九曲目『星屑の討手』
濃紺のローブ姿の男はテーブルを踏み台にして飛び上がり、一直線にゼイエルさんに向かって剣を振り上げた。
悲鳴を上げて尻餅を着くゼイエルさんに剣が振り下ろされた瞬間、俺は魔装を展開しながら間に入り、剣で防ぐ。
甲高い金属音が鳴り響く中、重い衝撃に顔をしかめながら後ろでへたり込んでいるゼイエルさんに叫んだ。
「逃げて下さい……早くッ!」
「ひ、ひぃぃッ!?」
俺の呼びかけにようやく我に返ったゼイエルさんは、情けない声を上げながら転がるようにその場から離れる。
ゼイエルさんが離れたのを確認してから、ローブの男の剣を思い切り振り払った。
「……ちっ」
ローブの男は忌々しげに舌打ちしながらバク宙して距離を取り、剣を構える。
布で隠されているせいで表情は見えないけど、唯一隠されていない目には邪魔されたことへの怒りと、貴族に対する恨みが込められていた。
「……余所者、邪魔立てする気か?」
「目の前で人が殺されそうになっているのを黙って見てられるかよ」
「ふん……邪魔するならば、お前も斬る」
ローブの男は鼻で笑うと一気に俺に走り寄り、剣を薙ぎ払ってくる。速いけど、対応出来ないほどじゃない。すぐに剣で防ぎながら跳ね上げ、無防備になった腹部に前蹴りを放つ。
反応されて放った蹴りは腕で防がれたけど、そのまま力を込めて蹴り飛ばす。男は吹っ飛び、テーブルに背中を打ち付けながら床を転がった。
「ぐ……ッ!? クソ……まさか、こんな手練れがいるなんて……」
男はふらりと立ち上がりながら悪態を吐く。俺たちがいることは予定外だったみたいだな。
正直、反乱軍……星屑の討手には同情する。助けたい気持ちはあるけど、人を殺すのは承伏しかねる。
どうにか話し合いで解決したい、そう思っているけど男は剣を構えてまだ戦うつもりのようだ。
すると扉が勢いよく開かれ、濃紺のローブを着た口元を布で隠している奴らが部屋に入ってきた。
「頭領! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ。邪魔が入って貴族の連中は誰も殺せてない。この余所者、かなりの手練れだ……こいつは俺が相手するから、お前らはあいつらを一人でも多く殺せ」
「了解!」
部屋に入ってきたのは五人。貴族たちはまだ逃げられていない。戦えるのは俺たちしかいない、か。
こいつらの目的は貴族を殺すこと。そのためならどんな手段でも使ってくるだろう。
そんなこと、させない!
「全員、貴族を守れ! 一人も殺させるな!」
すぐに俺はRealize全員に指示を出す。
やよいとサクヤ、真紅郎は頷いて魔装を展開したけど、ウォレスだけは険しい表情を浮かべて立ち止まっていた。
ウォレスとしては貴族を守りたくないんだろう。だけど……ッ!
「ウォレス! 気持ちは分かるけど今は守ってくれ! どんな理由はあっても、人が殺されていい
理由にはならないだろ!?」
「……仕方ねぇなぁ!」
例えどんなに嫌いな相手だとしても、殺されていいはずがない。人の屍の上に出来た平和なんて、本当の平和じゃない。
ウォレスもそれが分かっている。だからウォレスは助けたくない気持ちを抑えて頭をガシガシと掻き、装である二本のドラムスティックを握りしめて魔力刃を展開した。
貴族の奴らは信用出来ないし、星屑の討手の連中に同情する気持ちもある。だけど、今はとにかく血を流させない。一人も殺されないように、追い払うことに集中だ。
すると最初に部屋に襲撃してきた……頭領と呼ばれている男が剣を振り下ろしてくる。バックステップで避けると、そのまま下から上に振り上げてくる剣を俺は剣で防いだ。
「お前たちは分かっているのか? こいつらが俺たちにどんなことをしてきたのか……ッ!」
そのまま鍔迫り合いになると、恨みや怒り、憎しみ……色々な黒い感情が混ざり合ったような声で問いかけてくる。
感情をぶつけるように全体重をかけて押されながら、俺は負けじと踏ん張って真っ直ぐに頭領の目を見つめた。
「全ては知らないし、知った気になるつもりもない……だけど、貴族たちがお前たちを無理矢理に追い払おうとしているのは、知っている……ッ!」
「そうだ! あいつらは俺たちを、アストラに元々住んでいた者を貧民街に追いやり、我がもの顔で偉そうにふんぞり返っている……それを知っていても、お前らは邪魔をするつもりなのか……ッ!」
「俺だって、本当ならお前たちを助けたい!」
「ならば何故だ!?」
頭領は俺の答えに怒鳴りながら剣を弾き、腰を半回転させて勢いよく剣を突き立ててくる。
