十九曲目『真紅の髪』

 気絶したフライを門番に引き渡して、翌日。

 まだ日も昇ってない時間から、俺は隠し通路を通って貧民街に向かっていた。

 理由はフライが貧民街を襲ったことをきっかけで、星屑の討手が動き出さないか心配だったからだ。

 恨んでいる貴族の起こした暴挙に、星屑の討手が報復しないとは思えない。だけど、今そんなことされたらゼイエルさんも貧民街の制圧作戦を強行しかねない。

 駆け足で隠し通路を通り、魔装の収納機能で濃紺のローブを身に纏って星屑の討手の本拠地に向かう。誰が見てるか分からないから、一応フードも被っておこう。

 まだ真っ暗な貧民街を走り抜けて本拠地に向かうと、どこか遠くで何かがぶつかり合うような音が聞こえてきた。


「あっちか?」


 こんな時間になんだろうと気になって、音がする方に向かってみる。

 音がしていたのは、星屑の討手の本拠地の裏。瓦礫やゴミを片づけた広場だ。

 そして、そこには二本の木剣を持ったウォレスと対峙するタイラーの姿があった。


「ヘイ! もう終わりか?」

「はぁ、はぁ……まだ、だ……ッ!」


 タイラーは滝のように汗を流しながら震える手で木剣を構え、ウォレスに向かって走っていき木剣を振り下ろした。

 向かってくる木剣をウォレスは二本の木剣を交差させて防ぎ、上に跳ね上げながらその場でコマのように回転する。その勢いのまま後ろ回し蹴りをタイラーの腹部に向かって放った。


「くっ……」


 タイラーは顔をしかめながらどうにかウォレスの蹴りを避け、返す刃で木剣を斜め上から振り下ろそうとする。


遅ぇスロー!」

「ぐほ……ッ!?」


 だけどウォレスは右手に持った木剣でタイラーの攻撃を防ぐと、もう片方の木剣をタイラーの脇腹に打ち込んだ。

 鈍い音と共にタイラーが地面を転がって倒れ伏す。打たれた箇所を手で抑えながら痛みに悶えるタイラーに、ウォレスは木剣を向けた。


「ヘイヘイ、どうした? そんなもんか?」

「ぐっ……ま、だ、まだぁ!」


 ニヤニヤと笑いながら挑発するウォレスに、タイラーは歯を食いしばりながら立ち上がる。ふらつく足に鞭を打ち、タイラーはまたウォレスに立ち向かっていった。

 どうやらウォレスはタイラーに稽古をつけているみたいだ。

 タイラーの動きは疲労で鈍くなっているけど、振る度に鋭さを増していく木剣を見るに中々センスがある。

 だけど、まだまだだ。我流なのか攻撃が一辺倒で読みやすい。まるで荒削りの原石だな。

 ウォレスはタイラーの剣を防いでいたけど、徐々に自分から攻撃を仕掛けていく。タイラーはウォレスの本能に任せた荒々しい攻撃に耐えきれず、とうとう木剣を手放してしまった。


「……ほい、終了。休憩しようぜ?」

「ぜぇ、ぜぇ……あぁ」


 休憩を告げるとタイラーはその場で崩れ落ちるように尻餅を着いた。

 汗だくで呼吸を荒くさせているタイラー

と額の汗を腕で拭いながら余裕そうにしているウォレスに、俺は声をかける。


「よう。こんな時間からよくやるな」

「ん? おぉ、タケル! タイラーに鍛えてくれってお願いされたからよ。さすがに眠いぜ……」


 そう言って欠伸を漏らすウォレスに、タイラーは恨めしげに睨みつける。


「クソ……どうしてこんなに強いんだ……」

「鍛え方が違うからな! タイラーは動きはいいけど、誰にも師事して貰ったことはねぇんだろ? それじゃあ、オレには勝てねぇな」

「……ちっ」


 ウォレスの言葉に何も言い返せなかったのか、タイラーは舌打ちで返した。

 俺は魔装の収納機能で干し肉を取り出し、ウォレスに投げ渡す。


「お、サンキュー!」

「タイラーも食うか?」

「……あぁ」


 渡した干し肉を嬉しそうに噛むウォレス。タイラーにも聞くと、少し考えてから頷いたから渡してやる。

 俺も干し肉を食べながら空を見上げると、空は少し

ずつ明るくなってきた。もうすぐ夜明けだな。

 干し肉を食べ終えた頃、ウォレスはタイラーに戦い方を教え始めた。


「タイラー。お前は魔法が使えない分、剣術をしっかり出来るようにならないといけねぇ。オレは教えるのが得意じゃねぇから、とにかく数をこなして体で覚えさせる。ついて来れるか?」

