八曲目『最高指導者との邂逅』

 セルブスさんが案内してくれたのは、屋敷の奥にある大きな木の扉の部屋だった。

 ノックをするとドアの向こうから「入れ」と威厳ある男の声がする。セルブスさんはドアを開け、頭を深々と下げて部屋に入った。


「失礼致します。タケル様方をお連れ致しました」

「うむ、通せ」


 一度深呼吸をしてから、部屋に足を踏み入れる。

 そこは会議室のような場所で、コの字形に置かれた長机にはゴーシュさんを含めたさっきまで夕食会に参加していた貴族たち。

 そして、真っ正面に座っているこの部屋にいる貴族の中でも一際豪奢な衣装を身に纏った壮年の男がいた。


「ようこそ、タケル殿。私はこのアストラの最高指導者、ゼイエル・ジーヴァと申す。どうぞ、そちらに」


 アストラの最高指導者にして貴族たちを取り纏める存在、ゼイエルさんが顎髭を撫でながら自分の正面に置いてあったイスに手を向ける。

 軽く会釈をしてから俺たちがイスに座ると、ゼイエルさんはまるで俺たちを値踏みするように上から下まで見つめ、頬を緩ませた。


「ふむ、思ったよりも若いが見ただけで分かる。貴殿らが強いことがな」

「えっと……あ、ありがとうございます?」


 どう答えていいのか分からずにとりあえずお礼を言っておくと、ゼイエルさんは「フフッ」と笑みをこぼす。


「さて、まずは貴殿らが聞きたいであろうことから話をしよう。どうして私たちが貴殿らのことを知っているのか、だろう?」


 ゼイエルさんは俺たちが疑問に思っていたことを自ら話を振ってきた。

 たしかに、まるで俺たちがこの国に立ち寄ることを知っていたかのように歓迎してくれたことがずっと疑問だった。

 頷くとゼイエルさんは咳払いしてから語り始める。


「数日前、マーゼナル王国から手紙が届いたのだ。王国からの逃亡者であるタケル殿たちが来た時、すぐに連絡するように……と。もしも生きたまま捕らえて受け渡した暁には、望むだけの謝礼をするとも書かれていた」


 マーゼナル王国、という単語を聞いて俺たちはビクリと体を震わせ、いつでも魔装を展開出来るように動こうとした瞬間、ゼイエルさんは俺たちを手で押し止めて首を横に振る。


「待て待て、少し落ち着け。我らアストラは貴殿らを王国に受け渡すつもりはない」

「それは……何故ですか?」


 何かあればすぐにでも動けるように警戒しながら真紅郎が問いかけると、ゼイエルさんはニヤリと不敵に笑った。


「そもそも、最初から捕らえるつもりならこんなに歓迎などしないだろう?」

「油断させるつもりなら、どうでしょうね?」

「警戒心が強いな……だからこそ、今まであの王国から逃げおおせている訳か」


 納得するように満足げに何度も頷くと、ゼイエルさんは話を続ける。


「我がアストラとマーゼナル王国はそこまで友好関係にない。だから、王国の命令を聞く必要もないのだ」

「ですが、ボクたちを匿っていると知られたら、王国と戦争になるかもしれませんよ?」

「それは大丈夫だ」


 王国と戦争になっても大丈夫とはっきり答えたゼイエルさんに眉をひそめて首を傾げていると、ゼイエルさんは俺たちを指さしてきた。


「砂漠の国の大災害を退けるほどの力、並の戦士では太刀打ち出来ないモンスター、クリムフォーレルを討伐するほどの実力。そして、王国の軍勢をたった五人で追い払えるほどの強大な魔法、ライブ魔法。貴殿らがいれば、王国と戦争になっても心配はないだろう?」


 ゼイエルさんの口振りは、俺たちを王国との戦争に参加させるようなものだった。

 そんな戦争に参加するつもりはない。慌てて俺はゼイエルさんに異議を唱える。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺たちは王国と戦争なんてしたくないです!」

「もちろん、我らとしても貴殿らを戦争に出したくはない。これは、もしも王国に貴殿らを匿っていることがバレた場合だ。だが、いつまでも王国から逃げられる訳ではあるまい? 最終的には、戦わなければならない。そうだろう?」


