二十四曲目『真紅郎の戦い』

 最初に動き出したのは真紅郎だった。

 真紅郎は魔族の周囲を回るように走りながら弦を指で弾き、魔力弾を撃つ。

 向かってくる魔力弾を魔族はホルスターから銃を抜いて即座に発砲。放たれた風の刃が魔力弾を撃ち抜き、勢いを止めることなく真紅郎を襲う。


「<アレグロ!>」


 だけど真紅郎は冷静に素早さ強化の魔法を唱え、風の刃を走りながら避けていた。

 スピードを上げた真紅郎はグルグルと魔族の周りを走り回る。あまりの速度に魔族は狙いが定まらないのか、舌打ちをしていた。


「面倒な……だが、単調過ぎるぞ」


 そう言って魔族は動きを読んで真紅郎の進行方向に向かって引き金を引き、炎の槍を放つ。

 その瞬間、真紅郎は急ブレーキした。


「ーーそう来ると思っていたよ」


 水しぶきを上げて地面を滑るように急停止した真紅郎は、炎の槍とすれ違うように魔族に向かっていく。

 魔族相手に接近戦。それで一度失敗しているはずだ。

 だけど、その時と違うのは今の真紅郎は冷静だということ。何か策があって魔族に接近しているはずだ。

 真紅郎は走りながら魔族に向かって魔力弾を連続で放ち続ける。マシンガンのような魔力弾の雨に魔族はホルスターから新しい銃を二丁抜き、同時に引き金を引いた。


「無謀な突進だ。喰らえーーッ!」


 走り寄ってくる真紅郎が無策で突っ込んでると思っているのか、魔族はため息混じりに水の刃と風の刃を

放つ。

 その時ーー真紅郎はニヤリと笑みを浮かべていた。


「ーー本当に無謀だと思ってるの?」

「む……ッ!?」


 走っていた真紅郎はそのままスライディングする。鼻先を掠るようにギリギリに水の刃と風の刃が通り過ぎ、そして真紅郎はその体勢のまま上に向かって魔力弾を放った。

 上空に放たれた魔力弾は軌道を変え、弧を描くように魔族の頭上から襲いかかる。

 意表を突かれた魔族はバク転してその場から離れ、

魔力弾を躱した。

 その回避行動が、真紅郎にとって隙を見せることになるとも知らずに。


「<フォルテ!>」


 体を起こした真紅郎は膝で地面を滑りながら一撃強化の魔法を使い、魔力弾を放った。

 威力が強化されている魔力弾は、ちょうどバク転して着地した魔族に向かっていく。

 今の状態から魔族が魔力弾を避けることは出来ないはずだ。


「ーーちっ」


 だけど魔族は舌打ちすると足下から岩の壁をせり上がらせて魔力弾を防いだ。

 防がれた魔力弾は岩の壁に大きなヒビを入れたけど、魔族には届かない。

 絶好のチャンスを、逃したのか……俺はそう思っていた。


「ふふっ。やっぱり、そうなんだね」


 それなのに、真紅郎はクスクスと小さく笑って特に気にしている様子はなかった。

 いきなり笑い出した真紅郎に、魔族は怪訝そうな表情を浮かべる。


「何がおかしい?」

「いや、ボクの予想通りみたいだから、ちょっと面白

くなってきたんだ」

「予想通り?」


 意味が分からないと顔をしかめる魔族に真紅郎は笑みを浮かべながら語り出した。


「ウィンド・スラッシュ、ランド・ラッシュ、アクア・スラッシュ、フレイム・スフィア、そしてフレイム・ランス……」


 真紅郎は突然魔法名を羅列していく。

 今上げていった魔法名は、魔族が放った攻撃魔法か?

