二十二曲目『戦いの火蓋』
外はすっかり暗くなり、貴族街の宿に戻った俺は真紅郎にジジイから聞いた情報……今日の夜に貴族が何かしようとしていることを話した。
すると真紅郎は腕組みしながら首を傾げる。
「貴族側から何かするって話は、一度も聞いてないなぁ……今日ゼイエルさんと会って話したけど、そんなことするようにも思えなかったし」
「真紅郎に話してないだけで、秘密裏に動いているとか?」
「いや、それもないと思う。少なくとも、
ボクが見た感じだとゼイエルさんは貧民街に対して憎たらしそうにしてたけど、すぐに何かするって風には見えなかった。もちろん、ゼイエルさんの方が一枚上手って可能性もあるけど……」
真紅郎の前で隠し事が出来る人はそうはいないはず。その真紅郎に貴族が何かしようとしていることを悟らせない、なんて芸当がゼイエルさんに出来るのか?
でもタイラーは貴族の動きが妙だって言ってたし、ジジイの情報でも貴族が今夜に何かしらの作戦を実行に移すって話だった。
俺としては真紅郎の目を信じたい。だけど、タイラーとジジイの情報が一致しているのも気になる。
頭を悩ませていても仕方ないな。
「とりあえず情報が本当だろうと嘘だろうと、心配だから今から貧民街の方に行ってみる」
「分かった。くれぐれも注意してよ?」
もしも今夜貴族が何かしてくるなら、これをきっかけに貴族と星屑の討手との争いが激化する可能性がある。
そうさせないためにも、俺は宿を出て貧民街へ向かった。
暗くて視界が悪い中どうにか隠し通路を抜けて貧民街に入り、シンシアと子供たちが暮らしている廃屋に向かう。
ウォレスもそこにいるだろうから、今夜の動きを話し合おう。そう思って廃屋の入り口にかかっている布に手を伸ばそうとすると……そこから勢いよくウォレスが飛び出してきた。
「うわ!? う、ウォレス?」
「た、タケルか! いいところに来たな!」
血相を変えて慌てて飛び出してきたウォレスは俺に気づくと、すがりつくように俺の肩を掴んでくる。
明らかに尋常じゃない様子のウォレスに面食らっていると、ウォレスは息を切らしながら叫んだ。
「シンシアがいないんだ! ガキ共も!」
「な、なんだって!?」
ウォレスをどかして廃屋の中に足を踏み入れると……荒らされ、戦った痕跡が残された部屋にはシンシアと子供たちの姿はなかった。
「お、オレが貴族街から食料を取って戻ってきたら、いなくなってたんだ! 三十分ぐらいしか離れてねぇってのに!」
取り乱しているウォレスを後目に、俺はある考えに思い至る。
「もしかして……貴族の仕業か?」
今夜貴族が何かしらの作戦を実行するって情報。もしかすると、シンシアと子供たちを誘拐するっていうのが作戦なのか?
シンシアはタイラーの幼なじみだし、子供たちを誘拐すれば星屑の討手の抑止力になる。
そこを狙ったのか? まだ憶測の域を出ない考えだけど、可能性としては高い。
するとウォレスは苛立たしげに壁を殴る。
「Damn! まだいなくなって間もない……近くにいるかもしれねぇ! タケル、探すの手伝ってくれ!」
「当然だ! 行くぞ、ウォレス!」
俺たちはシンシアと子供たちを探しに走り出した。貧民街を駆けずり回り、シンシアたちの名前を叫ぶ。
静かな貧民街に轟く俺たちの叫びに、住人たちは何事かと目を向けてきた。だけど、すぐに興味なさそうに視線を逸らしていく。
それでも俺たちは走り回り、探し続けた。
「はぁ、はぁ……い、いねぇ……ッ!」
闇雲に探しても見つかるはずもなく、貧民街を一通り探してもシンシアたちの姿はない。それどころか、貴族の姿も見当たらなかった。
走り続けて荒くなった息を整えつつ、このまま探してても無意味だと思った俺は、ウォレスに声をかける。
「ウォレス、タイラーなら何か知ってるんじゃないか?」
「……そうだな。行ってみるか」
俺たちはそのまま星屑の討手の本拠地に向かい、タイラーの元に走る。
本拠地に入って会議室にノックもせずに飛び込むと……そこにはタイラーを含めた幹部たちが揃っていた。
テーブルに地図を広げながら忙しそうに幹部たちに指示を出していたタイラーは、俺たちに気づくと舌打ちする。
「遅いぞ」
「タイラー! シンシアとガキ共が……ッ!」
