十八曲目『腐り切った貴族』

 ジジイ……名無しの爺から色々と情報を聞けた俺は、宿に戻ってきた。

 部屋に入ると真紅郎とサクヤ、やよいが俺を見るなりホッと胸をなで下ろす。

 どうしたんだ、と首を傾げていると真紅郎がため息混じりに口を開いた。


「あのね、タケル。朝起きたらなんの言伝もなくいなくなられたら、心配になるでしょ?」

「あぁ、そういうことか。悪い悪い」


 そう言えばまだ真紅郎たちが起きていない早朝に枯れ井戸でジジイを見つけて、そのまま話し込んでいたからな。

 何も言わずにいなくなった俺が悪い。素直に謝ってから、俺は本題に入った。


「名無しの爺を見つけてさ、色々聞いてきたんだよ」

「え!? 見つけたの!?」


 驚くやよいに頷いて返してから、俺はジジイから聞いたことを話す。

 昔のアストラのこと、そして……災禍の竜について。

 その壮絶な過去を聞いた全員が無言で俯き、少ししてから真紅郎がポツリと呟く。


「災禍の竜、ね。初めて聞いたよ」

「……国一つを滅ぼす力を持ったモンスター。そいつが、今の貧民街を生み出した元凶」


 真紅郎とサクヤは苦々しい表情を浮かべる中、やよいはプルプルと肩を震わせている。顔は青ざめ、恐怖に苛まれているようだ。

 俺はやよいを安心させるように優しく頭を撫でた。


「安心しろって、やよい。もう災禍の竜は封印されてるんだからさ」

「……でも、もしも封印が解けちゃったらどうしよう。また昔みたいにどこかで暴れ出したら……」

「そんなこと考える必要ないだろ。考えるのは過去じゃなくて、この国の今だ。それより、貴族と星屑の討手の争いをどうにかする方法を考えようぜ?」

「……うん」


 やよいはどうにか恐怖を飲み込んで力なく笑う。

 すると真紅郎は腕組みしながら思考を巡らせ、どうするのかを考え始めた。


「まずは、貴族の目的だね。まぁ、お金とか名誉、地位とかかな?」

「そうだろうな。星屑の討手、貧民街側は……」

「……国を取り戻すことと、生活環境の改善?」 

「それ、どっちも納得する案なんてなくない?」


 真紅郎の言う通り、貴族が求めているのは金とか地位だろうな。貧民街の住人は劣悪な生活環境からの脱却、星屑の討手は国を取り戻すこと。

 両方が納得して和解する案は……正直、思いつかないな。

 俺たちは頭を悩ませる。どうしたもんか。

 

「……独立する、とか?」


 サクヤがボソッと言った考えに、真紅郎は肩を竦める。


「それが一番だと思うけど、星屑の討手の目的は自分たちを今まで苦しめてきた貴族への報復が大きいと思う」

「独立したいんじゃなくて、復讐がしたいってことか」


 ため息を吐きながら言った言葉に、真紅郎は顔をしかめながら頷いた。

 貧民街の住人は元々この国の民だったのに外部から来た貴族たちに追い払われ、苦しまれてきた。我が物顔で居座っている貴族に怒り、恨み、立ち上がったのが星屑の討手。

 報復を誓い、復讐の炎が燃え盛っている星屑の討手は、ただこの国を取り戻しただけじゃ気が済まないはずだ。

 貴族街にいる人たちを全て殺すまでは、止まることはないだろう。

 そうなると絶対に血が流れる、死者が出る。それだけは絶対に避けなきゃいけない。

 でも、どうしたらいいんだ? 堂々巡りだ。頭を使いすぎて煙が出そうになっていると、やよいが恐る恐る手を挙げる。


「どうした、やよい?」

「あの、さ。この国に来る前にグランさんから聞いた伝説のこと、覚えてる?」

「伝説? たしか、死者を蘇らせる代物が眠ってるって奴か?」


 やよいは突然、行商人のグランさんの世間話に出てきた眉唾物の伝説のことを口に出す。

 それがどうしたのか疑問に思っていると、やよいは言い辛そうに言葉を選びながら話し出した。


「それがあれば、もしも争いで亡くなる人が出ても、蘇らせることが出来るんじゃないかな、って……」

「……は? どういうことだ?」


 思わず堅く低い声で聞き返すと、やよいは慌てた様子でどもりながら弁明し始めた。


「ど、どうしても争いが止められない可能性だってあるでしょ? だから、その死者を蘇らせる伝説の物があれば、争いで亡くなった人もどうにか出来るだろうし、その……」

「蘇るんだから、多少血が流れても大丈夫……そう言いたいのか?」


 やよいは俺の言葉に俯いて黙り込む。

 つまり、死者を蘇らせる代物さえあれば、争いで犠牲になった人も蘇るから争いを止めなくてもいい、ってことか?


