二十曲目『星屑の討手の過去』

「きゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「ぐっほぉぉぉぉ!?」


 俺とウォレス、そしてシンシアが子供たちが暮らしている廃屋に来ると、その廃屋から飛び出してきたのはキュウちゃんだった。

 キュウちゃんは一目散に俺に向かっていくと、走った勢いのまま俺の腹部に頭突きを喰らわしてくる。

 その勢いはまさに白い弾丸。避けることも出来ずに俺はキュウちゃんの頭突きを受け止め、勢いに負けて地面を転がった。


「いたた……」

「きゅうぅぅ……ッ!」


 痛みに顔をしかめているとキュウちゃんが俺の胸に立ち、ゴゴゴと音が聞こえそうなどす黒いオーラを身に纏いながら見下してくる。

 明らかに怒っている。ここに置いてけぼりにしたことに、かなりお冠のようだ。

 そして、キュウちゃんは小さな前足で俺の顔をペチペチと叩いてきた。


「ちょ、キュウちゃん、ごめん、ごめんって!」

「きゅきゅきゅきゅぅぅぅぅぅ!」


 気が済まないのかキュウちゃんは俺の顔を叩き続ける。最初はそうでもなかったけど、徐々に威力を増していく攻撃にさすがに耐えられず起き上がってキュウちゃんを抱き抱える。


「本当、ごめんってば。もう忘れたりしないからさ」

「きゅー……」


 抱き上げられてもなお俺に向かって前足をバタバタとさせるキュウちゃんに、苦笑しながら謝る。するとようやく気が済んだのか恨めしげに俺を見つめてからそっぽを向いて鼻を鳴らした。

