十話『怒りと嘘』
「ーーキミたちは何をしたのか分かっているのかぁぁぁぁぁッ!!」
エイブラ邸に帰ってきた俺たちを待ち受けていたのは、顔を真っ赤にしたエイブラさんの怒号だった。
屋敷を震わせんばかりの怒鳴り声に俺たちは身を竦ませる。六十越えの声量とは思えないほどだ。
エイブラさんは息を荒くさせながら俺たちをギロリと睨んでくる。
「屋敷を勝手に抜け出し、禁止していたらいぶを強引に敢行するとは……命を狙われている自覚があるのか! どうして私の言うことを聞かないのだ!?」
ぐうの音も出なかった。
せっかくエイブラさんは守ろうとしてくれているのに、俺たちはそれを裏切った。
何も言えずに黙り込んでいる俺たちを見かねて、ライトさんが話に入ってくる。
「父上。タケルたちも反省しているようですし、命に別状はなかった訳ですから、今回は許してはいかがでしょう?」
「ーー甘い! ジュニアよ、お前は甘過ぎる! 間に合ったからよかったものを……」
「とりあえず、落ち着いて下さい父上」
ライトさんに言われ、エイブラさんがゆっくりと深呼吸する。
冷静になったエイブラさんは、鋭い眼差しを向けながら口を開いた。
「……今回のことで分かっただろう? キミたちの命を狙う輩は、すぐそこまで来ているのだ。私が色々と縛り付けているのは、別にキミたちが嫌いだからではない。キミたちを守ろうとしているからだ。私は、キミたちのことをーー」
「ーーそれ、本当なんですか?」
ふと、エイブラさんの話を遮って真紅郎が口を出した。
まるでバカにするように鼻で笑いながら言う真紅郎に、俺たちはぎょっとする。なんで火に油を注ぐようなことを?
するとエイブラさんは額に青筋を立てながら、真紅郎の方に顔を向けた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。本当にボクたちのことを思って言ってますか?」
「……何が言いたい? はっきり言ってみろ」
「だから、そのままの意味ですよ」
落ち着いてきた怒りが再度こみ上げているのか、エイブラさんは険しい顔で真紅郎を問いただす。だけど真紅郎は気にする様子もなく、むしろ喧嘩を売るように吐き捨てた。
「お、おい、真紅郎……」
「ーー何?」
様子のおかしい真紅郎を窘めようとするとジロッと睨まれ、思わず口を噤んでしまった。
やよいやウォレスもこんな真紅郎を見たことがないのか、目を丸くして何も言えずにいる。
すると、エイブラさんはツカツカと真紅郎の前に立ち、今にも掴みかかりそうな雰囲気を纏わせながら真紅郎と顔を見合わせた。
「真紅郎。キミがそそのかしたのか?」
「そうだ、と言ったらどうします?」
「何故そんなことをした?」
「さて、なんででしょう。それを答える義理はないですね」
責めるように矢継ぎ早に問いかけるエイブラさんに、負けじと真紅郎が返す。
そして、とうとうエイブラさんが真紅郎の襟首を掴んだ。だけど真紅郎は気にすることなく、むしろ襟首を掴まれたままエイブラさんを睨んでいた。
「……離してくれませんか?」
「どうして私の言うことを聞かない? 私は、キミたちのことを思って……」
「ーーそれが信じられないからですよ」
そう言って真紅郎はエイブラさんの手を軽く払った。信じられないって、どういうことだ……?