 ゼイエルさんの言葉に俺は何も返せなかった。

 たしかに、王国から逃げ続ける生活もそんな長くは持たない。生き残るためには、いずれ戦わなければならないだろう。

 だけど、出来ることならそんな事態は避けたい。戦わなくてもいい方法は、まだ思いつかないけど……。

 黙り込んでしまった俺を見て、ゼイエルさんは顎髭を撫でながら息を吐いた。


「いずれは戦わなければならない相手なのだ、さすがに五人だけで王国を相手取るのは難しいだろう。そこで、我らアストラが後押ししようではないか」

「後押し、ですか?」

「そうだ。アストラには我ら貴族がいる。我らが協力し、王国との戦いの際に支援しよう。兵力、武器、兵糧……戦いに必要なもの全てを我らが用意する。貴殿らは我らと共に、王国と戦ってくれればいい。ライブ魔法という強大な力を使い、王国を逆に打ち負かすのだ」


 するとゼイエルさんは勢いよく立ち上がり、両手を広げてニヤリと笑みを浮かべた。


「我らは貴殿らの味方だ! 王国などに受け渡すには貴殿らは惜しい! それならば、我らと共に戦おうではないか! そうすれば、もう逃げ続ける日々から抜け出せる! 悪い話ではないだろう?」


 たしかに、悪い話ではないかもしれない。

 いずれ戦わなければならない相手なんだから、少しでも支援してくれる人がいるのは助かるのは間違いないだろう。

 だけど、なんだろう……ゼイエルさんには何か違う目的・・・・があるように思えた。

 チラッと真紅郎の方に目を向けてみると、真紅郎は張り付けたような笑みを崩さないままゼイエルさんを見つめている。

 それを見て、確信した……ゼイエルさんは信用してはいけない。


「……なるほど、それはたしかに悪い話ではないですね」


 真紅郎は笑顔のまま顎に手を当てて答えると、ゼイエルさんは嬉しそうに笑いながら頷いた。


「そうであろう? ならば……」

「ですが、それは最悪の事態・・・・・に陥った時のことですよね? ボクたちとしては、王国との戦争は避けたいんです。それに、アストラはあるモンスターによって滅ぼされかけ、戦えるような状況ではないかと思うのですが?」


 ゼイエルさんの話を遮って真紅郎が疑問を投げかける。

 同意してくれると思っていたのか、ゼイエルさんは笑みを消して険しい表情になると静かにイスに座り「ふむ……」と呟いた。


「たしかに。我がアストラは昔モンスターに襲撃されて今もなお、復興が進んでいない状況だ。しかし、我ら貴族はこの状況をどうにかしたいと考えている。もちろん、そのために動き出してもいる。貴殿らが心配するようなことではない」

「そうでしたか。いえ、少し気になったものでして……無遠慮に聞いてしまい、申し訳ありません」

「いや、よい。むしろ、当然の疑問だろう」


 真紅郎が頭を下げるとゼイエルさんは笑いながら許してくれた。

 俺たちは真紅郎とゼイエルさんの話に入っていけない。むしろ、入らない方がいいだろう。

 真紅郎はゼイエルさんが何を思っているのか、何を考えているのか探っている。そして、自分たちに不利益がないように話を進めていた。

 こういうのは真紅郎の得意分野だ。それが分かっている俺たちは無言で成り行きを見守るしか出来ない。


「実はボクの父は政治に携わっていまして、この国の貴族の方々の高貴な立ち振る舞いに感激しております。なので、あなた方貴族がどのように国を立て直そうとしているのか気になってしまったんです」