「ーーお前、自分で何を言ってんのか分かってるのか!?」


 抑えきれない怒りに任せて、やよいを怒鳴りつけるとビクッと肩を震わせる。

 俺はそのままやよいを睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。


「もしもその伝説が嘘で、死者を蘇らせる方法がなかったらどうするんだ! 仮にあったとしても、そんな理由で血が流れるのを見過ごせる訳がないだろ!?」


 本当に実在するかも分からない不確かな伝説を信じて、もしもなかったらどうする? 死者の山が出来て、この国が血で染まることになる。

 もしも本当にあったとしても、死んだ人を蘇らせるなんて冒涜に他ならない。


 俺は、そんな物を当てにするようなことはしない。したくない。

 

 やよいはうなだれて縮こまり、唇を噛みしめていた。

 怒鳴ったことで怒りが収まってきた俺は、深く息を吐いてから首を横に振る。


「俺は反対だ。絶対に」

「……ごめん、なさい」


 やよいは今にも泣きそうな顔で声を震わせながら謝ってきた。さすがに言い過ぎたか、とも思うけど俺は絶対に謝らない。やよいの考えは明らかに間違いだと思うから。

 すると真紅郎が俺を宥めながら、やよいに微笑んで口を開いた。


「やよいの言いたいことは分かるけど、ボクも反対だよ。死者を蘇らせる方法なんてあるはずないし、あっても使うべきじゃない。死んだ人は、戻ってこない。それは魔法がある異世界だろうと、ボクたちの世界と変わりないよ」


 やよいは拳をギュッと握りしめながら、何も言わずに静かに頷いて返す。

 多分、やよいはシランのことをまだ引きずっているんだろう。

 一番の友達でもう二度と会えない大切な人、シラン。そんな存在が亡くなってまだ日が経っていないから、当たり前と言えば当たり前だ。

 だけど、例え大切な人だろうと蘇らせてはいけない。シランもそれを望んでいないはずだ。

 部屋が息が詰まるような重苦しいムードになっていると、部屋のドアからノックする音が聞こえてくる。

 返事をすると部屋に入ってきたのは、この宿の従業員の人だった。


「失礼致します。真紅郎様にお客様が来ていますが、どうなさいますか?」

「ボクに? 誰ですか?」

「フライ様でございます」


 真紅郎はその名前を聞くと面倒臭そうに顔を手で覆い、渋々そのフライって奴を通すように答えた。


「誰だ?」

「ほら、前に話したでしょ……ボクを女性だと間違えてナンパしてきた貴族。フライって言う人で、この国の中流貴族のお坊ちゃまなんだよ。無碍にするのも貴族側の印象が悪いだろうし、ごめんね?」


 そういえば、なんかそんな話を聞いた気がするな。そのフライってのが真紅郎になんの用だ?

 首を傾げていると扉が開け放たれ、そこにはブロンドヘアーの前髪をサラッと手でかき上げる気障ったらしい男が入ってきた。


「やぁ、真紅郎! 今日もキミは美しいな!」

「あ、あはは……ありがとうございます、フライ様」

「気軽にフライって呼んでくれ、真紅郎!」


 大げさに目を手で抑えながら天井を見上げたかと思うと、フライは真紅郎に向かって手を差し伸べ、パチッとウィンクしてくる。

 もしかして、と俺はこっそりと真紅郎に耳打ちした。


「……まさかとは思うけど、男だとバレてないのか?」

「……言ったんだけど、信じてくれなかったんだよ。だから仕方なく、そのまま勘違いして貰ってるんだ」


 つまり、こいつバカなんだな。今も真紅郎の耳元に顔を近づけている俺を恨めしげに睨んできてるし。面倒臭そうだから、真紅郎に丸投げしよう。

 真紅郎はため息を吐いてから、フライに声をかけた。


「それで、今日はどんなご用事ですか?」

「あぁ! 実はだな、今から面白いことをしようと思っててな、是非とも真紅郎に来て欲しいんだ!」

「面白いことって、なんですか?」

「それは、来てからのお楽しみさ……ついでに、そこのお友達・・・も一緒に来ていいぞ?」


 お友達、って部分を強調しながら俺とサクヤの方を睨んでくる。あれか、俺たち男が真紅郎と一緒にいるのが面白くないんだな。でも真紅郎の手前、無碍には出来ないって感じか。