「……当然だ。休憩が終わったら、またやるぞ」

「魔法が使えない?」


 ふと、ウォレスの言葉で「魔法が使えない」って

部分が気になって首を傾げると、タイラーが顔をしかめながら口を開く。


「……俺は、生まれつき魔法が使えない体だ。魔力があっても、魔法の行使が出来ない」


 タイラーは自嘲するように話す。

 この異世界では全ての人に魔力が備わっているけど、ごく稀に魔法が使えない人もいるらしい。タイラーはその一人のようだ。

 魔法が使えないのは、この異世界での戦闘においてかなりネックだろう。身体強化も使えない中、己の

み一つで強力な威力を持つ魔法を使う相手と渡り合わなきゃいけないんだから。


「まぁ、魔法が使えないなら使えないなりに戦えばいいだろ? そのための稽古だ!」

「……そういうことだ。ウォレス、そろそろやるぞ」


 休憩して息を整えたタイラーは木剣を拾って構えようとする。だけど、その前に星屑の討手の男が近づいてきた。


「頭領! ラクーンさんがお呼びです!」

「……ちっ。分かった、今行く」


 水を差されたタイラーは渋々返事をして、木剣を下ろす。

 そのままタイラーがこの場を去ろうとする前に、俺は呼び止めた。


「ちょっと待ってくれタイラー。昨日の件はもう知ってるか?」

「……貴族のバカが貧民街の住人に向かって魔法を使った件か? 聞いた話じゃ、お前もいたらしいな?」

「……悪い。まさかあんなことするなんて思わなくてさ。止めるのが遅くなった」

「……別に責めるつもりはない。やったのは、あの貴族だ」


 タイラーは貴族街の方を睨みながら、拳をギリッと握りしめる。明らかに怒っている。今すぐにでも貴族街に向かって犯人であるフライを襲いそうな雰囲気だ。

 どうやって宥めようか、と考えていると俺の考えを察したのかタイラーは鼻で笑った。


「安心しろ。感情に任せて貴族街を襲うことはしない。今はその時じゃないからな。だが……貧民街を襲った貴族には、必ず報復する」


 どうやらタイラーは怒ってはいるけど、冷静のようだ。

 いや、冷静ではないか。怒りを抑えているだけで、心の中は復讐の炎で燃え盛っている。

 それだけ言うとタイラーは去っていった。その背中を見送っていると、ウォレスがため息を吐いて後頭部を掻く。


「あぁは言ってたけどよ……昨日のあいつ、かなり怒り狂っててそのまま貴族街に向かおうとしてたんだぜ? オレとシンシアが止めて、ラクーンが説得してようやく考え直したんだ」

「そうなのか……」

「あいつは直情的ですぐに暴走するけど、仲間思いで悪い奴じゃねぇんだ。こんな状況じゃなかったら、もっと仲良くなれるんだけどな」


 ウォレスとしてはタイラーのことは嫌いじゃないんだろう。だからこそ、稽古をつけてるんだろうな。

 遠い目をしながらタイラーを見ていたウォレスは、気持ちを切り替えるように頬をパンッと叩く。


「悩んでても仕方ねぇ! タケル、まだ食料はあるのか?」

「え? あぁ、まだあるぞ?」

「よし! なら、食料をガキ共の配るか! 本拠地の方にシンシアもいるから、シンシアも呼んでガキ共のところに行くぞ!」


 俺とウォレスはシンシアを呼ぶために本拠地に向かう。

 本拠地に入り、シンシアを探したけどその姿はなく、ウォレスは通りがかった星屑の討手の男に声をかけた。


「ヘイ! シンシアがどこにいるか知ってるか?」

「シンシアさん? さっき上に向かったのを見たぜ?」

「そうか! サンキュー!」


 シンシアの居場所を聞いたウォレスと一緒に階段を上る。この本拠地は三階建てで、三階は災禍の竜に襲われたことで天井がないらしい。

 星屑の討手はそこに目を付け、吹き抜けになった三階を見張り台として使っているようだ。

 ウォレスが扉を開くと、吹き抜けてくる風と一緒に眩い光に包まれた。

 夜が明け、いつも厚い雲で覆われて薄暗いアストラに、太陽の明るい光が照らしていく。

 光で閉じていた瞼を開くと、そこには一人の女性が俺たちの方を振り返った。


 風で靡く細長いターバンの布と、暖かな陽だまりのような橙色の長い髪。

 太陽の光が橙色の髪と重なると、その色を燃えるような鮮やかな真紅に染められていく。

 太陽を背に真紅の髪を露わにしていたのは、シンシアだった。

 

 優しい橙色と深みのある真紅の美しいコントラストに目を奪われていると、俺たちを見て唖然としていたシンシアは慌てた様子で髪を隠すように頭を抱えてうずくまる。


「み、見ないで下さい!」


 見られたくなかったのかシンシアが叫ぶ。その必死さに俺たちはすぐに背中を向けた。

 背後でスルスルと布が巻かれる音が聞こえると、「……いいですよ」とシンシアが言ってきたから振り返る。すると、シンシアの頭には髪を隠すようにターバンが巻かれていた。

 シンシアは今にも泣きそうな顔で頭を抑えながら、消え入るような声で問いかけてくる。


「……見ました、よね?」

悪いソーリー。見られたくなかったみたいだな」

「いえ、いいんです。私が油断していたのが悪いですから……」


 諦めたように力なく首を横に振ったシンシアは、意を決したように俺たちを見つめた。


「今見たものは、誰にも言わないで下さい。お願いします」


 深々と頭を下げて嘆願するシンシア。それほどまでに、髪のことを隠したいようだ。

 そこにどんな理由があるのかは分からないけど、こんなにお願いされたら頷くしかない。


「分かった、誰にも言わない」

「あぁ。オレも言わねぇよ」

「……ありがとうございます」



 誰にも言わないことを約束すると、シンシアは儚く微笑みながらお礼を言ってきた。

 何かあるのか気になったけど、これ以上詮索しない方がいいだろう。

 俺たちは脳裏に焼き付いている美しく鮮やかに染められた真紅の髪のことは話題に出さないまま、シンシアと一緒に子供たちに食料を配りに向かうのだった。

 

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