二十二曲目『プレゼント』
シランの両足が動かなくなり、一週間が経過した。
自由に動くことが出来なくなったシランはずっとベッドに横になっていて、やよいはそんなシランから片時も離れようとしなかった。
その間、俺たち男性陣はライラック博士の研究を手伝い、ウォレスは研究の材料を集めに森をかけずり回り、真紅郎とサクヤは膨大な量の研究資料を読み漁っている。そして、俺は黒いモヤについて調べていた。
だけど、この一週間なんの成果も出ていない。頭を抱える日々が続いていた。
そんな時、ふとやよいが俺たちに相談してきた。
「自由に動く方法ねぇ……」
「うん。ずっとベッドにいるからシランが暇そうなんだよね。でも、歩くことも出来ないから……どうにかならないかなって」
やよいの相談事は、両足が動かないからどこにも出かけられないシランが自由に動ける方法がないか、というものだった。
何か案を考えようとした時、ウォレスが口を開く。
「は? そんなの
「え? 何か方法があるの?」
「
あっさりと答えるウォレスに、俺たちは口をポカンと開けた。サクヤは分かっていないのか首を傾げている。
「あぁ、そうか……そうだよな」
「うん、そうだね。それしかないよね」
「ウォレス、たまにはやるじゃん」
「……何、それ?」
よくよく考えてみたら、それしかないな。
どうしてすぐに思いつかなかったのかと思うぐらい、簡単なことだった。
そんな俺たちにウォレスは深いため息を吐く。
「お前ら、さてはバカだな?」
その言葉に俺たち……サクヤを抜かした全員がピクリと額に青筋が浮き出た。
「はぁ? バカ筆頭のウォレスに言われたくねぇよ」
「へぇ、ウォレス。ボクをバカ呼ばわりするぐらい、頭がいいんだね? 面白い。実に面白いよ?」
「ウォレスに
「……ねぇ、くるまいすって、何?」
「ヘイヘイヘイ!?
サクヤを抜かした全員から辛辣なことを言われ、ウォレスは納得いかないと地団太を踏む。
ウォレスはさておき……車椅子か。
「でもさ、この世界に車椅子ってあるの?」
俺と同じ疑問を持っていたやよいが俺たちに聞くと、真紅郎が腕を組んで考え込む。
「ううん……どうだろう? 少なくとも見たことがないね」
「じゃあどうするの?」
俺もこの世界に来てから車椅子なんて見たことない。もしかしたら、車椅子そのものがないのかもしれないな。
そうなるとどうしたらいいんだろう。そう俺たちが悩んでいると、ふてくされた様子のウォレスが吐き捨てるように言い放った。
「なければ作ればいいだろ」
ウォレスの言葉に俺たちはまたポカンと口を開けた。
「そうだよな。なければ作ればいいだけの話か」
「そうだね。うん、それしかないね」
「……どうしたの、ウォレス。何か悪いものでも食べた?」
「……だから、くるまいすって、何?」
今日はいつもより頭がいいウォレスに驚いていると、ウォレスが「がぁぁぁ!」と頭を抱えて雄叫びを上げる。
「いつもいつもオレをバカにしやがって! 今日に関してはお前らの方がバカじゃねぇのか!?」
「分かった分かった。悪かったって」
とうとう怒り出したウォレスに軽く謝っておく。それより、方針は決まったな。
「んじゃ、車椅子作りを始めるか!」
俺の一言に全員が頷いて答えた。一人、車椅子のことが分からないのに誰も教えてくれなくてふてくされている奴に謝ってから、俺たちは車椅子作りに動き出した。
「まずは図面だね。それはボクがやるよ」
「んじゃ、俺たちは材料集めか」
「ハッハッハ! どうせなら
「……頑張る」
車椅子の図面は真紅郎が、必要な材料は俺、ウォレス、サクヤが集めるように分担する。やよいには、シランのそばにいて貰おう。そっちの方がシランもやよいも嬉しいだろうし。