 ふてくされているキュウちゃんを頭に乗せると、俺たちに気づいた子供たちが廃屋から出てくる。


「ウォレス! シンシア姉ちゃん! おかえり!」

「ただいまだぜ、アレク! いい子にしてたか?」

「当たり前だろ!」


 元気いっぱいのアレクの頭を撫でながら頬を緩ませるウォレス。ちょっと見ない間に前よりも仲良くなったみたいだな。

 アレクに続いてコレオとダレンもウォレスに近寄り、紅一点のソレルはシンシアに抱きついていた。


「シーちゃん……」

「ほらソレル。そんな悲しい顔しないで。まだ大丈夫、戦いになったりしないから」

「うん……」


 今にも泣きそうな顔をしているソレルの頭をシンシアは優しく撫でる。

 星屑の討手が貴族と戦うことになったら、仲間であるシンシアも戦場に出ないといけない。それをソレルは心配しているんだろう。

 いつ戦いになるかも分からない。そして、その日は刻一刻と近づいている。子供たちのために

も、絶対に争いを止めないとな。


「さぁ、みんな。タケルさんが食料を持ってきてくれたから、お礼を言って」


 シンシアに言われて子供たちは俺に頭を下げて「ありがとう、タケル!」と声を揃えてお礼を言ってきた。

 ちゃんとお礼を言えるのは、シンシアの教育の賜物だろう。俺はニッと口角を上げながら笑い、魔装の収納機能で大量の食料を子供たちに配った。

 嬉しそうに廃屋に運ぶ子供たちと、それに付き添うシンシア。残された俺とウォレスは顔を見合わせて笑った。


「いい子たちだな」

「あぁ。ま、ちょっとばかり元気すぎるけどな!」


 ウォレスは楽しそうに笑う子供たちを見て、懐かしそうに微笑んだ。

 多分、家族のことを思い出してるんだろう。何も言わずに俺も子供たちの姿を眺めていると、足下に小さな石がぶつかってきた。


「ん? なんだ?」


 また石が飛んできて、俺は飛んできた方に顔を向ける。

 すると、廃屋の陰からシワだらけの手が見え、俺に向かって手招きしていた。


「あれは……ジジイか?」


 見覚えのあるその手は、ジジイ……名無しの爺だ。

 俺を呼んでいるジジイにウォレスも気づき、首を傾げる。


「あん? 誰だ?」

「この国の情報屋だよ。名無しの爺って呼ばれてる」

「あぁ、なんか聞いたことあるな。呼んでるみたいだし、行ってみるか」

「そうだな」


 俺とウォレスがジジイのところに向かっていくと、廃屋の陰から出ていた手がひゅんっと隠れる。追いかけていくと、ジジイの手が遠くの方に見えた。

 姿を隠したまま俺たちを呼ぶジジイを追いかけ続けていくと、井戸を見つける。ジジイの姿がないし、多分その井戸の中にいるんだろう。

 俺とウォレスは井戸を降りると、そこにはジジイが顎髭を撫でながら待ち構えていた。


「ホッホッホ。タケル、よく来たのぅ」

「ジジイが呼んだんじゃん。で、どうしたんだ?」

「ちょいと話をしたくてな。む? お前さんは誰じゃ?」


 ジジイは初めて会うウォレスに眉をひそめる。ウォレスは一歩前に出ると笑みを浮かべながら自分の胸に親指を向けて口を開いた。


「オレはウォレス! タケルの仲間だ! あんたが名無しの爺、なんだよな?」

「いかにも。ワシが名無しの爺じゃ。気軽にお爺ちゃんって呼んどくれ」

「分かったぜ、ジジイ!」

「分かってないぞ!?」


 ウォレスにまでジジイ呼ばわりされ、がっくりとうなだれる。だけどすぐに「まぁ、ええわい」と諦め、本題に入った。


「ある情報が手に入ったのじゃ。どうやら貴族は何かしらの作戦を実行に移すつもりのようじゃ」

「作戦? どんな?」

「それは分からん。じゃが、今日の夜に動き出すらしい。気をつけるのじゃ」


 貴族が何か企んでるのか。何をするつもりなのかは分からないけど、ろくなことじゃないのは確かだろう。

 するとウォレスが訝しげにジジイを見つめた。


「ヘイ、ジジイ。その情報はたしかなのか?」

「うむ、間違いなくのぅ」

「どうやって調べたんだ?」

「それは……秘密じゃ」


 ジジイは調べた方法を濁して教えようとはしない。

 口元に人差し指を立ててニヤリと笑うジジイに、ウォレスはため息を吐いて後頭部を掻いた。


「まぁ、そこまで言うなら詮索はしねぇよ。とにかく、その情報が間違いないなら、早いとこタイラーに伝えなきゃな」

「ホッホ、タイラー……久しぶりに聞いたわい。あのやんちゃ坊主、今や星屑の討手の頭領なんぞやっておるようじゃな」

「タイラーを知ってるのか?」


 俺が聞くとジジイは頷き、頬を緩ませる。


「もちろんじゃ。あやつがまだ小さい頃はワシが面倒を見てやったもんじゃ。やんちゃで、手の掛かる子供じゃった。仲間思いの優しい子じゃったが……今となってはあんなことになってるとはのぅ」


 昔を思い出していたジジイはタイラーが星屑の討手の頭領になっていることにやれやれと首を振る。

 ジジイはあまり星屑の討手に対してよくは思ってないみたいだ。

 するとウォレスは小さく笑みをこぼし、口を開く。


「仲間思いなのは昔からなんだな。今もそれは変わってねぇよ……ちょっとばかし、暴走気味だけどよ」

「それもまた昔からじゃ。仲間のことになるとすぐに頭に血が上ってのぅ。本当、手を焼かされたわい」

「ハッハッハ! そんなところも変わってねぇんだな! そうだ、ジジイはシンシアのことも知ってるのか?」


 ウォレスがシンシアのことを聞くと、ジジイは途端に悲しげな表情を浮かべ始めた。


「……あぁ、もちろんじゃ。知らないはずがないわい……あの子は、元気にしてるかの?」

「元気だぜ。ガキ共の面倒を見てる」

「……そうか。元気なら、いいんじゃ」


 ジジイは優しく微笑み、嬉しそうにしている。

 そして、ジジイは真剣な表情で真っ直ぐにウォレスと目を合わせた。


「ウォレスよ。シンシアとタイラーを頼む。シンシアは本当に優しい子じゃが、無理をしがちじゃ。タイラーも決して悪い子ではない。ただ、少しばかり仲間思い過ぎる。二人を、どうか助けてやってくれ」