 行きたくないけど、真紅郎が助けを求める目で見てくる。仕方ない、俺たちも一緒に行くか。

 俺たちが来ることが分かると、フライは鼻で笑ってから真紅郎に向かってニタリと笑いかける。その笑顔は、実に醜悪だった。


「決まりだな! では、行くぞ真紅郎!」


 テンションが上がっているフライは我先にと外に向かう。

 テンションが下がっている真紅郎は行きたくなさそうについて行き、サクヤも一緒に向かった。

 そして、やよいと俺が残される。まだ暗い影を落としているやよいの頭に手を乗せた。


「……伝説のこと、今度名無しの爺に聞いてきてやるよ」

「え……でも」

「本当にあるのか分からないし、あっても使うつもりも使わせるつもりもはないけど……気になってるんだろ?」


 そう言うと、やよいは迷いながらゆっくりと頷く。

 やよいだって、本当は使うつもりはなかっただろう。

 でもこの国に漂う暗い雰囲気、そしてシランの死。そこに話に上がった死者を蘇らせる代物。精神的に不安定だったやよいは、心が揺れ動いてしまったんだ。

 その引っかかった物を取り除くためにも、真実を知った方がいいだろう。

 すると、やよいは申し訳なさそうに俯きながら、小さく「ありがと」と呟いていた。

 気にすんな、と最後に頭をポンッと軽く叩いてから、真紅郎たちを追いかけた。

 真紅郎の気を惹こうと色んな話をしているフライが連れてきたのは、貴族街と貧民街を隔てる大きな門の前。

 フライが門番に声をかけると、門が重い音を立てながら開いていく。

 目の前に広がる貧民街を見たフライは、ハンカチで口元を抑えながら顔をしかめていた。


「まったく、本当に汚らしい場所だ……早くこんなところ、潰して欲しいものだな」

「貧民街で何かあるんですか?」

「ククッ……何かあるんじゃなく、するんだよ真紅郎。とりあえず、中心部に向かおうか」


 含みのある言い方をしながら、フライは貧民街を進んでいく。

 いきなり現れた貴族街の人間に、貧民街の住人は廃屋に隠れ潜みながら遠巻きに睨んでいた。

 そして、貴族街からかなり離れた貧民街の中心部にたどり着くと、フライは周囲を見渡し始める。


「……この辺りならいいな。真紅郎、実は俺は火属性の魔法が得意なんだ!」

「はぁ、そうなんですね」


 突然、魔法が得意と自慢話を始めてきたフライに、真紅郎は興味なさそうに返事をする。

 フライは不敵に笑いながら、腰に差していた短い杖を抜き放って見せつけてきた。


「女というのは、強い男に惹かれるもの。だから、今から俺がその強さを! ここで披露しようじゃないか!」

「披露……?」

「そうだ! 見ていろ、真紅郎! <我放つは鬼神の一撃>ーー<フレイム・スフィア!>」


 杖を振り上げたフライは魔法を唱えると……火の球を廃屋に向かって放った。

 あまりの出来事に俺たちは呆然と立ち尽くす。こいつは、何をしているんだ……ッ!?


「おい、何やってるんだ!?」

「何を? 決まってるだろう……粛正だ!」


 いきなりの暴挙に我に帰った俺はフライの肩を掴んで止めさせる。

 だけど、フライは俺の手を振り払うとまた火の球を貧民街に向かって放った。

 貧民街の住人が悲鳴を上げて逃げ惑っている。火を必死に布で消そうとする人、爆発に巻き込まれて血を流す人、泣き叫ぶ子供……それらを見て、フライはニタリと下卑た笑みを浮かべて見つめていた。


「奴らは税を払わない罪人! そんな奴らに生きる価値などない! だから俺がわざわざ汚らしいゴミ溜めに赴き、粛正しているんだ!」


 そして、またフライは魔法を使い、貧民街を燃やし続けていく。

 楽しそうに、子供のようにはしゃぎながら。粛正と言いながら人々を傷つけていった。


「クカカカカ! 聖なる炎で燃え尽きろ、ゴミ共! どうだ、真紅郎! 俺の力は!」

「……ッ!」


 こんなものを見せられて、真紅郎が怒らないはずがない。

 真紅郎は魔装を展開してベース型の銃を構え、そのまま銃口を向けようとした。

 だけど、その前にーー動き出した奴がいる。


「クカカカプゲェ!?」


 高笑いしていたフライは白目を剥いて膝を着き、顔から地面に倒れ伏した。

 そのフライの後ろには、一瞬で背後に回り延髄に向かって回し蹴りを放った体勢のサクヤの姿。

 真紅郎が撃つ前にサクヤがフライに鉄槌を喰らわせていた。


「……お前がゴミ」

「ナイス、サクヤ」


 倒れているフライを鼻で笑うサクヤに、真紅郎が親指を立てて褒める。

 貴族に手を……というより、足を出してしまった訳だけど、今この場には他の貴族の姿はない。

 フライには貧民街の住人が投げた石が後頭部にぶつかった、とでも言っておけばいいか。

 俺は住人の働きによって鎮火した廃屋を見つめながら、拳を握りしめる。

 やっぱり、この国の貴族は腐っている。どうにかしないと、これ以上の惨劇が罪のない人たちが苦しむことになる。


 俺たちはフライを引きずりながら貴族街に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る