七曲目『夕食会』
ウォレスと子供たちが鬼ごっこをして遊んでいるのを眺めていると、あっという間に夕方になった。
そろそろ真紅郎たちも宿に戻ってるだろうし、俺たちも戻った方がいいだろう。
俺たちはシンシアと子供たちと一緒に秘密の隠し通路を通って貴族街に向かっていく。
貴族街に入る前に、シンシアは隠し通路の扉を少し開いて誰もいないのを確認し始めた。
「……大丈夫そうですね」
誰もいないと分かってから静かに扉を開くシンシア。俺とウォレスが貴族街に入ると、シンシアと子供たちは隠し通路の中で俺たちを見送る。
その時、子供たちの紅一点のソレルがシンシアのローブを掴みながら、暗い表情で俯いていた。
「……ウォレス、帰っちゃうの?」
遊んでいたのは短かったけど、ウォレスは子供たちに気に入られたみたいだ。
ソレルが別れを惜しんで泣きそうになっているのを見たウォレスは、ニヤリと笑ってソレルの頭を撫でる。
「また来るからそれまで待ってな。今度は貴族街で売ってる甘い菓子を持ってきてやるからよ。楽しみしとけ」
「……来てくれるの?」
「あぁ、もちろんだ!」
笑みを浮かべたウォレスがソレルの綺麗な金髪を優しく撫でながらまた来る約束をすると、ソレルは嬉しそうに頬を緩ませた。
そして、撫でてくるウォレスの手をペチッと払うと頬を赤く染めながらプイッとそっぽを向く。
「そ、そこまで言うなら待っててあげる! 美味しいお菓子持ってこなかったら許さないんだから!」
「おっと、それは怖い。また蹴られたくねぇから、忘れずに持ってきてやるよ、ソレル」
「……フンッ!」
ソレルは鼻を鳴らしてからシンシアの足に抱きついて顔を隠す。だけど、嬉しさが抑えきれずに頬を緩ませているのを隠しきれずにいた。
素直じゃないソレルの微笑ましさに笑みをこぼすと、ウォレスはアレクに顔を向ける。
「そうだ、アレク。貧民街にはまだ子供がいるだろ?」
「え? うん、いるけど」
「だったら、全員集めてくれ。食料と菓子を配るからよ。あとは、オレがみんなが楽しめる遊びを教えてやるよ」
「いいの!?」
ウォレスの提案に驚くアレクに、ウォレスは力強く頷いてみせた。
本当、面倒見がいいな。俺も何か持っていくか。
「そろそろ戻るぞ、ウォレス」
「あぁ。じゃあな! シンシアに迷惑かけねぇように大人しくしてろよ?」
俺たちはシンシアと子供たちに別れを告げる。元気よく手を振って見送る子供たちと、深々と頭を下げるシンシアに見送られながら俺たちは裏路地を進んだ。
道を忘れないように曲がりくねって迷路のようになっている裏路地を歩いていき、ようやく抜け出した頃には空は暗くなっていた。
急いで宿に向かい、従業員に案内された部屋に入ると……そこには困ったように苦笑いを浮かべる真紅郎と、やよいがふてくされている姿。
「ど、どうしたんだ?」
頬を膨らませて憤慨しているやよいに首を傾げていると、サクヤが説明し始める。
「……ぼくたちが街を歩いてる時に、貴族の男に声かけられた」
「ナンパか?」
「……うん、ナンパされた。真紅郎が」
貴族街だとしてもナンパするような輩がいるのか、と呆れているとナンパされたのが真紅郎と聞いて呆気に取られる。
そして、そこで理解した。やよいがふてくされている理由が。
すると真紅郎が頭を抱えて深い深いため息を吐いた。
「そういうこと。相手は貴族だったから、怒るやよいを止めるのが大変だったよ」
そう言って疲れ切った顔を見せる真紅郎。やよいからしたら、例えナンパされたくなくても女性である自分よりも、男性の真紅郎がナンパされたことが面白くなかったんだろう。
真紅郎はパッと見は女性だからなぁ。仕方ないっちゃ仕方ないけど……どんまい、やよい。
「で、事を荒立てなくなかったから適当にあしらいつつ、逆に街を案内させたんだ。ついでに買い物して、全部貴族持ちにさせたよ」
「さすが真紅郎」
さらっと言ってるけど、真紅郎だから出来ることだな。
やよいはまだ機嫌が直っていないのかふてくされているのを無視して、俺たちが何をしていたのかを真紅郎たちに話す。下手なことを言うと、やよいの怒りを買いそうだからな。
そして、情報共有していると部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼致します。迎えの者が参りました」
どうやら夕食会の迎えが来たみたいだ。
部屋から出て外に向かうと、そこには金で装飾された豪華な作りの竜車がいた。
竜車を引っ張るリドラもどこかキリッとしていて、体には金色の鎧を身に纏っている。
はっきり言って、かなり趣味が悪い。こんなのに乗らないといけないのか、と渋々俺たちは竜車に乗った。
綺麗に舗装された石畳の道を竜車が進み、到着したのは貴族街の中でも一際大きく豪華な意匠を施された屋敷だ。
