。今度命令に背くことがあれば……切り捨てる」
吐き捨てるように言うと、タイラーは広場から去っていった。
去っていくタイラーの背中を睨みつけているウォレスに、シンシアは頭を下げる。
「すいません、ウォレスさん。タイラーも、昔はあんなんじゃなかったんですけど……」
「分かってるよ。だけど、あいつの言ったことは認めねぇ」
貧民街を苦しませる貴族が、タイラーをあんな風に変えた。それが分かっていても、ウォレスはタイラーの考えを……夢は犠牲なくしては叶わないという考えを認めない。
タイラーがいなくなったことで落ち着きを取り戻したウォレスはいつもの笑顔になった。
俺はそのままウォレスと別れ、貴族の動きを探るために貴族街に戻るのだった。
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