「言われなくてもそうするさ」

「……ありがとう。感謝するわい」


 ジジイが二人のことを頼むと、ウォレスはニッと笑いながら即答する。ジジイは安心したとばかりに口元を緩ませた。

 二人のことを孫のように思っているみたいだな。だからこそ、戦いに身を投じている二人を心配で仕方ないんだろう。

 ふと気になったことがあり、俺はジジイに尋ねた。


「なぁ、ジジイ。星屑の討手がどういう組織なのか、詳しく知ってるか?」

「む? まぁ、知ってると言えば知っておるの」


 星屑の討手のことを聞いてみると、ジジイは遠い目をしながら語り出す。


「元々、星屑の討手はこの貧民街の住人たちで結成された組織じゃ。最初は今のように国を取り戻すために戦うなんてことはせず、貴族街に忍び込んで食料を奪い、住人に配るような義賊みたいなもんじゃった」

「争ってなかったのか?」


 今とかなり違う組織だったことにウォレスが意外そうにしていると、ジジイは悲しそうな顔で頷いた。


「そうじゃ。戦わず、誰も傷つけずにただ食料を奪って貧民街の住人を助ける組織だったんじゃ。タイラーやシンシアはその星屑の討手に育てられていた……だがある時、ある事件が起きたんじゃ」

「事件?」

「……貴族が貧民街を襲い、当時星屑の討手の頭領だった者の娘を殺したんじゃ」


 ジジイは悔しそうに拳を握りしめ、目に涙を浮かばせる。


「その事件を境に、星屑の討手は変わってしまった。貴族に反感を持ち、報復を誓った……当時の頭領は止めようとしたんじゃが、復讐の炎を消すことは叶わなかった」


 そうして、今の星屑の討手が出来上がったのか。

 その当時の頭領は争いを好まなかったんだろう。自分の娘が殺されたっていうのに、それでも戦いで命を落とすことを止めようとしたみたいだ。


「身寄りのなかったタイラーはその殺された娘に世話になっておった。その事件をきっかけに貴族への復讐を決め、元々子供たちの中心人物じゃったタイラーは大人になり、星屑の討手の頭領になったんじゃ」

「そして、今に至るって訳だな」


 タイラーが貴族に対しての恨みは深い。それは、育ててくれた当時の頭領の娘が……家族が殺されたからだったんだな。

 そしてタイラーは報復を誓い、貴族を追い払ってこの国を取り戻そうとしてる。例え多くの血が流れようとも。

 ジジイは悲しげに首を振り、話を続ける。

 

「貴族はすぐに手出しが出来ないほどに成長した星屑の討手の存在を危惧しておる。その頭領のタイラーを殺せば、貧民街を制圧出来ると考えているようじゃ」

「……ってことは、今夜やろうとしている作戦はタイラーに関係するようなことだな」

「おそらくじゃが、な」


 ウォレスは眉間にシワを寄せながら顎に手を当てて考え込む。

 貴族の目標がタイラーなら、ウォレスが言うようにタイラーをどうにかするための作戦を練り、実行しようとしているだろう。

 これは大事になりそうだ、とあまり時間がないことに焦りを覚える。すぐにでも真紅郎たちにも伝えないとな。

 俺は貴族街に、ウォレスはタイラーにこのことを伝えるために井戸から出ようとした時……立ち止まったウォレスはジジイに問いかける。


「そういえばよ、さっきの昔話でタイラーとシンシアのことは聞いたけど……ラクーンについては出なかったな? ラクーンはどんな奴だったんだ?」


 たしかに、昔話にラクーンのことは語られなかった。タイラーの側近で参謀になるぐらいだから、昔馴染みなんじゃないのか?

 すると、ジジイはポカンとしながら首を傾げる。


「ラクーン……? 誰じゃ? ワシはそんな奴は知らないのぅ」

「は? あんた、情報屋だろ? 知らないってことはないだろ」

「ワシはなんでも知ってる訳じゃない。知っていることだけじゃ。じゃが、星屑の討手のことはよく知っていたつもりじゃったが……ラクーンという名前は知らんわい」


 情報通のジジイでもラクーンのことは知らない……これはちょっと、おかしくないか?

 星屑の討手でもかなり重要なポジションにいるラクーンを、ジジイが知らないはずがない。

 なのに、知らない……どうも引っかかるな。

 ラクーンに対して疑問を覚えつつも、とりあえず俺たちは行動に移すことにした。

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