二十三曲目『女の子の憧れ』
車椅子をプレゼントしてからと言うもの、毎日車椅子に乗って散歩をしているシランの姿をよく見るようになった。
女の子が乗るにはサイドのフレイムペイントがなんとも派手だけど、本人は気にしていないからいいことにしておくか。
車椅子に乗って散歩しているシランは本当に嬉しそうにしているけど……あまり体調はよくない。
緑かがった白い髪が、徐々に色素が薄くなって真っ白になってきている。顔色も前よりも青白くて、明らかに衰弱しているのが見て分かった。
それでも、シランはいつも笑顔だった。見ていて痛ましくなるぐらいに。
やよいもその姿を見てたまに辛そうな顔をしているけど、シランにそんな顔を見せないようにと笑顔で接していた。
いつもはシランと一緒にいるやよいだけど、今日はシランはジーロさんと過ごしているようなので、俺たちと一緒にライラック博士に頼まれていた研究材料や食料品の買い出しに来ている。
シランがいないからか、やよいはちょっと暗い顔をしながらぼんやりしていた。
「大丈夫か、やよい?」
心配になって声をかけると、やよいはハッと我に返って悲しげな笑みを浮かべる。
「……うん、大丈夫」
全然大丈夫そうに見えないんだよな。そう答えてからやよいはまたボーッとしていた。
一緒にいた真紅郎やウォレスに目を向けると、静かに首を横に振る。こういう時はソッとしといた方がよさそうだ。
と、そんなことを思っていると突然やよいが足を止める。
気づいた俺たちも足を止め、やよいがジッと見つめている方に顔を向けた。
そこは教会だった。教会には白いタキシード姿の男性と、男性と腕を組んだ真っ白なドレスを着た幸せそうに笑う女性。
その二人を祝福するように鐘が鳴り響き、二人の周りには多くの人たちが集まっている。
「あれって、結婚式か?」
「そうみたいだね」
「ハッハッハ! こいつはめでたいな!」
「……けっこんしき?」
サクヤは結婚式自体を知らないのか首を傾げる。この異世界の結婚式は、俺たちの世界とあまり違いはないみたいだな。
するとやよいが目をキラキラさせながら結婚式の様子を眺めていた。
「うわぁ、綺麗……」
白いドレスを身に纏った花嫁は隣を歩く男性に笑いかけている。二人は本当に幸せそうで、見てるこっちまで幸せになるぐらいだった。
やよいも女の子だからな、結婚に憧れてるんだろう。
暗い顔をしていたやよいに明るい笑顔を戻って少し安心していると、やよいは何か思いついたのか「あ!」と声を上げる。
「ねぇ、そう言えばシランなんだけど、この間の誕生日で二十歳になったんだって!」
「そうなのか。てことは、やよいの一つ上になったんだな」
この異世界に来て一年。十八歳だったやよいも十九歳になった。本当なら高校卒業なんだけど、この世界に召還されたせいで卒業式に出られてないんだよな。
シランも同じ十九歳だったけど、この間の誕生日で二十歳。俺たちの世界だと成人になったのか。
で、それがどうしたんだ?