車椅子作りを始めるには、まずは図面がないと始まらない。真紅郎は羊皮紙を目の前に楽しそうに口角を上げながら図面書きをしていた。
「どうやら車椅子自体は一応あるみたいだね。だけど木製で作りも単純。ボクたちの世界にある車椅子と比べてかなり遅れてる。まず木製ってところから見直しだね。木じゃ軽いけど壊れやすい。女の子でも自操出来るように出来るだけ軽い金属をフレームにして……ゴムなんてこの世界にはないし、タイヤ部分は革を使おう。あとは前輪にはサスペンションを付けて、どんな悪路でも大丈夫にしてみようか……フフフッ、楽しくなってきた……ッ!」
言ってることはよく分かんないけど、楽しそうで何よりです。
ちょっと怖いぐらいに笑いながら真紅郎は羊皮紙にどんどん図面を書いていき、俺たち材料調達組は真紅郎が指示した物を集め始めた……訳だけど。
「アルミニウムなんてある訳ないだろ!?」
真紅郎が集めるように言ってきたアルミニウムに文句を言う。
車椅子のフレームに使うようだけど、この世界にそんなのあるはずない。
すると徹夜で図面を書いていたのか、目の下のクマがある真紅郎は顎に手を当てて考え始めた。
「なら、ボーキサイトを見つけて」
「なんだそれ?」
「アルミニウムはボーキサイトっていう鉱石を原料にしてるんだ。ボーキサイトを水酸化ナトリウムで処理して酸化アルミニウム……アルミナって言うのを取り出して、氷晶石……ヘキサフルオロアルミン酸ナトリウムと一緒に溶融してから電気分解をするとアルミニウムが作れるんだ。その時に大量の電気が必要だけど、そこは魔法でカバー出来ると思う」
「待て待て待て待て!?」
ズラズラと言われ、頭が混乱してきた。真紅郎が言っていることは、一つも理解出来ない。
そもそもそこまでしてアルミニウムが必要なのか?
「ちょっと落ち着け、真紅郎。ある物だけで作ろうぜ? そこまで本格的な物は時間的に難しいだろ?」
「……それもそうだね。じゃあ、とりあえず軽くて頑丈で加工しやすい鉱石を探してきて。ボク、ちょっと寝るから……」
それだけ言うと真紅郎はゴンッと音を立てながら机に突っ伏して眠り始めた。どんだけ気合い入れてたんだ……?
なんか、レンヴィランスから旅立った時から、はっちゃけるようになった気がする。レンヴィランスの一件で真紅郎の心境が変化したからなのか、前よりも自分の意見を言うようになったし、いい意味で俺たちに遠慮がなくなったな。
まぁ、今回に関してはちょっとはっちゃけ過ぎる気もするけど……。
ぐっすりと寝ている真紅郎は放っておいて、俺たちは材料集めに奔走する。とりあえずそれっぽい材料を集め、加工し、組み立てていった。
車椅子を作っている間、研究の手伝いは出来ないでいるけど……ライラック博士に事情を説明したら快く許可してくれた。それどころか、こっちの応援までしてくれている。
「娘のために頑張ってくれているからな。研究ばかりだと気が滅入るだろうし、気晴らしにはいいだろう」
と、ライラック博士は笑いながら言ってくれた。
ジーロさんも俺たちに軽食を振る舞ったりとサポートしてくれている。
二人の応援を受けながら、俺たちは車椅子を形にしていく。そんな時、やよいが俺たちの様子を見に来た。
「どんな感じ?」
「いい感じだぞ!」
「そっか、よかった。あ、でね……シランが言ってたんだけど、もう少しで誕生日らしいんだ」
「ハッハッハ! 丁度いい! 車椅子を誕生日プレゼントにしようぜ! で、いつなんだ?」
「それが……明日だって」
あ、明日……?
俺たち車椅子作り組全員が愕然とする。明日までに車椅子を仕上げるのか?