真紅郎は襟を正しながら話を続ける。
「ーーライト・エイブラ一世。あなたはボクたちに
はっきりとエイブラさんが嘘を吐いていると言い放った真紅郎に、エイブラさんは唖然としていた。
「何を……」
「臭うんですよ。嘘のにおいが、あなたからね。あなたは何かしらの嘘を吐いている。ボクたちを閉じこめるのも、ライブを禁止するのも、何か思惑があってのことなんでしょう?」
真紅郎は嘘を見抜くことが出来る。
有名な政治家の息子で、幼い頃から嘘だらけの人たちに囲まれたからこそ培われてきた、真紅郎の得意技だ。
その精度を俺たちは知っている。それで助けられたことが何回もあったから。
そんな真紅郎が言うってことは、本当にエイブラさんは嘘を吐いている可能性が高い。
嘘を吐いていると言われたエイブラさんは真紅郎から目を逸らして口を開いた。
「……何を証拠に」
「今、ボクから目を逸らしましたね? それって図星だったからではないんですか?」
「……例えキミたちに嘘を吐いているとしても、それはキミたちのことを思って」
「ーーその言葉、嫌いなんだよ」
真紅郎は眉間にシワを寄せながら怒りや軽蔑を含んだ口調で毒突いた。
「ボクたちのことを思って? それは違う。そう言う人は決まって
拳を血が出そうなほど強く握りしめ、堪えるように歯を食いしばって真紅郎は言う。
真紅郎から感じるのは、燃えさかる火のように熱い怒りーーそして、悲しみだった。
真紅郎はキッとエイブラさんを睨みつける。
「ライト・エイブラ一世。ボクはあなたが嫌いだ。昔のことを……思い出したくもない過去を思い出させる。あなたはーーボクの父親に似ている」
どうやらエイブラさんは真紅郎にとって癪に障る存在みたいだ。
それだけ言うと真紅郎はそっぽを向き、何も言わなくなった。よほど腹に据えかねているんだろう。こんなに感情的になっている真紅郎は初めて見た。
真紅郎の話を聞いたエイブラさんは、重く深いため息を吐く。
「……話は分かった。私のことを信用出来ないというのなら、それでも構わん。嫌っているのなら存分に嫌っているといい。それでも、私の考えは変わらない。ここに世話になっている以上、言うことは聞いて貰う」
そして、エイブラさんはライトさんに疲れた表情で顔を向けた。
「ジュニアよ、監視を強めろ。部屋の前で使用人を立たせ、絶対に屋敷から抜け出せないようにするのだ」
「……分かりました」
「私はもう休む。久しぶりに怒り、疲れたからな」
それだけ告げるとエイブラさんは自室に戻っていった。
取り残された俺たちに、ライトさんはやれやれと頭を振る。
「キミたちももう休むといい。戦いの後だ、疲れているだろう」
「……はい。すいませんでした」
「謝ることはない。だが、今回はとりあえず言うことを聞いて欲しい。息苦しさを感じるだろうが、今だけは」
ライトさんの言葉に、真紅郎以外の全員が頷く。
真紅郎はふてくされたようにそっぽを向いたままだった。
色々あったけど、とにかく今回に関しては俺たちが悪い。事実、勝手に屋敷から抜け出してゲリラライブを敢行した結果、命を狙われたんだから。
もちろん、真紅郎が言ったように嘘を吐いているエイブラさんに思うところがない訳じゃないけど……。
「ーー今日は休もう。後のことは、明日考えようぜ?」
「そうだね。あたし、もう眠いし」
「あぁ。ま、オレは久しぶりにライブが出来て
「……お腹空いた」
「きゅー……」
俺の言葉にやよいはあくび混じりに答え、ウォレスは暗い雰囲気を吹き飛ばすように笑い、サクヤはいつも通り空腹を訴え、サクヤの頭の上にいるキュウちゃんが眠そうに鳴き声を上げる。
そして、俺はずっとふてくされている真紅郎の肩をポンッと叩いた。
「真紅郎も、今日は休もう」
「……ごめん」
額に手を当てながら謝る真紅郎に、俺は笑みを浮かべる。
「ーー気にすんなよ。仲間だろ、俺たち」
「……本当に、ごめん」
謝り続ける真紅郎を連れて、俺たちは部屋に戻った。
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