竜車から降りると大きな門が開かれ、そこには口髭を生やした老執事が丁寧に頭を下げて俺たちを出迎えた。
「ようこそお出で下さいました。
丁重に出迎えられてどうしていいのか分からずにいると、こういうのに慣れている真紅郎が笑みを浮かべながら口を開いた。
「こちらこそ、ご招待頂きありがとうございます」
「いえいえ。それでは、ご案内致します。ゴーシュ様がお待ちしております」
セブルスさんはキビキビとした動作で屋敷を案内し始める。
屋敷は真っ赤なカーペットが敷かれた、値段が想像出来ないほど高そうな調度品が並び、埃一つない綺麗な内装をしていた。
妙に緊張する廊下を歩いていると、セブルスさんがある部屋の前で立ち止まる。
「こちらでございます」
セブルスさんが扉を開き、深々とお辞儀しながら部屋に入った。
「失礼致します。タケル様ご一行が到着されました」
「うむ、通して構わんぞ!」
「かしこまりました。それではタケル様方、どうぞこちらに」
部屋に足を踏み入れると、その光景に思わず足が止まる。
高い天井につり下げられたシャンデリアが明るく照らす、広々とした豪奢な部屋に圧巻とされた。
部屋には長いテーブルが並び、そこにはゴーシュさんを含めた何人かの身なりのいい貴族たちが座っている。
俺たちに気づくとゴーシュさんが立ち上がり、ニタリと笑みを浮かべながら手を広げた。
「おぉ! よくぞ来てくれた! いやはや、あまりに遅いから来ないかと心配していたところでしたぞ!」
「……申し訳ありません、ゴーシュさん。貴族街が気に入ってしまい、ついつい時間を忘れて見て回っていたのもので」
俺たちを歓迎するゴーシュさんに、真紅郎が対応する。ゴーシュさんは街を誉められて嬉しそうに頬を緩ませた。
「そうであろう、そうであろう! 我らが住む街を気に入って貰えて嬉しいですな!」
「ほう、あなた方が……ようこそ、アストラへ。歓迎しますぞ」
一人の貴族の男が立派にたくわえた髭を撫でながら俺たちを値踏みするように見つめ、ニタリと笑う。
ゴーシュさんだけじゃなく、やっぱり貴族全員を警
戒していた方がいいみたいだ。
警戒してるのをどうにか隠しながら笑みを浮かべる。俺たちが席に着くと、食事が運ばれてきた。
目の前に並んだ食事は高級食材をふんだんに使っている豪勢なものだった。量もかなりあるし、食べきれるか心配になる。
サクヤは目を輝かせながらバクバクと食べ始め、俺たちも食事を食ちに運ぶ。うん、美味い。こんな状況じゃなければ、もう少し楽しめるんだけどなぁ……と思いながら俺たちに熱い視線を送ってくる貴族たちに目を向ける。
そのまま夕食会が進んでいき、貴族たちは俺たちがどんな旅をしてきたのか聞いてきたから笑みを張り付けたまま語ってあげた。
貴族たちは話を聞きながら大袈裟に歓声を上げ、盛り上がっている。特に砂漠の国を襲おうとしていた大災害<クリムゾンサーブル>を退けた話をした時が、一番反応がよかった。
話を聞いていたゴーシュさんは楽しそうに笑って口を開く。
「国を滅ぼすほどの大災害を退けるとは……タケル様方は素晴らしいお力をお持ちですなぁ!」
「いやはや、驚きました。ライブ魔法……なるほど、たしかに強大だ……」
ライブ魔法の話を聞いて、一人の貴族が薄ら寒く感じる笑みを浮かべる。
胸の奥で何を思っているのか俺には分からないけど、真紅郎がその笑みを見て微妙に眉をひそめたのに気づいた。
やっぱり警戒してた方がよさそうだ。再確認してから他のみんなの様子を見てみる。
サクヤは料理に舌鼓を打ち、やよいは堅い笑顔で料理を口に運び……そして、ウォレスは険しい表情を浮かべたまま腕組みして黙り込んでいた。
よく見てみるとウォレスの前に出された料理は一つも手を付けられていない。ウォレスは一口も食べずにただずっと黙っていた。
普段のウォレスだったら料理を食べて嬉しそうにテンションを上げてるだろうけど、それぐらい貴族と一緒に食事をするのが嫌なんだろう。
表向きは盛り上がりながら夕食会は進んでいくと、貴族たちが一度部屋から出た。
どうしたんだろう、と首を傾げながら最後のデザートを食べ終えた辺りで、ドアが開かれてセブルスさんが部屋に入ってくる。
「お楽しみのところ申し訳ありません。この国の最高指導者、ゼイエル・ジーヴァ様が執務を終えてご来訪されました。是非ともタケル様方とお話がしたいとのことで……」
来たか。
俺たちは目を合わせて頷く。ここからが本番だ。
この国の貴族がどうして俺たちのことを知っていたのか。そして、俺たちに何を求めているのか……目的がようやく分かる。
俺たちは気合いを入れ直してセブルスさんに案内され、この国の最高指導者がいる部屋に向かった。
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