 すると真紅郎は魔族にーーいや、魔族の体に巻き付いたホルスターに人差し指を向けた。


「あなたの体に巻き付いてるホルスター。そこに装備されている銃は五丁ーーそれって、それぞれ一つしか・・・・攻撃魔法を放てないんじゃない?」


 真紅郎の言う通り、魔族が使ってくる攻撃魔法は五つ。装備されている銃は五丁。計算は正しいし、実際魔族は銃を取っ替え引っ替えして五種類の攻撃魔法を使っていた。

 真紅郎の指摘に魔族は憮然とした表情で何も答えようとしない。そんな魔族に真紅郎は笑みを浮かべ

たまま話を続ける。


「そして、無詠唱で使っていたのはランド・ウォールやフレイム・サークル、アクア・ウィップ……攻撃じゃなくて、防御主体の魔法ばかり。それって、無詠唱で攻撃魔法は使えない・・・・から、じゃないのかな?」

「……ッ!」


 確信を持ったように話す真紅郎に、魔族はピクリと眉をひそめる。

 すると真紅郎はまたクスクスと笑い出した。


「図星、みたいだね」

「……違う、と言ったら?」

「ふふ、嘘を吐くならもっと上手く吐かないと。あなたはボクの言葉で一瞬、反応したーーボク相手に騙し合いで勝負しようなんて、無謀だと思うよ?」


 幼少期から嘘ばかりの人間に囲まれ、騙し騙され合いを見せられ続けてきた真紅郎だからこそ、培われた嘘を見抜く能力。

 そんな真紅郎に騙し合いで勝てる奴は、俺は知らない。

 それを察したのか、魔族は面倒くさそうに頭をガシガシと掻き始めた。


「はぁ……で、それが分かったからといって、俺に勝てるとでも?」

「いや、そんな簡単な相手じゃないのは承知してるさ。だけど、突破口・・・が見えたのはたしかだよ」

「ーーほう?」


 不敵に笑う真紅郎は、静かに人差し指を上に向ける。


「一つ。ボクの憶測が正しければ、あなたの銃は撃ち終わったら一度ホルスターに仕舞わないと・・・・・・使うことが出来ない。それがその銃の特性なのか、それともあなた自身の問題なのかは分からないけどね」


 次に真紅郎は指を二本立てる。


「二つ。ボクはどの銃が、どの魔法を放つことが出来るのか覚えている。だから事前にあなたが放つ魔法が分かるから、対応しやすい」


 そして、真紅郎は指を三本立てる。


「三つ。防御魔法しか使えない以上、接近するのは怖くない。攻撃は銃のみなら、その銃を注意すればいいだけだからね」

「ほう? 俺相手に接近戦で勝てる、と?」

「いやいや、それは厳しいね。ボク、格闘とか苦手だから」


 魔族の言葉に真紅郎は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 そして、ニヤリと口角を上げるとベースを構える。


