漂流ロックバンドの異世界ライブ！〜このくだらない戦争に音楽を〜

九曲目『撃退』

「ーー！？」

「な、なんだ！？」

　突然現れた水柱に俺と仮面の男は距離を取る。

　そして、水柱が消えるとそこには一人の男が立っていた。

　金色のウェーブのかかった髪と、仮面の男を射抜かんばかりに睨む赤い瞳。

　手にした金色の槍を頭の上でグルリと回してから、石突きを地面に突き立てたその人はーー。

「我が名はライト・エイブラ二世。このレンヴィランス神聖国の貴族にして、ユニオンマスターが一人。我が槍捌き、味わいたいと言うのならーー心してかかってこい！」

　ライトさんは穂先を仮面の男に向けて槍を構える。

　ユニオンマスターにして、剣士として最高クラスの実力を誇るロイドさんのライバル。そんな実力者相手に、仮面の男は少したじろいだ様子だったけど、すぐにナイフを構えた。

　そして、ライトさんに向かって体勢を低くしながら蛇行して走り寄っていく。ライトさんが構える槍は動き回る仮面の男を狙って動きーー。

「ーーシッ！」

　短く吐いた息と共に、鋭い突きを放った。

　仮面の男に向かって一直線に向かった穂先は、ナイフによって防がれる。だけど、ライトさんはそのまま近寄らせないとばかりに連続で槍を突き出した。

　二合、三合と槍とナイフがぶつかり合う。そして、四合目でとうとうナイフが槍に負けて弾き飛ばされた。そのままライトさんは槍を放つも、仮面の男はバク転することで避け、着地と同時に宙を舞ったナイフを掴む。

「ーーフッ！」

　仮面の男は掴んだナイフをライトさんに投げ、すぐにナイフを追いかけるように走り出した。

　ライトさんは槍で飛んできたナイフを弾き、その隙に仮面の男は距離を詰める。

　槍は本来中距離で戦う武器。中距離なら強いけど、距離を潰されると厳しくなる。

　それを知っているのか仮面の男はライトさんの懐に入り、右拳を突き出す。すると、手の甲側の袖からナイフが飛び出してきた。

「ーーむっ！？」

　咄嗟に仰け反ることでナイフを避けるライトさん。空を切るナイフだったけど、仮面の男はすぐに左側の袖からもナイフを飛び出させ、左右から同時にナイフを振るわせた。

「ナメるな！」

　ライトさんは怒号を上げ、体の前で槍を素早く回転させて向かってくるナイフを防ぐ。いや、それどころかナイフをへし折って見せた。

「ーーちっ」

　仮面の男は両手を振って折れたナイフを地面に落とすと、次に踵で地面を蹴る。すると靴のつま先からナイフが飛び出てきた。

　仮面の男はつま先のナイフを突き立てるようにライトさんの側頭部を狙って蹴りを放つ。

「次々と……ッ！」

　まるで手品のように至る所から出てくるナイフに辟易としながら、ライトさんは屈むことで蹴りを避けた。

　金色の髪を数本切られたライトさんは屈んだ状態から槍を振り回し、仮面の男の足を払う。

　仮面の男は蹴りを放った反動のまま飛び上がって槍を躱すと、空中で後ろ回し蹴りを放った。

「ーーはぁぁぁ！」

　向かってくる蹴りに対して、ライトさんも蹴りを放つ。足と足がぶつかり合い、力負けした仮面の男が吹っ飛ばされる。

　仮面の男は空中で一回転、二回転してから華麗に着地した。

「＜我貫くは龍神の牙＞ーー＜アクア・ニードル！＞」

　着地したと同時に、ライトさんは魔法を詠唱して針を模した水を射出した。

　向かってくる無数の水の針を仮面の男はバク転して避け、地面を転がりながら躱す。

「ーーはあぁぁぁぁぁぁぁ！」

　気合いと共に地面を蹴り、水の針を避けている仮面の男に向かっていったライトさんは、力強く一歩踏み込む。そして、体を思い切り捻らせ、全身のバネを使って勢いよく槍を突き出した。

　即座に腰から二本のナイフを抜いた仮面の男は、ナイフを十字にして槍を防ぐ。だけど、槍の一撃はナイフを砕きながらそのまま仮面の男の胸元に伸びていった。

「ーーチッ」

　仮面の男は舌打ちし、体を思い切り仰け反らせることで槍を避ける。だけど、避けきれずに仮面に一筋の傷が走った。

　仰け反った状態からバク転して距離を取った仮面の男は、砕けたナイフを見つめながらため息を吐く。

「……分が悪い」

　仮面の男はそう呟くと、砕けた二本のナイフを腰の鞘に仕舞った。

「さすがは神槍（・・）と名高い槍の名手だ」

「お褒め頂きありがとう、と言っておこう」

「ふん。ここで捕まる訳には行かない。なので、一時退却することにしよう」

「ーーさせると思っているのかい？」

「ーー思っていないが、全力で逃げさせて貰う」

　軽口の応酬から、仮面の男が即座にその場から離れようと動き出す。

　同時に、ライトさんは詠唱し始めた。

「＜我操るは龍神の尾＞ーー＜アクア・ウィップ！＞」

　ライトさんの足下から水たまりが広がり、そこから五本の水の鞭が仮面の男に向かって伸びていく。

　仮面の男は頭を下げ、ジャンプしながら横回転し、着地と同時に地面に這うように体勢を低くし、地面を転がって縦横無尽に向かってくる水の鞭を華麗に避ける。

　そして、民家の壁を蹴って屋根に手をかけ、一回転しながら屋根の上に飛び乗った。

　大きな満月を背に、仮面の男は屋根の上で俺たちを見下す。

「ーー今回は退こう。だが、勇者よ。次に相見えた時は……必ず貴様の首をあの方に献上させて貰う」

「ーー逃がさん！」

　ライトさんは水の鞭を操作して屋根にいる仮面の男に向かって伸ばしたが、仮面の男はバク転しながら屋根から落ちて姿を消した。

「……逃がすとは、私もまだ未熟だな」

　ギリッと悔しそうに歯を食いしばりながら仮面の男がいた場所を睨みつけたライトさんは、魔装をアクセサリー形態に戻して踵を返す。

「タケル！　大丈夫！？」

　そこで荒くれ者たちを片づけ終わったやよいたちが合流した。

　傷一つなく、全員無事だったようだ。

　どうにか俺たちは賞金を狙った荒くれ者集団と、王国からの追っ手らしき敵を撃退することに成功した。

　だけど、それで万事解決とは言えない。

「……さて、キミたち。こんな夜更けに出歩くなんて、誰が許したのかな？」

　ライトさんは呆れたようにため息を吐きながら、俺たちに問いかける。

　俺たちはその問いに何も答えられなかった。だって無許可で屋敷から抜け出し、無許可でライブをしたんだ。許させるはずがない。

　まぁ、それを承知で約束を破ったんだけど……。

「まぁ、私は別にそこまで咎める気はないけどね。でも、父上はかなりお怒りのようだよ。覚悟した方がいい……父上は怒るとかなり怖いからね」

　脅し、じゃないだろうな。

　苦笑いを浮かべて昔を思い出すように遠くを見ているライトさんの姿を見るに、よっぽど怖いんだろう。

　自業自得。俺たちは怒られるようなことをしたんだ、甘んじて受け入れよう。

　俺たちはライトさんに連れられて、トボトボと歩きながら怒っているだろうエイブラさんがいるエイブラ邸に向かうのだった。