二十五曲目『勝利の方程式』

「今の魔法は……?」


 真紅郎が使った魔法<スラップ>。俺はそんな魔法を知らないし、見たことがなかった。

 すると俺の呟きが聞こえたのか、真紅郎は笑みを浮かべながら答える。


「タケルには固有魔法で<ア・カペラ>があるよね? それはボーカルであるタケルだけが使える魔法。そこで考えたんだ……ベースだからこそ・・・・・・・・使える固有魔法を」


 それがベースの奏法の一つである、スラップ奏法から名付けられた魔法ーー真紅郎だけが使える固有魔法。

 今の放たれた魔力弾は一撃強化の魔法<フォルテ>……いや、それ以上の威力があった。

 魔族の強大な威力を誇る魔法を撃ち抜き、そのまま突破するほどの威力。

 これなら、魔族相手に勝てるかもしれない。それこそが、真紅郎の見出した勝機なのか。

 威力に驚いていた魔族は、すぐに表情を堅くさせて銃を構える。


「まさか俺の魔法を破るとはな……中々の威力だ。だが、当たらなければ意味がない」

「その通りだね。でも、当たれば例えあなたでも耐えきれる物じゃない」


 真紅郎の言葉に魔族は押し黙る。否定しないということは、事実なんだろう。

 だけど、魔族相手に攻撃を当てることは難しい。現に真紅郎は……いや、俺たちは魔族に傷を負わせられていないのだから。

 すると真紅郎はクスクスと小さく笑っていた。


「心配しないで、タケル。ボクにはもう勝利までの道が見えている」

「ほう? 俺に勝てる算段があると?」

「うん。ボクはあなたに勝つーーそのための作戦は考えた」


 勝利宣言をする真紅郎は、ベースを構えた。


「行くよーー<スラップ>」


 固有魔法である<スラップ>を使い、指で弦を叩くように弾いた。

 放たれた魔力弾は通常と同じ大きさだけど、魔力が高密度に圧縮されている。

 真っ直ぐに向かっていく高威力の魔力弾に、魔族は風の刃を放って相殺しようとしていた。

 だけど、魔力弾は風の刃を撃ち抜いて勢いそのままに魔族に襲いかかる。


「ちっ……やはりダメか」


 確認するために魔法を放ったんだろう。舌打ちしながら魔族は側転で魔力弾を避けた。

 真紅郎は回避した魔族の動きを読み、ちょうど着地したところを狙って魔力弾を放つ。

 回避に専念する魔族は地面を転がり、隙を見て銃の引き金を引いた。

 放たれた炎の槍に真紅郎は魔力弾を放つ……ことはせずに同じように地面を転がって躱していた。

 その姿を見た魔族は、口元を歪ませる。


「なるほど。そのスラップという魔法……連射は出来ないようだな」

「……ご名答」


 魔族の指摘に真紅郎は隠すことなく認めた。

 ククッ、と魔族は小さく笑みをこぼす。


「威力を上げる代わりに連射性を捨てる。それがその魔法の正体であり、弱点だな」

「そうだね。だけどーー普通の魔力弾を混ぜればいいだけのことだよ」


 そう言って真紅郎はスラップを使っていない、普通の魔力弾を連射した。

 マシンガンのように撃ち込まれる魔力弾を、魔族は引き金を引いて水の刃を放ち、相殺させる。

 真紅郎はまた魔力弾を発射し、軌道を変えて上、左右と魔族に向かわせる。

 

「<スラップ!>」


 そして、スラップを使って真っ直ぐに圧縮された魔力弾を放った。

 上、左右と挟み込まれている魔族はバックステップで魔力弾を避け、真っ直ぐに向かってくる魔力弾は空中で横回転しながら躱す。


「ふむ。憶測だが、スラップを使った魔力弾は真っ直ぐにしか飛ばせないようだな?」

「またまたご名答。観察力も優れてるなんてね」


 真紅郎は魔族の観察力を褒めながら肯定する。

 どうして真紅郎は次々とスラップのデメリットを教えるような真似をしているんだ?