「でも、接近した方がまだ勝ち目がある。中遠距離だと、威力で負けるからね。少しでも近づいて、銃を使わせなければいい」

「接近戦で俺に勝てないと分かっているのにか?」

「勝てないとは言ってないよーー厳しいだけさ」


 真紅郎は体勢を低くし、真っ直ぐに魔族を見据え

た。


「接近しながらあなたに勝てる方法を模索する。勝機を見出す。ボクが出来ることは、それぐらいだ」


 勝つために、あえて危険な接近戦をする。

 銃や魔法だけじゃなく、戦闘技術がかなり高い。格闘戦で圧倒的に強い相手に、真紅郎は勝機を掴み取るために近づく。

 その覚悟に、魔族は面白いと言わんばかりに吹き出した。


「くはっ……なるほどな。いい覚悟だ。ならばーー臆せずかかってこい!」

「言われなくてもーーッ!」


 地面を蹴り、真紅郎が魔族に向かって疾走する。

 向かってくる真紅郎に、魔族はホルスターから銃を抜いて早撃ちした。

 放たれたのは炎の槍。雨を蒸発させて水蒸気を纏わせながら向かってくる炎の槍を、真紅郎は放たれる前から軌道から逃れるように斜め前に走り、避ける。

 次に魔族はホルスターからまた銃を抜いて発砲。放たれたのは水の刃。真紅郎はスライディングして水の刃を躱す。


「<アレグロ><ブレス><スピリトーゾ!>」


 スライディングしていた真紅郎は即座に立ち上がり、素早さ強化の魔法を繋ぎ、使っている魔法を強化する魔法を続けて唱える。

 アレグロで強化し、さらにスピリトーゾで強化した速度で真紅郎は一気に魔族の懐に入り込んだ。

 肉薄してきた真紅郎に、魔族は口角を歪ませる。


「本当にどの銃がどの魔法を放つのか覚えているみたいだな。だが、近づいただけでは何も変わらないぞ!」

 

 突き放すように右の前蹴りを放たれた真紅郎は、仰け反って顎先ギリギリで蹴りを躱した。

 だけど魔族は前蹴りを放った状態で軸足で回転し、そのまま右の回し蹴りをする。


「ーー<エネルジコ!>」


 避けられないと判断した真紅郎は筋力強化の魔法を使い、ベースのボディ部分で蹴りを防いだ。

 鞭のようにしなり、雨を切り裂いて放たれた蹴りの威力はベースごと真紅郎の体を蹴り飛ばす。


「ーーぐ、あ……ッ!」


 爆発したような鈍い音と真紅郎の苦悶の声が響く。だけど真紅郎は強化された足で吹き飛ばされないように地面に踏ん張り、耐える。

 すると魔族は軸足で飛び上がり、容赦なく右の踵落としを真紅郎の頭部を狙って振り下ろした。


「うわッ!?」


 頭上から振り下ろされる右足に真紅郎は慌てて地面を転がって避ける。目標を失った魔族の右足は、まるで隕石が落ちたかのような音と共に地面を蹴り砕いた。

 あれを防いでたら、一撃で終わっていただろうな。

 真紅郎は起き上がると、乾いた笑い声を上げる。


「あはは……あんなの喰らったらトマトみたいに潰されちゃうよ」

「どうした、その程度かぁぁぁ!」


 怒声を上げて真紅郎に右拳を突き込もうとする魔族に、真紅郎は引きつった笑みを浮かべて叫び返した。


「冗談! まだまだこれからだよ!」


 真紅郎はベースを構え、弦を弾き鳴らす。連続で放たれた魔力弾に、魔族は足下から岩の壁をせり上がらせて防いだ。


「撃ち抜くーー<クレッシェンド!>」


 魔力弾を放ち続けながら、威力を徐々に上げていく魔法を使う真紅郎。

 岩の壁に放たれ続ける魔力弾は、徐々に威力を増していき、岩の壁にヒビを入れていく。

 そして、とうとう岩の壁を撃ち抜いてその先にいる魔族に向かっていった。

 だけど、魔族は銃を構えていた。


「ーー喰らえ」


 銃声が響き渡る。

 放たれた風の刃は雨のように放たれていた魔力弾全てを切り裂き、真紅郎に向かっていく。

 まるで風で作られた大きなギロチンのように首を狙う風の刃に、真紅郎はーー笑っていた。


「ーー<スラップ>」


 俺が知らない魔法を唱えた真紅郎は、右手の親指で弦を叩くように弾く。

 そして、放たれた魔力弾は風の刃を相殺……いや、撃ち抜いた・・・・・


「なーーッ!?」


 魔力弾は風の刃を撃ち抜き、そのまま魔族に襲いかかる。

 だけど側転して避けられてしまい、魔力弾は倉庫に向かって飛んでいきーーまるでトラックが突っ込んだかのような爆音を港に響かせた。

 ガラガラと倉庫が崩れる中、真紅郎はニヤリと不敵に笑う。


「ーーさぁ、反撃開始だ」


 そう言って、真紅郎はベースを構え、銃口を目を丸くしている魔族に向けていた。

 


 

 

 


 

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