「ほう、そうなのか」


 真紅郎の父親が政治家だと知り、興味深そうにゼイエルさんが楽しげに真紅郎と話し始める。

 そのまま政治の話を続けると、真紅郎がさりげなく踏み込んだ。


「そういうことで、将来の勉強のためにお聞きしたかったんです。どうやってこの国を立て直そうとしているのか」

「なるほど、それであれば話そうではないか」


 真紅郎との会話で気をよくしたのか、ゼイエルさんは今後の方針を語り始める。

 最初は話したくなさそうな雰囲気だったのに、さすがは真紅郎。見事な手腕だ。


「このアストラは我らが住む貴族街と、壁の向こうの貧民街に分かれているのは知っての通りだろう。そこで、我らはその壁を取り払い、一つにしようとしているのだ」

「それはいいことですね! ですが、難しいことでしょう……どうやって一つにするおつもりなんですか?」

「うむ、簡単な話だ。貧民街の人間を追い払い・・・・、貧民街そのものをなくすのだ」


 貧民街をなくし、そこに住む人を追い払う。

 ゼイエルさんが語る国を一つにする方法を聞いて、一番最初に反応したのはウォレスだった。

 ウォレスはゾクッと寒気がするほどの静かな怒りを纏い、立ち上がろうとする。

 それに気づいた俺はすぐにウォレスの腕を掴んで止めた。

 ギロリと俺を睨んでくるウォレスに、必死に首を横に振る。ここで問題を起こすのは悪手だ。

 真紅郎もウォレスの様子に気づいて慌てて話を振った。


「な、なるほど! ですが、方針が決まっているのにまだ動いていないようですが、何か理由があるんですか?」

「うむ、それが一つ問題があってな。我らに逆らう組織が貧民街に存在して、邪魔をされてるのだ」

「組織、ですか?」


 ゼイエルさんは頷くと忌々しげに顔をしかめる。


「その組織は我ら貴族をこの国から追い払い、自分たちがこの国の上に立とうとしている反乱軍。貴族街に侵入しては暴れ回り、我らも手を焼いているのだ。どうにか捕まえようにも、奴らは逃げ足が早くてな」

「反乱軍……」


 これはどうもきな臭くなってきた。

 その予想は当たり、ゼイエルさんが俺たちを見つめながら口を開く。


「そこで、一つ提案があるのだ。もし、王国との戦争に我らと共に戦ってくれるなら、我らは惜しげもなく支援しよう。その代わりと言ってはなんだが……その反乱軍を制圧してはくれないか?」


 最初からそれが目的だったのか、ゼイエルさんは俺たちに交換条件を提示してきた。

 ゼイエルさんは俺たちの力に目を付けて、貧民街にいる住人を追い払う手伝いをさせるつもりのようだ。


「反乱軍を制圧し、貧民街をなくせば国は一つになる。そうすれば、我らはなんのためらいもなく貴殿らの支援をすると約束しよう」

「……国を一つにして建て直し、国として成立させる。そうすれば、王国との戦争でも万全の支援が出来る、ということですね?」

「そういうことだ」


 真紅郎の言葉に満足げに頷くゼイエルさん。

 それを聞いてウォレスがまた動きだそうとするのを俺だけじゃなく、サクヤも腕を掴んで止めた。

 すると、俺たちの動きに気づいたのかゴーシュさんが鼻を鳴らす。


「タケル様は真紅郎様という聡明な部下・・をお持ちのようで……もっとも、そうでない者もいるようですがな?」


 ゴーシュさんは明らかにウォレスを見て言い放った。まだウォレスに胸ぐらを掴まれたことを根に持っているんだろう。

 するとゼイエルさんがため息を吐きながらゴーシュさんを睨んだ。


「これ、ゴーシュ。勇者・・に対して無礼であろう?」

「おっと、これは失礼。失言でしたな、どうかお許しを」


 ゼイエルさんに窘められたゴーシュさんは大袈裟な動作で頭を下げると、ウォレスをチラッと見てまた鼻を鳴らした。

 ゼイエルさんは俺たちを見据え、口角を上げながら口を開く。


「それで、どうであろうか? 是非とも反乱軍の制圧を……ッ!」


 話の途中で、部屋の外から何かが割れる音と女性の悲鳴が聞こえてきた。

 いきなりのことで驚きながら俺たちは一斉に立ち上がる。貴族たちがざわつく中、ゼイエルさんは勢いよく立ち上がると声を張り上げた。


「何事だ! 誰かいるか!?」

「し、失礼致します!」


 部屋の扉が開け放たれると、一人の鎧姿の男が転がるように部屋に入ってきた。

 鎧姿の男は肩で息をしながら、青ざめた顔で叫ぶ。


「敵襲です! 反乱軍の奴らが……ぎゃあッ!?」


 突然、鎧姿の男が悲鳴を上げる。

 ガクッと膝を着いて男が倒れ込むとその背中には横一文字に切り裂かれた傷、そしておびただしいほどの血。

 男が倒れると、その背後にいた闇夜に溶け込む濃紺のローブを身に纏い、フードを目深に被って口元の布で隠した人間が、手に血に濡れた剣を携えて部屋に足を踏み入れてきた。


「……ゼイエル・ジーヴァ。その命、我ら<星屑の討手うって>が貰い受ける」


 低い声のローブの男は剣を構え、一気にゼイエルさんに向かって走り出した。

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