「い、いや! やるぞ! 全員、気合い入れろぉぉぉ!」
せっかくの誕生日なんだ、シランには喜んで欲しい。
そう思って俺は全員に発破をかけた。そのまま俺たちは急ピッチで車椅子を作っていく。
車椅子作りは夜通し続き……朝日が昇る頃にようやく完成した。
「できたぁぁ……」
俺は完成した車椅子を前にバタッと背中から倒れる。真紅郎は白目を剥いて笑い、サクヤは突っ伏したまま動こうとしない。ウォレスはと言うと……完成した車椅子を腕組みしながら見つめていた。
「どうした、ウォレス?」
「いや……ちょっとな」
車椅子をずっと見つめたままのウォレスはそのまま考え事を始めていた。よく分かんないけど……とりあえず間に合ったな。
「んじゃ、さっそくシランに見せに行こうぜ」
「あぁ……ちょっと先に行っててくれるか? オレが部屋まで持って行くからよ」
シランに車椅子を見せに行こうとすると、ウォレスが止めてきた。何か思いついたのかニヤリと笑っている。
ちょっと嫌な予感がしたけど……とりあえずウォレスに任せてシランの部屋に行くか。
俺は真紅郎とサクヤを叩き起こして三人でシランの部屋に向かった。
部屋のドアをノックして入ると、ベッドに横になっていたシランが笑いながら出迎える。
「あら? タケルさんたち、どうかしましたか?」
「実はな、シランに俺たちから贈り物があるんだ」
「贈り物、ですか?」
首を傾げるシランに、そばにいたやよいが立ち上がって微笑んだ。
「今日はシランの誕生日でしょ? だから、あたしたちでシランにプレゼントしようと思ったの!」
「え、えぇ!? ほ、本当ですか?」
やよいの言葉にシランは目を丸くして驚く。俺たちが頷いて答えると、シランはパァッと明るい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! 私、嬉しいです! パパとジーロ以外の人から祝って貰うの、初めてです!」
シランは目を輝かせて喜んでいた。そんなに喜んで貰えると、こっちも嬉しくなるな。
そう思っていると、やよいが首を傾げていた。
「あれはどこにあるの? 持ってきてないの?」
「いや、それがウォレスが持ってくるって……」
「ハッハッハ! 待たせたなぁ!」
俺の話を遮ってウォレスが勢いよく部屋に入ってくる。ウォレスは車椅子に白い布をかけて見えないようにしているけど……。
「ウォレス、どうして汚れてるんだ?」
ウォレスは頬や手に赤いペンキのようなもので汚れているのに気づく。するとウォレスは口角を上げて笑みを浮かべた。
「フッフッフ、その理由は……これだぁぁぁ!」
そう言ってウォレスは車椅子にかかっていた白い布をはぎ取った。
そして、そこにあったのは俺たちが完成させた車椅子。それは間違いないけど……。
「な、なんだそれ……?」
車椅子の両サイド。そこにはRealizeという文字と、ザ・アメリカンな赤い炎の模様、車とかバイクにあるようなフレイムスと呼ばれるペイントが描かれていた。
女の子が乗るには派手で、ロックなテイストになった車椅子に唖然としていると、やよいはドヤ顔しているウォレスに詰め寄る。
「何やってんの!? どうしてこうなったの!?」
「いやぁ、出来上がったのはいいけど、なんか地味だと思ってな」
「だったらもうちょっと女の子っぽいのにしてよ!? どうしてウォレスの趣味にしちゃうのさ!?」
「ハッハッハ! かっこいいだグブゥオ!?」
「このバカぁぁぁぁ!」
自慢げに言うウォレスの腹部にやよいの拳がめり込んだ。一撃でダウンしたウォレスにやよいはゲシゲシと蹴りを入れている。
真紅郎は顔に手を当てて呆れ、サクヤは「……かっこいい」と気に入ってる様子だった。
どうしてこうなった、と頭を抱えているとクスクスとシランの笑い声が聞こえてきた。
「フフッ、アハハハ! はぁ、面白い……タケルさんたち、本当に面白いですね」
「……ごめんね、シラン。こんな風になっちゃったけど、大丈夫かな?」
やよいが申し訳なさそうに車椅子を見せると、シランは笑いながら何度も頷く。
「嬉しいよ! ね、やよい。乗せてくれる?」
そう言われてやよいは車椅子にシランを乗せた。
シランがタイヤを手で回すと、問題なく動いている。シランは車椅子を何回も操作して慣れてきたのか、その場でゆっくりと回ってから俺たちの方に顔を向けた。
「ありがとうございます! これで私も自由に外に出られます!」
花が咲いたような笑顔でお礼を言うシランに、俺たちも笑顔で返した。
気に入ってくれてよかった。車椅子を操作するシランを見てホッと胸をなで下ろす。
「誕生日おめでとう、シラン」
やよいが微笑みながら言うと、シランは祈るように胸元で手を組んだ。
「ありがとう、やよい。ありがとうございます、皆さん……最高の誕生日です!」
ちょっと予定外のことがあったけど、俺たちのサプライズプレゼントをシランに贈ることが出来た。
その日から車椅子に乗ったシランと、やよいとキュウちゃんが一緒に裏庭を散歩する姿をよく見るようになるのだった。
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