 疑問に思っていると、真紅郎は通常の魔力弾を連射した。軌道を変え、取り囲むように放たれた魔力弾を、魔族はバク転し、地面を転がり、バックステップして避け続ける。

 全ての魔力弾を避けた魔族に、真紅郎は不敵に笑って口を開いた。


「ーーあまり避けすぎない方がいいよ?」

「む? 何を……ッ!?」


 真紅郎の言っている意味が分からずに怪訝そうな表情を浮かべていた魔族は、あることに気づいた。

 今まで避けていた魔力弾が、雨に紛れてふよふよと浮かんでいることに。

 宙を浮かぶ無数の魔力弾に驚いている魔族に、真紅郎は弦に指を置いた。


「ボクの魔力弾は自由に操作出来る。今まであなたが躱してきた魔力弾。この数を、捌ききれるかな?」


 浮かんでいる魔力弾に号令を出すように、真紅郎は弦を弾いた。

 無数の魔力弾が動き出し、集まっていく。そして、螺旋を描き始めた。

 魔力弾の竜巻は上空に飛び上がり、そのまま魔族に向かって掃射される。

 流れ星のような軌道を描く魔力弾に、魔族は「クソッ」と悪態を吐いた。

 バックステップで降り注ぐ魔力弾を避けていく魔族。地面に着弾していく魔力弾が水しぶきを上げる。

 どんどん後ろに下がっていく魔族は、港にある倉庫の前まで追いつめられていた。

 だけど、魔力弾はもうない。最後の一発を避けた魔族は、真紅郎に向かって鼻で笑った。


「捌ききったぞ? 数が足りなかったな」

「いや、足りたよ・・・・


 魔族の言葉を否定しながら真紅郎は弦を鳴らすと、倉庫の屋根に隠れていた一発の魔力弾が魔族の足下を狙って降りかかる。

 すぐに察知した魔族はジャンプして避けると、真紅郎はベースを水平にスライドさせて素早く魔力弾を二発発射した。

 同時に放たれた二発の魔力弾は、空中にいる魔族に向かっていく。その速度に差があり、横並びになっていた二発の魔力弾の内、一発が先に魔族に届きそうだ。


「ーークッ!?」


 このままだと当たると判断した魔族は、空中で体を捻らせてどうにか避けようとしていた。

 ギリギリ当たるか当たらないかの瀬戸際で、真紅郎は叫んだ。


「ーーそこだ!」


 その叫びに反応するように、魔力弾が少しだけ軌道を変えて魔族が体に巻いているホルスター、そこに仕舞われている銃に当たった。

 すると、銃に当たった瞬間ーー魔力弾が銃に反射して下に向かう。

 そして、遅れてやってきたもう一発の魔力弾とぶつかり合った。

 ぶつかり合った魔力弾はまた反射し合い、逆Yの字の軌道で魔族の両大腿部に直撃した。


「ガッーー!?」


 両大腿部で爆発した魔力弾に魔族は苦悶の表情を浮かべ、受け身も取れずに地面に落下した。

 あの魔族にとうとう傷を負わせた真紅郎は、ニヤリと口角を上げる。

 地面を転がった魔族は、歯が砕けそうなほど歯を食いしばり、真紅郎を睨みつけていた。


「今のは、跳弾……最初から、お前はこれを狙っていたのか……ッ!」


 真紅郎の狙いは、最初から魔族じゃなくて体に巻き付いているホルスターに仕舞われている銃だったのか。

 魔力弾を操作して銃に魔力弾を反射させ、遅れて飛ばした魔力弾に当て、跳弾で足を狙う。

 そこまでの計算を、針の穴に糸を通すような緻密なコントロールを、真紅郎は最初から狙っていたのか。

 だけど真紅郎は人差し指を立て、左右に振る。


「もちろん初めからこれを狙っていたけど、本当の狙いはここからだよ?」

「なん、だと……?」

「そしてーーこれが本当の狙いさ。<スラップ!>」


 そう言って真紅郎はスラップを使い、高密度の魔力弾を放つ。

 それは魔族ではなく、その上ーー魔族の後ろにある倉庫に向かってだっった。

 魔力弾は倉庫の柱を撃ち抜き、そのまま梁も破壊する。メキメキ、と倉庫全体が軋む音が聞こえてきた。

 魔族は信じられないと驚愕した表情を浮かべて真紅郎を見つめる。


「ま、さか……俺を倉庫の前に誘導していた……戦いながら、ここまで計算していたのか!?」

「ーーご名答」


 倉庫を支えていた柱がバキバキと音を立ててへし折れる。

 支えを失った倉庫が、前にーー倒れている魔族に向かって倒れかかった。

 魔族は痛む両足を必死に動かし、這うようにその場から逃げる。

 そして、倉庫はガラガラと倒れ、砂埃が舞った。

 真紅郎は戦いながら、こうなるように計算していたのか。

 スラップによる攻撃、そして弱点をわざと教えて警戒させ、通常の魔力弾を避けさせるつもりで連射し、倉庫の方に誘導していた。

 そして、避けさせた魔力弾を操作して倉庫の前に移動させ、跳弾による攻撃で足を攻撃。そのまま地面に倒れさせる。

 最後は、倉庫を崩して下敷きにする。


 これが真紅郎の作戦。戦いながら模索し、見つけ出したーー勝利の方程式。

 全てを計算していた真紅郎に、ブルリと体が震えた。


「やるじゃん、真紅郎……ッ!」


 思わす笑みを浮かべて真紅郎を見ると、さっきまでいたところに真紅郎の姿はなかった。

 どこに、と探していると砂煙が晴れていく。

 そこにはどうにか倉庫の下敷きになるのを回避した魔族とーーいつの間にか魔族に接近し、その頭に銃口を向けた真紅郎の姿があった。


「ーーチェックメイト」


 今の魔族に真紅郎の攻撃を避ける手段はない。

 完全に、真紅郎の勝ちだ。

 魔族は倒れながら、乾いた笑い声を上げていた。


「ハハハ……ここまでとはな。俺はお前の手のひらの上で踊らされていたのか。こんな経験、初めてだ」

「さぁ、降伏して下さい。あなたが魔法を使うより、ボクが撃つ方が早い。もうあなたは何も出来ない……」


 真紅郎は魔族に銃口を向けながら、弦に指を置いてすぐにでも魔力弾を放てる体勢だ。

 魔族が何かするよりも真紅郎の魔力弾の方が早いのは、魔族も分かっているだろう。


「あぁ、認めよう。完全に俺の負けだ」

「なら、降伏を……」

「ーーだが、俺はここで捕まる訳にはいかな

い!」


 どうするつもりなんだ、と首を傾げていると、雨に紛れて白い何かが蠢いているのに気づく。


「ーー真紅郎! そこから離れろぉぉぉぉぉ!!」


 すぐに、俺は叫んだ。

 俺の声に真紅郎は反射的にその場から離れる。

 そして魔族と真紅郎の間を、白く大きな触腕・・が振り下ろされた。

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