「知っている。だから今、俺たちは集まってる」
タイラーはシンシアと子供たちがいなくなったことを把握していてたようだ。
そこでラクーンがメガネを指で押し上げながら口を開く。
「シンシアさんたちの暮らしているところに身なりのいい男たちが入るのを見た、という人がいましてね。おそらくですが、貴族が浚ったのでしょう」
「やっぱりか……クソ!」
予想通り、貴族がシンシアたちを誘拐したみたいだ。
それを聞いて悔しそうに悪態を吐くウォレスに、タイラーは鋭い視線で睨んでくる。
「お前、何をしていたんだ? シンシアたちを守るのがお前の仕事だろ?」
「……貴族街に食料を取りに行ってたんだよ。戻ってきたら、もぬけの殻だったんだ」
「ふんっ……失態だな」
鼻で笑ってくるタイラーに何も言い返せないのか、ウォレスは俯きながら悔しそうに拳を握りしめている。
そして、タイラーは思い切りテーブルを叩いた。
「仲間に手を出した以上、報復しなければならない! よって、我ら星屑の討手は……貴族共へ総攻撃を開始する!」
タイラーの宣言に、幹部たちは雄叫びを上げる。
とうとう、こうなってしまった。貴族と星屑の討手の最後の戦争が、始まってしまった。
ここまで来たら、争いを止めることは出来ない。タイラーや星屑の討手たちは止まることはない。
「今から総攻撃の作戦を話し合う! ウォレス、お前も参加しろ! 失態を取り戻したいなら行動で示せ! タケル、お前は貴族の動きを監視しろ! 何かあったらすぐに報告だ! ラクーン、仲間の中でも選りすぐりの実力者を集めろ!」
絶え間なく指示を出すタイラーに、幹部やラクーンが動き出す。
俺たちは無言で唇を噛みしめながらうなだれていた。
「……タケル、ちょっといいか?」
そこでウォレスはらしくない弱々しい声で外に向かって親指を向ける。
慌ただしく動き回る会議室から、俺たちはこっそり抜け出した。
その時……ラクーンが口元を手で隠しながら、ニヤッと笑っているのが見えた。面白そうな、楽しそうな……不気味な笑みを浮かべているのが。
ラクーンの様子が気になりつつも、俺はウォレスに連れられて本拠地の屋上に向かう。
ウォレスは屋上から貴族街を遠い目で見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「悪い。オレが目を離したばかりに、こんなことになっちまった……」
「お前のせいじゃないだろ」
「いや、オレのせいだ……」
自嘲しながら静かに首を横に振るウォレスは、目を閉じて深呼吸すると空を見上げる。
厚い雲に覆われ、より一層暗く感じる夜空を見上げながら、ウォレスは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「オレは、必ずシンシアとガキ共を救ってみせる。でもよ、争いは止まりそうにねぇ。だから、タケル……協力してくれ」
そう言うと、ウォレスは深々と頭を下げる。
ウォレスは責任を感じてるんだろう。もしも自分が貴族街に食料を取りに行かなければ、もっと早く戻っていれば……そんな後悔に苛まれているんだ。
だけど、ウォレスはもしもの話はしない。こうなった以上、シンシアと子供たちを救うしかない。
そのためなら、頭だろうと下げる。ウォレスはそういう奴だ。
俺は小さく笑みをこぼすと、ウォレスの肩を軽くパンチする。
「当たり前だっての。俺たちは仲間だ。仲間のピンチに、俺が動かない訳ないだろ?」
「……ハハッ。そうだよな、タケルはそういう奴だったぜ」
そして、ウォレスは自分の頬を思い切りビンタして気合いを入れた。
「よっしゃ! 頼んだぜ、タケル!」
「おうよ!」
俺とウォレスはニヤリと笑ってハイタッチする。
パシンッ、と鳴らされた音は始まりの合図。
シンシアと子供たちを救い、争いを止める……俺たちの戦いの始まりだ。
そのままウォレスは星屑の討手の会議に出て、俺は貴族街に走る。
ウォレスの仲間は俺だけじゃない。真紅郎も、やよいも、サクヤも、キュウちゃんだっている。
全員で支え合い、助け合えば、なんだって出来る。
それが、俺たちRealizeだ。
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