「二十歳になったんだし、そろそろ結婚してもいいと思うの!」
「結婚って……ジーロさんとだよな?」
「は? 何を当たり前のこと言ってんの?」
やよいがジロッと睨んでくる。分かってるよ、一応確認しただけだろ。
なんか、いつも通りのやよいになって嬉しい反面……こういうところまで戻らなくていいだろと思ってしまう。
「ハッハッハ! 分かったぜ、やよい! お前が言いたいことが! つまり……」
「二人の結婚式をやろうってこと?」
「ちょ、真紅郎……オレのセリフ……」
やよいが言いたいことを察したウォレスが自信満々で言おうとしたのを真紅郎が先んじて話す。
ショックを受けているウォレスを無視して、やよいは何度も頷いた。
「そう! どう思う?」
「いいとは思うけど……これは当人が決めることじゃないかな?」
やよいの提案に真紅郎は顎に手を当てながら答える。たしかに、二人の結婚式を見たいのは分かるけど、やるのかどうかを決めるのはシランとジーロさんが決めることだよな。
そう言われたやよいはムッとしながらも正論だと感じているのか何も言えずにいる。
「そうだけど……あそこの幸せそうな二人を見て思ったんだ」
やよいは教会の前に立つ二人を見て口を開く。
「あたしはシランに幸せになって欲しい。最近、シランの状態って悪くて……なんか、今にも消えちゃいそうって思っちゃうんだ」
「やよい……」
「分かってる。博士やジーロさんが一生懸命治療法を探していることや、タケルたちが頑張って手伝っていることは。あたしもシランには元気になって欲しいし、いつか病気を治せるって信じてる。でもね……」
一度言葉を切り、やよいは唇を噛みしめながら俯いた。
「不安なんだ。ううん……あたし以上に、シランは凄く不安だと思う。だから、少しでも元気づけて上げたい。楽しんで欲しい。希望を持って欲しい。ずっとその方法を考えてたんだ」
「それで、結婚式ってことだね?」
気持ちを察した真紅郎が言うと、やよいは力なく頷く。
「女の子にとって結婚は憧れで、幸せ……誰もがいつかあんな風に綺麗なドレスを着て、みんなに祝福されたいって思ってる。それは、シランも同じはずなんだ。だから……ッ!」
胸元で手を組み、祈るような姿で必死に声を絞り出したやよい。やよいはずっと悩んでいたんだろう。
日に日に弱っていくシランの姿を、やよいは毎日見てきたんだ。一番の友達の弱ってく姿を見続けるのは、かなり辛いはずだ。
だから、少しでも元気になって欲しい。悩んだ末に思いついたのが、結婚式か。
すると、暗い雰囲気を吹き飛ばすようにウォレスが豪快な笑い声を上げた。
「ハッハッハ! だったら当人に聞けばいいじゃねぇか!」
「え?」
ウォレスが言ったことが理解出来なかったのか、やよいがポカンとしている。そんなやよいにウォレスはニヤリと笑って見せた。
「だから、シランとジーロに聞けばいいだろ? 結婚式やらないかって。二人なら喜んでくれるはずだしな!」
「で、でも……」
「あんまり深く考えるなよ! こう言うのはシンプルでいいだろ! あ! どうせならシランには内緒にして、ジーロにだけ相談しようぜ! 式場とかはオレたちが用意して、サプライズウェディングとか面白そうじゃねぇか!?」
ウォレスはやよいの頭を軽くポンポンッと撫でながらどんどん話を進めていく。
話についていけなくなって戸惑っているやよいに、ウォレスはニッと口角を上げる。
「シランを楽しませたいなら、まずはお前が楽しんでやらないといけないだろ? 派手にやろうぜ? な、やよい」
ウォレスなりにやよいを元気づけているみたいだ。こういう時、ウォレスは本当に頼りになる。
すると、やよいはクスッと小さく笑みをこぼした。
「うん、そうだね。よし! ジーロさんに話してみよう!」
「ハッハッハ! その意気だぜ!」
「あと、いつまで頭に手を乗せてんのさ!」
「おっと、こいつはすまねぇ! 背が縮んじまうな! まぁ、元から小さいけどよ!」
「言ったな!?」
「ハッハッハ!」
背のことを言われて怒ったやよいから、ウォレスは笑いながら家に逃げていく。逃げたウォレスを走って追いかけるやよいの背中を見て、俺と真紅郎は同時に笑い出した。
「さて、忙しくなりそうだな」
「うん、そうだね。でも、楽しくなりそう」
「……やよい、元気になった。よかった」
やよいが元気になって嬉しそうにしているサクヤの頭を撫でて頷く。
ようやく、Realizeらしくなってきた。いつまでも暗いのは、俺たちらしくないからな。
俺たちは忙しくも楽しくなりそうな予感を感じながら、やよいたちを追って家に戻っていった。
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