俺は向かってくる剣を受け流し、その動きのまま後ろ回し蹴りで腹部を蹴り抜いた。
「うぐっ!?」
避けきれずに蹴りが直撃した頭領は苦悶の声を漏らしながら床を転がり、大の字に倒れる。
どうにか起き上がろうとする頭領の首に剣を突きつけて止めた。
「ーー血を流さずに解決するつもりなら、俺は全力で手伝う! だけど、殺人には手を貸せない!」
剣を突きつけながら言い放つと、頭領はギリッと歯を鳴らす。
そして、突きつけられた剣を握りしめた。
「なっ、何を……ッ!?」
「ふざ、けるな……血を流さずに解決? それが出来るなら、最初からしているに決まってるだろ!?」
剣を握った手から血が流れる。それでも、頭領は関係ないとばかりに強く握りしめ、ユラッと立ち上がった。
「そんな甘い考えで、人が救えると思うな!」
「ぐっ!?」
頭領は俺の剣を振り払うとそのまま体当たりしてくる。刃物を直接握るなんて思ってなかった俺は油断して体当たりをもろに食らってしまった。
「タケル!」
衝撃で吹き飛ばされた俺は床を転がると、気づいたウォレスがすぐに俺を助けようと間に入ろうとした。
だけど、それを邪魔するようにウォレスに槍が放たれる。
「うぉっと!?」
ウォレスは慌てて槍を魔力刃で受け流して距離を取る。槍を放ったのは他の連中に比べて華奢な人間だった。
槍使いは槍をクルリと手元で回すとウォレスに穂先を向けて構える。
「ちっ……やろうってのか?」
舌打ち混じりに魔力刃を構えてウォレスが問うと、槍使いは無言で踏み込んで真っ直ぐに槍を突き放った。
風を切り、一直線に向かってくる槍を受け流しながらウォレスは前に出て近づこうとする。だけど槍使いは距離を詰めれないようにすぐに槍を戻して連続で突いた。
怒濤の攻撃にウォレスは首を傾けて避け、魔力刃で受け流しながら少しずつ距離を詰めていく。
槍使いの実力は素人ではなく、鍛えられたものだけど……ウォレスは危なげなく避け続ける。
当たらなくて焦ったのかぎこちない動きで放たれた槍を、ウォレスは当たる直前で槍の柄を掴み取った。
まさか掴まれると思わなかったのか槍使いは無言で驚き、どうにか抜け出そうと抵抗する。だけど、ウォレスはギリギリッと強く握っているせいで抜け出せずにいた。
「……し、なさい……ッ!
槍使いは小さい声で何か言ったようだけど、距離があるせいで聞こえなかった。
だけど、目の前にいたウォレスには聞こえたようで目を見開き、驚いたように槍使いを見つめる。
「お前、まさか……?」
「……ッ!」
ウォレスの反応に槍使いはめちゃくちゃに暴れ出してどうにか槍を手放させようとしていた。
だけど、ウォレスはそのまま槍の柄を握り潰す。そのまま驚いている様子の槍使いに一足跳びで近づいて襟首を掴んだ。
「お前、やっぱり……どうしてここにいる!?」
ウォレスは槍使いを引き寄せて顔を見合わせると愕然とした表情を浮かべ、怒鳴りつける。
知り合いなのか、と聞こうとしたところで頭領が剣を振り下ろしてきたのに気づき、床を転がりながら避けた。
そのまま俺に追撃しようとした頭領だったが、部屋に入ってきた仲間が慌てた様子で口を開く。
「頭領、マズい! 衛兵が来た!」
「ちっ……潮時か。全員撤退! 作戦は失敗だ!」
ここで騒ぎに気づいた衛兵が屋敷に向かってきたようだ。
頭領は襲撃作戦が失敗したことに舌打ちし、仲間たちに指示を出す。すると仲間全員がポケットから何かを取り出し、床に叩きつけた。
床に叩きつけたのは煙幕。小さな爆音を響かせると部屋中に煙が充満する。
煙の向こうで星屑の討手たちが逃げる足音と貴族たちの咳込む声が聞こえる中、俺は煙を手で振り払いながら追いかけた。
その時、誰かが俺の肩を掴む。振り返ろうとすると俺の耳元に顔を近づけて、その誰かが呟いた。
「……
その誰かは、ウォレスだった。別行動って、どういう意味だ?
問いただそうと振り返った瞬間、俺はウォレスに思い切り肩を引っ張られて尻餅を着く。
痛みに気を取られていると、ウォレスが俺から離れていく姿が見えた。
俺はどうにか立ち上がり、去っていくウォレスの背中に手を伸ばす。
「おい待て、ウォレス!」
呼びかけもむなしく、ウォレスは煙の中に消えていった。
煙が晴れるとそこには部屋の片隅で震えている貴族たちと、それを守る真紅郎、サクヤ、やよい。
そして、荒らされた部屋の中央で扉に向かって手を伸ばしたまま立ち尽くす俺。
その部屋には、ウォレスの姿がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます